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猫の憂鬱

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第3章
  ―6―

ふらっと課長が何処かへ行き、其の間龍太郎はタキガワに就いて調べられる限り調べた。
ウィキペディアは作成される度片っ端から削除する癖に、顔写真は彼方此方に散らばり、作家としてのホームページは当然、ツイッター、おまけにフェイスブックもある、ハプニングバーのホームページにもオーナーとして顔が載っている。
何の情報を、此奴は消したいんだ…?
此処迄情報を全世界に性趣向と共に発信するのに、何故ウィキペディアを削除するのか。
はたと、掲示板の文字にスクロールする手が止まった。

タッキーは結婚してんの?

此れか、とタキガワが抹消したい情報を突き止めた。
雪村涼子基青山涼子、其の婚姻関係をタキガワは絶対に世間に教えたくない。
龍太郎は其の儘別窓で青山涼子を検索し、ウィキペディアからファンの個人サイト迄見て、確信した。
タキガワとの婚姻関係が、何処にも無い。
子供が居た、そして筆を折った理由迄書かれるのだが、子供の父親に就ても又其の時の婚姻関係に就ての情報が一切無い。
タキガワの掲示板に目を戻し、続きを読んだ。

――出来んの?彼奴
――タッキーなんかで、俺は童貞だー、って云ってたよ
――俺、彼の人がセックスしてんの店で見たんだけど、そうか幻覚か
――童貞だー、て云い乍らセックスしてたよ おっぱいおっきいネーチャンと
――あふぉ過ぎる
――あれじゃないですか、AFが童貞って事なんじゃないですか(意味深)
――矢張り…(ゴクリ…
――アッーーーーー!
――違う!俺はバイだ!可愛い男の子良いね!
――日本の男の子可愛いね!
――日本の男の子になら掘られて良いよ!
――タッキーチーッス 唯のホモですマジで有難う御座います
――俺と結婚したがる女性多いけど、俺、ペニス一本しかなんだよね、だから結婚しない って云ってた
――如何云う事だってばよ…
――一寸何云ってるか判らないですね
――娘欲しいとは云ってた
――犯罪の匂いしかしない

目眩を覚えた龍太郎は目元を押さえ、覗いた井上がゲラゲラ笑って居た。
「性格破綻者か…」
「変人なのは間違いねぇな。…そうだ、タキガワ。」
「うん。」
「彼奴、結構学歴高いぜ。彼奴、慶応出てる。学部は知らねぇけど。」
「へえ。」
感心する龍太郎と馬鹿にした木島の“へえ”が重なる。
「慶応って変人しか居ないの。」
「は?」
「だって御前、慶応じゃん。変人じゃん。」
木島は笑い、井上を挑発した。
課長が居ない時に限って喧嘩をする。
落ち着け、と龍太郎は井上の肩を押さえ、木島を見た。
「課長が居ないんです、大人しくして下さい、木島さん。」
「おいおい、早稲田。テメェも変人だろうが。」
「拓也、乗るな。」
「明治煩いぞ、黙ってろー。文系男子は引っ込めー。」
文系男子だと?ブックワームの貴様に云われたくない。
睨み付ける龍太郎に、明治男子怖ぁい、と木島は一層挑発し、加納に止められて居た。
「煩いハーバード、触るな。誠の変人。異次元者。」
「何とでも。如何逆立ちしたって、木島さんには行けませんよ。悔しかったら、卒業なさい。」
「なんだ此奴、腹立つな!」
ふふん、と加納が笑った時課長が戻り、少し悪い空気に片眉を上げた。
「何の喧嘩だ。」
「課長、明治大学って良いですよね?」
「なんだ、藪から棒に。良い大学だと思うぞ、全てが調和してて。嫌いじゃない。」
「木島さんが明治を馬鹿にするんです。」
「慶応も馬鹿にします。」
「ハーバードも馬鹿にされました。」
「嫉妬か。無様だな、木島。悔しかったら東大行って来い。」
電気ケトルのスウィッチを入れる課長はフィルターに粉を入れ、椅子に座った。
「何で又、低度の争いやってたんだ。」
「キタガワが慶応らしいんですよ。」
「嗚呼。」
大方木島が井上に突っ掛かったんだろう、と正に流れを突いた。
「…むぅ…」
「はは、なぁんでも判るぞ。」
「課長って、何処です?」
「京大の教育学部。」
「え、マジで?」
「嗚呼。」
「関西から出た事無いと思ってました。」
「本当は明治に行こうと思ってたんだけど、京大にした。」
「ほら木島さん、明治良いじゃないか!」
「何で京都行ったんすか…?」
パチン。
電気ケトルのスウィッチが切れ、課長は立ち上がるとケトルを回し、フィルターに湯を入れた。珈琲の匂いが、粉が膨らむ度広がる。
三分程珈琲の匂いだけが漂う時間が流れ、カップに入れた課長は座るとパソコンを弄った。
「課長。」
「え?何?慶応だろう?頭良いな。金もあるんだな。」
「はい、云いたくないのね、はい。了解。」
龍太郎は黙って“菅原宗一”と入力し、ウィキペディアをクリックした。
宗一や時一程有名な医者になると、ウィキペディアも作られるのだ。
「菅原先生、京大出。」
「やっぱり!」
「おい煩いぞ二号機共。」
小声で話したのに聞こえていた。
「何で教育学部行ったの?」
「そんなの俺の勝手だろう、じゃなんで御前政経なんだよ。」
「良いじゃん、別に。」
「な?そういうものだろう?…まあ、俺、保育士になりたかったんだけどな。でもあの時代、男はなれんかったな。教授から、止めなさい、君は教師が良いって云われた。誰が高校生なんか相手にするか。だから警察に入った。」
「学歴と合ってないよ、最終目的が。」
「幼稚園の先生になりたいんだったら、マジで何処の大学でも良かったんじゃ…」
何故敢えて京都大学なのか。恋とは凄い。
「皆高学歴だな。下らん。」
上智居ないのか上智、と云うと、小野田ともう一人が手を挙げた。
「文系?理系?」
「文系です。」
「女子に囲まれ過ごしました。」
「よしよし、御前達は良い男だ、間違いない。」
「有難う御座います!」
「貴方のような完璧な方に褒めて頂けるとは、希望が見えました!」
「課長は上智がお好きか。」
「良いぞ、上智は。上智の男大好きだ。頭も良くて、家柄も良くて、性格も良くて、品も良くて、常識人で……非の打ち所が無い。悪い所を見付ける方が難しい。中でも文系男は良いぞ。やっぱり男は文系だ、理系じゃない。上智文系男最強也!」
京大理系男じゃないんだ、と龍太郎は思ったが、情報屋井上の垂れ込みで納得した。
ハイライトを愛煙し、愛車は漆黒クラウン、純白のプリウスは嫁奪われた上智文系男が大好きなのである。
決して、決して、ハイライトを愛煙し、持ってる車は純白ジャガーで、愛車はバンティット、な京大医学部(元年収五千万オーバー)では無い。間違っても。
「課長、俺も文系だよ!」
「はあ?煩いよ、変人。」
「文系代表、明治です!」
「ほらな、木島見てみろ。御前と全然違う。明治はスマートだ、紳士だ。」
「如何しよう、慶応の良い所が見付からない…。なんか無いですか、課長!慶応男の良い所!」
「……親が金持ち…?後…、ええと。」
「アウト!終わった、なんもねぇ…」
「済まん、井上。俺、本当に慶応に良い思い出無いんだよ。時代が時代で、金持ってる坊々しか居なかったから。」
正にそうじゃないか、と龍太郎の笑顔に井上の心は折れた。
何故だ、何故皆慶応と云うと引き攣った顔で俺を見るんだ。慶応が何をした、早稲田よりずっとマシだ。未だ常識はある方だ。あんな変人集団に比べたら全然良いでは無いか。
何故か井上、出身大学を女達に教えると、嗚呼やっぱり…、と云う顔をされる。まともな女程だ。目を輝かすのは頭の悪そうな女ばかり、井上の趣味では無い。
「学歴詐称しようかな、明治って云おうかな。そしたら頭良い女寄って来るかも。」
「止めろ!御前は如何やったって明治の顔じゃない!御前には慶応がお似合いだ!」
「なんか済みません、慶応で。慶応で御免なさいね?なんかもう、辛い。」
「早稲田より良いぞ、井上。」
「課長、此の中に結構早稲田居るからね?」
余り敵に回さない方が良いよ、と木島は猫目を向けた。木島の脅迫に怯む方では無い、鼻で笑った課長は立ち上がり、紙コップ二つに珈琲を入れると、其の儘上智卒の刑事の机に無言で置いた。有難う御座いますぅ、上智出て良かった、と小野田達は感涙し、紙コップを握り締めた。
「木島。」
「早稲田を馬鹿にしないで!」
コツコツとゆっくり課長は近付き、御前本当に知らんのか、と大きな口を真横に引いた。
「何…?」
「秀一、彼奴も早稲田だぞ。知らんかったのか?」
瞬間木島は頭を抱え、龍太郎と井上に謝罪した。明治馬鹿にして御免、慶応本当は羨ましい、僕早稲田じゃないです、と歯を鳴らし乍ら云った。
聞いた龍太郎達は同時にニヤッと笑い、やっぱり変人、云ってグータッチをした。
「科捜研、学歴高いからな。」
「嘘だ、秀一が早稲田…?」
唯の変人じゃないか、やっぱり変人じゃないか。
俺も変人なのか…?と木島の視線は泳いだ。
「橘と宗が京大、斎藤が大阪、シュウが早稲田。ずば抜けて凄いのが時一だな。」
何処?と聞くと、誰も聞いた事の無い大学だった。加納だけが、嗚呼其処ですか、と知っていた。
「御前達のような、国内の大学で上だ下だ変人だ云々云ってる低俗には関係の無い大学だな。」
「シャリテ。ヨーロッパで三本の指の一つに入る大学病院の名前で、ベルリン医科大学の総称でもあります。ベルリン大学の正式名称は、フンボルト大学ベルリン、ベルリン・フンボルト大学です。難易度がかなり高く、正直ワタクシでも入れるか如何かです。そうですか、菅原さんは其方ですか…、いや、本当に。言葉が無い。素晴らしい。」
「ほぉらな、ハーバードはなんでも知ってるんだ。」
会話のレベルが違う、そんな男が御前達の低俗な会話に入る訳無いだろう、と課長は笑う。
ベルリン大学ならベルリン大学と始めからそう云え、其れだったら知ってる、嫌味ったらしい男共め、と木島は唇を突き出し、龍太郎と井上は、時一先生ベルリン大学だって、マジか全然判らん、と顔を寄せ合った。
「タキガワの慶応が一気に霞んだ。」
「俺達って、余り学歴高くないのかもな。」
「所詮慶応。私立だぜ。」
「所詮明治だ。京大やハーバードの足元にも及ばない。国公立に行ける頭が欲しかった。」
「早稲田も寄せてくれ…」
「あっち行けよ、早稲田は。成金慶応とは話したくねぇんだろうが。」
「明治で済みません、早稲田を卒業された貴方様とは違うんですよ、馬鹿と話さない方が良いですよ。所詮早稲田様の受け皿ですから、明治は。早稲田様に馬鹿は来るなと門前払い受けたカスの溜まり場ですから。」
「其処迄云ってないだろう…」
「云ってはないが、思ってるんですね、知ってました。」
「酷いぜ早稲田。何様だ、早稲田様か?」
「申し訳無い、馬鹿は二度と話し掛けません。ラグビーも弱くて済みません。役不足でしょう?済みません早稲田様、頭もスポーツも弱くて。早稲田様は明治を虐める特権を持ってらっしゃるんですもんね。」
「明治虐めんなー、早稲田ーぁ。」
「国公立様、助けて下さい。慶応が又虐めます。」
「寄るな早稲田、御前は東大野郎に媚び売っときゃ良いんだよ、あっち行け。東大なんか大嫌いだ。」
タンブラーを傾ける加納は、何て低俗な、と思い乍ら静かに紅茶を飲んだ。
小野田は一人、そんな仲を笑顔で見詰めていた。
上智男子、又馬鹿やってる、飽きないね、と下らない話には乗らないのである。何時も笑顔で生温い目で見守って居るのである。
其れが、素敵です。 
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