人の心
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
1部分:第一章
第一章
人の心
深い深い山の奥で。狐と狸達があれこれと話をしています。お酒に山の幸やら川の幸やらを飲み食いしながら楽しく話をしています。
「この前ここに来た人間じゃが」
「おお、あ奴か」
「そう、あ奴じゃ」
狐と狸達は酒を飲んで魚や山葡萄を食べつつ人間の話に入りました。
「あ奴がのう。何か最近遠くに行っておるそうじゃ」
「遠くに?」
「そうじゃ」
狐のうちの一匹の言葉に狸のうちの一匹が応えます。
「何でもそこにいい木があるそうでな。それの枝を取りにな」
「枝なぞそこいらにないか?」
「そうじゃそうじゃ」
狐達はその狸の言葉を聞いてそれぞれの口で言うのでした。
「何でそれで遠くに行く必要があるのじゃ」
「人間もわからんことをするのう」
「何でもな」
その狸が狐達に答えます。
「そこの木の枝は売れる値段が違うそうじゃ」
「違うのか」
「全然違うそうじゃぞ」
狸は酒を一杯飲みそれから鮎を口に入れて述べます。見れば狐と狸達はそれぞれあぐらをかいて車座になり狐も狸も混ざって楽しく飲み食いしています。周りには木々がありその中で実に賑やかな様子です。
「それで行っておるそうじゃ」
「人間の世界もわからんのう」
「全くじゃ」
狐達は腕を組んで述べます。
「木なぞどれも同じにしか思えんがのう」
「違うのは食い物位じゃろ?」
狐達もまたお酒や魚を食べています。鮎やうぐいを実に美味しそうに口の中に入れて噛んでそれから飲み込んでいます。堪能といってもいい姿です。
「結局のところは」
「それがどうしてじゃ」
「人間のことはわしにもわからんよ」
話をしたその狸が述べます。
「人間の世界はわし等とは全然違うからのう」
「その通りじゃ」
「全くじゃ」
彼の言葉に他の狸達も頷きます。やはり彼等も楽しげな様子です。
「金はそんなに重要かのう」
「酒も食い物も好きなだけ手に入るのにのう」
「全くじゃ」
彼等にすればそうなのです。だから人間達がどうしてそんなにお金が必要になっているのかもよくわかっていないのです。彼等が話すその人間にしろどうしてそんなにお金が欲しいのかもわからないのです。彼等にとっては考えてもどうしてもわからないことなのでした。
その中で。若い狐がふと言いました。忠信狐といいます。
「その人間じゃがな」
「うむ。どうした?」
「何でそんなに金がいるのじゃ?」
このことを皆に尋ねるのでした。
「人の世界で金が必要なのはわかった」
「うむ」
「生きる為に必要らしいな」
「まあそうじゃな」
「そうでない奴もたまにいるようじゃがな」
狐達だけでなく狸達も応えます。
「実際のところは」
「たまにじゃがな」
「しかしその人間は違うのじゃ。随分といるそうじゃ」
「随分とか」
忠信はそれを聞いて前足を人間の腕のようにして組みました。そのうえで考えだしたのです。これまたかなり人間臭い格好であります。
「そう、随分とじゃ」
「随分とか。やはり何かあるのか」
「子供がおる」
子供のことは狸のうちの一匹から出ました。
「子供がのう。それでなのじゃ」
「子供がおったら金が余計にいるのか」
「人間の世界ではそうらしいの」
「ふむ、わからんのう」
忠信はさらに考え込むことになりました。人間はどうして子供ができたらお金がもっと必要なのか。それがわからないのでした。
「子供がおったら金が余計に必要なのか、人間は」
「意味がわからんじゃろ」
「うむ」
また仲間達や狸達の言葉に答えます。
「全く以ってな。謎じゃ」
「そうじゃろ。全く筋がわからん」
「何が何なのかな」
狐達も狸達も人間の世の中のこうしたところがどうしてもわからないのでした。人間臭い仕草で人間が食べるのと同じものを食べて人間が飲むお酒を楽しんでいてもです。これだけはどうしてもわからないのでした。幾ら考えても考えてもです。それは彼等が狐と狸だからです。人間ではないのでそうしたところはわかりかねているのです。
「人間はのう。全く」
「わからんな」
「しかしじゃ」
忠信はここで言うのでした。
「面白そうじゃな」
「面白いのは確かじゃな」
「人間もあれはあれで面白いぞ」
狐達と狸達もそれは大いに認めるのでした。
「見ておればな」
「話していてもな」
「そうか」
忠信はそれを聞いてまた考える顔になりました。そのうえでまた言うのです。
ページ上へ戻る