リメインズ -Remains-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
1話 「イン・ザ・リメインズ」
前書き
単位:
ロータ・ロバリーでは貨幣や長さ、重さの単位が世界的に統一されている。大まかには以下の通りである。
長さの単位…1マトレ=ほぼ1メートル。
重量の単位…1ケイグ=約2キログラム。
お金の単位…1ロバル=日本円換算で10円程度。
セリアという女性は、冒険ギルドに所属していた。
世界各地を冒険して回りながら、時折立ち寄った村などで魔物討伐のクエストをこなして路銀を得る。そのような仕事を続けてきた。
自分で言うのもなんだか、弓兵としての腕前には人並み以上の自信があった。
彼女はエルフェムという種族の出だ。エルフェムは耳がとがり長命で、弓と術に長けた者が多い。セリアは術に関してはそこまでではなかったが、弓は種族内でもかなりの腕前だった。その腕を活かして冒険者ギルドにフリーランスとして参加し、そしてスカウトされて集団ギルドに入ったのだ。
団長を含めて人数は6人。さほど自分の国の外を知らなかったセリアにとってはその冒険はとても楽しかった。様々な困難を乗り越えてきたが、それも今となってはいい思い出だと思えるほどに充実していた。
そんな折に、彼女達はある場所に辿り着いた。
第4リメインズ「ラクシュリア」。
超国家条約によって第4にリメインズに認定されたエリア。
そこではマーセナリーと呼ばれる人間たちがリメインズ内に入り、日夜新たな技術や文化の発掘に努めている。彼女たちは、そのラクシュリアの近くに出来た対リメインズ都市「第四都市」を訪れたのだ。
冒険者ギルドの中には、冒険に飽きてマーセナリーに転職する者も多いとうわさに聞いていたし、当時の彼女たちのギルドもまた今までの冒険に段々と物足りない思いを抱いていた。
そこで話に上がったのが腕試し。彼女たちはリメインズに関わる一切を統括する「審査会」の審査を通過し、マーセナリーに転職しようとしたのだ。
だが、審査会の人はそれに快い顔をしなかった。それ所か、遠回しながら実力不足だとまで言われてしまった。
当然ながら、今までの冒険をこなしてきた実力を否定されては面白くない。最前線とはいかずとも、実際に戦わないままに評価されたのではたまったものではない。プライドを傷つけられた彼女たちは抗議し、粘り、ごねて、そしてテストを受けることになった。
今日一日、リメインズに実際に入って活動する実地訓練だ。その監督として、実力者のマーセナリーであるという一人の男性が同行し、手助けをする。彼の判断次第で転職を認めるという事だった。
こうして、セリア達は今リメインズ第一層へと向かっている。
その隊列に、案内役件お目付け役の剣士を加えながら。
ブラッドリーと名乗ったその男は、金髪で不愛想だった。装備する鎧が少ない割には大型の剣を携え、その先頭スタイルは外見から窺い知れない。このような場を任される以上はそれなりの実力を持っているのだろうが、挨拶をしてもリアクションは薄い。
どこか退屈というか、結果の見えているクイズに付き合っているような気だるささえ感じた。態度の悪い男だと内心で訝しんだ。
長い長い階段を下り、6人はとうとうリメインズ第一層に到着する。
どのような廃墟が広がっているのか――と様々な想像を膨らませていたセリアを含む全員が、その光景にしばし絶句する。誰もが目の前に広がる光景を食い入るように見つめ、やがて一人が絞り出すようにその驚きを言葉にした。
「これが、ダンジョン……?これは、森でしょ?」
規格外の場所だとは聞いていたが、まさかこのような構造になっていたとは予想だにしなかった。
そこに広がっているのは、言葉通り「森」。
光が差し込まない筈のダンジョン内に降り注ぐ光を浴びて成長した草木が生い茂り、緑緑とした生命力が空間に溢れる植物の集合体。それは、地上にある森と遜色がないほどの規模を持った広大な空間。
目を凝らすとあちこちに木造の建物やレンガの建造物、そしてそれらを繋ぐ高台や吊り橋が縦横に走っている。あれが遺跡なのだろうか。
「ぶ、ブラッドリーさん。これは……?」
「……建物や吊り橋などの人工物は、俺達マーセナリーが踏み込む前からあった。植物もな」
このリメインズが発見された時からこの光景はほとんど変わっていない、とブラッドリーは言う。
空からは常に不明な光源によって明るさが確保され、エリアにのあちこちに水場があるため植物はそれを吸い取って姿を保っている。そして、そんな中に微生物や虫、そして大小さまざまな魔物が住むことによって疑似的な生態系が保たれているそうだ。
今ではこのエリアに出現する魔物はずいぶん減っているし、建物は一通り調査が終わっているため発掘活動は行われていない。そのためこのエリアは新人が魔物に慣れるための練習場と化しているという。なお、このような植物が多いエリアは10層まで続き、そのどれもが生息する植物や形状が微妙に異なっているらしい。
一通り説明を終えたブラッドリーは呆れたように呟く。
「そんなことも知らないままマーセナリーに入ろうとするとは……迂闊だぞ」
「むぐっ!た、確かに下調べなしに挑んだのはちょっと迂闊でしたけど………」
「確かにこれは失敗だったなぁ。毒持ちの魔物が多い場所には毒消しを多く……みたいに予め必要な装備を見極めておかなかった。痛い目を見ても文句は言えないや」
「………ちなみにこの層は体液に毒を持つ魔物が多いから、毒消しではなく対毒神秘術のほうが重要だ。準備をしておけ」
そう言うと、ブラッドリーはギルドメンバーにこの層の地図とリメインズ用コンパスを手渡し、隊列の後ろに下がってしまった。何をしろとか、こうすればいいというアドバイスをこれ以上与える気はないらしい。同時に明確な目標も示さない。ただギルドの動きを見極めて、戦えるかどうかさえ判別できればそれでいいと言わんばかりの態度だ。
「………なんか、舐められてる」
背中から弓を取り出して弦の具合を確かめながら、セリアは不機嫌を隠そうともせず呟いた。
本職のマーセナリーだか何だか知らないが、マーセナリーでも冒険ギルドでも魔物と戦う点では共通だし、踏んだ場数と魔物の種類なら自分たちも負けてはいない。彼はきっとそれを侮っている。
「こうなったら目に物を見せてやるんだから……!泣いて参ったというまで魔物を狩り尽くしてやるわっ!!」
「ま、まぁまぁ落ち着けって。落ち着いて敵を見極めて倒していけば問題ないだろ?」
「そうそう、焦って前へ出過ぎたらそれこそ危ないぜ。俺達には俺達に出来ることからやっていこうよ!」
それぞれの武器を手に皆は森へと向かう。皆は彼のあの態度をある程度割り切っているらしい。
どうにも自分が舌に見られているのは腹立たしい。虫の居所が悪いまま、セリアも皆に続いた。後衛であるセリアはこのギルドの要とも言える存在だ。
(馬鹿にして!私の本気を見せてあげるんだから……!)
必ず実力を見せつけて見返してやろう。そう決意しながら、セリアは皆の後を追って地下の森を駆け抜けた。
= =
短剣二刀流の速度自慢、オルト。
片手剣とバックラーで戦うリーダー格のメンフィス。
彼とは違って剣一本に拘る女剣士、イルジューム。
料理好きで力自慢のメイス使い、ガブリアル。
無口な槍使いの女術師、モニカ。
そして、セリア。
出身種族にはバラつきがある。オルトは猫種だしガブリアルはヒト種と巨種の混血だ。
セリアもまたエルフェムという尖耳種の出身。
ちょっとずつ思想も出身も違うチームだが、今までそれが有機的に機能して敵を退けてきた。
この皆となら戦えると思った。
どんな敵も怖くないと固く信じた。
苦しくも楽しい冒険を潜り抜けてきた。
だけど――ここは何だ?
「クソッ!?何だこいつ、一体何本触手があるんだ!」
「バックラーが融解した……!?まずい、強酸か!?」
「下がれメンフィス!おい、モニカ!術で吹き飛ばせるか!?」
「だめ………茸の化け物が増殖してて、抑えるので精一杯……!」
踏み込んでから間もなく押し寄せてきた植物系の魔物に、装備品が破壊されていく。
「おのれ、このスライムめ一体いくつの核があるのだ!?これでは殴っても殴ってもきりがない!」
「チィッ!!爆裂弾を使うよ、下がりなガブリアル!!」
「イルジューム!爆裂弾は残りいくつだ!?」
「これで最後だよっ!倒しても倒してもキリがない……!」
戦闘用アイテムの消費が激しい。このままじゃ長く持たないどころか、魔物に押し負ける。
「何よここ……!?数は大軍というほどでもないのに、一匹一匹がやけに強いっ!!」
セリアは冷や汗を隠せないまま次々に弓に矢をつがえて発射する。
神秘数列を掘り込んだ矢が氷結属性を帯びて飛来した。イメージ通りの放物線を描いた矢は植物魔物の身体に刺さって一部を凍らせ、スライムの身体も凍らせる。その隙に皆はなんとか魔物を退けて苦戦していたモニカの加勢に加わった。
魔物は待ち受けていたように一斉に、最も相性的に有利な相手を狙って奇襲を仕掛けてきた。
今までの魔物と言えば、無造作にうろついたり巣に籠っていたりする連中だった。こちらが仕掛ける側で、魔物は襲撃される側という優位な構造が存在した。
それが、戦いが始まった途端にこれだ。
あっという間に追い込まれて消耗アイテムをかなり削られてしまった。何とか勝てそうではあるが、既に装備品の一部を失っている仲間もいることを考えれば素直に勝ったとは言えない。
残った茸型の魔物は増殖しながら襲ってきたが、皆で一カ所に追い詰めて炎の神秘術で焼き払うことで片が付いた。だが勝利の余韻はなく、終わった頃には全員が息も絶え絶えだった。
――リメインズという空間を甘く見ていた。
それが全員の共通認識になった。
「まさか第一層の最初の勝負で……ここまで追い詰められるなんてな……」
膝をついて肩で息をしながら項垂れるメンフィスに、全員が口には出さずとも同意した。
「モンスター側の奇襲は考えてなかったな。セリアの援護がなければ立て直せなかったぞ、これ」
「フォーメーションを、考え直す………術の先制攻撃で動きを崩す」
「直ぐに位置交代が出来るように広めの陣形がいいか?」
苦戦の中からでも勝利を拾うためには、思考を止めてはいけない。全員で意見を出し合って次に備えることが肝要なのが魔物との戦いだ。次に攻められたときに全滅という最悪の事態を防ぐために、勝率の高い戦法を模索しなければいけない。
だが、話し合う中でふとセリアはある事に気付いた。
「あれ?――ブラッドリーさんは?」
「俺を呼んだか?」
「ひゃあッ!?」
真後ろから突然かかった声にセリアは驚きの余り飛びあがった。
気が付けば背後からお目付け役のブラッドリーが見下ろしていたのだ。無表情に見下ろす彼の顔には奇妙な迫力があり、セリアはびっくりしすぎて腰を抜かしていた。情けない姿を見せてしまったことに羞恥心がこみ上げる。
ブラッドリーはそんな姿に眉間のしわを深めつつ、手に持った剣を背中の鞘に納めた。
「話し合いは大いに結構だが、リメインズは一部の建物を除いて魔物襲撃の可能性が常にある。話し合いならこの先の建物の中でやれ」
「は、はい!アドバイスありがとうございます!」
「あ、これか。地図に『セーフゾーン』って赤字で書いてあるね」
皆が言われるがままに地図を見ながら移動を開始する。
それにしても、戦いに集中していて気付かなかったが、ブラッドリーは戦いの途中に何をしていたのだろう?ただ見ていただけだとしたら、かなり性格が悪いと言わざるを得ない。苦戦している事を知っていて淡々と傍観しているなど非道だろう。
そう思い後ろをちらりと見たセリアは――背後に広がる光景にただ一人気付き、愕然とした。
「こ、これ………魔物?全部死んでる……」
セリア達の背後には、バラバラに引き裂かれた十数体近くの魔物が体液を撒き散らして死んでいた。
まるで嵐に巻き込まれて為す術なく散らされたように命を失ったそれは、無造作に草刈りをした後のようだった。
「これ全部ブラッドリーさんが……?」
地面を見ると、深い深い足跡があった。メンフィスやイルジュームが深く踏み込んだ後に形状が似ていたが、その深さは二人のそれとは段違いに深い。地面を抉ることなく、足の裏だけに体重をかけたような美しい足跡。その足跡の周囲を見ると、魔物の死体が足跡を中心にするように散っている。
まさにここで踏み込んで、あの背中の剣で複数の魔物を屠ったのだ。どれほど鋭く重い斬撃だったのか、魔物を斬った血がかなり遠くの樹木にまで付着している。
自分たちが戦っている間、6人は背後からの襲撃をずっと警戒していた。
乱戦に近い状態で陣の背後を突かれると本当に全滅する可能性があったからだ。
だが、その警戒はある意味で杞憂だったらしい。
背後に魔物はいたのだ。
自分の所に来なかったのは、ブラッドリーがそれを迎え撃ったせいだった。
6人がかりで数体の魔物に苦戦している間に、ブラッドリーはたった一人でそれを殺したのだ。そして最低限の助力分を果たし、息ひとつ乱さないままに、醜態を晒すセリア達の下へと歩み寄ってきた。
セリアはその姿を想像し、彼の雄姿を見れなかったことを後悔した。
魔物の死体や周囲の戦闘痕から、一撃一撃が必殺の威力だったことが伺える。自分を囲う魔物に剣一本で立ち向かい、圧倒的な強さで一方的に打倒――まさに一騎当千の戦士。
自分たちのお目付け役である彼が、自分たちでは遠く及ばない実力者であることを予感させる痕跡を見ながら、呟く。
「凄い………」
「おい、セリア?早く行くぞ!」
「あ、うん。ゴメン……」
これほどの実力者に見られているのだ。自分など足元にも及ばない。
もっと頑張らなければ――と、セリアは思いを新たにした。
後書き
ちなみに爆裂弾というのはエネルギーを水晶に溜めこんだもので、投擲・爆発させる使い捨ての道具です。
ページ上へ戻る