歩きながら周囲に視線を奔らせる。
その光景は経験がないわけじゃない。
だがあまり得意とはいえない世界。
光り輝くシャンデリアがあり、ドレスを纏った女性が、タキシードを着こなした男性が思いのまま時を過ごす。
もっともその浮かべた笑顔が上辺だけではない者がどれだけいるのか。
そんな関係ない事を考える自分に僅かに苦笑しながら、自分とパートナーの分の飲み物を持ち、自然と傍に立つ。
苦笑したままではまた何か言われそうなので苦笑をやめ、右手に持つ飲み物を差し出す。
「ありがと」
それを慣れた動きで受け取る少女。
だがその表情と動きはいつもより若干硬い。
「どうかしたか? 少し表情が硬いが」
彼女にとっては慣れるほどではないかもしれないが何度か経験があるはずだ。
まあ、この年で完全にこの雰囲気に馴染んでいたらそれもどうかと思うが。
「仕方ないでしょ。
パートナーを連れては慣れてないっていうか初めてなんだから」
少し表情を赤らめながら小声でつぶやく少女。
なるほど、言われてみれば確かにそうだな。
この年齢ではパートナーを連れて来る経験はほとんどないだろう。
それに彼女の事を見る視線は多い。
だがこれは
「主催者の娘なのだから注目は浴びるのは諦めろとしかいえないな」
このパーティの主催者の娘なのだがら仕方がない。
「確かに娘というのはあるかもしれないけど……それ以上にその娘がパートナーを連れている事の方が注目浴びてる原因だと思うんだけど」
よく聞き取れなかったが、どこか不満そうなつぶやきが彼女の口から洩れた。
彼女の立ち振舞いに問題はない。
どちらかというと
「なにも気にする事はない。そのドレスもよく似合っている。
君はいつも通りでいればそれで十分だ。
もっとも私の方が役者不足かもしれないが」
赤のパーティドレスはこの年の少女では派手過ぎるとか、大人びすぎているといわれるのだろうが、彼女にはよく似合っている。
問題があるとすれば彼女よりも私の方だろう。
得体の知れない人物が主催者の娘のパートナーとして横に立っているのだ。
そう考えると彼女が注目を浴びている原因の一端に私の存在があるのかもしれない。
しかし彼女は
「ふん、似合ってるのは当然よ。
あと私がパートナーにしてもいいって思ったんだから役者不足なんて言わない。
ほら、ちゃんとエスコートしてよ」
顔を少し赤くする少女。
そんな彼女に
「ああ、任せてくれ。アリサ」
一歩より添い腕を差し出す。
「そうそう、それでいいのよ」
その腕に満足そうに頷いて、腕を絡めてくるアリサ。
「ほら、挨拶に行きましょう」
「承知した」
アリサと共に会場の方々に挨拶のために歩きだした。
さて、なぜこんな場所で、こんな事をしているかというと俺の臨時のアルバイトが関係していたりする。
一か月程前のジュエルシードの事件だけでなく、それ以前から資金不足だった事もあり金の延べ棒を換金したのだ。
したのだがこれからの事を考え宝石などを買い揃えれば、金の延べ棒の代金の大半がなくなる出費であった。
さすがにそれはまずいので使うのは半分だけであとは蓄えておき、あとは他で稼ぐ事にしたのだが、小学生がそんなに稼げるはずもない。
裏に顔を知られるのはまずいのだがさすがに資金がなければ何もできない。
そういうわけで忍さんに何かあればとお願いしていたのだ。
そして転がり込んできたバイトがこれ。
なんでもアリサの両親、バニングス夫妻からの相談を受けたらしい。
事の発端は一通の脅迫状
要約すれば『ある市場から手を退け』というものだった。
もし従わなければ予定されているアリサのお父さんの会社主催のパーティでアリサを暗殺する。
またアリサがパーティに出席しなかったり、パーティを中止にした場合は主要取引先の役員を殺す。
という物騒な脅迫状であった。
かなり大きな会社だから敵がいるのもわかる。
そして、アリサのお父さんにとってもその市場から手を引けば雇っている部下達を路頭に迷わす事になるし、主要取引先の人々の命を犠牲にする事も出来ない。
ましてやアリサの命など考えるまでもないということらしい。
そこで俺の登場。
パーティ当日のアリサの護衛とパーティ会場内で襲撃された場合の相手の捕縛が俺の役割だ。
もっともパーティ会場の外には俺以外にも高町家の方々とノエルさん達がおり、忍さんは自作の大型銃器を用意しているらしい。
俺個人としては忍さんが作ったという大型銃器というのが使う事が起きない事を祈っている。
あの人はあの割烹着の悪魔とどこか似た匂いがするので、忍さんの自作がどんなものなのか知りたくないのだ。
ちなみに今回の件について、アリサにはそろそろパートナーを連れてパーティに参加するのも経験していた方がいい、というアリサのお父さんの言葉に従っているだけで事の真相は知らされていない。
そして俺はタキシードに着替えてアリサのパートナーとしてパーティに潜り込んだわけである。
ちなみに護衛に魔術を使うのは問題なのでちゃんと魔術を使わないでいいように装備も用意してもらっている。
武装としてどこからか用意してくれたFN社製、ポケット・モデルM1906がポケットに入っている。
確かに必要だとは思うが……小学生に銃を持たせるのはどうかと思う。
あとアリサを狙う奴を見つけた時に知らせるために袖口に送信用のマイクが取りつけられており、何かあれば外にいる面々に一方的ではあるが連絡できると仕組みとなっている。
「どうしたのよ? ボケっとして」
「いや、やはりなれないなと思ってな」
色々と考え事をし過ぎたのかアリサから怒られたので意識をアリサに向ける。
それにしてもこういうとき解析とはなかなか便利がいい。
なにせ飲み物や食べ物の毒物の混入は勿論、暗器の類を持っているのもわかるのだ。
「ほら、まだ挨拶に行くところはあるんだから」
「はいはい、お嬢様」
周りに視線を向けながらアリサをせかされエスコートしていく。
side ???
こんな少女を暗殺しろとはね。
正直、あまり気はのらないがこれも仕事だと割り切る。
覗いたスコープ越しに金の髪の少女の姿を捉える。
そのすぐ傍にいる白い髪の少年。
しかし俺個人としてはこの少年の方が気になる。
見た目は少女と年も変わらないだろう少年。
だがこの少年の視線の動かし方、身体の動かし方に隙が見えない。
見た目は子供なのにそのありようは歴戦の戦士の様……
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
なにをわけのわからん事を考えているんだ俺は?
さて、そろそろ時間だ。
この気の乗らない仕事を終わらせるとしよう。
この仕事が終われば雇い主の待つ船で報告して金を受け取り、海外に飛ぶだけだ。
しかも空港までの送迎付き。
改めてスコープを覗く、其処には先ほど変わらない少女と少年の姿。
ただ明らかな違いがただ一つある。
こちらを見つめる少年。
「眼があった?
バカな、この距離だぞ」
あの少年から俺の位置まで直線距離約850メートル。
さらに今日は曇りで月明かりもない。
黒の服とフードを被っている俺をスコープも使わずに捉えた?
「ただの偶然……」
その時。少年の口がゆっくりと動いた。
み
え
て
い
る
ぞ
背筋に寒気がした。
まずい、気が乗らないが楽な仕事だと思っていた。
だが違う。
アレは違う。
俺なんかが仕留められる相手じゃない。
それ以前に対峙してはならない相手だ。
俺の驚いた表情が面白いといわんばかりにこちらを見ながら笑い、グラスを傾ける子供の皮をかぶった化け物。
「ッ!! こんなの割にあうか!」
こんな相手がいるなんて聞いてない。
すぐに逃げるべきだ。
俺が逃げようと立ち上がろうとした時、一陣の風が吹く。
それと共の奔る衝撃。
「ガッ!」
薄れいく意識の中で
「なんでこのご時世に刀を持った奴が居るんだ」
そんなどうでもいい事を考えながら俺の意識は消えた。
side 士郎
喉を潤しながらこちらを狙っていた狙撃主が消えた一部始終を見ていた。
狙撃主を確保し手を振る恭也さん。
さすが恭也さんといったところか。
俺がグラスを口に持っていったのは狙撃主の存在を知らせるため。
知らせてからそんなに経っていないというのに即座に現れた恭也さん。
「……あの人も存外とんでもないよな」
そんな事を思いつつある警戒続けながらアリサとパーティを楽しんだ。
そして、無事にパーティも終わり、両親の傍にいるアリサに
「ちょっと外すな。すぐ戻るから」
と伝えて、外にいる恭也さん達と一旦合流する。
わざわざアリサの傍を離れたのは外の恭也さんから手招きで呼ばれたからだ。
「状況は?」
「依頼人は逃げた。相手は船だ。
頼めるか」
先ほど確保した狙撃主が居たビルの屋上で恭也さんの言葉に内心ため息を吐きながら頷く。
屋上から海を見下ろせば一隻の船を確認する事が出来る。
距離約3キロ。
この距離なら十分に俺の射程内だが、さすがに弓を使うわけにもいかない。
つまりは使いたくなかった忍印の銃器が登場してしまうということである。
「士郎君、なにか嫌そうな顔してない?」
「イイエ、ソンナコトアリマセンヨ」
「なんかすごく棒読みな気もするけどいいや」
すごく楽しそうな忍さん。
で其処にある二つのトランク。
一つはそれほど大きくないが、もう一つはやけに長い。
「じゃ~ん。ちょっとあるモノを参考に作ってみました。
30mm対物砲!! 弾は炸裂徹甲弾と爆裂徹甲焼夷弾。
主力戦車を除く全ての地上・航空兵器を撃破可能よ」
……また予想の斜め上をいくモノが出てきた。
まさか銃ではなく、砲が出てくるとは。
こんなモノ、人間が撃てるのかと首を傾げてしまう。
「一応、使わせてもらいますけど、エンジン潰せば大丈夫ですよね?」
「ああ、知り合いの警察の人に頼んであるからね」
士郎さんの言葉に頷くが、警察の人っていいのか?
船に銃痕……砲の場合は何というのだろう?
どちらにしろ攻撃跡があったら何かと問題な気もするが、大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。
もう気にしないでおこう。
銃を準備する俺に爆裂徹鋼焼夷弾を差し出す忍さん。
…………これ撃ったらエンジンどころか船が吹き飛ぶだろ。
なにも見てない事にして鞄から炸裂徹鋼弾を装填し、撃つ準備をする。
そして、撃つ前にアゾット剣を懐から出すように投影して防音の簡易結界を張る。
こんなもん防音結界も張らず撃った日には間違いなくこっちが警察に追われる事になる。
「む~、なんで使ってくれないのよ」
何か聞こえるが無視だ。
銃、もとい砲を構える。
さすがに砲を撃つのは初めてだがイメージは問題ない。
そして、引き金を引いた。
結果を言うなら船のエンジンは吹き飛び、暗殺を企てた首謀者達は全員捕まった。
もっともエンジンを吹き飛ばすついでに船に大穴が空いたのか逮捕された時は半ば船は沈没していた。
それ以前の問題としては音が凄まじい。
正直、鼓膜が破れるかと思った。
そして、アリサの両親からお礼と物騒なバイトの料金を貰い、月村家と高町家の皆と共に海鳴に戻る。
アリサのお母さんに部屋を用意するから泊まっていくよう言われたのだが、久々のバニングス家の団欒を邪魔したくなかったので遠慮した。
そして家まで送ってもらった時
「今日貸した奴はあげるから、これもよかったら一緒に使ってみて」
そういって渡された二つのトランク。
まだ開けていないトランクには正直いえばどんなものが入ってるのか考えたくもなかったが
「恭也もノエルも銃器は使わないのよ。
使ったら感想教えてね。
説明書も入ってるから」
ということで押し付けられた。
ちなみに普通サイズのトランクを開けたら其処には黒い巨大な拳銃が鎮座していた。
こうして衛宮家に新たな銃器が三丁加わった。
後日
「あんた、パパ達になに言ったのよ!!」
学校でアリサに詰め寄られる俺がいた。
「何の事だ! 俺には何の覚えもない!」
「じゃあ、これはなによ!!」
そう言って突き出される写真。
そこには
「士郎君だね」
「うん。士郎君だね」
パーティの時にタキシードに身を包んだ俺の写真。
アリサの突き出された写真の意味がわからず首を傾げるすずかとなのは。
「あの後パパ達にお婿さん候補としてどうだって言われたのよ!!!」
「「えええっ!!!!!」」
「「「「「「「「「「「「「「「「衛宮っ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」
「俺は知らんぞ!!」
そうして始まる鬼ごっこ。
しばらく平穏な学校生活は送るのが難しかったのは言うまでもない。