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リメインズ -Remains-

作者:海戦型
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11話 「告死の黒翼」

 
前書き
機械(マキーネ)
古代の技術で製造された、複合的なギミックの集合体の事。非常に高度な技術が絡み合って製造されているため、神秘術と違って発見されてもその技術を再現することが非常に難しい。一定の活動を継続する機械や何らかのアクションに反応して動く機械などがあり、多くはリメインズなどの古代迷宮でひっそりと動き続けている。一部には水を浄化していると思われる機械も存在しているが、そのような機械は多くが限られた種族によってその管理が徹底されているため解析はされていないのが実情である。
ちなみにリメインズ内では、神秘数列で動くゴーレムと機械兵士マキーネ・アーミーの違いがよく分からないヒトが多い。どちらも体が硬く視界に入った敵を自動的に襲う点では共通しているため余計にややこしい。 

 
 
 殺人行為は、どの国どのヒト種どの宗派にいても悪徳であり、ヒトの犯す最大の罪である。
 だがこのロータ・ロバリーに生きる者は全てが善なる存在とは言い難く、ヒト種は力をつければつけるほどにその醜悪なまでの傲慢を肥大化させてゆく。その傲慢は、ヒトの心に宿った鬼がそうさせる。

 鬼とは力の象徴。暴力の象徴。理不尽を表す記号。
 故に、ヒトの中に生まれた鬼を殺して善を守る為、この世界には殺し屋と呼ばれる集団が存在する。冒険ギルドよりも危険に、マーセナリーよりダーティに、彼らは夜の暗闇に紛れて害悪を抹消しエレミアの慈悲を否定する。

 悪にとっての悪とは、善にとっても悪。ゆえに悪は表に顔を出さない。
 その暗殺集団の中にあって一際特異で、一際恐れられる者たちがいる。
 構成メンバーの全員が翼種。宵闇に月下を舞い、鬼の首を斬り落とす。
 超国家条約に於いて、秩序をいたずらに混乱させるその「鬼」を滅するために女神の代理人たちに認められた、この世界で唯一の「正式な必要悪」。

 目をつけられること無かれ。
 目をつけられた者、生きること無かれ。
 目をつけられし鬼、決して見逃すこと無かれ。

 その頂点に立つ者は、嘗てヒト種を守るために戦いの矢面に立ち、連合に数多のハロルドの首級を持ち帰った悪の英雄。


「アサシンギルド『鬼儺(おにやらい)』が統領――クロエ。その禁書、抹消する」


 月下に現れたその少年に、ブラッドは剣を向けた。
 斬られた背中の傷が血液を吐き出し続けるが、身体は動くらしい。熱が消えていくような寒気を抑えて、ファーブルを庇う形で構える。呆然としていたファーブルも我に返り、相手を食い入るように見つめた。彼の額に一筋の汗が流れ落ちる。

「黒い翼……黒い髪……月夜に煌めく銀の刀……まさか、本物の鬼儺(おにやらい)……!?」
「殺し屋にして英雄とでも?物騒なガキだ、親の顔が見てみたいな」
「い、いえ……本物はもう40歳近い筈です。後継者かもしれません」

 翼人の寿命は基本的ヒト種とほぼ同じ、つまり100歳前後だ。老化も当然同じペースで訪れる。二代目か息子と考えた方が自然だろう。見覚えがある気がするのは、彼と初代のクロエが似ている所為かもしれない。記憶の中の少年と目の前のそれが同じである証拠はない。
 だが、殺気に鋭いマーセナリー2人に悟られず部屋に入り込んだその手腕は本物の暗殺者のそれだろう。部屋の中に吹く風も、恐らく彼が神秘術で発生させているものだ。

 風ということは術の運命数は「(セプテム)」。使いこなすのは難しいが、慣れれば圧倒的な機動力と自由度で戦況をかき乱す厄介な属性だ。
 どうやら最近の子供と言うのはどいつもこいつも物騒らしい。大砲をぶっ放す子供の次にヒト斬りとは(つくづく)嫌な縁がある。ファーブルの言葉もあまり慰めにはならない。

「どちらにしろただのガキじゃないのは明白という訳か。存在に全く気が付かなかった」
「僕もです。マーセナリーの中でも別格の気配察知能力を持つブラッドリーさんにも気づかれずに部屋に入り込むなんて……自分の命があることが驚きです」
「審査会の隠密室の監視を潜り抜けて来たのか、それとも公式の殺し屋だから許されたのか……どちらにしても厄介極まりないな。あいつから目を離すなよ」

 マーセナリーの身柄はある程度審査会が管理しているが、外で恨みを買ったマーセナリーやマーセナリー同士で生まれた恨み辛みを殺し屋に託すヒトも世の中には存在する。俺自身も存在を疎まれて殺し屋を差し向けられた経験があった。
 だが、目の前のこいつはそんな暗殺者とは決定的に違う所がある。

 それは闇夜に爛々と輝く瞳。

 殺意を通り越し、当然では済まされぬ威圧感を纏う絶対強者。相手を必ず殺す事だけを決定して動くような、ヒトの感覚から隔絶された高みに達する意思。
これほどの瞳をするヒトがこの世に果たして何人存在するだろう。いったい今までどのような想像を絶する環境下で生きて来たら、この子供のような瞳を宿すのだろう。ヒトと言う種族の業の深さを垣間見た。

 状況を分析し、素早く考えを巡らせる。
 あのクロエと名乗る少年はファーブルを狙っていた。なら狙いはファーブルと考えるのが妥当だ。
 だが同時に「禁書を抹消する」とも言った。だとしたら狙いは禁書、もしくは禁書とその内容を知る者といった所か。俺も恐らく候補なのだろうことは想像に難くない。
 だが、クロエは最初の不意打ちからまだこちらに仕掛けてきていない。傷を負わせた剣士と丸腰の術師が相手でも油断する気はないという訳か、と苦々しく舌打ちする。

 せっかく記憶の断片を取り戻せそうなのだ。
 暗殺者か何か知らないが、こんな所で邪魔をされてたまるものか。

「お前の狙いは本か?それとも本の内容を知るもの全てか?」
「……………」

 クロエは何も言わず、ただ俺の顔を見て何かを呟く。

「……他人の空似、か?だが纏う気が似すぎている………それにこの刺すような気配……だとしたら貴様は……やはり無関係ではない。試してみるか――」

 1人何かを結論づけたクロエの姿が、次の瞬間に掻き消えた。
 この狭い空間で完全にその存在を見失うほどの速度など、今までのリメインズでもお目にかかったことがない。加えてこの暗闇による視界の悪さ。刃がどこから迫って来るか、全く予測がつかない。

 ――直感と反射神経を総動員して、俺はその影が向かう先に細剣を振った。

「……ッ!!」

 刃の先端に、ほんの微かに何かを斬った感触。
 斬ったのはクロエの黒服の一部だった。当人はこの狭い室内で曲芸のように跳ねて、部屋の端にあった小机の上に飛び乗る。一瞬の奇襲もさることながら、それを間一髪で躱す体裁き。一朝一夕の物ではない。
 屋内での戦闘や暗殺に慣れている。外見は子供でも、使っているのは魔物ではなく対人でこそその実力を発揮する本物の殺人技術だ。

「その剣筋、あの気障(きざ)ではない。だとしたら………ッ!!」

 その剣に何かを確信したクロエの顔に、どす黒い殺意が漏れ出す。
 その気に触れた瞬間には首を切り落とされてる、と錯覚するほどの殺気。今ので宿の全員がコイツの存在に気付いただろう。
 クロエの持つ剣が一瞬視界からぶれ、宿の外に面する壁がばらばらと崩れ落ちる。流水のようにしなやかに、そして閃光のように瞬く剣筋。あの一瞬で碌に音も立てずに壁を切り裂いたのだと気付く。

「付いて来い。ここでは互いに都合が悪いだろう」
「………いいだろう。誘いに乗ってやる」

 彼の関心は、完全に本とファーブルから俺に逸れたらしい。背を見せたクロエは瞬時に外に飛び出す。
 例えここで俺が追いかけずとも、彼は既にこちらの住処を発見している。下手をすれば人質や暗殺で俺以外が狙われる。ここは打って出るしかない。俺はテレポットに段平剣が入っているのを確認し、崩れた壁から身を乗り出す。

「ぶ、ブラッドさん!!」
「あっちが一人で動いているとは限らない。念の為に戦いの準備くらいはしておけ。ネスの説得任せたぞ」

 それだけ告げて、見失うまいとその黒翼を目で追う。
 あいつは俺の何かを知っているような物言いをしていた。その真偽を確かめないままに指をくわえて待つ気はないし、相手が六天尊だろうがその後継者だろうが関係ない。
 俺は逃げる事の出来ない記憶の残滓と決着をつけるため、鎧もつけなまま壁の外へ跳躍した。



 = =



 ファーブルはその後ろ姿を、追う事も止めることも出来ないまま見送ってしまった。

「無茶だ……刀の切り傷は下手をしたら内蔵に届いてるんだぞ。出血だってあんなに……」

 彼は見ていた。
 それだけで致命傷になりそうな斬撃の後と、そこから溢れ出る赤い血を。
 その場で出血多量になってもおかしくない量だったのに、彼は何故躊躇いもなく飛び出したのだろう。最低でも、今すぐに止血だけでもしておかなければ命に係わる段階だと、彼なら分かった筈だ。

 だが、分かっていて行ったのがブラッドなら、分かっていて止められなかったのが自分。
 殺されかけた瞬間、腰を吹かしそうになるほど体が震えた。だが、奇襲にまるで動じないまま平静を保っていたブラッドがいなければ、今頃みっともなく部屋から逃げ出していただろう。前から命が惜しくないのかと思う事はあったが、今日ほど彼にその台詞を吐きたくなった日はない。

 呆然と彼の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていると、後ろの扉が突き破られた。

「ちょっとちょっとぉ!さっきの殺気は何事よぉ!間違えて薬の調合間違えちゃったじゃない……って、ナニコレ!?」
「あ、アイシャさん……!」

 この宿で「はぐれ薬師(くすし)」として活動しているアイシャの姿がここにあった。その髪とエプロンが少し焦げている所を見ると、薬の調合に失敗して爆発が起きたらしい。だが今はそれ所ではない、とファーブルは今起こったことを必死に説明する。……禁書の話は隠して。

「大変なんです!いきなり暗殺者が現れて、ブラッドさんが大怪我を!しかもあの人傷も塞がってないのに暗殺者を追いかけて外に……!」
「え、さっきの殺意ってば想像以上に大事じゃない!!………あれ?」

 事情を聞いて目を丸くしたアイシャは、そこで部屋を見渡してあることに気付く。

「でも大怪我って言う割には―――この部屋全然血痕が残ってないけど」
「え――?」

 部屋の床やカーペットに滴り落ちていた筈の血は、まるでその存在すらなかったように一滴残らず無くなっていた。

「まさか……そんな筈は!確かにあの時ブラッドさんは出血して……」

 見間違いかと思い周辺をよく見たが、壁が切り裂かれた際の瓦礫と埃以外、血の痕跡は何も見つからなかった。

(――一体、何が起きた?血がひとりでに動いて消えたとでも言うのか?)



 = =



 傷の痛みが治まってきたな、と一人ごちる。
 今までそれなりに傷を負ってきたが、気が付いたら治っている。周囲はその傷の再生速度を気味悪がるが、次第に傷すら負わずに敵を屠る姿を見て疑問すら抱かなくなっていった。そう言う体質なのだ、と自分でも納得している。
 一時期は「自分の血が足りないから相手の血を啜っている」などという噂も流されたものだ。

 しかし――クロエという少年は速い。
 俺が全速力で町を走っているのに対し、クロエは碌にその翼も使わず屋根と屋根の間を飛び越えながらこちらの様子を伺っている。恐らくこの時間帯はもぬけの殻になる「キャラバン市場」へ向かっているのだろうと推測する。翼種である以上は動き回れる広い空間を戦いの場所に求める筈だ。大型の剣である段平剣を操るこちらとしてもその方が都合がいい。

 途中、飲んだくれた酔っ払いや露店の連中が何事かと目を丸くしたが、気にせずに追跡を続ける。もとより構っている暇など無いし、興味もない。

 やがて視界が晴れ、がらんどうな広場に到着する。
 中心部には噴水、そして普段はそれを囲うようにキャラバンが食料品を置いている棚やかごが放置されていた。ここは定期市のため、市が開かれれば賑わうが撤収してしまえばまるでゴーストタウンのように人がいなくなる。戦いの場所としてはまあまあの広さだ。いつもの得物の段平剣を抜き、腰だめに構える。

 既にその場所に着いていたクロエが、銀の刀を逆手に握りゆっくりと振り返る。

「………俺は鬼ごっこは嫌いだ。ごっこ遊びではなく本物の鬼を狩る存在だからだ。それでもこんな茶番をした理由が……お前に分かるか?」
「知ったことか。俺はお前を叩きのめしてファーブル殺しを諦めさせ、ついでに真実とやらを知らさせてもらう」
「ふん……『随分と変わった』のか、それとも『きれいに化けている』のか……まあいい。俺もお前には聞かなければいけない事がある」

 あの速度に加えてこの自由度の高い空間で、空戦可能な殺し屋と相対する。かなり無謀な戦いと言えるだろう。月明かりが照らし出す二つの刃が、同時に煌めいた。

 瞬間、刃の激突音が周囲に響き渡る。
 ぎちぎちと音を立てて鍔迫り合う二つの剣。ブラッドの体格と大剣に劣らぬ怪力で力を拮抗させながら、クロエが囁く。

「言っておくが、加減してくれるなどと甘ったれた考えは捨て置けよ。さもなくばその首、永遠に体と別れを告げさせてやる」
「さっきから能書きの多いガキだ。それとも――そういうお年頃か、坊や?」

 びきり、と彼の額に血管が浮き出た。
 鍔迫り合いのを解いたクロエはそのまま空に舞い上がり、その背中に荒れ狂う突風を巻き上げながら月光を背に絶対零度の視線でこちらを見下ろした。今までの超人然とした瞳に荒れ狂う殺気が宿ったのを、俺は見逃さなかった。

「予定変更だ、今すぐその首貰い受けるッ!」
「やってみろ、黒羽(くろはね)坊や。取れるものならな」

 お前の知っている俺の情報を得るまでは死んだってくれてやるか、と内心で嘯きながら、俺は真正面から黒衣の暗殺者と激突した。
  
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