美しき異形達
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第三十八話 もう一つの古都その四
「頭突きとか体当たりとかしてくるの」
「タチ悪いな、本当に」
「それがここの鹿だから」
注意しろと言うのだった、一行は商店街の出口から右手に進んだ。すると芝生と木の緑の公園があった。そこにだった。
鹿達がいた、立ったり座ったりしてそのうえで観光客の注目を集めている。その彼等を見ているとだった。
薊は小さく頷いてからだ、裕香に言った。
「確かに人間慣れしてるな」
「そうでしょ」
「皆に見られてても全く動じてないな」
「それどころかお煎餅出すとね」
「鹿煎餅だよな」
「すぐに寄って来て食べるから」
その煎餅をというのだ。
「本当に人間を怖がらないの」
「そこまで慣れてるのか」
「そうなの」
「日光の猿と同じか」
薊は裕香の話を聞いてこの生物の名前を出した。
「それだと」
「あそこの?」
「ああ、あそこ一回行ったけれどな」
「人間慣れしてるのね」
「そうなんだよ。しかも猿だろ」
猿だからこそ、とも言うのだった。
「凶暴なんだよ」
「お猿さんって怖いからね」
「ニホンザルは凶暴だぜ」
暴れる、それに農作物も狙う。とかく猿は危険な生物なのだ。
「だから注意しなよ」
「襲って来るわよね」
「お菓子取ったりするよ」
「ここの鹿に似てるわね、それだと」
「猿の方が凶暴じゃね?」
奈良の鹿よりもだ、日光の彼等の方がというのだ。
「むしろな」
「そうなのね」
「猿って怖いんだよ、引っ掻いてきて噛んできて」
薊は猿達のことを少し嫌そうな顔で話した。
「すばしっこいしさ」
「頭もよくて」
「そうそう、ニホンザルとかチンパンジーとかマンドリルはな」
こうした種類の猿達はというのだ。
「凶暴なんだよ」
「ゴリラとかオランウータンが大人しいのよね」
「そうだよ、動物園とかでもさ」
「大きいお猿さんの方が大人しいのよね」
「だから日光の猿はな」
その彼等はというと。
「下手に近寄ったら駄目なんだよ」
「危ないのね」
「襲い掛かって来られたら危ないぜ」
「鹿よりもよね」
「ここの鹿は自分から来ないだろ」
「お弁当やお菓子は狙って来るけれどね」
それでもだとだ、裕香はその油断ならない鹿達を見つつ薊に答えた。
「そうしたことはしないわ」
「そうだろ、縄張りに入って来たから襲い掛かるってことも」
「ないわ。ここ全体が縄張りみたいなものだけれど」
奈良の鹿達にとってはだ、彼等は春日大社を中心として奈良市のかなり広い範囲に縄張りを持っているのだ。
そしてその縄張りにだ、人間達が幾ら入ってもだ。
「動じていないわね」
「あたしが見てもふんぞり返ってるけれどな」
「何もされないからね」
基本はだ、仕掛けられたらやり返すだけだ。
「普通は」
「人間は餌を分捕る対象か」
「そうなの、今はね」
「今は?」
「終戦直後はこっそり捕まえて食べる人もいたらしいの」
食糧難でだ、その為鹿の数はかなり減ったらしい。神の使いでも食糧事情が悪いとそうした行為に走る人が出てしまうということだ。
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