リメインズ -Remains-
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10話 「襲撃の風」
前書き
魔将:
退魔戦役にて姿を現す、魔物の特徴とヒトと同等の知能を有した存在。数万にも及ぶ魔物を指揮し、魔物側の司令官にして将の役割を持つため魔将と呼ばれる。その実力は一騎当千であり、六天尊以外はまともに相対することも出来なかったそうだ。また、単純な戦闘能力以外にもヒトには扱えないほど高度な神秘術を使用したり、現代の技術力では作りえない装備を持っていたりと、古代文明との関係を匂わせる部分が存在するが、詳細は不明である。
ファーブルは、マーセナリーになる前はリベラニエという都市で勉学に努めていた。
通称、歴史都市リベラニエ。魔物の進行などで滅ぼされた文明の痕跡を集めて研究、解析しながら、後世に正しい歴史認識を残すことを目的に出来た独立都市だ。新興都市ながらアーリアル王国など複数の出資者の下、日夜様々な研究に精を出している。
ファーブルは文武両道だったが、彼が特に興味を示していたのは30年前の退魔戦役に関するものだった。あの戦争は凄まじい激戦だったために残存した資料の食い違いや空白が多く、彼はそれを調査によって埋めながら当時の人々の奮戦に思いを馳せていた。
退魔戦役では魔物を総べる高い能力と高い知能を持った存在、「魔将」が出現して当時の超国家連合軍を苦しめたという。そのハロルドを打ち破ったのが「六天尊」だ。
当時の連合軍で文句なしの最高戦力であり、半ば人知を超えていたとまで言わしめるほどの実力を持ち、世界各地から終結した戦士たち。特に鉄血の猛将と謳われたシグルはメンバーの中でも最も多くのハロルドを撃破し、最期は満身創痍ながら凶悪なハロルドと相打ちになって果てたとされている。
だがその中で、彼はある事に気付いてしまう。
そのシグルが撃破したハロルドの内に、明らかに時系列的に彼が倒したとは思えない者が複数混じっている。
彼はそのハロルドを本当は誰が撃破したのかが知りたかった。そして探りに探った内に調査が行き詰まり、残る手段は一つに絞られた。だが、最後の一つには大きな問題があった。それを実行すると、確実に罪に問われることになるという事だ。
彼は散々悩み、他に方法がないのかを模索した末――知的好奇心を我慢できなくなり、とうとう罪を犯した。
「僕は、リベラニエ世界図書館の第13番保管庫――禁書室に入り込んだんです。今になって思えば何と馬鹿な事をしたのか」
顔に手を当てて呆れたように顔を振るファーブルの姿は、まだ20代である筈の彼を酷く老けた男に見せた。
禁書とは、世間一般の道徳倫理からあまりにかけ離れた資料や、国家の名誉にかかわる重大な資料の事だ。それらの大きな存在に都合の悪いものを全て禁書で括り、厳重な警備の基で保管される。言うまでもなく、許可なしにそれを閲覧したり保管場所に侵入した場合は罪に問われる。
「僕は狙いの書物を手に入れました。ところが、その瞬間に僕はリベラニエ異端審問会に包囲された。僕は監視されてたんです」
ファーブルは直感した。その本には決して周囲には知らせてはいけない重要な事実が隠されているのだと。でなければ日和見審問などと揶揄される異端審問会が、高々禁書に忍び込んだコソ泥相手にこんなにも早く動くはずがない。
彼は命をかけてでもその真実を知りたくなった。だから彼は、審問会を強行的に突破して都市を逃げ出した。着の身着のまま、その書物と護身用の槍……そしてお守りのように抱えた思い出の歴史書だけを抱えて。
「翌日には指名手配犯ですよ。罪状を見て呆れました。審問官に突然斬りかかった狂人扱いされてたんです。あの町は自由に学問を追求できるものだという憧れは崩れました。後は言わなくても分かりますね?」
「……マーセナリーはその苛酷さ故に、例え犯罪者であっても能力があればなることができる。評価次第では審査会の口利きで前科を消すことだって出来る」
――マーセナリーはヒトの屑がやる仕事。
この世界に入ってきた理由など、総じて碌でもないものだ。彼もまた、そんなろくでなしの一人だったらしい。
「まぁ、二度とあそこに戻ろうとは思っていませんがね。……もうお気づきでしょう。僕が持っているこの本がその禁書です。ここには――抹消された8人目の記述が存在しました。未だ世界の学者のほとんどが存在すら知らない8人目の、ね」
「……………」
そして失われた俺の記憶の断片は、ファーブルが死に物狂いで掴んだ8人目とやらに強く反応している。
誰もが存在すら知らない筈の8人目に。
これはどんな巡り合わせだろうか。偶然にも8人目の事実を知って追われる身になった男が、自分のすぐ近くに転がり込んできていたなど。もしこれが女神の思し召しなのだとしたら、余りにも皮肉なことだ。戦いしか能のない屑と罪を犯した逃走者――そんな不心得者に真実を得るチャンスを与えようというのだから。
「貴方は20年前から年を取っていないのでしたね。そしてそれ以前は記憶がない。ならば――ひょっとしたら貴方は当事者だったのかもしれません。この本に登場する8人目がいた時代の。だから僕は――貴方の真実が知りたい」
「いいんだな?お前が罪人扱いされた原因だ。これの所為で全てを失ったのだろう?」
「………知りたいんです」
決意の目は本物だった。しばしその覚悟を試すように見つめ、ため息をつく。
これではまるで俺の方が渋っているかのようだ。
「分かった。……その8人目の名前は?」
ファーブルの額から汗が垂れる。その喉は頭の命令を体が拒絶しているかのように、言葉に出来ていない。彼にとっての没落のきっかけになった禁書の内容を、彼自身も言葉にして出すことに躊躇いがあるのだろう。
耐えられなくなったように、彼は持っていた水筒の水を喉に流しこんだ。
「――ふぅ。……臆病ですよね、僕。もうあの町を追放された身の癖に、未だに体のどこかで異端扱いされることを恐れてるんです」
「ここには異端審問会はいない。落ち着け」
「はい、すみません………」
「聞いていいか。その8人目は、何故歴史から抹消されたんだ?」
その質問に彼は再び身をこわばらせた。だが、言わねば話が進まないと自分に言い聞かせるように胸を撫で下ろしたファーブルは、ゆっくりと答えた。
「この本によると、その……8人目は連合を裏切ったらしいのです」
「連合を……ヒト種を、か?」
「はい。彼はハロルドをも討ち取る凄まじい剣士だったらしいのですが………ある日、自分の居た陣営の兵士や武器職人を皆殺しにして行方をくらましたそうです。その後の足取りは不明。彼が去った後には、血文字で『我はエレミアの代行者、ステュアートなり。我、女神の嘆きをその血を以って汝らに伝えん』と残されていたそうです」
「ステュアートといえば……」
「ええ。ヒトの歴史上で最初に異端認定された宗派です」
世間の公表できない訳だ、と思う。
エレミア教女神派派生の異端宗派、スチュアート派。
その存在はいつ異端とされたのかさえ不確かなほどに昔に誕生した。
その教義や教えの詳しい内容は、もれなく異端思想として徹底的に弾圧されたために全くと言っていいほど残っていない。だが、現代に至ってもまだその名を名乗るテロリズムが起きている事を考えればその悪名の高さが伺える。
ステュアートとは、『女神の隣人』という意味を持った古代言語だ。同じ女神を崇拝するそれが何故テロリズムに訴えているのかは謎に包まれている。
だが、ひとつ確実な事があるとすれば――ステュアート派を名乗るという事は、エレミア教信者の全てを、事実上の世界を敵に回すに等しいという事である。
まさかハロルドまでをも打倒したヒト種側の英雄が実は異端宗派であり、しかも味方を惨殺した末に逃げ出して未だに野放しなどと超国家連合が堂々と発表できる筈もない。そんなことが公になれば連合の信頼は地に落ちる。
しかも彼は六天尊と並んで戦っていた実績がある。こんな事実が出回れば、未だ世界中で活動していると言われるステュアート派にどのような刺激を与えるか分かったものではない。
しかし――脳裏を何かが蠢くような疼きが、強くなっている。
その本の先にもっと自分が知るべきものが隠されているような、直感。
俺は彼をねぎらうと共に、その書物を借り受けようと思って立ち上がり――不意に、風が髪を靡かせたきがした。
窓も開けていないしドアも締まっているこの空間で、風?
第六感がその異常に警鐘を発し、周囲に意識を巡らす。
この部屋になにか異常はないか――
――刹那、殺気。
「ッ!?」
その瞬間、弾かれるようにファーブルを庇いながらテレポット内の細剣を引き抜いた。
だが剣は間に合わず、庇った背中に衝撃が走る。遅れて痺れるような痛みと共に、熱い血液が流れだす感覚。
マーセナリーになってから様々な傷を負ったことがあるが、その傷は今までに受けたどれよりも鋭く、深い。一瞬意識が揺らぐのを感じながら、歯を食いしばって意識を手放すまいと掴みとる。
これでもし俺が庇わなければファーブルは間違いなく即死だった。
同時にその攻撃が薄く鋭い刃物であること――つまり刀か何かだと直感して振り返る。
その斬撃を繰り出したのは、黒い髪の少年だった。
外界全てを拒絶し、闇に溶け込むような黒ずくめ。髪の隙間から覗く翡翠色の瞳には感情らしい感情が削ぎ落とされたように冷たく、その手には銀色に輝く刀が握られている。
静かな、とても静かな。
まるで木陰の暗闇から死神が這い出てきたような異様な存在感。
そして、その背中に生えるは――月明かりに照らされ美しくも不吉光沢を放つ、黒い翼。
直後、今までにないほどに強い既視感が脳を揺らした。
疼く頭を抑えながら、俺は焦燥に駆られるように問うた。
「お前は――誰だ」
痛みから自然と噴き出る脂汗を浮かべながら、少年を睨みつける。
その質問に、少年は透き通るような声で淡々と答えた。
「アサシンギルド『鬼儺』が統領――クロエ。その禁書、抹消する」
少年の背中から、烈風が吹き荒れた。
『おお、坊よ。そんなに離れた所におらんでこっちへ来ればよいじゃろうに』
『……俺を坊と呼ぶなと言ったはずですが?』
『そうは言ってものう。おぬし、鏡を見てジンオウと見比べてみぃ。女子と見紛うぞ?』
『体の大きさは、俺には必要ない。あの筋肉馬鹿と一緒にするな』
『はぁーやれやれ、わしらの仲間にはどうも協調性に欠けたり変な奴が多いのぅ。まともなのはお前さんくらいじゃ。のう、―――?』
『―――、貴方も見ていないでご老体に何か言ったらどうです』
老人と少年が、俺の方を向いた。
これは――これは擦れていながらもぼんやりと見える、俺の過去。
俺が見て、俺がまだ記憶を持っていた頃の風景。
その風景にいた少年と目の前の少年が、重なる。
――この少年を、俺は知っている?
= =
「六天尊?」
「うん。なんかブラッドさんとファーブルくんがね?その話をしてたの」
湯煙が立ち込める湯あみ場の浴槽で、ナージャは体を洗っているカナリアに聞き返した。
褐色の肌に水滴を滴らせるカナリアの姿は、その低身長と童顔を抜きにしてもどこか色香を感じさせる。が、カナリア自身は風呂が好きではないらしく、放っておくと一週間近く入らない事もある為強制的に入れさせられている。
彼女が初めてこの『泡沫』に訊ねてきたときなど、まさに1週間近く水浴びすらしていなかったため悲鳴を上げそうになったのはナージャの記憶に新しい。とはいえガゾムは体組織が鉱物に近いだけあって老廃物の溜まり方が他の種族より極端に遅いらしいのだが。
カナリアの話に耳を傾けたナージャは、自身の記憶を探る。
「ふーん、六天尊かぁ………あんまり知らないけど、アタシ達有角族の間では六天尊と言えば『黒翼の鬼儺』が有名だね」
「黒翼……ということは翼種ですか?どうして翼種を有角族が……」
「古代の伝承ではさ……有角族は鬼の末裔だって言われてるんだよね。だから鬼儺って名前は恐れられてんの。古い言葉で鬼を追い払うって意味だから」
「へー、私はてっきり鬼さんの仲間って意味かと思ってました」
長風呂をしないカナリアはせっせと自分の身体を洗いながら抜けた返事を返す。神秘術や物作りでは豊富な知識を持つ彼女だが、言語や文学面はかなり疎い。かくいうナージャもそれほど詳しいわけではない。彼女の知識も又聞きで得たものやブラッドリーから教えてもらったものが殆どだ。
だが、元々捨て子である彼女にも拾われる前から覚えていることはあった。
「鬼儺が鬼の仲間なんてありえないよ。だって昔から悪さをすると『悪い鬼の子は鬼儺に首を取られる』って子供の頃から言われてたもん……」
「く、首を?なんで戦争を終わらせた英雄がそんなに怖い扱いを受けてるんですか!?」
「ああ、それには謂れがあるんだ」
長湯で温まった筈の身体がちょっとだけ冷える。それだけ幼い頃のナージャにとっては、それは怖い話だった。
「退魔戦役の開戦から間もなくして現れた黒翼のクロエは、国際会議の場でお偉いさんの目の前に二つの『生首』を持ってきたんだよ……ちなみにその頃のクロエはまだ年端もいかない子供だったそうだ」
「うぇ……な、生首……!?」
ヒトの生首を掴んで現れる子供を想像したカナリアは、その恐ろしさと残虐性に思わず顔を引き攣らせる。周囲が称賛するものだからてっきりもっと正義らしいのだと思っていたら、正義どころか完全に悪としか思えない。
「その片方はヒトに近い姿のハロルドの物だった。そしてもう一つは――当時国際指名手配されていた盗賊団『百鬼眷族』の首魁のものだった」
「百鬼……あ、もしかしてその人も有角族だったんですか?」
「ああそうさ。鬼の強さにあやかって威張っていたのが運の尽き。しかもクロエはその場でこう言ったらしい――自分は罪を犯した鬼と、人の心に住む鬼の首を狩る殺し屋だ、ってさ」
有角族では罪を犯した者はいずれ鬼へと堕落すると言われている。故に、有角族はその言葉にひときわ過敏に反応し、今やクロエは恐怖の対象のように扱われている。
生きながらにして恐怖の対象。英雄にして反英雄。
ひとつだけ当時の連合が理解したのは、この少年が貴重な戦力になるという事実だけだった。毒を制するために、猛毒を抱え込んだのだ。
「黒翼のクロエは世界で唯一『超国家連合公認のアサシンギルド』をおったててるんだ。そうとあれば誰だって怖がるよ……私達を殺すことが、世界に許容されるんだから」
後書き
初の小説評価を頂きました。まだ全然未完成な本作ですがこれからも改善しつつ書き進めて行こうと思います。今後ともよろしくお願いします。
冒頭の説明欄で説明する内容が思いつかなくなってきました。何か説明して欲しいことありますか?
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