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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第十話

 幸村君が仕事を終えて帰ってきて、幸村君のお買い物に付き合うことになりました。
買う物は言うまでも無くお団子。で、今二人で城下に来ています。いや、正確には三人なんだけどね。

 こっちの事情が事情だから余計に信用するわけにはいかないってんで、
気配隠した佐助が影ながら見守っているわけでして……これがデートだったら野暮だよ、ホント。
ストーカーレベルもいい所だわ。つか、何時まで気付いてないふりしてやればいいわけ?

 「どうなされた、小夜殿」

 げんなりして溜息を吐いたところで、幸村君が私に声をかけてくる。
なんかこのまま付きまとわれるのも癪に障るし下手に誤魔化すのも面倒で、馬鹿正直に話してやることにした。

 「いいえ。こっそり付いて来なくても心配なら一緒に来れば良いのに、と思っただけです」

 「これも忍の務めでありますゆえな。佐助のことを悪く思わないでいただきたい」

 ……普通にバレてんじゃん。それでもストーキングする意味ってあんの? 何か面倒臭くなってきたなぁ……。

 「佐助~、一緒に来れば? もうバレバレだしさぁ……」

 知ってるのに知らない振りをしてやるのが段々可哀想になってきてそう声をかければ、
少し落ち込んだ顔をした佐助が現れた。

 「気づいてるんならもっと早く声かけてよ。俺様馬鹿みたいじゃん」

 「ある程度の歳になるとね、思いやりってものが出てくるのよ。気付いていても声をかけない、大人の対応って奴?」

 「そんな残酷な思いやりいらない!」

 だってさぁ、そういうのが趣味だったら可哀想じゃん。それに付いて来られてもやましいことは何一つないわけだし。
別に幸村君をどうにかしようってわけでもないしね。こんな若い子に手を出すほど、飢えちゃいませんよ。私は。

 「それじゃ、三人でお団子買いに行きますか~」

 少しばかり落ち込んだ佐助を連れて、私達はお団子を買い求めに茶屋へと向かう事にした。



 さて、茶屋までもう少し、といったところで何者かに狙われているような気配を感じた。
微弱ながら殺気を放っているし、数も複数。これはかなりの手練と見て間違いない。

 「二人とも、気付いてる?」

 「無論」

 「こんな町のど真ん中で狙ってくるとは……参ったもんだね」

 やっぱり気付いてましたか。ま、これくらいに気付かないようじゃ戦場を駆け回れないよね。

 とりあえず迷惑にならないようにと人気の無い場所まで向かう。
人通りが途絶えた瞬間、遠慮なく手裏剣やらくないやらが飛んできて、私達は二手に分かれて動く事にした。
幸村君の守りは佐助に任せて、私は迎撃に当たる事にする。
とはいっても人に守られるほど弱くは無い幸村君は、自分でパパッと襲ってきた刺客を倒しちゃって
佐助の出番はほとんど無いといった有様だった。

 あちらさんは全滅と。じゃあ、こっちは生け捕る方向で動きますかね。
襲ってきた目的も訪ねなきゃいけないだろうし。

 「二人とも、加勢はいらないから近寄らないでね~。死にたくなければね」

 一応注意を促しておいて、私は敵目掛けて突っ込んでいった。
その間にいろいろと私に向かって何かを投げつけてくるんだけど、
全部私に当たることなく宙に浮かんでふわふわしている。
流石にこれは予想していなかったのか、思わぬ展開に敵も吃驚して一瞬動きを止めたのがいけなかった。

 「悪いけど、生け捕らせて貰うよ」

 ズン、という重い音と共に私を狙っていた敵が全部地面に倒れた。
一切手を触れずに倒れた敵に、幸村君や佐助は勿論倒された敵も呆気に取られている。

 これが私の属性、ってか婆娑羅の力で、重力を操る力があるみたい。
普通は炎や氷、風、雷、光、闇の六種類らしいんだけど、神様から貰った能力が重力だったのよね。
だから投げつけられたものを空中にふわふわと浮かせてみたり、
逆にぺちゃんこに潰せるくらいの圧力をかけてみたりとそういうことが出来る。
まぁ、最も応用を利かせて自由に空飛んだりとか投げつけられたものを相手に返すとか、
そんなのも出来るけど流石にこの場で手の内晒すのは気が引ける。
どうせそのうち敵になるんだろうし、こちらの手の内をあんまり見せたくは無い。

 「てなわけで、生け捕ってみたけどどうする? 殺す? それとも拷問でもかけて誰が仕掛けてきたのか吐かせる?」

 ちなみに自害させるなんて温い事は致しません。
ちゃーんと舌が噛み切れない程度の圧力はかけてるから、しようと思っても自害は出来ません。
ぶっちゃけこんな事態は政宗様や小十郎の命を狙ってやってくる暗殺者の対応で慣れてるしねぇ。

 「いや、何処の者かは分かっておりますれば……逃がしてやっていただけませぬか」

 意外な幸村君の言葉に諌めるかどうしようかと一瞬考えたけど、言われた通りに圧力を解いて逃がしてやった。
優しいのは良いけれど、逃がしたところでどうせまた狙いに来るんだろうし、意味無いよ?
余程そう言ってやろうかと思ったけど、ま、人様の事情だからそこまで首突っ込む気はない。
どうせ私には関係の無い話になるのだから。

 「優しいですね、幸村様は」

 嫌味で言ったつもりだったんだけど、何を勘違いしたのか幸村君は真っ赤になってました。

 ……おいおい、これくらいで真っ赤になんなよ。どんだけ純情なんだよ、君は。

 「さ、真田の者なのでござる……あの者達は」

 真っ赤な顔をしながらも、気を取り直してそう告げた幸村君に私は眉を顰めていた。

 「真田の?」

 「真田家を継いでいるのは某の兄で、次期当主が某では困ると時折あのような者が現れるのでござる」

 ……何か、奥州でも聞いたような話だなぁ。結構この手の話は何処にでもあるもんなのかしら。

 「でもお兄さんが後を継いでいるのなら、問題はないのでは?」

 既に当主が立ってるわけだし、幸村君のお兄さんならそれでもまだ結構若いんだろうし。
お父さんが、っていうのならまだ分かるけど、命を狙いに来るっていうのがどうにも分からない。

 「確かにその通りではありまするが……兄は病弱なもので、まだ子もおらぬゆえ兄が亡くなれば某が当主に」

 まぁ、それはそうだろうねぇ。普通に考えれば弟が跡取りになるってのは常識的な流れなわけだし。

 「別に弟ならば構わないのでは」

 政宗様やその弟の小次郎様みたいにどちらを当主にするのかで揉めたわけでもなさそうだし、
特にお兄さんに万が一のことがあったとしても幸村君が真田家を継ぐことに、伊達家ほどの抵抗はないように見える。

 真田家のポジションが武田の中じゃどれだけかは知らないけど、
少なくとも御屋形様の側近やってる立場なら当主として立つ条件としては申し分ないはずだ。
それなのに何故。

 「……妾の子なのでござる、某は。兄上の母君は正室なのだが、あまり某を快くは思っておらぬようで……こうした刺客を放たれる」

 なるほど、妾の子に当主の座を奪われたくないと。だから殺してしまおうと。
ますます何処かで聞いた話になってきたわ。

 本当何処でもある話、なのかしらねぇ……どうにも現代人の感覚だと、そこまで“血”ってのに拘る理由が分からない。
まぁ、天皇とかも男系じゃないとって拘りがあるみたいだから、
偉い人には血統ってものが大事なのは何となく分かるけども、人を殺してまでどうこうってのはどうなのかな。

 「某は別に後を継ぎたいとか、そのようなことは考えておりませぬ……義母上(ははうえ)のことも、
某は本当の母のように慕っているのでござるが……しかし、義母上は」

 寂しそうな顔をするものだから、ついついくしゃくしゃと幸村君の頭を撫でてやっていた。
幸村君はそんな行動に驚いたような顔をして私を見る。

 「いい子だね、幸村君は。本当にいい子だ」

 政宗様とタイプは違うけど、何か似たような子だ。
立場の違いはあるけども、どっちにも母親には恵まれてなくて、それでも健気に想い続けてる辺りがそっくりだ。
まぁ、あっちは捻くれてるけどこっちは純粋というか何というか。
どうすりゃ十七になるまでピュアでいられるのかねぇ。

 「本当のお母さんは?」

 「……某が生まれてすぐに、某を置いて出て行ったと聞き申した」

 それじゃ尚更義理のお母さんに愛情求めるわけだ。でも、向こうはそのようには見ていない、と。

 「……母上は、某が邪魔だから置いていったのだと」

 「ストップ! そんなこと誰が言ったの」

 「真田の者達が」

 おいおい……何てことを言ってくれちゃってるのよ。
もしかして、子供の頃にそんなこと言われて育ってきたってクチかい?

 「一概にそうとは言えないじゃない。この時代、女が一人で生きていくのって相当大変なことなんだよ?
何か事情があって出て行かざるを得なかったのかもしれない。直接聞いたわけじゃないんなら、そう思うのは早いよ」

 「……しかし、何処にいるのかも分からぬゆえ」

 「こうやって立派に育ってくれて喜んでるよ! 十七だっていうのに屋敷も持てて、家人までいる。
私なんかこの歳になるまで自分の屋敷なんか持てなかったんだから。
しかも自分の、って言っても弟と二人で折半してやっと構えたくらいだしさ。
その若さでそんなに出世してればお母さんだって喜ぶよ」

 「そうでござろうか……」

 「そうそう! 絶対喜ぶって」

 ……根拠は丸っきりないけども。つか、佐助が随分と渋い顔してるのが引っ掛かるなぁ。

 でも幸村君はすっかり騙されてくれたようで、暗い顔が明るくなった。
単純だとは思ったけど、騙されてくれて良かったと思う。
だってさ、幸村君にその顔は似合わないよ、やっぱり明るく笑っててもらわないと。

 「小夜殿は良い母君になりそうでござるなぁ」

 突然言われたその言葉に、私は苦笑いしか出来なかった。母親、それは私には一生無理な話だもん。

 「う~ん……だと良いんだけど、私、子供産めないからね~……」

 幸村君のみならず佐助まで驚いて目を丸くしていたもんだから、つい余計な事を言ったかと少し反省しました。

 だってさ、折角明るくなってた空気がまた重くなっちゃったんだもん……。



 重~い空気の中、目的の物を買って屋敷に戻れば、幸村君が突然私に向かって土下座を始めた。

 一体何事!? と思ったけれど、どうにも子供が産めないと言わせてしまったことを気に病んでいたようで……。
まぁ、気に病んでるのは分かったけど、別に土下座までしてくれなくてもいいのに。

 「申し訳ござらぬ! 知らぬこととはいえ無神経に」

 「いやいや、気にしなくていいからって。別に隠してることじゃないし、奥州じゃ知ってる人は知ってることだし」

 城の女の人達以外はほとんど知らないけども、つか、男として通ってるからそれはそうなんだけどもね。

 「しかし、それでは某の気が」

 「いいからって……変に気にされると、こっちも落ち込んじゃうから」

 「す、すまぬ……」

 ああもう……いい子なのは分かるけど真っ直ぐすぎるって。
苦笑して頭を撫でてやると、ばつが悪そうな顔をして幸村君は俯いてた。

 「気にしてないから。ね?」

 「……小夜殿がそう申されるのならば」

 つか、土の上で座ったら白い袴が汚れちゃうよ。汚れ落とすの結構大変なんだから。

 幸村君を立たせて着替えるように促し、一緒に屋敷の中に入って行った。

 この子も結構可愛いんだけど……どうにも暑っ苦しくていけないんだよなぁ……。
政宗様や小十郎によく似たところがあるけど、純情で初心で。
何かある度にコレやられるとこっちが気を遣っちゃって大変。

 どれくらい貰えるか分からないけど、お給料貰ったらお暇しますか。
あんまり奥州と近いところにいるのも良くないしね。見つかっちゃったら政宗様の側室ルート解禁になりそうだし。  
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