人の心
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6部分:第六章
第六章
「だからわかったんだよ」
「しまったのう」
「けれど。悪い狐さんじゃないよね」
ちよはまた笑って忠信に言ってきました。
「狐さん。悪い狐さんじゃないよね、だからいいのよ」
「わしは悪い狐ではないとわかるのか」
「だって。目でわかるから」
「また目か」
ここでまた目のことを言われてその吊り目を大きく見開くのでした。細い目がかなり大きく見えました。
「わしの目か」
「そう、目でわかるのよ」
ちよはまだ忠信の目を見ています。そうして言うのです。
「何でもね。目って凄い色々なこと言うから」
「ううむ、そうじゃったか」
「だからいいの」
また言います。
「最初は何だって思ったけれどね」
「まああれじゃ」
正体がばれてそれで照れ臭そうにちよに告げます。顔も彼女から離して実に申し訳なさそうです。
「悪気はないのは事実でな」
「それはわかってるからいいよ」
「左様か」
「楽しかったよ」
最後に忠信に言うのでした。
「狐さん、有り難うね」
「礼を言われるとなあ」
さらに照れ臭い顔になるのでした。何しろそこまで考えてやったわけではないですから。ただちよが寂しいだろうと思って彼女のところに来たわけで。それで御礼を言われてでしたから。
「いいのよ、あたしは感謝してるから」
「そうか」
「だからいいの。有り難うね」
「わかった。それではな」
やっとちよの言葉に頷くことができました。
「その言葉受けさせてもらうぞ」
「うん、そうしてくれるとあたしも嬉しいよ」
「それではな」
「うん、本当に有り難うね」
最後はお互い笑顔で手を振り合って別れるのでした。それが終わってから山に帰って仲間達に話をすると。誰もが笑顔で言うのでした。
「それは何よりじゃのう」
「いい娘じゃ」
「わしが狐だとわかっておったのじゃよ」
また皆車座になって胡坐をかきつつお酒や山や川の幸を食べつつ話をしています。
「賢い娘じゃて」
「賢いだけじゃないな」
「その通りじゃ」
狐達も狸達もそれぞれ言います。
「また随分と優しい娘じゃ」
「いい娘じゃ」
「それでじゃ」
ここで忠信は言うのでした。
「わしは考えておるのじゃがな」
「どうした?」
「今度は皆で行かんか」
「皆でか」
「そうじゃ」
また言う忠信でした。
「それでどうじゃ?今度は皆であの娘を楽しませてやろうと思うのじゃが」
「ふむ。そうじゃな」
「それもいいのう」
「じゃあ賛成じゃな」
「うむ」
皆彼の言葉にあらためて頷くのでした。これで決まりでした。
「いいことじゃと思うぞ」
「一匹で行くより皆じゃ」
「それにじゃ」
皆口々に楽しく話を続けます。
「ただ行くのも面白くないじゃろ」
「左様左様」
「というと」
皆が楽しそうに話すのを見て尋ねる忠信でした。
「どうするのじゃ?」
「決まっておるじゃろう」
「決まっておる!?何がじゃ」
「おみやげじゃよ。おみやげを持って行くのじゃよ」
「ああ、それか」
言われてやっと気付くのが少し迂闊な忠信でした。
「それじゃったか」
「そうじゃよ、それでよいな」
「何でも持っていけるぞ」
山に住んでいる彼等にとっては何かを見つけることは別にどうということもないことなのです。何しろ今彼等が食べているお魚にしろ葡萄にしろ柿にしろ全部そうなのですから。だから特にどうということはないのでした。
「そういうことじゃ。それではな」
「皆で何か持って行ってな」
「あの娘を喜ばせようぞ」
「そうじゃな。それではわしも」
忠信もその話に乗るのでした。こうして今皆で立って。
「そうと決まれば話が早いぞ」
「皆で。あの娘を楽しませてやろうぞ」
こう言い合い今ちよのところに向かうのでした。一人の女の子を喜ばせる為に。ただその為に行くのでした。
人の心 完
2008・9・1
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