ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣
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第九話:亡霊の王
前書き
この小説、どうしてもfate要素が多くなってしまう…
私は孤独だった。
兄妹はいない。元々体が弱かったという母だ。彼女は私を産んで間も無く、息を引き取ったらしい。
残された父親は、母を失った苦しみを抱えながらも、しかし私を育ててくれた。
でもある時、私は父親に捨てられた。
行かないでと、伸ばした手を覚えている。
捨てられる事が怖くて、一人になることが嫌で、それでも伸ばした手は何かを掴むことなく空を切った。
ごめんな、って言って、本当に悲しそうな顔をして去っていく父に、私はただただ手を伸ばすことしかできなかった。
その後のことはよく覚えていない。気がついたら孤児院にいたし、気がついたら、一人になっていた。
暗い部屋の中。開け放たれた扉から差し込む月光を受けて去っていく父の背中。
その時から、私はどうも暗闇が苦手だ。
† †
NPCの少女ーーユーリと出会った場所から目的地の地下街まで、五分もかからなかった。
大きな木製の門を開き、街の中に入り込むと、そこはどうも廃墟街のようだった。
「まあ、こんな暗いところに人は住まないか」
「……そう、だね」
警戒を強めながら街を観察していると、否応なく建物がなにかに削られている様が目に入る。
この傷跡が鋭利な刃で斬り裂かれたものだとしたら、昔ここで争いがあったという設定なのだろう。
「ふむ…どうやらここに件の亡霊王がいるようだが……どうかしたか、ユメ」
「えっ、あ、ううん。なんでもない、大丈夫だよ」
レンの後ろをついてくるユメの顔色は、こんな暗がりの中でよく見なくても真っ青だった。心配はかけまいと気丈に振舞っているようだが、短くない付き合いであるレンが、それは虚勢だと気づくのは容易であった。
はて、それ程に暗闇が怖いのだろうか。
ならばと、レンは空いた左手でユメの右手を握った。突然の行動に驚いて、思わず手を振り解こうとしたユメの肩を掴んで、レンは彼女の瞳を覗き込んだ。
「こうしていれば少しは恐怖も紛れるだろう? 正直、なぜここまで怖がるのかオレには分からないが、なにかあるなら頼れ。今は、パートナーなんだからな」
強い意志が宿った瞳が、ユメの竦んだ心に火を焼べる。
いつだってそうだった。彼はみんなの心を奮い立たせることができる。決して揺らぐことのない強靭な意志力。それに、今までどれ程救われたことか。
だからこそ、これ以上彼に迷惑をかけることはできない。
なにより、このトラウマは自分で乗り越えなければならないのだ。
「ありがと、レン。けど、本当に大丈夫だから」
「……そうか。まあ、なにかあればなんでも言ってくれ。オレにできることならするから」
† †
絶光の廃墟街。
そう名付けられたフィールドに立つは二人の男女。相対するは、無数の骨騎士。
「チッ、数が多い!」
銀色の外套が翻り、放たれた絶剣が骨で作られた騎士の頭蓋骨を斬りとばす。
今ので一体何体目だろうか。そろそろ気色の悪い顔を見るのは飽きてきたが。
「セヤァッ!」
いつものおちゃらけた雰囲気から一転、攻略組トッププレイヤーも顔負けの気迫で撃ち出された一突きが、一体を貫通して後ろにいた二体目ごと貫いた。その怯んだ二体は、向こう側にいるレンの一薙ぎでその身を散らした。
「面倒だ。一掃する!」
主の号令により顕現するは無限の剣。それらが、包囲するように立っている骨騎士の全てを穿った。
凄まじい速度で放たれた剣は銃弾のそれと遜色ない。人ですら躱せぬ弾丸を、動きが鈍重な骨騎士が回避できるはずもなく、レンとユメを取り囲んでいた約十体はみるみる内に消滅していった。
「ふぅ…メインストリートに踏み込んだだけでこれか……」
「でも一体一体のレベルはそんなに高い訳ではないよね」
今回、レンとユメに発生しているイベントは二つ。
一つは、ユメが持ってきたレア武器獲得クエストである『虚光の骨騎士』。単純に、先程のボーンナイトを五十体倒せという比較的ポピュラーなものだ。
もう一つは、先程の少女NPCによって齎されたイベント。絶光の廃墟街のどこかにいるという亡霊王に奪われた剣を取り返すという少し珍しいタイプのもので、これは報酬がなんなのかすら分からない未知のクエストである。
まず先にどちらのイベントから片付けるか思案していたレン達であったが、標的が自ら出向いてきたため、現在はボーンナイト討伐を優先に進めている。
既にレンは二十体、ユメは十体の討伐を終えている。こちらのイベントの達成は、時間の問題であった。
しかし。
「…この地区に入ってから、全然出てこなくなったね」
「ああ。それに、あの建物…」
全く現れなくなったボーンナイトに、そこだけが世界とは隔絶されているかのように屹立する白亜の塔。
「怪しいね」
「怪しいな」
傷がない場所が見当たらない程に荒れていた街の中。そんな中で、目の前に聳え立つこの塔だけがまるで建てられたばかりのような様相であった。怪しくないはずがない。
「…亡霊王がこの中にいる可能性が高いな。どうする、行くか?」
「え、あ、うん……そうだね、行こう」
相変わらずユメの様子はおかしいままだ。挙動不審なのに加えて、本人は気づいていないだろうが体が小刻みに震えている。
普通ならば、彼女は連れて行くべきではないのだろう。
「そうか。いきなり戦闘が始まるかもしれん。用意しておけ」
だが、レンはユメを連れて行くことにした。
本人が大丈夫だと言ったのだ。ユメの普段はおちゃらけているが、キチンと自分の言葉には責任を持つ。それに、大丈夫ではなくなったら守ればいいのだ。いつも通り、この剣と体で。
「さあ、行くぞ」
神の盾は、例えどんな存在が敵であろうと万人を守る。
† †
白亜の尖塔の内部は、月光に照らされた墓地であった。
微かな光しか届かない空間には、無造作に建てられた墓石に、壁に掘られた十字架といったとてもではないが縁起がいいとは言えないものばかりがある。
「…それに、この扉は……」
その中で唯一、壁そのものを切り取ったように作られた扉がレンの目を引いた。
どうやら引き戸になっているようで、扉を開いてみると、そこはなにもない空間であった。
「…さて、これはどういう意味なのか。ユメ………ユメ?」
問いかけた相手から返事は来ず。しかしその代わりに、レンのコートに伸ばされた手が震えていた。
「おい、ユメ…だいーー」
「大丈夫か」と問いかけようとした矢先、突如空間の中央に赤光が走った。
身の危険を感じたレンは、咄嗟にユメの前に出ると、体一つ覆ってしまう程の大きさの盾を取り出し、構える。
その直後、吹き飛びそうになる程の衝撃が、盾の向こうから襲ってきた。
「ぐッ……!?」
激しい火花に、耳を劈く金属音。それらが舞い散り響き渡る空間に、ソレは現れた。
「死、神……」
ユメが呆然と呟いたその先、錆び付いた長大な鎌を握り、その身を漆黒のローブで覆った異形がいた。
「亡霊王か…! まさかボス級とはな」
表示された敵の名は
『the king of death ghoul』。
間違いなく、今回の標的であった。
「我ガ財ヲ狙イシ者ヨ。汝、ソノ身ヲ以テ強サヲ示セ」
底冷えするような零度の声が、戦いを求めてくる。本能的な恐怖に竦みそうになるが、すぐに持ち前の精神力でその恐怖を克服したレンは、大鎌の一振りを防ぎきった盾をしまい、その手に十字架の剣を握った。
「おい、ユメ…っ!?」
しかしそれより早く、両手に愛用の槍を握ったユメがレンを追い越した。
マトモな精神状態ではない彼女を前に出す訳には行かないと、レンも慌てて後を追う。
「はぁぁぁぁあッ!」
槍ソードスキル『ソニック・チャージ』。システムアシストによる突進から渾身の突きを繰り出す一撃に重点を置いた、ユメが最も信頼を寄せたソードスキル。
槍に淡いペールブルーの輝きが灯り、次の瞬間には爆発的な加速で以って、亡霊王の胴体を貫くーーー
ーーーはずだった。
「そんな…っ!?」
ユメの目で追えたのは、亡霊王が鎌を少し動かしたその初動だけ。しかし次の瞬間には、ユメのソードスキルは大鎌の柄に防がれていた。
あり得ない反射スピードに、的確すぎる防御。間違いなく、ユメがこれまで遭遇した敵の中で最強だ。
「マズハ一人」
死神からの宣告は、それ即ち死を意味する。突進技を完全に防がれたユメに、抵抗の動きは取れない。
槍ごと体を大きく弾かれ、宙へ踊る。
既に死神の鎌は振り上げられている。後はもう、ユメ目掛けて鎌を降ろすだけ。意志のないシステムに、慈悲などは存在している筈もない。
「ーーーあ」
鎌が、振り下ろされた。
† †
錆びれた刃が迫る。
スローモーションに動く世界に、ユメの思考はフル回転を始める。過去から現在、その全ての記憶が、彼女の頭の中を過ぎ去っていく。
行かないでと手を伸ばした。一人になりたくないと涙を流した。それでも、その手はなにかを掴むことなく、涙はただ床を濡らしただけ。
一人は怖い。暗い部屋に一人でずっといると、自分が何なのか分からなくなるのだ。自分が自分を認識できない、私って誰だろう、そんな感情が湧き上がってくる。
嫌だ。
死んだら一人だ。
一人は嫌だ。
「……行かないで…」
零れ落ちた言葉は、ナニカを切り裂く音に掻き消された。
「ぐっ……!」
音が聞こえる。温もりを感じる。何故だろうか、自分は死神に斬り裂かれて死んだのではなかったのか。
目を開いてみる。
痛みを堪えている、苦痛に歪んだ顔。いつも自分を励ましてくれた、彼の顔。
「剣よ!」
抱き締める腕に力が篭る。彼の周囲に現れた無数の剣軍が、死神に向けて掃射された。
幾ら驚異的な反射速度を持っていようと、無数の剣弾の嵐を捌ききる事は不可能だ。ゆっくりと、しかし確実に減っていくHPゲージを確認して、レンはそのまま亡霊王に背を向けた。
かつてない程の全力疾走で向かうのは、ほど近い場所にあるあの扉。先程あの扉の向こうの部屋に入った時、その空間のみが圏内だということを確認していたからこその判断だ。
鍛え上げられた筋力とスピードを以ってすれば、ユメ一人を抱えたまま百メートルの距離を走破する事は容易い。
辿り着いた扉に手を掛けて、一度レンが亡霊王に目を向けた。
「ぐっ…!?」
刹那、容赦ない一撃がレンを切り裂いた。霞む程の速さの斬撃は、この世界で最もレベルの高いレンのHPですら一撃で半分以上削ってみせた。
「レン!?」
それでも抵抗しようとした所で、体が動かない事に気づく。
間違いなく麻痺毒による硬直状態。更に、猛毒がレンのHPをじわじわと蝕む。
「終ワリダ」
再度、死神が鎌を振り上げる。
どうやらソード・ダンサーによって操られていた剣軍は、主からの指示が途切れたために動きを止めたらしい。だから、これ程速くレンに追いつくことができた。
絶体絶命。絵に描いたような状況に、しかしレンは諦めていなかった。
「そう簡単に終わらせないさ」
今まさに鎌を振り下ろそうと構えた死神の背後、無数に散らばった剣の全ての切っ先が、死神に向けられた。
「切り札だ、受け取っておけ」
体が痺れから解放される。
解毒ポーションを飲ませてくれたユメの頭に手を乗せることで感謝を告げ、そして次の瞬間にはエスピアツィオーネを振り被っていた。
「なに、これ……?」
振り上げた濃紺の剣に集うは世界を照らす白光の輝き。そしてその光に共鳴するかのように、滞空していた剣軍も光を纏う。
「エクスーーー!」
光届かない地下世界に、眩いばかりの極光が暗闇を切り裂く。
溢れ出る光は止め処なく、それは総てを呑み込む。
この一撃は全てを極めた証。
この一撃は最悪のハンデを背負っている証。
この一撃は勝利を掴む為のーーー
「カリバァァァア!!」
ーーー全てを籠めた魂の一撃。
† †
エスピアツィオーネから放たれた極光の主砲と、光を纏った剣軍の乱舞。
それこそが、ユニークスキル『無限剣』にのみ許された奥技。
『極光剣エクスカリバー』。
ソード・ダンサーが展開状態であることに加え、本人のHPゲージがレッドゾーンに陥っていないと放つ事の出来ない、正に一発逆転を狙う勝利の為のソードスキル。
「よし、逃げるぞ」
しかし幾ら切り札級の威力を持っていたとしても、それだけで最前線のボスに匹敵する敵を倒すまでは至らない。
光の主砲の直撃を受けても、死神は倒れることなく再び鎌を振り上げている。
しかし、その動きは先程と比べると緩慢だ。散らばった剣達がストレージに戻ったのを確認してから、レンは動けないでいるユメごと体を部屋に捻じ込んだ。
to be continued
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