ココロコネクト~六つ目の頂点~
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ヒトランダム
〈ふうせんかずら〉
「何だ後藤か。いつからそこにいた」
「今来たばかりですけどねぇ……」
そういうごっさんにはいつものような覇気というか元気のようなものが一切見られなかった。まるで魂が抜けたみたいな。
「どうした?体調でも悪いのか?」
さすがにいつもとかけ離れたごっさんの様子に気が付いたのは俺だけではなかったようで珍しく稲葉が心配したように訊ねた。
「いやいや、体調はばっちりですよ……この人無駄に健康体ですし……ただ僕にやる気とか根気とか勇気とか生気とかその他諸々がないからじゃないですかねぇ……」
自分のことをこの人という、他人を乗っ取っているかのような話し方に皆が疑問を覚えたのだろう、疑いの視線を向ける。そして、俺たち全員、もしかしたら青木とかは思っていないかもしれないが、一応こちら側の意見を代弁するように永瀬が一言。
「あんた誰?」
「ああ……話が早くて助かります……色々と説明するのは面倒ですしね……」
「だから、お前は何者だ。後藤先生じゃないんだろ?ならなぜ後藤先生にそっくりなんだ。それから、後藤先生じゃないならここに何しに来た。」
質問と答えが噛み合わないことに対して少々イライラを募らせながらも、表面には出さず問いただすがやはり少々言葉にとげが出てしまった。
「何者って言われてもねぇ……一応〈ふうせんかずら〉っていうのが僕の名前でして……そうですね、存在としては皆さんを監視するような立場ですかねぇ……それで今はこの後藤先生という人の身体を間借りさせてもらってる感じです……」
とても理解できないような発言が飛び出した。人の身体を間借りするなどという普通ならあり得ないようなことだ。しかし、入れ替わりを体験した今、俺たちはその発言を否定できずに黙り込む。
「ああ……それから何しに来たですっけ……?そりゃ皆さんが人格入れ替わり現象でいい感じにパニックになってるからやってきたんじゃないですか……」
誰もがはっと息を飲む。誰も漏らしていないはずの、ばれるはずのない六人だけの秘密を後藤先生が知っていたからだ。でも、だからこそ分かったことがあった。
「この入れ替わりはお前のせいか、〈ふうせんかずら〉」
「いやはや、武藤さんも鋭いですね……それに受け入れが早い……それの方がありがたいです……」
みんなの気配が、主に女子達の殺伐としたものに変わる。今にも飛びかかりそうな勢いだ。
その様子に気づいたためか、〈ふうせんかずら〉はのんびりとした口調ながら話し始めた。
「ああ……まあ、とりあえず当分の間皆さん六人の中で時々アトランダムに人格が入れ替わるんです……」
「それって、誰と誰が入れ替わるのかも、いつ入れ替わるのかもランダムってこと?」
〈ふうせんかずら〉に質問する永瀬の声はいつもの明るい声ではなく、どこか暗く冷たい声なように思えた。
「ああ……さすが永瀬さん。で、そんな皆さんを僕が監視するって感じですかね……もっとも、四六時中皆さんを監視しているわけではないですけど……とまあ、こんなところで理解していただけましたかね。」
「説明不足が過ぎるだろ……」
八重樫は率直な感想を漏らす。たしかに、想定していた説明に比べればあるだけましな程度でしかないのは事実だ。
「いいだろう、お前の話に乗っかっていくつか質問してやる。まずなぜあたしたちだ?それからこの現象はお前のコントロール下にあるのか?これを終わらせるには?お前の目的は?」
「いい質問のチョイスをしますね、稲葉さんは。まず一つ目の質問に関してですけど、たまたま皆さんがなかなか面白かったからとしか……」
「何だよなかなか面白いって……」
八重樫はそう言い身に覚えはないようだが、俺は自分の何を指しているのかおおよそ見当はついた。皆さんというからにはおそらく、ここにいる他のメンバーも同じようにどこかしらに欠陥を抱えているのかもしれない。
「それから、まあ適当に入れ替わってもらって、ああそこそこ面白かったなぁという感じになればその時点で終わりますから……」
「ということは、終わりはお前のコントロール下にあるってことだな」
稲葉が〈ふうせんかずら〉の言葉の端を捉えて切り込む。
「……まあ、みなさんあまり気にしないで普通に生活してください。どういう風に入れ替わっているのとか考えるだけ無駄ですから。それに、皆さんがやるべき主題はそこじゃないですから……ああ、それと皆さんが入れ替わっていること、あまり周りに言わない方がいいですよ。言うとややこしいことになりますから……じゃあ頑張ってください、心の上っ面のところでちょっとだけ応援してますから」
そう言い終わると、〈ふうせんかずら〉はもう用はないと言わんばかりに帰ろうとした。
だが、そう簡単に帰すわけがなかった、稲葉と永瀬が。
「まて、こっちにはまだ聞きたいことが山ほどあるんだよ」
稲葉は背中を向けていた〈ふうせんかずら〉をつかみそのまま引き戻した。
「だから、皆さんがすべきことはそういうことじゃないんですよ……」
ドンッ
その音が聞こえた時にはすでに稲葉が吹っ飛んでいた。吹っ飛んだ稲葉はそのまま後ろにいた永瀬も巻き込んで倒れた。
「おい、稲葉、永瀬!」
倒れこんだ二人に駆け寄ろうとソファーを立った時、〈ふうせんかずら〉と目が合った。
その瞳は先ほどまでのただ生気がないものとは違った恐ろしさを含んでいて、立ちすくんでしまった。
八重樫が俺と同じく立ち上がった。しかし、その意図は俺とは違って〈ふうせんかずら〉を引き留めることだった。
「待って、太一。ここはあたしに、任せて」
桐山がそう言って八重樫のゆく手を遮った。
確かに、ただ物理的攻撃手段に頼るだけなら中学の時に空手で神童とまで呼ばれた桐山の方が適任だ。
だが、なぜだろう。そういう桐山の声は少し震えていた気がした。
桐山は一息入れると、後藤先生に謝りながら〈ふうせんかずら〉に蹴りを入れた――ように見えたがその蹴りはきっちりと腕で防御されていた。
防がれたことに驚きながらも桐山は連続して体の中心を目がけた拳を繰り出すが、〈ふうせんかずら〉は体を少しずらすだけで回避した。そしてそのまま突き出された拳をつかみ、桐山が拳を突き出した勢いを利用して投げ出した。
投げ出された桐山をちらりと見た後、もう襲い掛かってこないと判断したのか俺たちの方に向き直った。
その視線に思わず誰もが動けなくなる。
これで、すべて終わったと判断したのか、じゃあ、と一言だけ声をかけると〈ふうせんかずら〉は去っていった。
〈ふうせんかずら〉の足音が聞こえなくなるまで豪雨が過ぎ去った後のような静けさが部室を包み込んでいた。
〈ふうせんかずら〉が去って行った後、俺たちはしばらく放心状態にあった。ちなみにその放心状態が解けた後、永瀬が職員室にいるであろう後藤先生を訪ねに行ったのだが何のヒントも得られなかったらしい。
そして、部室でいくらかこの現象に関して話し合ったもののみんな混乱しているのか一向に話はまとまらず結局下校時間でお開きとなった。
「あー、まったくもう!いったい何なんだこのトンデモ現象は!」
帰り道六人そろって駅まで向かっている最中、稲葉が急に叫んだ。
普段なら最も頼りになるはずの稲葉がこの様子ではどうにかなるものもどうにかならなくなるかもしれない。
「落ち着け稲葉。冷静に考えよう」
すーはーと数回深呼吸する稲葉。
「……そうだな。あまり意識しすぎるのもよくないか。かえって奴の思惑にはまる可能性だってあるわけだしな」
落ち着きを取り戻した稲葉はさすがであった。
「今後人格入れ替わりが起きた場合、可能な限り連絡を取り合い状況を確認すること、なるべく人目を避ける、他人と接触するときはなるべく本人になりきる、この辺りを徹底していこう」
みんなで最小限の対策を共有する。それを最後にこの話は終わったかのようにいつもの日常的会話に戻った。
家に帰りつくとただいまとだけ言い、返事を待たずに二階の自室にこもる。
時間は午後六時半、夕食まではまだしばらく時間はある。今日のことは脇に置いておいて、とりあえずさっさと着替えてと課題だけでも終わらせてしまおうかと考えた。
鞄の中から課題を取り出し、さて始めようかと思ったその時、視界が暗転した。
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