ルドガーinD×D (改)
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三十四話:どちらかを選ぶことは大変だ
俺の目の前には小刻みに震える段ボール箱があった。俺はそのことに困惑の表情を浮かべてイッセーを見るがイッセーは何も言ってこない。……何なんだ、この状況は?
俺は若干、気が遠くなる思いでなぜこうなったのかを思い出す。
そう、あれは小猫に黒歌が撮っておいた授業参観の映像の感想を言っていた時だった。
恥ずかしさの余りに顔を赤くしながら俺にリバーブロー、ガゼルパンチからのデンプシーロールを繰り出してきた小猫に殴られながらも必死に謝っていた時に部長から悪魔のチラシを貰ったんだ。
その時は俺の窮地を救ってくれた部長が女神に見えたけど今思えばあれはこのための策略だったのかもしれない。よく考えれば分かったはずだ。不自然に今度イッセーを呼び出してくれと名指しされた時点で、何かあると気づくべきだった。でも、俺は快くその申し出を快諾してしまった。
そして、フルーツトマトや塩トマトなどの甘いトマトを使ったケーキの感想を偶には黒歌以外の人から聞こうと思ってイッセーを呼び出したところに、何故かこの小刻みに震える段ボール箱が付いてきたんだ。……取りあえず、中にいるだろう人物に話しかけてみるか。
俺は出来るだけ優しく中の人物に声を掛ける。
「えっと……こんばんは?」
「……こ、こんばんは、ですううう」
一応、返事は返してくれるみたいだな。返事が返ってこなかったら本格的にどうしたらいいかわからなかったから助かったな。それにしても……何で段ボール箱に入っているんだ。
猫じゃあるまいし……そう言えば、ルルもスリムだった時は段ボール箱に入ってドヤ顔をしていた時があったな。
今じゃ、太りすぎてその時に入っていた段ボール箱じゃ収まり切れなくなったけどな。
それにしても何で猫って段ボール箱が好きなんだろうな?
偶に黒歌も何かを我慢するように段ボール箱を見つめている時があるし……取りあえず、その時の表情も可愛かったとだけは言っておこう。
「俺の名前はルドガー・ウィル・クルスニクだ。ルドガーって呼んでくれ」
「ぼ、僕はギャスパー・ヴラディですうぅぅ」
「そうか、よろしくな。ギャスパー。それじゃあ、早速で悪いんだけど俺の作ったケーキの味見をして欲しいんだ」
「は、はい。分かりました」
俺は冷蔵庫に入れておいたケーキを取り出すためにキッチンに向かう。そしてその途中でイッセーに訳を聞くために意味ありげな視線を送る。それに対してイッセーは頷いてケーキを運ぶのを手伝うという名目で俺に付いて来る。そして小声でギャスパーについての説明を軽くだけ聞く。まあ、簡単に言うとギャスパーは筋金入りの引きこもりで尚且つ女装癖があるらしい。
これだけだとただの変人に聞こえるけど、引きこもりになった理由はかなり暗い、ギャスパーは強力な神器を持ったせいで人間界では化け物としてヴァンパイアとしては純血でないという理由で差別され続けて対人恐怖症になったらしい……。
それで外に行くリハビリを兼ねてイッセーと一緒に俺の家に来たらしい。はあ…部長も難しい問題を俺に押し付けてくるよな……こういうのは本人が克服しない限りはどうしようもないからな。まあ、俺も出来るだけ話してみるか。取りあえず、人と話すだけでもリハビリになるだろうしな。
「用意が出来たぞ、ギャスパーはどうする? 椅子に座って食べるか。それとも、その中で食べるか?」
「………中でお願いしますうぅぅ。で、でも、ちゃんと顔は出します」
「そうか、偉いなギャスパー」
俺は恐る恐るといった感じで段ボール箱の中から顔を覗かせるギャスパーの頭を撫でる。
最初はビクッとして顔を引っ込めようとしていたけど、徐々に俺に害意がないことが分かると気持ちよさそうに目を細めて受け入れてくれた。
イッセーが筋金入りの女装癖だって言っていたけど本当にこうしてみるとただの金髪の美少女にしか見えないな。俺はそんな事を思いながら、なおもギャスパーの頭を撫で続ける。
何と言うか最近は年下を可愛がることが多い気がするな、例えば小猫とかルフェイちゃんとか、そう心の中でそう呟き、手を離す。
「それじゃあ、味見を頼むよ。食べたら感想を頼むよ」
「はいですううう!」
「わかった」
「すごく、美味しかったですううう!」
「ああ、美味かったぜ。……相変わらずトマトなのはきつかったけどな」
満足げな表情をして俺が作った『トマトケーキ』を食べてのそれぞれの感想を言う二人。俺はその感想をメモにとっていき次回作に繋がるものを考えていく。因みにイッセーの後半部分の言葉は無視させてもらった。トマトを使わないなんて選択肢は今の俺には欠片たりとも存在しない!
「ありがとうな、二人共。次回作が出来たらまた呼ぶよ」
「は、はいです」
「俺はいい加減トマト以外が食べたいんだけどな……」
全く、イッセーの奴、そうまでしてトマトが食べたくないのか。あれだけトマトの魅力を引き出した料理を食べさせてやったのにもかかわらず、未だにトマトが好きになれないなんて嘆かわしい限りだ。どうやらまた絶拳の練習台になりたいらしいな。
もしくは『無限のトマト料理』の出番だな。すぐにトマト無しではいられない体にしてやる。それか新技『招き蕩うトマト食堂』をつかってやるかのどちらかだな。どちらにしろ腕がなるな!
「なんだ? また寒気が……最近体調でも悪いのか」
「気のせいだろ。それよりも今回の契約の対価は何なんだ」
「ああ、ちょっと待ってろ。……トマトを使ったお菓子…だと?」
対価を見た瞬間に驚愕の表情を浮かべて顔を引きつらせるイッセー。なんだ、そんな簡単な物でいいのか。それなら今度からもどんどん試食に来てもらってもいいな。さてと……トマトを使ったお菓子なら山ほどあったはずだから掻き集めてくるか。
俺はすぐさまキッチンに向かい、冷蔵庫から『トマトシュークリーム』と『トマト・ア・ラ・モード』を取り出す、さらに残っていた『トマトクッキー』を袋に入れなおしてイッセーの元に持っていく。それを見てギャスパーは目を丸くし、イッセーは死んだ目で何やらブツブツと呟いている。
「これぐらいあれば大丈夫だよな。むしろ少ないくらいだろ」
「いや、むしろ多すぎ―――」
「大丈夫だよな?」
「ハイ、ダイジョウブデス」
とてもいい笑顔でイッセーに聞き返すとまるで機械のようにカクカクとした動きで頷いてくれた。こういうのは気持ちだからな、多い方が何かと助かるだろ。それにイッセーとギャスパーだけでなく、みんなで食べればすぐに無くなるよな。おまけに小猫もいるからこれぐらいあってもすぐに食べ終わるはずだ。そう言えば、借金時代はよくジュードやレイアが食材のおすそ分けをしてくれたな。
理由を聞いたらエルにお菓子をあげたら『早くシャッキンを返さないといけないからショクヒを浮かせるためにルドガーにあげる!』なんて言われたから可哀想になって俺に食材のおすそ分けをしてくれるようになったらしい。……その時ばかりは情けなくて本気で泣きそうになったな。不味い、思い出したらまた泣きそうになる。俺は頭を振って雑念を捨て去る。その行動に二人が驚いているが気にしない。
「さてと……このまま、帰らせるのもあれだし、少し話でもしないか?」
そう言ってイッセーに目配せをする。するとチラリとギャスパーの方を見て頷いてくれる。
俺みたいな奴がどれだけギャスパーを勇気づけられるかは分からないけど…いや、勇気づけるんじゃない。ただ、伝えたいことを伝えて悔いのない選択をするように言うだけなんだ。
「ぼ、僕は大丈夫ですうぅぅ」
「ああ、俺も大丈夫だぜ」
「それじゃあ、話の題目は―――力についてだ」
そう言った瞬間にビクリと震えるギャスパー。少し可哀想な気もするが俺はこれは避けては通れない道だと思っているので無視して話を進める。辛いだろうが我慢してくれ、ギャスパー。
「イッセー、お前は自分の力をどんな力だと思っている?」
「俺の力か……誰かを守れる力だな」
「ギャスパー、お前はどうだ?」
「……誰かを傷つける嫌な力です」
俺の問いかけに対してイッセーは誰かを守れる力だと言い、ギャスパーは誰かを傷つける嫌な力だと言う。一見、正反対な答えに思えるがどちらも同じことであり、違う事でもある。
何を言っているのかと思うかもしれないがこれが力の本質なんだからしょうがない。
俺はこちらを見つめて来る二人をゆっくりと見回してから口を開く。
「お前達の答えはどっちも正解で、どっちも間違いだな」
「どういう意味だよ?」
「どんな力も常に両刃だ……そして、そうと知っている者だけがそれを振るう資格を持つ」
俺は目を瞑ってガイアスの言葉を思い出しながら二人に伝える。この言葉は本当に深いよな。
流石はガイアスだって感じの言葉だ。俺も言われた時はこの言葉の意味を理解しているつもりだったけど……いざ、自分の“大切な者”を壊す瞬間になるまで本当の意味では理解出来ていなかったんだよな。
その時までは理解しているつもりだっただけだ。自分の罪を、業を……兄さんの命を橋にすると決めたあの瞬間まで。あの時、初めて気づいたんだ。今まで自分が守る為と言ってやってきたことは全て―――他人を傷つける行為だったってことに。
「つまり、力は誰かを守れるという反面、誰かを傷つけるものでもあるってことだ。その両方を理解して初めて力を振るう資格が持てるんだ。イッセーの言う力は誰かを守れると同時に誰かを傷つける力だ。ギャスパーの言う力は誰かを傷つけると同時に誰かを守れる力でもあるんだ」
「……僕が…誰かを守れるんですか?」
「ああ……正し、同時に誰かを傷つけないといけないけどな」
「本当にそうなのかよ……誰も傷つけずに守れないのかよ?」
俺の力についての話にずっとただ人を傷つけるだけだと思っていたギャスパーは少し驚いた顔で俺を見つめ、ずっと誰かを守れる力だと思っていたイッセーはショックを受けた顔で俺を見つめて来る。少し酷なことを言っているのかもしれないけど、いつかは覚悟しないと、選択しないといけないことなんだ。だからこそ、俺は口を開く。
「例えばだ……お前が部長を守る為に部長を殺しに来る黒歌を殺したとしよう。その場合お前は部長を守ったと言える。でも、同時に黒歌を殺し、俺から大切な人を奪ったことになる。お前が傷つける事を恐れて黒歌を殺さなければ部長は殺されてお前は部長を守れなかったことになる……守れば人を傷つけ、守らねば大切な人が傷つく…どんな結果になろうと、どちらか片方を必ず選ばなければならないんだ」
自分達が相手に危害を加える気が無くても相手が向かって来れば当然相手をしなければならない。相手をしなければ大切な者を守れないのだから。逆に自分達が危害を加える気で相手に向かえば相手がこちらに危害を加える気が無かったとしても当然、反抗してくるだろう。そうしなければ同じように大切な者を守れないのだから。
守ることを選べば相手を傷つけ、傷つけることを拒めば守れない。これがどうしようもないこの世の真理なんだ。だから……覚悟が必要なんだ。何に代えてでも大切な者を守る覚悟が。
「なあ、ルドガー……それってどうやって折り合いをつけたらいいんだ?」
残酷な現実に苦しそうな表情を浮かべながら俺にそう尋ねて来るイッセー。
ギャスパーも同じように頷いている。折り合いなんて……つけられるものじゃないさ。
「折り合いなんてつけていない。つけられるものでもないんだ。ただ……背負うだけだ。例え、それが誰かを守るためであっても、そんな理屈は傷つけられる側にとっては関係のない話だ。それが剣を取って戦う者の“業”だ。それができないのなら、誰かを守ろうだなんて考えるのはやめるんだな」
「それじゃあ……償えないんですか?」
「それだと……ずっと罰を受け続けないといけないのかよ」
俺の言葉に対して茫然とした表情を浮かべるギャスパーとイッセー。
罪を背負い続け、償いの心を持ち続けることそれが本当の意味での贖罪だ。以前の俺のように罰を与えられて罰せられていることに安堵することは償いじゃないんだ。そのことだけは二人に知っていて欲しいから、ミラに教えてもらった事を忘れたくないないから俺は二人にミラに教えてもらった事を伝える。
「罪を償いたいならそれを背負ったまま幸せにならないといけない。
罰に甘んじて償う心を忘れることだけは絶対にいけないことなんだ」
以前の俺のようには二人にはなって欲しくない。そうならないように選択をするんだ。
俺はイッセーには守る覚悟をつけて貰う為に、ギャスパーには今から一歩踏み出して貰う為に選択を促す言葉を発する。
「誰かを傷つける覚悟を持って大切な者を守るか、誰も傷つけない覚悟を持って大切な者を守らないか……選ばないといけない。勿論選ばないこともできる。確かに選ばないだけなら不満はないかもしれない。でも変わることもないんだ。だから―――選ぶ覚悟をして欲しい」
「選ぶ……」
「覚悟……」
ここまで言えば、俺にはもう何も言うことは無い。後は二人次第だ。俺は話がここで終わったことを知らせるために二人のケーキの皿を下げ始める。気を利かせて散歩に出て行った黒歌もそろそろ帰って来るだろうから丁度いいタイミングだろう。
そんな俺の様子を見てまだ、色々と考えながらも立ち上がり帰りの支度を始めるイッセーとギャスパー。どうでもいいけど中身を知っていると段ボール箱を持ち上げるイッセーは中々にシュールだ。あれ、警察に見つかったら誘拐の現場と間違われるんじゃないのか?
そんなどうでもいいことを考えているとイッセーが何かを思い出したように俺の方に顔を向けてきた。なんだ? 何か他に用事でもあったのか。
「ルドガー、部長からの伝言だけど今度行われる、三勢力会談にお前も来てくれだってよ」
イッセーの言葉を聞いたその時、どこからか俺と“同じ鼓動”が聞こえてきたような気がした。
後書き
誰かを傷つける覚悟を持って大切な者を守るか=一の為に全を捨てる
誰も傷つけない覚悟を持って大切な者を守らないか=全の為に一を捨てる
大げさに言えばこんな感じですね。どちらを選ぶかはあなた次第。
もしくは第三の選択肢を見つけ出すか……。
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