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リメインズ -Remains-

作者:海戦型
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6話 「ロストメモリーズ」

 
前書き
星の欠落:
ロータ・ロバリーでは時折、空の星が消えることがある。原因は不明だが、消えた星が復活することはない。数千年前から同じ現象は起きていたようだ。そのため星座の名前がしょっちゅう変わったり、代わりの正座が作られたりする。
一説では空の星がすべてなくなった時に女神が降臨すると言われている。  

 
 
「珍しいですね、ブラッドさんが星を見るなんて」
「その声……カナリアか」

 開けたままだった戸がきぃ、と小さな音を立てて開く。
 見ればカナリアがバルコニーに出てきてこちらを見つめていた。白いネグリジェに身を包み月明かりに照らされる彼女は、幼いのにどこか彫刻のような神秘的な光沢がある。

「普段なら明日に備えて部屋に籠り剣を磨いてるでしょうに……ネスさんと喧嘩ですか?」
「……そういうお前も珍しいぞ、カナリア。お前ながら今頃部屋に籠って爆睡しているか武器を弄っている時間帯だ」
「そこはそれ、お互いさまという事で。ね?」

 隣まで歩み、バルコニーの手すりに手をかけたカナリアはいたずらっぽく笑う。
 こういう時だけ、彼女は驚くほど大人っぽい表情を見せる。普段は子ども扱いしているが、彼女が年上の女性であることを実感させられて少しばかり複雑な気分になった。言動や容姿と一致していないだけで、彼女は確かにそれだけの年月を重ねてきたのだ。それを認めるのは自分を子供だと認めるようで抵抗があったが、認めない方がみっともない。

「気付いてたんだな、俺とネスの事。食えない女だ」
「伊達に年を取っていませんよ。私くらいになるとナージャちゃんみたいに仕草に出してしまうことさえ防げるのです!」
「……年寄り臭いな」
「なっ……し、失礼な!!ガゾムで70代はまだピッチピチですよ!?」

 うがぁー!と抗議の声を上げてプンスカ怒るカナリアだが、ガゾムという種族は何歳になっても姿が子供のままで有名な連中だ。年寄りも若者も分かったものではない。
 そう考えて、年齢が分からないのは俺も同じかとブラッドリーは自嘲的な笑みを浮かべた。戸籍上は既に44歳になるにも拘らず、その身はまだ若者と言って差し支えない。

「俺は、何者なんだろうな」

 ぼそりと漏らす。今まではさほど重要にも思っていなかった問いだった。
 今になってそれを思うのは、ネスの言葉の所為だろうか。
 いつまでも年を取らない肉体で、いつまでも戦い続ける。そんな生活を続けても己が身は滅びることがない。いずれ俺の周囲にいた人間は、ネスもナージャも寿命で去って、空っぽな戦士だけが残るのだろうか。そう思うと――今更、自分が何なのかを知りたくなった。

「知りたいんですか、ブラッドさん?」
「……お前が知ってるのか?」
「いえ全然?まだ出会って一か月程度ですからね?ブラッドさんの事は分からないことだらけです」
「だよな」

 予想通りの返事に少し辟易する。
 ほんの少しだけ何か知っているんじゃないかと期待してしまった自分に呆れた。
 ブラッド自身も彼女の事を多くは知らないと言うのに、彼女が俺の事を知っている筈が無いじゃないか。頭を振ってまた空を見上げようとすると、カナリアはそんな俺の手を取って引っ張った。まだ話は終わっていないとばかりに不満そうである。

「まぁまぁ最後まで聞いてくださいよ」
「……仕方ないな。拝聴させてもらおうじゃないか」

 向き直った俺の手を握ったまま、彼女は俺に背中からもたれかかって俺の顔を見上げた。

「わー、下から見たブラッドさんって変な顔!」
「……そのままバルコニーの下に投げ捨ててやろうか?」
「あははっ、冗談ですよー!……で、話なんですけどね?」

 俺の胸板に背を預けたままに、彼女は繋いでいた俺の手を抱きしめた。
 その仕草を昔にどこかで見たことがあるような気がして、脳裏がざわつく。
 子供が親に甘えるようなその仕草を彼女が意図的に取ったかどうかは分からない。
 だが、俺の意識は不思議と彼女の発する言葉へ吸い寄せられた。

「分からないんなら、自分を探してみたらどうですか?」
「………俺を、探す?」
「そう、記憶を取り戻すんですよ」

 ぱっと手を離した彼女はくるりと身を翻して俺にびしっと指を差した。

「ブラッドさんの言葉の訛りとか、剣技の流派とか、あとは彷徨ってた場所とか!そういう小さな情報ってきっとブラッドさんの記憶に繋がっていると思うんです!」

 自信満々に「我こそ名探偵!」と言わんばかりのその姿は子供っぽくて説得力に欠ける。
 だが、彼女の言っていることは思った以上に建設的だった。
 今までうやむやにしていた自身の記憶を掘り起こす作業。それによって得る物もあるかもしれない。このどっちつかずの感情に決着をつけることだって。ひょっとしたら、戦わずにはいられない今の俺を変えることにも繋がるかもしれなかった。

「それにブラッドさんって偶に既視感のようなものを感じるって言ってましたよね?」
「……確かに、あるが」
「それもきっと記憶と関係ありますよ!だから、探してみませんか?自分の記憶を!あ、もちろん私も手伝いますよ?ビジネスパートナーとしてっ!」
「――………」

 月明かりに照らされる彼女の顔が、微かに胸を揺さぶった。
 期待を込めた目で差し出される手に目を落とす。

 言いようのないざわめき。記憶のどこか遠くに置いてきてしまった風景。
 その手を掴まなければいけないような――予感?それとも、後悔?

 気が付いたら、俺はいつのまにかその手を握り返していた。
 毎日のように血に塗れるその手と、まだ子供のように小さな手が交わる。それは、何故かとても罪深いことのような気がした。彼女とてその手で魔物を屠ってきたはずなのに。

「これからもよろしく!」

 カナリアは嬉しそうに握った手をぶんぶんと振り回してにぱっと微笑む。
 その微笑みに心がざわつく理由は――少なくとも、月光に照らされる男女の約束と呼ぶほどロマンチックなものではないのだろう。



 = =



 まだ夜が明けるか空けないかの時間帯。
 空が明らみ始めたその時間に、カナリアはぱちりと目を覚ました。

「ふあぁ……よく寝たぁ」

 それは彼女がまだ母国「エディンスコーダ」で「職人」をしていた頃に叩き込まれた生活習慣であり、今でも彼女はその習慣を引きずっている。彼女としてはむしろその方が都合がいいので、別段矯正する気もないのだが。
 寝ぼけ眼を擦って、ふあぁ、と気の抜けた欠伸をしたカナリアは、部屋に置いてある私物のボックスを空ける。外見は1マトレ(※約1メートル)ほどある長方形の黒い箱にしか見えないそれは、実際には「テレポット」と呼ばれるアイテムだ。

 神秘術の発達により、近年は道具に神秘数列を書きこむことで付随機能を持たせることができるようになってきた。テレポットはその代表とも言える。
 近年発見されたばかりの神秘数列を組み込んだこのテレポットは、その内部に擬似拡張空間を生み出し、小さな体積の入れ物の中により多くの物を詰め込める機能を持つ。
 希少性と扱う数列が高度なことから未だ高級品ではあるが、上級の冒険者などにとっては今やなくてはならない道具へと移ってきている。そしてカナリアの持つそれは、一般に出回っているテレポットの10倍近いサイズと容量を誇る。

 テレポットを含む高度な道具には大抵それを作った制作工房を表す印が入っているものだが、その箱にそのようなものはない。ただ端の方に小さく「アドシオーレ」という彼女の姓が彫り込まれているのみ。
 これが意味するところは、このテレポットがハンドメイドで――しかも彼女が自作で作り上げたという事実。つまり彼女は母国でそれだけ高度な技術を学んでいたことになる。

「さぁて、お仕事の準備準備!ブラッドリーさんの記憶探しも約束したし、今日からはもっと気合い入れて行かなきゃ!」

 当の本人はそのテレポットの中から次々に鉄製の筒を取り出して組み立てる。その動きは手慣れており、次々に部品を装着したりギミックを確かめたりといった動作を流れるようにこなしていく。

 それは、彼女がリメインズに持ち込む「携行砲」という特殊な武器だ。
 これもまた彼女が戦いのために自作した物。大砲をなるべく威力を落とさずハンディサイズまで小型化することをコンセプトとした物で、その形状は銃ともバズーカとも知れない。
 砲身を取り外して覗き込んだカナリアは小さく唸る。

「ん……ちょっとライフリングが削れて来たかなぁ?金属疲労もあるし、一度インゴッドに戻して金属配合代えてみよっかな。後のパーツは作るより買った方が早いから……っと。今日から予備に取り換えて、後は暇な時間にパーツ受注しとこっと」

 片手でペンを握りメモ用紙にさらさらと必要になるパーツを書きこみながら、もう片方の手は手早く携行砲を組み立てていく。その手には淀みが一切ない。
 朝の内にこの携行砲の組み立てとメンテナンスを行い、その後に朝食。
 彼女の朝はいつもこのように始まる。

 そしてメンテナンスが終了すると、彼女は決まってあるものを抱いて祈りを捧げる。
 本来ならばそれはこの星に命を齎したと言われている女神に捧げる筈のもの。
 だが、彼女は30年前からずっとたった一人のヒトに祈りを奉げている。

「貴方はこんな因果な事をしてる私を……憐れむかもしれないね」

 小奇麗な装飾が施された短剣を愛おしそうに握り、囁くように。


「でも、それでも、私は貴方の仇を見つけたい。だからお願い――私を導いて」


 カナリア・アドシオーレの意志は、復讐を決意したあの日から決して色褪せることはない。



 = =



 同刻、オセーニ大陸の何所とも知れぬ場所に、ひとつの文が届いていた。

 まるで隠れるように森にひっそりと存在する、風通しの良い建築物。周辺の人間は「亡霊の森」等と揶揄し、一度踏み込めば方向感覚を失って遭難する危険な森だった。故に、その森に住み自在に動き回る「彼等」を、周囲は亡霊と呼んだのだろう。

 建物の窓から伝書鳩――ではなくカラスが入り込む。その足には白い紙片が括りつけられていた。
 カラスはそれが仕事であるように窓の前にいた男の目の前にある足かけまで移動し、男は足に括りつけられた紙片を取り外した。

 明かりも風通しもある筈のその建物内は、どこか陰鬱で閉塞的な気配が漂う。
 その理由は恐らく――そこに住んでいる者たちが人間性を削ぎ落したように何も喋らないからだろう。最低限のコミュニケーションを除く発言や私語がない。表情も凍りついたように変わらない。どこか、ヒトそっくりの人形が立ち並んで喋っているような熱のない空間。

 その奥の部屋に、一人の少年が座していた。
 目の前にある書類を選別し、サインするその少年に、男は恭しく頭を下げる。

「統領、依頼です」
「渡せ」

 男は一人の少年にそれを差し出すと、控えて跪いた。
 周囲にはその男と同じように様々な年齢の男女が跪いている。

 少年は、無言で紙片を広げる。文字の全てが暗号化されたその文は、一見すると他愛もない世間話が書いてあるようにしか見えない。だが少年はそれをものの数秒眺めて、紙を近くにあった燭台の火に放り込んだ。

 果たしてそれで解読できたのか。そんな愚かしい問いをする者はこの場にはいない。
 何故なら少年はその場の代表であり、誰よりも賢く、誰よりの思慮深く、そして誰よりも強いから。
 影をそのまま纏ったかのような深い黒髪を揺らすその少年一人の手によって、その組織は一枚岩に纏め上げられている。

 その少年は紛れもなく組織代表なのだ。
 頭を下げ、従うに値すると認めた存在。
 故に控える全員が彼に「首を狩って来い」と言われれば風より速く駆け出して首を狩る。
 そして、「己の首を括れ」と命じられれば、彼らは喜んでその首を括るだろう。
 彼の命令は絶対だ。そして、それは正しい。

 そして、その絶対的なまでの忠誠を一手に受ける少年は、振り返った。

「第四都市のアジトへと赴く。情報はつぶさに報告せよ。第3種までの依頼要綱の判断は副統領に移譲する……質問はあるか?」
「いえ」
「ならば、本部は任せたぞ」

 たったそれだけの言葉を置いて、少年はつかつかと部屋を後にする。
 その腰に銀色に光る美しい装飾の剣と、依頼された任務を携えて。
  
 

 
後書き
今更ながら、この世界において「人間」という言葉はものすごく古い言葉という扱いです。「ヒト」が主流になってから「人間」という言葉を使う種族は減っていき、今では一部の学者や知識人が知っている程度。単語に組み込まれた「人生」などの人はその古語の名残です。 
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