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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第十一話

 町に行って刺客に狙われた幸村君を慰めてからというものの、何だかべったりと懐かれるようになったのは気のせいかしら。
何処ぞの馬鹿主みたいにベタベタ触ってきたり抱きついてきたりはしないけども、
何だか私を見る目が……柔らかいっての? 明らかに異性を見る目になっているというか……。
あんまり考えたくないけども、もしかして気ぃ持たせちゃったかしら……。

 考えてもみればこの子結構初心だし、恋愛とかそういうのも鈍感そうだし。
ひょっとしたらまともに女性と接したことってないんじゃないのかしら。
だって屋敷の女の人と話してるの見たことないし。いや、見たことはあるけど、まともな会話になってなかった。
ちょっと会話になりそうだと思った瞬間、破廉恥でござるとか言って逃げてたし。
破廉恥って何なんだとか思ったけど、聞けば女の人とろくに接することも出来ないみたいでさ、
なら私は何なんだと本気で思ったもんだ。
いやいや、待て待て。裏を返せば意識をされていないってことじゃないのよ。
そう考えれば気を持たせたと決まったわけじゃないし、私の勝手な勘違いだろうってのが証明されてるじゃない。
うん、そうだ。きっとそうだ。だから気にしない、気にしない。

 ……と、思いたかったんだけど……。

 「小夜殿! これを受け取って下され!」

 ずいっと差し出された木箱を開けると、中には見ただけで上質だと分かるような高価な櫛が。
かなりセンスも良くて、見ただけで胸がときめいてしまいそうな美しい細工が施されている。

 「ちょ、これどうしたんですか?」

 「屋敷の侍女達にな、洒落た小間物屋があると聞いて買ってみたのだ。小夜殿に似合うと思ってな」

 落ち着いたデザインの櫛は、華やかとはいえない私の髪にも合う様な気がした。
気がしたけど……ちょっと待ってよ、これ私にって……プレゼントってこと? 給料から天引きされたりしない?
というか、侍女とまともに話も出来ないような人がプレゼントする為に話をした、ってことなわけ?

 ちょっと……これは、ヤバくない?

 「下さる、って解釈でいいんですか?」

 「無論!」

 胸を張って言う幸村君に、私が若干引き気味だったのは言うまでも無く。

 「あ、ありがとうございます……」

 断るのも無粋かと思って受け取ることにはしたんだけど、妙に嬉しそうなその顔がどうにも引っ掛かる。

 ……やっぱり、私女として意識されてる、ってことかしら。

 それは……困ったな、流石にどんなに頑張っても下は十歳離れてるまでが限界だもん。
十二も離れちゃったら流石に弟にしか見れない……。

 いい子なんだけどもなぁ……恋をするにはちょっと若すぎる。いや、私が老けすぎてる。
自分で言ってて悲しくなってくるけども……それに子供を産めない私には、
御屋形様に期待されている立場の人間の側にいるわけにはいかない。

 やっぱりこれはお給料貰って早々に退散しないと、ちょっとめんどくさい事になりそうな予感。

 「旦那!」

 二人だけの空気の中に遠慮なく割って入って来たのは佐助、幸村君は不愉快そうな顔をしていたけれど、
佐助の表情を見ればそれどころの話ではないことなどすぐに分かる。
いつもは無粋だと思う佐助の登場に、今回ばかりは救われたような気持ちになっていた。

 「越後の上杉謙信が甲斐に攻め入ろうとしているとの情報を得た。
御屋形様が準備が整い次第すぐに出立すると仰せだぜ」

 「おおっ、ついに雌雄を決されるということだな」

 越後の上杉謙信と御屋形様はライバル同士で、ずっと二人は争ってきたという。
今回、その戦いに終止符を打つべく上杉謙信が動いたらしい。その情報を聞いて御屋形様が動くことになったわけだけど。

 雌雄を決する……かぁ、きっと見物なんだろうなぁ。
軍神と甲斐の虎の戦、後学の為にも見てみたいなぁ……いや、無理なのは分かってるけどね。

 「で、もう一つ……その戦いに水を差そうって奴がいるんだ」

 誰だ、そんな無粋な事をするしょうもない輩は。漁夫の利を得ようってか?
どうせならきちんと雌雄を決させてやろうよ。全く、どういう奴か見てやりたいわ。
そういう奴は絶対に小物だよ。器のちっちゃい奴。

 「独眼竜伊達政宗率いる奥州の軍だ」

 うちかぁあああああ!!!

 思わず四つんばいになってがっくりと項垂れた私を幸村君は心配そうに見ていたが、気にせず話を続けてもらう。
佐助の説明を聞く限りでは、やっぱり思った通りに漁夫の利を狙って攻め込む腹でいるらしい。

 おいおい……なんでいきなり甲斐や越後に来んだよ。
先に押さえておかなきゃならない国はいろいろとあるでしょうが……。
つか、小十郎何で止めなかったの。最上や佐竹は大丈夫なわけ? あの辺隙あらば奥州へ攻め込もうって腹じゃん……。
いや、止めたけれど無理に押し切られた、って考えた方が良いかもしれない。
きっと小十郎が血を吐くような思いで策を練り上げてるんだわ。多分ね。

 ある程度事情を話した佐助が話を切って、じっと私を見ている。
その視線に何を言いたいのか分かったけれど、あえて黙っていれば佐助がきちんと言葉にして問いかけてくる。

 「……アンタ、どうする?」

 どうするって……政宗様が来るんなら答えは一つしかない。
これ以上ここに留まっていても良いことは一つも無いしね……。

 「……お給料、今日までの分精算して貰える?」



 幸村君には引き止められたものの、でもどっちにしろ離れるつもりだったから良い機会だったのかもしれない。
お給料も精算して貰えたし、ちょっと大目に貰えたし。こちらとしては良い事尽くめだ。
落ち着いたら遊びに来るね~、なんては言ったけれども、まぁ、一生ないでしょう。
だって、奥州が甲斐に攻め込んじゃうわけですし。
これで敵国確定でしょ、そうなったら私が遊びに行くなんて出来やしないじゃないの。ねぇ?

 しかし幸村君もなぁ~……もうちょっと歳が近ければ良かったんだけど。
ちょっと暑苦しいけど素直な良い子だし、顔はジャ○ーズ系で可愛いしねぇ~。
うちの政宗様ももうちょっと、ああいうところがあればなぁ。政宗様もかっこいいけど素直さが足りないのよね。
まぁ、次会う時に佐助みたいなデリカシーの無い人間になってなけりゃ良いんだけどもねぇ。
そうなっちゃったら、遠慮なく佐助を暗殺しちゃうかもしれないわね。

 「さってと……次は何処に行こうかなぁ~」

 出来れば次は、もうちょっと年齢が近くてカッコイイ男の人がいるところがいいなぁ~。 
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