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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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始まりから二番目の物語
  第四話




文side
《倉橋邸・時夜の部屋》
PM3時13分


「……時夜くん」

「……お兄ちゃん」


私とライカちゃんは、眠り続けている時夜くんの手をぎゅっと握り締める。
こうして顔を見ていると、その顔は安らかで、ただ眠っている様にも見えるだろう。

本当はただ眠りに就いているのではないかと言う錯覚を覚える。
揺すり掛ければ、今すぐにでも目を覚ますのではないかと。だが、直に首を横に振る。

その額に浮かぶ尋常ではない汗の量、そしてその手の、身体の異常なまでの熱さ。
それが何よりも証拠として、その異常性を現していた。

何よりも、数日前の私達の目の前で倒れた彼の姿を払拭出来ずにいた。


「ふん、早く良くなりなさいよね」


年長組みである芽衣夏ちゃんは気丈に振舞っているものの、そこには何時もの彼女らしさがない。
時夜くんの容体を見て、悲しそうな表情を浮かべて口を閉ざす少女。

この中で、倒れる前の時夜くんへと一番に触れている故に容体の重さを理解している。

それと同じく深刻そうな顔をして、きゅっと胸の前で交叉させる千鶴さん。

芽衣夏の問い掛けには、当然として返される返答はない。
…今の幼い自分達では、彼に何かをして上げる事など出来ない。ただとにかく、彼の復調を祈る事しか出来ないのだ。

まだ幼い、そう言われてしまえばそうだろう。
けれど、此処にいる全ての子供達は己の、自分自身の無力さをまじまじと感じていた。


―――…トントン。


不意に、部屋の扉を叩く小気味良い音が室内に響く。


「お取り込み中の所、失礼しますね」


音もなく扉を開けて、入ってきたのは自分達の知らない女性だった。
腰まで伸びた白銀色の髪に特徴的な瑠璃色《ラピスラズリ》の瞳をした、白衣を纏った女性。


「…あの、お医者さんですか?」


壁際にいた亮くんが、いち早くその女性に問い掛ける。

第一印象で言えば、その風貌からお医者さんを連想させる。
先程ナルカナさんが、時夜くんのお父さんの知り合いの医師が診察に来ると言っていたのでその人だろうか。


「はい、一応その資格も持っていますよ」


黒塗りの鞄をデスクに置いて、女性は顔を此方に向ける。
そうして顔に笑みを浮かべ、丁寧に自己紹介を告げる。


「初めまして、シャルニーニ・レムバートンと言います。本業の方は東京武偵局所属の武偵という事になっています。まぁ、肩書きは堅苦しい物なので、お医者さんと思ってくれて結構です。とりあえず皆さん、よろしくお願いしますね」

「……武偵、か」

「……武偵?亮くん、武偵って?」


その聴き慣れない単語に、私は小首を傾げる。それは亮くん以外の人、全員が一緒であった。
そうして、私は一人だけ理解している亮くんに答えを質す様にして質問を飛ばす。


そう私の声を切り出しに、亮くんが語り出す。皆の視線が自ずと亮へと集まる。

―――少年説明中。

曰く、武偵とは近年凶悪化する犯罪に対して新設された国家資格で、武偵免許を持つ者は武装を許可され、逮捕権を有するなど、警察に準ずる活動が出来るらしい。

ただし警察と違うのはお金で動く事だ。
お金を貰えば、武偵法という法則が許す範囲ならどんな荒っぽい仕事でもこなす。つまりは“便利屋”だ。

亮くんの話す、武偵の話の中で興味を惹かれるモノがあった。
そして一つ驚いた事があった。それは、亮くんがそれを目指している事だった。
話を聞く限り、命の危険をも伴うと先の話では聞いた。

それ程の危険を伴ってでも、それになりたいと亮くんは明確な意思を持って言った。


「感心です、その歳で良くそこまで詳しく知っていますね。博識です、ご褒美にキャンディをあげましょう」


微笑みながら、女性は懐から棒付きキャンディを亮に差し出そうとする…。


「―――止めんか」


だが、それを遮る様に部屋の中に時夜くんのお父さんの凍夜さんが入って来た。
すぐに、その差し出したキャンディを手中に回収する。


「…ただのキャンディなら文句は言わない。ただシャル、お前の場合はブツに薬品を混ぜ込むからな。これに、薬品を混ぜてはないだろうな?」


手元のキャンディを注視して、訝しげな視線をシャルニーニに向ける凍夜。


「ええ、ちゃんと無害なモノです、健康に害を及ぼさないから大丈夫ですよ」

「…いや、安心できないからな」


しれっと言い放つが、それは自ら黒であると宣言しているものであった。
そんなシャルニーニの態度に溜息を吐き、凍夜はキャンディを懐にしまい込む。


「しかし、本当に詳しいな亮くん。なら…そうか、二人とも俺の未来の同僚だな」

「いえ、まだ本当になれるかどうかも解らないですから……それに、二人?」


そう言葉にした凍夜の言葉に疑問符を浮かべる亮。


「ああ、家の“眠り姫”も武偵を目指しているからな」


そうして、眠り続けている中性的な顔立ちの自身の息子へと目を向ける。
その顔立ち、華奢な身体付き故に凍夜は時夜の事をそう評していた。


「…時夜くんが、ですか?」


それに肯定の意を示す様に頷く凍夜。

一時、皆で将来の夢について話し合った事があったがその時は亮くんは自らの夢を告げなかった。そして、時夜くんもまだ漠然とした事の為に想像が出来ないと、そう言っていた。


「…じゃあ、診療の方をして貰ってもいいか、シャル?」

「ええ、こちらはいつでも大丈夫ですよ。」


黒塗りの鞄を広げて、聴診器を首から掛けるシャルニーニ。
その姿は正に女医師と言った風貌だ。貫禄すら覚える。

私達が見守る中、シャルニーニさんは早速診察を始めた。







1







「…………」


私は時夜くんの着ている上着の前ボタンを開く。そうして白磁器の思わせる肌が露わになる。
その胸元に、シャルニーニは聴診器で触れた。

意識を聴覚に集中させる。呼吸音は正常、心臓に雑音はない。

それだけの事なのに、周囲の視線が自然とこちらに集まる。視線だけで、穴が開いてしまいそうだ。
……本当に、皆この子の事が心配なのね。

この子達の関係性について、詳しくない、短い付き合いの私でもこの子がとても大事にされている事を理解出来る。


「……原因不明の高熱、そして昏睡。視診と聴診においては異状は見られない、と」


独り言を呟く様にして。
私は、予め作成しておいた診療録にざっと書き殴る。

本来の診療録は症状やそれに対する処方を書き綴る物だが、今回の場合は自身のメモ帳としての用途に近い。

なにせ原因不明なのだ。
これが原因不明の新病ならば、周囲の人間へ感染する事も考えられる。

発症から、既に三日。

触診―――指先で少年の胸部からそっとなぞっていく。
徐々に下に下がっていき、腹部に触れる。内臓周辺で極端に硬化したりと異状と思しき箇所は見当たらない。

下腹部まで探っても、結果は同じだ。異常はない。けれど、何処か違和感を感じる。

それが何かは残念ながら解らない。医師としてはあまり不明瞭な事は言いたくない。
だが、この少年を取り巻く根本的な原因はそこにあると感じていた。



「…あの、時夜くんの容体はどうなんですか?」

「…特には異状は見られないですね」


おずおずと、不安気な表情をして千鶴と名乗った少女が問い掛ける。
私は首に掛けた聴診器を外して、瞳を伏せてそう告げる。


「……出来ればしたくはなかったのですが、ここは奥の手を使うしかないですね」


『奥の手?』


凍夜以外の全員が声を揃えて、不思議そうに此方を見て首を傾げる。
そんな中、私は鞄よりとある道具一式を取り出す。


「さて、それじゃあ早速、お腹を開く手術の用意を―――」


ナイフにも似た金属製の刃物を私は取り出す。
あれがメスかぁ…等という関心とした声が周囲から上がる。うん、なるほど、手術。それなら確実だ。
シャルニーニのあっけらんとした発言に皆が思わず頷き掛け―――。


『……し、しゅじゅつぅ!?』


その直後。あまりの事に全員が声を再び揃えて、ひっくり返す。
そして一人、状況を理解出来ていないライカちゃんは可愛らしく小首を傾げている。


「だ、ダメですよ!そんな痛そうな事したら、時夜くんが可愛そうですっ!!」


千鶴ちゃんがそう言う。それに連れ、子供達皆が抗議して、ベッドの前で両手を広げて立ち塞がる。
それにも幼い故に訳が分からずに首を傾げるライカちゃん。


「皆さん、ご病人の前では静かにしましょうね」


メスをしまって、そう微笑む。


「冗談だから、安心してください。」


そうして、そう告げる。その刹那、後頭部を軽く小突かれた。
振り返ると、少しご立腹な顔をした凍夜が立っていた。


「……今のは冗談が過ぎるぞ、シャル」

「…そうよ、今のは冗談が過ぎるわよ!」


ちょっとした張り詰めた場を和らげる、私なりのジョークでしたのに。
そんな口論をしている時だった、時夜くんの容体に異変が起きたのは…。


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