僕の周りには変わり種が多い
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横浜騒乱編
第26話 治療の魔法の真実
ゲリラ兵の行動を最初に気がついたのは摩利。
「危ない!」
ゲリラ兵の小銃からの連射を、桐原は紗耶香をかばいつつも左腕を失い、五十里は花音の上に重なるようにしてかばったにもかかわらず、左腕を失った桐原を見てしまったために、上半身をあげてしまい右胸を銃弾が貫通した。
ヘリの中で最初に行動したのは、深雪だった。
ヘリから飛び降りる深雪にたいして、僕の思考は達也に頼りすぎたという考えだった。
多分、達也はこのヘリや深雪の護衛についているのであって、このヘリに乗ろうとするところまでは現場判断としてまかされていないのだろう。これだから、軍や警察の実戦魔法師にはなりたくないというのが、僕の根底に根付いたものだった。
そんな考えも断ち切って深雪に続いて降りようとしたが、深雪の圧倒的ともいえる事象への干渉力。逡巡したが、軽く見ても重傷者への対処を考えて、普段ならまわりに見せない『炎衣』の術を発動することによって、深雪の事象干渉力を打ち消しながら、重力魔法で減速しながら降下していった。
僕がヘリからの降下中に深雪がおこしたのは、プシオンを固定化する系統外・精神干渉系魔法を感じたが、その発動先は敵だったので、着地とともに『炎衣の術』を解きつつ、まずは桐原先輩の腕の切断面に対して、僕の先天性スキルである発火念力で傷口を炭化させた。これで、少なくとも、出血は止まり痛みは麻痺するはずだが、壬生先輩はこちらを一瞬、キッっとした感じでみたが、気がつたのだろう。腕は、現在の再生医療で復活できることを。腕力を元に戻すのには1年以上かかるかもしれないけれど。
そしてより重傷、いや重体である五十里先輩にかけつけて、霊能力であるヒーリングをかける。これも、深雪の干渉力を上回れる。
肉体が傷つけば、サイオン体はほぼ同時に傷つき、幽体も遅れながらも損傷する。行なうのはプシオンを外部へ放出させずに、その傷ついた幽体を治癒をすることにより、サイオン体の修復をはかり、サイオン情報体と、現実の身体への治癒を促進させる霊能力。ヒーリングの開始から傷がふさがるまで約6秒でふさがったが、血液が体外へ流れ出すぎている。そして五十里先輩の顔色は青いままだ。
千代田先輩から
「啓はこれで大丈夫なの?」
「輸血を早くできれば、なんとかなります」
とは言ったものの、あとは本人の生命力次第だ。プシオンの圧力で生命力の根源である魂へ生命力を強くさせさせているが、早めに輸血と肺の血液をその後に対処すれば、助かる可能性は低くは無い。そう思いたいといったところで、
「お兄様!」
深雪が大声で手を振ったさきにいるのは、達也のプシオンだ。しかし、達也が101所属のデーモン・ライトなら、相手を消しさる魔法だったはずだが、もうひとつの話を師匠から聞かされている。それが本当なら
「達也に治せるのか?」
「お兄様なら」
こちらを振り向かずに即答した深雪だ。達也は五十里先輩へ駆け寄りひざをつき、バイザーを上げマスクを下げてだしたのは厳しい顔つきだった。達也が今、使っている能力はエレメンタル・サイトだ。五十里先輩の血液が不足しているのもわかるのだろう。
「お兄様、お願いします!」
深雪の反応は達也の顔をみて、五十里先輩の状態に明確な問題があるとわかったのか、達也の右腕にすがりつき、達也は左手の特化型CADから複雑なパターンをもった魔法を放った。
その魔法に関してわかったのは、達也の中で異常にサイオンが膨れ上がったのと、五十里先輩のサイオン情報体に、五十里先輩のサイオン情報体とほぼ同じものが上書きされて、定着したということ。それが、魔法の発動からわずか0.3秒と少しの間で全ておこなわれることだ。
そうして、おなじように。桐原先輩にもおこない、腕がはなれていたのに、その腕が瞬間移動したようにみえつつ、腕がつながったというところだ。
結果と、達也が見せてくれた能力からある程度までは推論することはできる。過去視ができる達也なら、服装を含めた過去のサイオン情報体を達也の中に一度フルコピーをして、対象の相手への上書きをするという方法だろう。本人に聞いても答えてくれるかわからないが、大きくは間違っていないはずだ。
過去の自分のサイオン情報体をフルコピーすることは、僕には無理だが『纏衣の人形』はプシオン次元を経由したサイオン情報体をフルコピーをしたものだから、フルコピーした方ではなくて、本体である自分が怪我をしたときに、サイオン情報体を自分へと重ね合わせて定着させることもできる。異なるのは、プシオン次元を経由するか、しないかというところだろう。
いつの間にか達也はいなくて、かわりにエリカが降りてきていた。深雪にたいして、
「お疲れ。すごかったね。あの魔法」
「……お兄様の前では、死神すらも道を譲るでしょう。でもあの魔法は……」
「んっ? いや、達也くんの魔法も、もちろん凄かったけどさ。あたしが言っているのは深雪の魔法のこと。あんな風に敵だけを狙い撃ちに出来るなんて凄いじゃない。さすがは深雪だね」
「ああ、そうだね。エリア魔法だったのに相手を特定した技量はすごい。けど、除霊のアルバイトをしている身としては、ちょっと手を出させてくれな」
そうして、アルバイト用のCADを取り出して『浄魂の術』で、深雪の魔法で凍ったプシオンから魂を切り離し、魂の紐に凍り付いているプシオンは『浄化の炎』で、溶かしたから、魂からプシオンが離れだしていくのも見えた。しかし、その魂も上空でフッと消えた。天国か地獄か、それとも閻魔大王の前かはわからないが、魂がいくべき次元に行けたのだろう。
まあ、そんな風に感慨にふけるには場所と相手が悪く
「陸名さん。もしかして、あなたも……」
「それはお互いに深入りしないほうが良いと思うよ」
深雪がおこなった魔法の結果に、影響を与えたのだから、与えた結果に変化を感じるのは魔法師としてはよくあることだ。僕が除霊に使っている魔法は、古式魔法のうちに入るが、系統外・精神干渉系魔法にも分類されかねない。系統外・精神干渉系魔法師に分類されると、いろいろと面倒とのことなので、あくまで古式の魔法師で通したい。深雪の方も四葉に関連する魔法師なら、なんらかの事情で四葉との関係を隠しておきたいのは、今までの感じからすると間違ってはいないだろう。
ちなみに魂をきりはなしたのは、深雪の魔法のようにプシオンが固められた、いや、凍らされた場合、あとあと、たちの悪い地縛霊になることが多いからだ。除霊ができる霊能力者は少ないのだから、これぐらい無料報酬でおこなっても、師匠も除霊するにしても100年以上先のことだから気にしないだろう。
ヘリにはもどって、エリカと僕は割合に普段と変わらないが、席が隣ではないので、他の人物に話しても反応が無く、結局はだまっていると、周りは不自然なほど、静かだった。
そんな沈黙をやぶれる人物がいた。
「……自分の身に起こったということだというのに……まだ信じられないよ」
「……一体、何が起こったというんだ?」
当事者である五十里先輩と桐原先輩だが、僕も確証を得ているわけではないので、せいぜい「達也に聞いてみたら」ぐらいなんだが、深雪もある程度は知っているようなんだよなぁ。
少しばかりまわりで話が続いて、結局は渡辺先輩が
「……司波、これだけは教えてくれ」
「何でしょうか?」
「達也くんの魔法は、どの程度効果が持続するんだ?」
魔法による事象改変は一時的なもの。元にもどる性質があるのなら、それは元にもどってしまう。なので、一般の治療魔法は何回もかけなおして、少しずつ定着させていくというプロセスを経るからの質問だ。
「永続的なものです。通常の治癒魔法のように継続的な施術は必要ありません。運動の制限もありません。完全に、いつも通りの生活が可能です」
しかし、治癒魔法の基本原則と異なるから、まわりもなかなか納得しないので、僕からは
「千代田先輩はみていたからわかると思いますが、僕の行った古式の治療魔法も、効果は永続的なものです。ただし、流れた血液などまではもどせないので、出血量によっては輸血などが必要になってくるのですが」
「陸名くんの魔法もたしかに気にかかるが、達也くんが何をやった方が気になる。あそこまで完全なものが治療魔法でないとしたら、いったい何を……」
フォローのつもりがスルーではないが、渡辺先輩がぶち壊してしまった。七草先輩はそれで
「摩利! 他人の術式を詮索するのはマナー違反よ!」
「気になさるのは当然だと思います。皆さんに打ち明けるだけならお兄様も許してくださるでしょう」
深雪の言葉に、僕も含めて皆が他言しないという中、七草先輩は
「今から聴くことの一切を秘密とします。それは名倉さんたちも同様です」
「いえ、そこまで大げさなことではりませんが……」
まあ、ここにはいないが、十師族の会議に出るメンバーなら、この魔法の噂ぐらいは耳にしているだろうな。
そこから深雪が説明しだしたのは、
魔法の固有名称は『再成』。
エイドスの変更履歴を最大で24時間遡り、外的な要因により損傷を受ける前のエイドスをフルコピーして、現在のエイドスに上書きする魔法。
上書きされた対象は、上書きされた情報に従い、損傷を受ける前の状態に復元される。
聞いたことで、過去をさぐるのに、エイドスの変更履歴を遡るというのが、達也の過去視の方法なのか。こうなると才能の問題だろう。それぐらいに思っていた。
そのあとの他の人物から質問などで、
「この魔法のせいで、お兄様は他の魔法を自由に使うことができません。魔法領域をこの神のごとき魔法に占有されている所為で、他の魔法を使う余裕が無いのです」
「……それで、達也くんはあんなにアンバランスなのね」
「ああ……それほど高度な魔法が待機していては、他の魔法が阻害されても確かに不思議はない」
渡辺先輩や他のメンバーはともかく、七草先輩はマルチスコープで、達也が大きな物体さえも消し去ってしまう魔法があるところをみたはずだ。それをだまっているのか、今は、忘れているだけなのか。まあ、ここで口を出すところでないことは、それくらいの空気を読んでいるつもりだ。
問題は、深雪のプシオンの状態だ。多分、以前だったら、周りを氷付けにしていたのではないかと思われるほどに、プシオンが深雪のプシオンの領域内で荒れ狂っている。これも達也へ伸ばしていた霊気のラインが消えた関係か?
達也からの霊気のラインは残っているが。
まわりでは雰囲気が変わって、特に千代田先輩とそれにつられて五十里先輩が、人の命を何千人、何万人と救えるとか、それで人命を救えるなんてヒーローじゃないかとの話まででていたが、達也がそれを秘密としているのは、もうひとつの魔法のためだろう。
「エイドスの変更履歴を遡ってエイドスをフルコピーする。そのためには、エイドスに記録された情報を全て読み取っていく必要があります。そこには当然、負傷した者が味わった苦痛も含まれます。知識として苦痛を読み出すのではありません。苦痛という感覚が、ダイレクトな情報となって自分の中に流れ込んでくるのです」
さっきの五十里先輩の重体におちいった怪我の苦痛を味わうなんて、忍術使いの対拷問訓練でもしていないと無理だろうと、この部分まではひとごとのように考えていた。
「肉体を解した情報ではなく『精神』に直接刻み込まれるのです」
ここで「『精神』に直接刻み込まれる」ときいて、初めてとんでもないことだと気付かされた。精神で苦痛を読み込む。自分の感覚はコントロール可能であっても、他人の感覚を直接精神に刻み込まれてしまう。
この時点での想像はまだ甘かった。
「しかもそれが、一瞬に凝縮されてやってきます。例えば……今回、五十里先輩が負傷されてからお兄様が魔法を使われるまで約40秒の時間が経過していました。それに対して、お兄様がエイドスの変更履歴を読み出すのに掛けられた時間はおよそ0.2秒。この刹那の時間に、お兄様は五十里先輩が味わられた痛みを200倍に凝縮した苦痛を経験しているのです」
具体的に200倍と聞いたところで、多分、僕の顔は真っ青になっていただろう。
精神に直接刻み込まれる200倍の痛み。自身のプシオンのひずみをノイズとして感じてしまう僕が、それを精神にたたきこまれたら、多分、苦痛をのがそうとして自由にできるプシオンが一瞬で離れていき、さらにコアとなるプシオンが削れ、さらに全て破損してしまう。
つまり精神的な死、そしてプシオンにつながっている魂とも切れて離れていく本当の死をむかえるだろう。それは深雪も学校の教育用CADをノイズと言い切った深雪も同じだから、兄である達也の精神の負荷を過剰に感じているのかもしれない。そこまで思い至って、とまっていた呼吸の再開とともに、冷や汗をかいているのをようやく感じた。
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