ルドガーinD×D (改)
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三十五話:歪んだ歯車が動かす者
現在、俺達オカルト研究部は三勢力会談の為に駒王学園の会議室に居るところだ。普段はいつもの学生が使うようなどこにでもあるような質素な物が置かれているが、今回はお偉いさん達が来るので一目でこれは高価だと分かる装飾の施された長いテーブルに豪華なイスが用意してある。
勿論、俺達がそんな豪華な物に座るはずもなく、少し後ろの方にある装飾はないがこれまた腕のいい職人が作ったと思われる椅子に座っている。何かの拍子で壊してまた借金を負わないか内心ではビクビクしているけどそれを表に出さず澄ました顔で会議が始まるのを待ち続ける。
因みに黒歌も当事者ではあるがつい最近まで犯罪者だった人間がこれだけのお偉いさん達の前に出るわけにはいかないと自分から辞退していた。その時の表情からして他にも何か考えがあるのは分かったけど特に何も言わないでおいた。
何となくだけど今俺の傍にいると不味いような気がしていたからな。とにかく、黒歌は現在ギャスパーと一緒にオカルト研究部で寛いでいる。黒歌はギャスパーの事を可愛いと言っていたから、
まあ、特にギャスパーの方もそこまで対人恐怖症を心配しなくてすむだろう。
「さて……全員が集まったところで話しを始めたいのだが…その前に聞いておこう。
ここにいる者達、全員は神の不在を認知しているということで間違いないかい?」
サーゼクス様の問いに対して会議室にいる全員が無言で肯定する。それにしても聖書の神か……この世界で生まれたわけじゃない俺からすればその重要性があまり理解できないな。
俺が居た世界での神と呼べるものは多分オリジン、クロノス、マクスウェルだろうけど、エレンピオスじゃあんまり馴染みがないんだよな。子供の頃に童話でちょっと聞く位だ。
リーゼ・マクシアならまた違うんだろうけど、エレンピオス出身で原初の大精霊について詳しく知っているなんて俺みたいに直接マクスウェルやクロノスに会ったことのある人間位だろうな。ジュードみたいな学者とかクランスピア社のエージェントは別だけどな。あくまでも一般人での話だ。
でもよくよく考えてみると精霊が死んだら俺達も死んでしまうから、そう考えるとかなり重要な存在だな。いや、むしろ死んでも世界が成り立っているだけ聖書の神の方が世界に与えている影響は少ないのか? うーん……まあ、考えてもしょうがないか。結局の所、異世界の常識を当てはめても分かるわけがないよな。今は会談に集中しないとな。
俺はそう決めてまずはサーゼクス様が悪魔の未来について熱弁しているところに意識を戻す。サーゼクス様は悪魔の未来は戦争と隣り合わせで生きていれば滅びしかないと説いていった。次に天界のお偉いさんである、これぞ天使といった風貌のミカエル様が、いかにして人々を導くか、神がいない世界でどうやって平和を掲げるかを説いていっていた。
そして最後にヴァーリの隣に座っている如何にもダンディといった感じの堕天使総督のアザゼル様が何やら空気を読まずに爆弾発言をしていたけど、俺はそう言えば、アルヴィンもこんな感じに空気を読まない発言をわざとしていたなと思い出して冗談の類だろうと思って特に気にしなかった。
「ではリアス、私達は大まかな所を話し終えたからそろそろコカビエルの件についての説明をしてもらえないかい?」
「わかりました、ルシファー様」
サーゼクス様の声に従って、生徒会長のソーナ・シトリー先輩と一緒に立ち上がる部長。
生徒会長とはコカビエルの時に結界を開けて貰う為に話した位の関係だから余り知らないけど、信頼のおける人だっていうのは分かったな。匙が慕っているのもその影響だろうし。
それと会長のお姉さんは今ここに居る魔王の一人セラフォルー・レヴィアタン様らしいけど、多分相当なシスコンなんだろうな……会長が立った瞬間、全神経を集中させて話を聞こうとし始めたからな。兄さんも俺が何か大事な話をするときは全神経を集中させていたから良く分かる。
少し淡々とした口調で説明をし始める部長と会長、多分、両方とも自分の言い方を違えれば三勢力の今の関係にひびでも入ると思ってかなり緊張しているんだろうな。まあ、普通は緊張するよな。それでも二人は全ての事実内容をありのままに正直に説明しているから凄い。
内容としてはコカビエルが何のために悪魔や天使側に喧嘩を売ったのか。そしてそのコカビエルやあの事件に関わっていた奴らフリード・セルゼンやバルパー・ガリレイ、そしてリドウなどといったところだな。
部長と会長が説明する間に各陣営の人達は、みんな様々な表情をしながら黙って聞いていた。そして部長と会長の説明が終わると、サーゼクス様が二人に労いの言葉をかけてから席に座らせた。
「コカビエルの件は完全に俺の監督不届きだ。それに関しては謝罪するぜ。コカビエルは俺が直々にコキュートスに凍らした。一生出てこれねえよ」
軽く頭を下げてから特に悪びれもなくコカビエルの処遇について話すアザゼル様。あれだけのことを部下がやってあの態度っていうのも凄い胆力だな。まあ、あれぐらいのものがなかったら堕天使の総督なんて務まらないのかもしれないな。そんなことを考えながら見ていると不意に真剣な顔つきになりミカエル様とサーゼクス様とレヴィアタン様を見るアザゼル様。
「さてと、そろそろ本題に入ろうぜ……」
「理解しているのだろう。現状、三勢力の中で最も信用が低いのは堕天使側だということを」
「ああ、全部俺の部下が起こした不祥事だ。今更、言い逃れする気はねえよ。それに俺自身は戦争なんてものには興味ねえ。だから―――和平を結ぼうぜ」
アザゼル様の言葉に騒めきかえる会議室。今までさんざん不祥事を起こしていた堕天使サイドの方から言ってくるなんて誰も予想していなかったからな。まあ、ある程度の予想では和平になるだろうとは思っていたけど……それは天界や冥界側が堕天使側を説得してなるものだと思われていたからな。こういう展開は正直言って意外だ。
「……まさか貴方からそのような言葉を聞けるとは思っていませんでした。……私はてっきり、堕天使は再び戦争を起こすものだと」
「その通りだ。神器やその所有者……特に白龍皇を手中に収めたと聞いた時は流石に肝を冷やした……また戦争を行うものだと思ったよ」
「たく、やっぱ信用がねえな」
ミカエル様とサーゼクス様から戦争を起こすものだと思っていたと言われて、若干、苦笑いを浮かべながら頬をかくアザゼル様。正し、疑われていたことは特に気にしていないらしく、すぐに顔を真顔に戻しお前達はどうなんだと言った感じにミカエル様とサーゼクス様それにレヴィアタン様に目線を向ける。
その視線に対してほんの少し裏があるではないかと疑うようにアザゼル様を見ていた三人だったけど、すぐに特に裏が無いと判断したのか視線を切り、まずはサーゼクス様から口を開き始めた。
「……私も、悪魔も和平に賛成だ」
「私も反対は無いよ」
「私達、天界も和平に賛成します」
サーゼクス様達のその言葉に部長や会長は安堵の息を吐き出し、イッセー達眷属はホッとしたような笑みを浮かべる。俺もホッとしているけど……なんだろうか。さっきから胸の“鼓動”がどんどん大きくなっていっている気がする。妙な胸騒ぎがする……このままじゃ終わらない、そんな気がするんだ。
「一先ず三勢力の和平は合意されたね。……それはそうとアザゼル。
戦争をしないのならなぜ神器を集めていた?」
「俺の趣味もあるんだが……ある組織に対抗するためってのが一番の理由だ」
「アザゼル、君が危惧するほどの組織……一体それはどんな組織なんだい?」
「勿論教えるぜ。ただ……その前に聞いておきたいことがある。リドウって奴のことも聞いておきたいんだがよ、まず……お前は何者だよ―――ルドガー・ウィル・クルスニク」
サーゼクス様のなぜ神器を集めているのかという質問にある組織に対抗するためだと答え、その組織のことを聞かれたアザゼル様だったけどその話を中断し、射抜くような目で俺が何者かと尋ねて来る。
その視線に対して俺は何も答えずに黙ったまま視線を返す。そんな俺達の様子にこの場に居る全員の視線が集中するがなおも俺は口を開かない。そんな俺に対してアザゼル様はまるで自分の頭の中で理論を立てていくかのように俺の情報を上げていく。
「俺も長い間、生きてきたけどよ。今まで骸殻なんて力もクルスニク一族なんて奴らも聞いたことも見たこともない。おまけにリドウって奴もお前もどんなに調べようとしても過去が一切出てこない。……まるで突然この世界に現れたみたいにな」
疑いの目線を強めて俺を見て来るアザゼル様。……まるで突然この世界に現れたみたいか。
まるでじゃなくて、その通りなんだけどな。まあ、普通に考えたらそんな事あるわけないって思うよな。俺なんかはまだ分史世界のことを知っていたからこの世界に関してもそこまで違和感なく受け入れられたけど。
そんなことを知らない人からすれば世界が複数あるなんて眉唾物もいいところか。
さてと……どうやって答えたらいいかな。嘘は効かないだろうし……取りあえず、
クルスニク一族についての説明位ならいいかな。そう思って口を開く。
「俺は―――」
「契約により呪われし一族のその末裔……それとも世界の破壊者とでも言おうか?」
俺の言葉を遮り、この場にはいないはずの人間の声が響く。その事にこの場に居る全員が驚き声のした方を向くと、ゆっくりと会議室の扉が押し開けられ、黒い髪に黒い服、黒い手袋、そして顔を覆う黒色の“仮面”を身に付けた男が入って来た。
そうか……最近感じていた嫌な予感や同じ鼓動は全部こいつだったのか。リドウ以外にも新しい審判に関わった人間がいるのは分かっていたけどまさかこいつだったなんて…っ!
「久しぶりだな―――ルドガー・ウィル・クルスニク君」
「―――ヴィクトル!」
会議室にいる全員の視線はたった今現れた仮面の男―――ヴィクトルに集中する。
だが、ヴィクトルはその視線をものともせずに壁にもたれかかり、
ただ、一人、ルドガー・ウィル・クルスニクを仮面の下から睨み続ける。
そんな形容しがたい空気の中、サーゼクス・ルシファーが果敢にもヴィクトルに話しかける。
「……ここに来るまでに相当な数の警護の者がいたはずだが、どうしたのかね?」
「ちょっとしたウォーミングアップに付き合って貰っただけさ。なに、死んではいないさ」
ヴィクトルのその言葉にこの場の緊張感が跳ね上がる。相手が明確に敵対の意志を見せてきたのだ、それは当然の反応だろう。しかしながらそんな場の様子にも警戒することなくヴィクトルは平然と壁にもたれかかっているだけだ。その様子にアザゼルは不気味さを覚えたがそれを表に出すことなくこちらも平然とした風を装いヴィクトルの正体を知るために口を開く。
「お前に聞きたいことが幾つかあるんだがいいか?」
「何かね」
「さっきの契約により呪われし一族のその末裔と世界の破壊者ってのは一体どういう意味だ?」
「前半はそのままの意味さ。後半は……本人が一番良く分かっているだろう?」
アザゼルの問いに関して淡々と答えながら、ルドガーの方に意味あり気に視線を送るヴィクトル。一方のルドガーは黙ってヴィクトルを見ているだけで何も答えない。
「じゃあ、次にお前は『禍の団』の人間か?」
『禍の団』それはアザゼルが危惧している組織の名前である。あらゆる勢力の強者が集まった種族混合の組織だ。以前に黒歌やヴァーリが入っていた組織でもある。活動としてはまだ始まったばかりであるが厄介なテロ組織であることには変わりがないであろう。
アザゼルは今回のような各勢力のトップが集まる場において仕掛けてくるかもしれないと考えていたので真っ先にその名前を言ったのである。ヴィクトルはその問いに関して少し考えるようなそぶりを見せてから口を開いた。
「そうであると言えばそうなるが……私は彼等を足として利用させてもらっているだけだ。
彼等が何をしようと私は私の目的が果たせればそれでいい」
「薄情な人間だな」
「私達の一族は皆そのようなものだ。……現に私は今、彼等がハーフヴァンパイアの少年を捕えるのに苦労しているのを知っていながら、それを無視してこちらに来た」
「何ですって!?」
ヴィクトルの言葉にリアスは叫び声を上げる。それは当然の事だろう、ハーフヴァンパイアで当てはまるのは自分の眷属であるギャスパーしかいないのだから。そんな彼が今敵の脅威にさらされていると知れば情愛の深いグレモリーとしては黙っていられるはずがない。
彼女は立ち上がりヴィクトルを睨みつける。
そんなリアスの様子にヴィクトルは少し微笑みを浮かべるだけで何も言わない。ヴィクトルの余裕のある表情にリアスは歯噛みしながら、必死に自分の可愛い『僧侶』の無事を祈る。
そんなリアスの様子に気づいたのかヴァーリが立ち上がり優雅な笑みを浮かべて話し始める。
「グレモリーさん。あなたの眷属は大丈夫よ。私はその計画を知っていたから彼を私の仲間達に守ってもらいに行かせたの。しかも、黒歌さんもそこにいるんだし。そもそも、そのせいであなた達は苦労しているのでしょう? ヴィクトルさん」
「君達は確か、つい最近抜けたと聞いた。まあ、私にとってはどうでもいいことだがね」
「私はあなたを一度も見たことが無いのだけど、どこにいたのかしら?」
「利用しているだけの関係だ。私の目的と重なる時以外は共にいることなどない」
ヴァーリはつい最近『禍の団』に入り、そして抜けたために計画の一部を知っていた。本来であればどこにも属さないことにしている彼女は知っていても特に何もしないのだが、このまま育てて貰った恩を返さずにアザゼルの元を離れるのも不義理に感じたので今回ばかりは三勢力側につくことにし、ギャスパーをアーサー達に守って貰っているのだ。
さらにそこにテロ組織に入っていたことを後ろめたく思っていた黒歌が加わり、ギャスパーを守る戦力はハッキリ言って過剰戦力になっていた。だからこそ、自信をもってリアスに大丈夫だと言えたのだ。それに対してヴィクトルは特に感想もないのか話題を変えて少し話し、ヴァーリの質問がなくなると黙り込んでしまった。
「おい、まだ俺の質問が残っているぜ。お前は誰なんだ? それにお前の目的は何だ?」
「まず、何者かから答えよう。私はルドガー・ウィル・クルスニクに最も近く、最も遠い者だ。
そして目的は……君なら分かるだろう? ルドガー」
そう言ってルドガーを指差すヴィクトル。一同がルドガーの方を見るがルドガーは苦しそうな表情を浮かべながら黙っているだけだった。ヴィクトルはそんなルドガーの様子を見ながらゆっくりともたれかかっていた壁から離れ窓の傍に歩いて行き、外を眺め始めた。
そこにはギャスパーの神器である『停止世界の邪眼』利用するという作戦を諦めて力押しとばかりに次々と魔法陣から現れる魔法使い達がいた。魔法使い達は校舎に向けて魔法を発動させて攻撃していたが校舎には堅牢な結界が張られているために壊すことが出来ない。そんな様子からヴィクトルは目を離しルドガー達の方に向き直る。
「このまま話すのもなんだ。私達も始めるとしよう」
「あら、じゃあ、私と一戦でもどうかしら?」
ヴァーリが微笑んでそう言った時にはヴァーリの視界にはヴィクトルの姿はなかった。
一瞬、訳が分からなくなったヴァーリだったがハッとしてすぐに後ろを振り返る。
するとそこには案の定ヴィクトルがいた……拳銃の形を作った手を頭に突きつけた状態で。
ヴァーリはそのことに思わず冷や汗を流す。もし、彼の手ではなく本物の拳銃であれば、鎧を纏っていない状態の自分では防ぐことが出来ずに死んでいたのだと気づき相手の力量の高さを否応なしに思い知らされる。そのことはその様子を見ていた周りの人間達にも言える、各勢力のトップである者達にですら一目で侮れないと判断を下させ戦闘態勢に移らせたのだから。
「君のような美しい女性に誘われるのは光栄だが……私が愛しているのは今も昔も、そして未来においても妻だけだ」
「……随分と愛妻家なのね。奥さんに会ってみたいわ」
「私が全てを取り戻せば会えるさ……だが、その為には―――お前を消さなければならない!」
「ぐあっ!?」
ヴァーリの後ろから、またもや瞬間的に消えたヴィクトルはルドガーの正面に現れると同時にルドガーを蹴り飛ばす。ルドガーは何とか腕でガードしてダメージは残さないようにするがそれでもヴィクトルの強力な蹴りの衝撃の全てを殺すことは出来ずに後ろに吹き飛ばされ窓を突き破り地面に落ちていく。
誰もが次は自分達に来ると思ったが、あろうことかヴィクトルはそのままルドガーを追って自分も窓から飛び降りてしまった。これには理由がある、その理由は彼がルドガー・ウィル・クルスニクという人間が校舎から落下した程度では死なないことを“誰よりも”分かっているからだ。
ヴィクトルはルドガーと同じように落下していきながら双銃を取り出し、空中という飛べない人間にとっては最もバランスが取りづらい空間で的確にルドガーの心臓目掛けて銃撃を放っていく。それに対してルドガーも双銃を創り出し、これまた人間ワザとは到底思えないような正確無比の狙いでヴィクトルの弾丸にぶつけて相殺していく。
そして地面にあと少しで着くというところで二人同時にハンマーに持ち替えて体のひねりを使い加速させた一撃を打ち合わせる。同じように、いや、ルドガーの方が僅かに多くの距離を吹き飛んでいくがそこでどちらとも同じように一回転して着地する。そしてすぐさま同時に双剣に持ち替えて激しい火花を散らしながら数え切れないほどの剣撃を切り結んでいく。
「俺は審判には関わる気はないんだ! だから俺を殺しても無駄だ」
「いいや! 私が“俺”になるために貴様を殺さなければならない!」
お互いに叫びながらの剣撃の嵐は徐々に一方的な物に変わり始める。ヴィクトルが一方的に攻め、ルドガーは防戦一方となり始めている。それも当然だろう、なぜならヴィクトルの戦闘技術は
十年の研鑽によりルドガーのはるか上を行っており。
尚且つその肉体は以前の戦った時のように時歪の因子化において弱体してはおらず、右目が見えないということもなく完全にルドガーを上回っている。
ヴィクトルの今の肉体は完全に最盛期の物なのだ。同じ戦い方をする以上はルドガーに勝ち目はない。
「エルは今を生きているんだ! そのエルの頑張りを無駄にするな!」
「エルは私のものだ! 貴様がエルを語るなっ!」
ルドガーの呼びかけにも全く応じずにヴィクトルはさらに握りしめる剣に力を入れていく。
ヴィクトルの振るうその剣は妖刀でもないのに怒り、憎しみ、そして悲しみが籠った禍々しさ、さえ感じさせた。そして遂にその剣はルドガーの持つ剣を弾き飛ばした。ルドガーは直ぐに新しい剣を創りだそうとしたがそこに鋭い蹴りを入れられて地面に倒れ込む。ヴィクトルはそんなルドガーの右肩に逃げられないように片方の剣を突き立てる。
「ぐっ!」
「私は貴様を殺し、願いを叶える。あの頃に……“みんな”が居た過去を取り戻す!
その為に、魂の循環に逆らい、運命に抗ってみせた!」
「お前がやっていることは全てから目を背けて逃げているだけだ!」
「黙れ! “本物”として生まれた貴様に、何が分かる!
私は全てを犠牲にしてでも過去を取り戻す!」
ヴィクトルの目はもはや正気ではなかった。誰の言葉も耳には入らない。
いや、入ってきても止まらない、止まれない。彼は誰からも認められなくとも己のただ一つの願いの為に進み続けるだろう。それだけの覚悟と力を彼は持っている。
ヴィクトルはルドガーに止めを刺すために大きく剣を振り上げる。後はこの剣が彼の心臓を貫けば終わりだ。そう思い振り降ろそうとした瞬間、仙術と妖術二種類の波動がヴィクトルに襲い掛かる。黒歌が助けに来たのである。それに対してヴィクトルは素早く反応して突き刺していた剣を引き抜き飛び去る。だが、まだ攻撃は終わらなかった。
ヴィクトルが飛び去った場所にすぐさま如意棒と聖剣が振り下ろされる。美候とアーサーが攻撃を仕掛けに来たのだ。ヴィクトルはそれにすぐさま反応し双剣で片方ずつ受け止めそこから一気に横に回転して二人を吹き飛ばす。しかし、その瞬間を待っていたかのように魔法陣から巨大な炎が放たれヴィクトルは飲み込まれる。
その魔法を放った張本人ルフェイはこれで倒せたと思ったが現実はそう甘くはなかった。
炎が晴れると同時に見えてきた物はハンマーを持ち水の防御壁を作りだして掠り傷一つないヴィクトルの姿であった。そのことにルフェイとアーサーは驚きを覚えるが、黒歌と美候は別の驚き、
いや、信じられないことに直面していた。
黒歌は負傷していたルドガーの傷に仙術で応急処置を施しながら何度もヴィクトルの気を探った。そして出される答えは何度やっても同じことが信じられなくて同じ仙術を使う美候を見るが美候も同じような表情を浮かべていた。ただ一人表情を変えないのは全てを知っているルドガーだけである。
「おい、黒歌……あいつの気ってよぉ……」
「たぶん……間違いないにゃ。でも……そんなことってありえるのかにゃ」
驚愕の表情で言葉を交わす二人にヴィクトルは笑い声を上げる。
その声は黒歌が大好きな笑い声と似ているようで全く違う、背筋が凍り付く様なものだった。
ヴィクトルはひとしきり笑った後、ゆっくりと仮面に手をやり、外すような構えを見せた。
「自己紹介をしよう、顔も見せなければな……私の名前は―――」
仮面を取り外しポケットに入れるヴィクトル。
その顔を見た瞬間、その場にいた“ルドガー”以外の全員が息をのむ。
それもそうだろう、ヴィクトルの正体は―――
「―――ルドガー・ウィル・クルスニク……十年後の彼さ」
ルドガー・ウィル・クルスニク、その人なのだから。
後書き
ヴィクトル「待っていなさい。すぐに終わらせる」
からの『マター・デストラクト』で本当にすぐに終わらされたことのある人挙手(´・ω・`)
今回は『最後の"道標"を賭けて』を聞きながら書きました。
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