リメインズ -Remains-
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プロローグ改
その星――住民たちに『ロータ・ロバリー』と呼ばれる世界では、「退魔戦役」と呼ばれる戦争が何度も繰り返されていた。
星の何処からか湧き出ては文明を破壊する「ヒト種の天敵」、魔物。
それに対抗して結集した、この星のヒト種たち。あるいは宗教か国家、もしくは思想の集合体。
だがそれは正面切った生存競争などではない。人類は完全に負けはしなかったが、魔物の軍勢を無事に退けられたことは一度もなかった。
無尽蔵に湧き出る魔物の暴力と、暴力的なまでの数に耐える。もとよりヒト種に勝利と呼べる条件はなく、敢えて言うなら「生き残れれば儲けもの」。戦役と呼ぶのも烏滸がましい一方的な蹂躙。
その戦いは熾烈を極め、人類が築いた文明は幾度となく破壊され尽くした。魔物は数百年周期で突如爆発的に発生し、その時期を過ぎると発生量は目減りしていく。滅ぶ寸前で堪えたヒト種はまた文明を築き、次の大量発生に備える。これが退魔戦役と呼ばれるものの実態だった。
壊れては再生し、再生してはまた壊れる。
無限に続くかのような戦いの中で、ヒト種は文化・技術的に成長を続けていった。
大気中に溢れる『神秘』というエネルギーの知覚。
古代技術である『神秘数列』と、それを応用した『神秘術』の発達。
からくり仕掛けのマシン、『機械』の復元。
世代を重ねれば重ねるほどに洗練されていった文化は、次第に人類は魔物の大進行から身を守る術を増やしていった。
何千年と続いてきた退魔戦役も少しずつヒト種が押し返し、30年前の退魔戦役ではとうとう9割近くの国が社会や国力を破壊されないまま魔物の撃退に成功した。これは人類史に歴史を刻む快挙であり、ヒト種繁栄期の始まりだと人々は大いに喜んだ。
そして、この勝利の影には時の英雄たち「六天尊」の奮戦と、ある危険な職業の存在があったことをここに明記しておく。
魔物の発生源にして古代技術の宝庫である「リメインズ」の探索を行い、ヒト種に多くの技術を持ち帰った名もなき英雄たち。それこそがマーセナリーである。
――『ロバリー現代史』序文より抜粋――
= =
幾度となく、繰り返し垣間見る夢がある。
セピア色に染まった映像の断章。
まるで忘れるなと警告するように何度も何度も見せられるのに、俺には何の夢なのか思い出せない。
いつも見物席から演劇を見下ろすように、ただそれを見せられる。
一人の男が慟哭していた。
破壊しつくされた小さな村。血に染まる大地。
魔物を狩り尽くし、同時に狩り尽くされた兵たちの骸。
胸元に真紅の剣が突き刺さった一人の女を胸に抱き、男はただひたすらに慟哭していた。
女には、まだ辛うじて息があった。
血に濡れたその手を愛おしそうに伸ばし、涙を流す男性の首に回す。
そして女は男に耳元で囁いた。
――――――――。
そして、女は男に顔を寄せ――
――――――――。
――――――――。
役者の顔は滲んで見えない。
役者の声はかすれて聞こえない。
ただ、最後に見えた景色では、男も女も大地に倒れ伏して動かなかった。
全身から血を垂れ流して、ぴくりとも動かなかった。
そしていつも――気が付くと、俺は女の胸に突き刺さっていた剣を左手に、2人を見下ろしているのだ。
――その剣の切先から鮮血を滴らせながら。
その夢が意味するものが何なのか、俺には分からない。
ただ、この夢を見た日は――ひどく喉が渇く。
= =
例えばだが、もし突然俺たちの上に広がる空が偽物だと言われれば、周囲はその言葉の意味が分からないだろう。だが、恐らくリメインズに潜っている人間ならばその言葉に一瞬は立ち止まる。
通常の迷宮には存在しない「空」が、地下に埋もれているはずのリメインズ内には存在するからだ。
常に晴れず、さりとて雨が降ることもない。そして空気は循環している。
光源はないのに明るんでいて際限の見えない天井を、ヒトは空と呼んだ。
だが視覚的には限りが見えないその空には実際には空間的な限りが存在する。
翼種の調べによると、一定以上の高度になると見えない壁にぶつかるという。その壁は見えないが、壁を伝うとリメインズはおおよそドーム状になっており、それ故に恐らく見えている空は古代の術が見せる「まやかし」なのだろうという結論がついた。
ならば、地上から見上げる世界の空は本物か?
太陽も月も星も本当は古代文明の見せる幻に過ぎず、俺たちも星という名の巨大なリメインズに囚われているのではないか?
そしてその疑問に対し、俺は思う。
そんな仮定は路傍の小石よりも些末なものだ。
なぜなら、戦うべき敵は間違いなく目の前にいるのだから。
「ブォォォォォォォォオオオオオンッ!!!」
耳を劈き周辺を揺るがす咆哮が大気を揺るがす。
ヒトの四倍はあろうかという巨体で大地を踏み鳴らし眼前へ迫る異形の象が、その長鼻を振り回して暴れ狂う。それをバックステップで機敏に躱しながら剣を握りこんだ。
四十層周辺に存在する荒地のような空間で、一つの異形と戦士が踊る。
異形の名はガネンテンと呼ばれる亜人型魔物。その長い鼻から繰り出される強烈な破壊力と、肥大化した足と体重に任せた踏み付けで多くのマーセナリーを苦しめた。だが、それに相対する男にとっては例え一対一でも危険な相手とは言えない。
一見して荒れ狂うガネンテンの攻勢に見えたかもしれないその戦い。
だが、実際には剣で確実に仕留めるタイミングを計っていたに過ぎない。
ガネンテンは鼻を切ると余計に暴れ狂い、肥大化した足の上にある弱点の胴体を狙いにくくする。だから相手の動きを待っていた。砂埃が荒れ狂う中でじっと、一撃でも食らえば吹き飛ばされる猛攻を凌いだ。
そして、狙った時がやってくる。
痺れを切らしたガネンテンが鼻での攻撃を諦め、その骨を砕く脚で相手を踏みつぶそうと突進を始めた。この突進こそがガネンテンの最も厄介な攻撃でもあり――そして、隙でもある。
「ブァァァァアアアアアアッ!!!」
「ぶうぶうと喧しい獣だ。いい加減にその口を閉じてやろうッ!」
少々の苛立ちが籠った声を上げ、剣を逆手に構え直した。
意識が下に集中することで、この瞬間だけ奴の上半身防御に対する意識が薄れる。
楽しくもない戦いだ。何の面白みもない。この連中とは散々戦ったし、全てに勝ってきた。苦戦する要素も負ける要素もなくなった時、戦いは敵を屠殺するだけの作業と化す。
目の前に迫る巨体を前に、俺は助走をつけて跳躍した。
両手で握りこんだ逆手の刃に筋力と体重と加速のすべてを上乗せして――その切っ先を、象の巨大な脳天に全力で突き刺した。
「脳梁でもぶちまけていろッ!!」
骨が砕け、肉が抉れる確かな感触。遅れて噴出した血液が手元を濡らす。
「オォォォアァァァァァァァァァ!!!アア、ア…………」
一瞬雷に撃たれたようにビクリと震えたガネンテンは、聞き苦しい悲鳴を上げながらゆっくりと仰向けに倒れ伏した。骨の奥に埋まった脳梁をかき乱した剣を力任せに引き抜くと、遅れて粘性の高いどろりとした血液が溢れ出てきた。
ガネンテンは突進の際、鼻まで動かす余裕がなくなり上半身が無防備になる。その隙を突いてしまえば、こうして即死させることなど容易い。目を半開きにしたままびくびくと痙攣するガネンテンに、熱が冷めるのを感じながら剣の血を払った。剣先から血が糸を引いて飛び、足元の荒れ地を赤いラインで彩る。
敵を仕留め血が溢れ出たその瞬間だけ、俺は上等な料理を平らげたような充足感を得られる。
敵と戦い命の掛かった駆け引きをするその時だけ、俺は宝を発掘したような満足感を得られる。
退屈という名の渇きを癒す闘争の蜜に一人で酔いしれる。
そんな独りよがりな戦いを続けてどれほどの時間が経ったのだろう。
このリメインズに潜るのは、乾き続ける心を闘争で満たすため。
魔物を殺すのは、魔物が死んで困る者がいないため。
「マーセナリー」を続ける理由など、俺にはそれだけだ。正義感も使命も信念もない、低俗な快楽主義者でしかない。
――いっそ地上に戻るのをやめて、この奥の層へずっと進み続けようか。
戦っても戦っても満たされないのならば、満たされるまで闘争に浸かれば満足するかもしれない。そのためには生活も食事も人間関係も無用の長物でしかない。
ならば前へ。全てを捨てて前へ。そこにいずれ力尽きて躯を晒す運命があったとしても、俺はそれで構わない。
顔を上げ、下層へと降りるリメインズの大型通路を見やる。
だが、脚を踏み出すことは結局できなかった。
「なにを物欲しそうに下層に思いを馳せてるんですか?」
「………別に」
魔物が跋扈するこのリメインズという空間に似つかわしくない、小鳥がさえずるような少女の声。いつの間に背後に回り込んだのやら、と小さくため息をつく。
振り返れば、そこには少し前から俺のビジネスパートナーを自称するエネルギッシュな少女の姿があった。
片手にいかにも重そうな携行大砲を携えながらも顔色一つ変えないその幼い少女もまた、魔物を狩る存在。自分とは違う理由でここにいる、自分の同類。正式にコンビ契約を結んでいる以上、その契約が切れるまでは彼女の意向も尊重しなければいけない。
少女は返り血を浴びた俺と倒れ伏した魔物をきょろきょろと見比べる。
「今日は返り血の量が少ないですね?最初に出会ったときは全身血まみれのスプラッター剣士だったのに」
「いつも返り血を浴びているわけではない」
「まぁそれはそれとして……下に潜るのなら私にも相談してからにしてくださいよ?弾薬にだって限りがあるんですからね?」
「…………今日はこの辺にして、地上に戻る」
「賛成です!」
ヒトの話を聞いているのかいないのか、にこにこ笑いながら隣に寄り添ってきた少女に俺はため息をついた。
これがいなければ行動に制約など受けないのだが、マーセナリーにとって契約の不履行は活動停止処分などの大きなペナルティを伴う。まだこの職を手放したくはないため、彼女がノーと言えば潜れなくなる。恐らく今潜ったところで、彼女の所持する弾薬数次第で結局引き返すことになるだろう。
仕方なしに剣を収め、上層へ向かう階段へと歩みを変える。少女は俺の背後を、大砲を抱えたままちょこちょこ付いてきた。それが子連れのようでなんとなく複雑な気分にさせられた。
こういうのは、俺の仕事ではない。
「こんなことならコンビ契約など気まぐれに結ぶのではなかった」
「あっ、ひど~い!!私にとっては真面目かつ一生モノの大切な契約だったんですよぉ!?」
「俺にとってはそうでもなかったぞ。一、二日で音を上げて帰ると思っていたのに……意外としぶとい奴だ」
「あーっ!それが年上の女性に対していうセリフですか!?私より二十八歳も年下のくせにっ!敬いなさい!ちょっとは敬いなさい!」
「わかったわかった。いいから行くぞ」
「何が分かってるんですか!絶対わかってないでしょ!こうなったら説教です説教!今日という今日は年季の違いと言うものを思い知ってもらいますよぉぉ~~!」
ぷんすか怒る彼女とともに、俺は名残を惜しみながらその魔窟を後にした。
――この世界には、「リメインズ」と呼ばれる場所がある。
リメインズは所謂、 地下迷宮の一種であり、普通のダンジョンの中には人類が嘗て持っていたはずの高度、かつ未知の技術で製造された”もの”がある。”もの”と言うのは、そのダンジョンをダンジョンたりうる形にした建築技術であり、中に存在するひとりでに動く 機械達であり、中に存在する未知の神秘術の構築式。故にこの世界『ロータ・ロバリー』ではいくつの地下迷宮を攻略してそれを取り込んだかで国の戦力や技術力が決まる。
が、それはあくまで「普通のダンジョン」だった場合の話だ。「リメインズ」は違う。
後からやってきた魔物が棲みつくのが地下迷宮であり、「リメインズ」はその大本。
「リメインズ」は――魔物の這い出る源、すなわち魔窟。
この世界の全ての魔物がリメインズより出ずる。
リメインズはダンジョンとしては最大級の規模を誇り、同時に最大級のロストテクノロジーと危険を同時に内包する、希望と絶望の隣り合った魔の巣窟なのだ。希望を持って内に入る愚者に絶望の口を開く、人類未踏の古代遺跡。それがリメインズだ。
全ての 種族共通の敵であるとされる魔物の生まれる地だと伝え聞くリメインズは確認されているだけでも7つあり、オーセニ大陸に3つ、アドラント大陸に2つ、ケドルア諸島とエドマ山脈に1つずつ・・・ほぼ世界中に配置されるよう鎮座している。
今までの歴史の中で十数回、その中から夥しい数の魔物が一斉に這い出て周囲を無差別に襲ったことで大きな災厄を齎した。リメインズを攻略しようと戦力を送り込んだ結果、壊滅的な打撃を受けて国力を保てなくなった国も存在する。
誰一人、その場所の「底」を見た者はいない。
奈落。全てを失う場所。冒険者の墓場。
悪いことをすればリメインズに連れていかれる、と子供を戒めるまでに至るそれは、地獄と同義だった。
故に、数百年前に締結された「超国家条約」にてリメインズへの武力進攻は原則禁止、リメインズに危険な兆候あれば締約国すべてが協力して魔物の迎撃態勢を整える事など多くの決め事がなされた。反対する者は殆どいなかった。
何故ならば、どの国も平等にリメインズより這い出る魔物を恐れていたからだ。
貴賤を問わずヒトを殺し、時にはその肉を貪りながら世界を蹂躙する。
魔物の大侵攻は、どの国にとっても忘れる事の出来ない惨劇だった。
――だが、進行禁止とはいっても抜け道は存在する。
口では入るなと言いつつも、やはりその中にあるであろう技術は欲しい。
嘗てダンジョン内で神秘術が発見されて人類が目まぐるしい発展を迎えたのと同じように、魔物をも恐れずに暮らせるほどの何かがそこに眠っているのではないかと希望を抱いている。
だから――リメインズで発見した新技術や新発見を全て提供する代わりに報酬を与える、という条件付きでリメインズに入ることを許されている人間がいる。
その名は「マーセナリー」。
リメインズで得られるであろう「何か」を売りさばき、一獲千金を夢見る命知らずの傭兵たちである。皆そこに求める者は様々だが、その殆どにとって「命よりも欲しい物がある」という点において共通していた。
彼と彼女にもまた、平穏や名誉よりも浅ましく渇望するものがある。
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