人の心
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2部分:第二章
第二章
「では少し見てみるか」
「見てみる?」
「うむ」
仲間達に対して答えます。
「どうじゃろ。それは」
「人間の世界にか」
「例えば。その遠くまで木を取りに行っている人間じゃが」
「あ奴か」
「そ奴には子がおるのじゃろ?」
このこともまた仲間達に尋ねるのでした。
「今の話では」
「女の子が一人おるぞ」
「女の子がか」
「女房を亡くしてな。今は男やもめじゃ」
「娘が寂しいじゃろうなあ」
忠信はそれを聞いてまた腕を組みました。そのうえでまた述べます。
「おとっつあんが家を離れることが多いのではな」
「村の者が優しくしてくれることはしてくれるがな」
この言葉がかけられました。
「一応はな」
「そうか」
「そうじゃ、だから寂しくはないようじゃ」
「しかしあれじゃろ?」
忠信はまた仲間達にも狸達にも尋ねます。
「家で寝る時はいつも一人じゃろ」
「まあそうじゃな」
「おとっつあんはいつも遠くに木を取りに行っておるからな」
「自然とそうなるわ」
狸の一匹が答えました。
「父親一人娘一人じゃからな」
「それを考えると不憫じゃな」
忠信はその娘のことを思い心が少し哀しくなったのが自分でもわかりました。
「そうじゃな、やはり」
「何か考え付いたみたいじゃな」
「うむ」
その狸の質問に答えます。
「ちょっとその村に行って来るわ」
「村にか」
「そうじゃ。別にいいじゃろ?」
「わし等は別にのう」
「反対する理由もない」
狐達も狸達もこう答えたのでした。
「好きにするといい」
「御主の好きなようにな」
「そうか。なら行ってみる」
皆からも言われて決意を固いものにした忠信でした。顔にもそれがはっきりと出ています。
「その娘の家にな」
「まあやってみよ」
「ただし狐とばれぬようにな」
ここは釘を刺されました。
「ばれたらそれこそじゃ」
「袋叩きにされてしまうぞ」
このことはよく注意されます。何しろ狐に狸といえば皆人を化かすものだと思っているからです。それで化けていることがばれればそれこそ村人達から袋叩きです。狐や狸達の中には実際にお地蔵様や小僧に化けてお菓子や揚げをくすねようとしたのがばれて殴られたのもいるのです。だからこのことは実経験としてわかっているのでした。
「そこは注意しろよ」
「連中そういう時は本当に容赦せんからな」
「ははは、わかっとるわかっとる」
忠信は酒を飲みながら皆に答えます。
「そこはな。では明日行くな」
「うむ、ではな」
「行って来い」
こうして忠信は仲間に声をかけられそのうえで村に向かうのでした。山を越え村の入り口のところで。仲間達から聞いた父親の姿そのままに化けるのでした。
「これでよいかのう」
側にあった水溜りを覗いて顔を確かめます。自分では中々のものだと思えます。
「いけるかの。さてと」
顔を上げて村に入りました。背中に薪を背負うのも忘れません。何処からどう見ても純粋な樵です。斧とか鋸なんかも持っています。
その格好で村に入ると。早速村人のうちの何人かが彼に声をかけてきました。
「おう与平さん」
「早いな、案外」
こう彼に声をかけてくるのでした。
「今日もたっぷり取ってきたな」
「ちよちゃん喜ぶぞ」
「ちよちゃん?ああ」
それが誰の名前かすぐにわかりました。娘の名前です。ついでに言えば今彼が化けている父親の名前までわかったのでした。
「娘ですかい」
「そうじゃ、もう待っておるぞ」
「家でな」
「家か」
見れば村の奥に一軒の家があります。そこに向かうと家の前に赤い服を着た一人の女の子がいました。髪を上で結って黒い大きな目をしています。どうやらあの娘がちよなのだとわかったのでした。
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