嵐神の炎

第五章

「そして次に御会いするその時が」
「最後だな」
「それで宜しいのですね」
　小鳥はこうヴォータンに問うてきた。
「貴方は。それで」
「それでいい」
　確かにそうだとだ。彼は言うのだった。
「思えばその為だったのだな」
「あの時私を御呼びしたのはですか」
「そうだったのかもな」
　こんなことを言うのであった。
「それでだ」
「そうした考えはわかりませんでしたが」
「それではだ」
「はい、それでは」
「また会おう」
　こう小鳥に告げてだった。ヴォータンは踵を返して森の中に消えたのだった。
　小鳥はその後姿を暫く見送っていた。だが彼が消えて暫くしてからだ。何処かへと消えたのだった。後には森のせせらぎだけが残った。
　少年は美女と巡り合い、旅の末殺された。そしてその身体が焼かれ美女もその炎の中に身を投じた。その炎こそがだった。
　美女はだ。炎をこう呼んだ。
「ローゲよ」
　こう呼んでだ。そのうえで炎の中に飛び込みだ。消えたのであった。
　だが炎はそのまま燃え上がっていき天界に昇る。その時に天界を脅かさんとするニーベルングの軍勢を焼きそして遂には。
　ヴァルハラに迫った。神々はそれを見て逃げようとする。
　だが主の座にいるヴォータンはその座に座ったまま動かない。既にその前には薪がうず高く積まれてもさえいたのだった。
　炎がその薪に迫る。そしてだった。
　ヴォータンはその炎に語り掛けるのだった。玉座に座ったまま。
「来たな」
「はい」
　炎の中からローゲが出て来た。そうして彼の言葉に応えたのだった。
「お別れの時が来ました」
「そうだな」
「御聞きしますが」
　ローゲは畏まった態度でヴォータンに問うた。
「宜しいのですね、本当に」
「何がだ」
「貴方を焼き尽くします」
　こうヴォータンに告げるのだった。
「これから。それで宜しいのですね」
「その為に来たのではないのか」
　今度はヴォータンがローゲに問うた。
「そうではないのか」
「それはその通りです」
　ローゲもこのことは否定しなかった。その通りだというのだ。
「ですが」
「しかし、か」
「他の神々はともかく貴方は」
「私だけは違うというのか」
「この手で焼くには忍びないものがあります」
　ここでローゲは明らかに躊躇いを見せていた。そのうえでの言葉だった。
「長い付き合いでしたから」
「愛着を持ったか」
「はい」
　ヴォータンの言葉にこくりと頷いてみせた。
「その通りです」
「炎である貴様がか」
「心がありますので」
「だからなのか」
「そういうことです。ここから去られては」
　こうヴォータンに提案したのだった。
「そうされては。そして何処かで一人過ごされては」
「さすらい人としてか」
「それはどうでしょうか」
　これがヴォータンへの言葉だった。
「如何でしょうか」
「それはいい」
「いいのですか」
「そうだ、いい」
　これがヴォータンの返答だった。
「構わない」
「そうなのですか、本当に」
「それが運命なのだからな」
「既にノルン達の糸は切れています」
「神々の運命が決まったということだな」
「はい」
　ローゲはまたヴォータンに答えた。
「そういうことになります」
「では私はだ」
　ヴォータンは話すのだった。
「その運命の中に消える」
「そうされるのですね」
「そうだ、そしてだ」
「そしてですか」
「御前は炎に戻るのだ」
　ローゲに対しても話した。
「そうするのだ」
「そして人間達を見守る」
「そうするのが御前の運命だからな」
「それに従えと」
「そういうことだ。いいな」
　ローゲに対して告げた。
「ではだ」
「私の役目を果たせと」
「そうするのだ。今からな」
「わかりました」
　ローゲも遂にだ。ヴォータンの考えを受けた。
　そうしてそのうえでだ。炎の中に消えてだ。薪を燃やしヴァルハラを覆ってしまった。
　ヴォータンはその中に消えた。何一つ残らなかった。
　炎は彼もヴァルハラも焼き尽くしたうえで何処かに消えた。そしてそのうえでだ。人の傍にいるのだった。それは今も変わることがない。


雷神の炎　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　２０１０・１０・２７