戦場の蛍
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2部分:第二章
第二章
「この街からも解放されようぜ」
「ああ、是非な」
「そうさせてもらおうぜ」
空の騎士達はそんな話をしながら彼等の基地へ帰って行く。彼等の戦いは冬の間終わることはなく春も同じだった。そして夏も。彼等の戦いは続いていた。
その中で。リヒャルトは一人だけ基地の司令に呼び出された。戦いは激しくなる一方で撃墜されるパイロットも多かった。彼はその中で戦友達と何とか生き残っており今では基地のエースの一人になっていた。その彼に司令直々の呼び出しがかかったのだ。
「何だ?この前の出撃で三機撃墜したことのねぎらいならも受けたぜ」
「どうもそれではないみたいです」
彼を呼びに来た若い整備兵が応える。見ればまだその顔に幼さが残る。精悍そのものの熟練の戦士の顔になっているリヒャルトとはかなり違う顔になっている。
「詳しいことはわかりませんが」
「まあねぎらいじゃなかったら出撃の話だな」
それはしょっちゅうのことだった。だから彼はもうわかっていたのだ。
「どうせまたイワンの奴等が戦闘機を山みたいに送り込んできたんだろうな」
「いつも思いますがよくそこまで数がありますね」
「数で畳み込むのは奴等の専売特許だ」
リヒャルトは右手を振ってシニカルに応えた。
「それしか芸がないとも言うがな。まあいい」
「司令のところに行かれるんですね」
「ドイツ軍の辞書に命令拒否はないからな」
その軍律の厳格さは伝統的なものがある。この戦いにおいてもドイツ軍の軍律は鉄のものであり続けた。如何にもドイツらしいといえばらしい。
「行くさ。それじゃあな」
「案内は私が」
「ああ、いい」
同行しようとするその兵士を制止した。
「もう道はわかってるんだ。そっちはそっちの仕事に戻れ」
「宜しいのですか、それで」
「司令には俺から言っておく」
こう兵士に言った。
「だからだ。わかったな」
「わかりました。それでは」
若い兵士は敬礼をしてリヒャルトの前から姿を消した。彼はそれを見届けると自分の部屋を出て司令室に向かった。粗末な煉瓦造りの廊下を歩くと硬い音が聞こえる。それを音楽にしながら司令室に向かうのであった。
司令室の前に着くと規律正しい動作で扉をノックする。それから扉を開けて部屋に入り敬礼をする。その敬礼はナチス=ドイツの敬礼であった。
「リヒャルト=カイザーリング大尉只今参上しました」
「うん、よく来てくれた」
司令はリヒャルトに返礼してから言葉を返してきた。ドイツ軍の軍服を厳格に着こなした初老の男である。白いものがある髪を丁寧に後ろに撫でつけ髭も奇麗に剃っている。ドイツ軍の軍人らしい風貌の男である。
「実はだ」
「出撃命令ですか」
「そうだ。この基地からは君だけだ」
「私だけですか」
リヒャルトはそれを聞いてまずはその目を動かした。
「何か特別な任務と見受けますが」
「夜間出撃だ」
そうリヒャルトに伝えてきた。
「今夜だ。いいか」
「夜間出撃ですか」
「そうだ。この基地で夜に戦えるパイロットは君しかいない」
この時代は全天候で戦える機体もなくパイロットも限られていた。夜間戦闘機といったものもありアメリカ軍のP−六一ブラックウィドーが有名である。
「それでだ。頼めるか」
「ですが司令」
リヒャルトは夜間出撃と聞いて司令に言葉を返すのであった。
「今この基地には夜間戦闘機はありませんが」
丁度全部撃墜されてしまっているのだ。元々一機か二機しかなくそれが全てやられたのだ。戦闘機と一緒に来たパイロットもその時に行方不明になってしまっている。
「どうされますか、それで」
「メッサーシュミットで出撃してくれ」
これが司令の言葉であった。
「今回は。それでいいか」
「メッサーでですか」
「機体もそれしかない。そして出撃できるパイロットも君しかいない」
「ないものばかりですね」
リヒャルトは司令の言葉を聞いて苦笑いせずにはいられなかった。
「元々ものがある軍じゃないですけれど最近はどうにも」
「まあそう言うな。これも戦争だ」
「そうですね。じゃあ行きます」
「済まないな」
「何、戦争なんで」
司令の言葉を繰り返す形になっていた。半分はわざとである。
「行かせてもらいますよ。じゃあそういうことで」
「出撃してレニングラードの西で他の基地の部隊と合流してくれ」
「西ですか」
「そうだ。そこから街の上で敵と戦う予定だ。赤軍の夜間戦闘機部隊とな」
「ああ、イワンの新しい戦闘機はそっちでしたか」
そこまで聞いて話がわかった。
「連中は夜も昼もありませんからね、本当に」
「そういうことだ。ではいいな」
「ええ。夜での戦いもお手のものですよ」
彼はそう言って屈託のない笑みを見せるのであった。
「ドイツ軍にとってはね。じゃあそういうことで」
「頼むぞ」
「了解」
こうして今夜の出撃が決定した。リヒャルトは真夜中の空港に出て愛機の側にいた。夏だからそれ程寒くはない。だが夜だというのに虫は少ない。彼はそれを見て言うのだった。
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