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猫の憂鬱

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第1章
  ―2―

「普段喋らない猫が喋ってた、か。」
龍太郎の報告を聞いた世谷署捜査一課の課長は、偶々解いていた三つ編みに指を滑らせ、背中に流した。
「…全然違う事云って良いですか?」
「んー?」
ブラシを掛け乍ら電話を発信した課長は龍太郎の声と発信音を両方聞いた。
「なんで何時も課長は三つ編みなんですか?」
「可愛いだろうが、三つ編み。」
そうですか、と電話が繋がった為龍太郎は黙り、抑此の方は何故こんなにも自由なのか、気になった。
まさに猫である。
「何ー?」
「宗。」
「おー、聞いた聞いた。首吊りやろう?」
課長が発信した相手は科捜研の宗一だった。
「斎藤さん居るか?」
宗一に用があって電話した、というより、課長は此の八雲に話を聞きたいが為、嫌々に電話をした。
直接八雲に連絡したいが、生憎八雲は科捜研メンバーにさえ番号を教えて居ない。
「居るには、居るけどぉ…」
「変わってくれないか?」
「嫌、て言うたら如何する?」
「あっそう。邪魔したな。」
あっさり課長は電話を切り、続けて発信した。
「はい。」
「橘。」
「ご無沙汰してますぅ。」
ゆったりとした口調、侑徒である。
「斎藤さん、居るよな?」
「はい、いらっしゃいますよ。」
「変わって貰えないか?」
「斎藤さん、モテモテですねぇ。」
八雲に話した言葉が筒抜けた。
「斎藤ですけど。」
「くそ…、相変わらず良い声だな…、負けた…」
「あっはは、大きに。」
スピーカーから出る八雲の甘い吐息交じりの声に、課長のみならずデスク前に居た龍太郎も、何て良い声、と絶句した。
「ほんでぇ、何でしょう。」
「猫の事について聞きたいんだ。」
「あの猫は、ソマリ。中型と大型の中間に位置する猫です。」
だから何故、宗一の時にも思ったが、情報が此処に来ているんだ。
科捜研は、本庁の所有する組織で、各署には鑑識がいる。署で扱える事件に科捜研が出る事は先ずに無い。
此の科捜研と関わったのが二ヶ月前の九月に起きた事件。偶然なのか、其処の宗一と課長が繋がっていた。
其処から事ある毎に科捜研から絡まれている。
今回も其の類だった。
暇なのだろうか、科捜研。
良い事ではあるが。
「普段喋らないらしいんだが、矢鱈喋ってた。…如何思う。」
使える物なら例え親でも使え。
向こうが其の気なら此方も利用する迄である。
八雲は唸った。
「ソマリはアビシニアンの長毛種の事を指すんですけど、旦那が言うた通り、あんま話す事はせん品種ですね。犬に酷似した性格持ってます、基本。猫の中で一番頭がええと断言出来ますわ。思慮深い故臆病。其れがよぅ喋ってた、て言う事は、ママちゃまが死んでる事に相当ストレスを感じて、不安で堪らんで、其処にパパちゃまが帰って来たから、爆発したんやろなぁ。」
「そうか。」
「旦那が落ち着いてたんは、娘がそんな状態やったから、ちゃうかな。動物皆そうやけど、飼い主が興奮すると一緒んなって興奮すんのよ。旦那は機転が良かったな。旦那は犬タイプやな。」
「犬タイプ?」
「犬て、わいが興味無いからかも知らんけど、馬鹿やんけ。せやから、自分で考えんと、命令されんの待ってんとちゃいますの。」
「犬を馬鹿にするなよ。馬鹿じゃない。」
「あんねぇ、課長はん。犬が賢いんは、主人が賢いからなんよ。阿保が犬飼ってみぃ、漏れなく阿保やぞ、犬も。猫は違う。主人があっぱらぱあでも賢いねん。わいの猫がそうやもの。」
えへへ、と八雲は笑い、大型犬を二匹飼う課長は、褒められたのか貶されたのか、複雑な感情を持った。
「犬、は、状況で自分の行動を考える。猫は、自分で状況を作んねん。自分を軸に世界を回すんよ。いやぁ、頭ええなぁ。で、旦那は、侭犬性格やな。娘が興奮してたから、落ち着く思考が出たんやな。お、わいなんか、心理学の先生ぇぽくない?」
「因みに斎藤。」
「何です?」
「一番煩い猫ってなんだ?」
八雲は一息置き、シャム猫、世界一気高い女王、そう答え電話を切った。
電話をジャケットの内ポケットに仕舞った課長はブラッシングを再開し、未だ突っ立つ龍太郎を見た。
「何見てんだ。」
「課長は猫なんですね。」
「え…?ネコ…?」
「斎藤さんが云ったじゃないですか、猫は、自分を軸に世界を回す、と。」
一礼した龍太郎は自分の席に座り、あ、そっちか、と誠安堵の息を漏らす課長に、木島(きじま)和臣(かずおみ)の笑い声が響いた。
「黙れ。」
「済みませんでした…」
ペンを投げ付けられた木島は大人しく謝罪した。
「木島は近々抹殺しよう。俺の事を知り過ぎた。」
「お、良いね。」
木島の向かいに座る井上が便乗した。
井上は、此の木島が嫌いで堪らない。
「止めてよ!」
「だったら、抹殺されんよう、その家鴨口、開くんじゃない。」
「誰かガムテープくれないか。課長に抹殺されてしまう。」 
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