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狼の森

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第一章

                狼の森
 その森に入ろうという者はいなかった。
 ハンスもだ、猟師である父にこう言われていた。
「あの森には狼の群れがいるからな」
「だからなんだ」
「そうだ、入るな」
 絶対にとだ、父は家の中で彼に強い声で語った。
「若し入るとな」
「狼達に」
「食われる」
 そうなるからだというのだ。
「絶対に入るな、いいな」
「うん、わかったよ」
 幼い彼は父の言葉に素直に頷いた。
「あの森にはね」
「そうだ、狼の餌にはなるな」
 こう教えるのだった、そして実際にだった。
 ハンスは狼の群れ達がいるというその森には入らなかった。そのうえで村の中で育っていった。そして彼は成長して。
 村でも屈指の猟師になった、彼が仕留められない獲物はいなかった。その弓矢は百発百中でどんな鹿も猪も仕留めてみせた、そして。
 村の羊や牛達を狙う熊も倒していた、だが。
 狼達はだ、何故かだった。
「何かおかしいな」
「そうですね」
 ハンスは村の羊飼いの親父に首を傾げさせて答えた。
「どうにも」
「ここ何年か狼は来ないな」
「あの森から出て来ないですね」
「あの森は餌が多いのだろうか」
「幾ら餌が多くても」
 それでもと言うハンスだった。
「あそこの狼は多いんですよね」
「ああ、あの森には誰も入っていないがな」
 それでもとだ、親父はハンスに強い声で言うのだった。
「やっぱりな」
「相当な数の狼がいますね」
「多いからな」
 それで、というのだ。
「餌も足りないからな」
「だからですね」
「出て来る筈なんだ」
 親父はその森の方を敵を見る目で見ながらハンスに話した。
「何年も全く出て来ないとかはな」
「ないですね」
「狼は獲物を狙って食うのが仕事だ」
「羊や牛を」
「だからな」
 絶対に、というのだ。
「熊よりも出て来る筈だ」
「じゃあどうしてでしょうか」
「わからない、しかしな」
「気を緩ませてはいけないですね」
「ああ、絶対にな」
「それじゃあ何かあれば」
 若しその森から狼が出て来ればとだ、ハンスは親父に答えた。
「俺が」
「頼むな、親父さんもいい猟師だったけれどな」
 ハンスの父は去年死んでいた、それで親父も言うのだ。
「あんたも負けてない、だからな」
「はい、村の羊も牛も守ります」
 絶対に、とだ。ハンスも親父に確かな声で答える。
「任せて下さい」
「それじゃあな。しかしな」
 親父はハンスに信頼している笑顔で応えた、そうしてそのうえで彼に問うた。
「あんた親父さんにあの森には入るなって言われてたんだな」
「はい」
 その通りだとだ、ハンスはその青い目を親父に向けてはっきりと答えた。髪は蜂蜜色で鼻が高く引き締まった顔と身体だ。背はすらりとしていて高い。 
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