Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
断章 アカシャ年代記《Akashick-record》
??.----・error:『Nyarlathotep』Ⅵ
深夜の夜空に、星々が煌めく。最先端の科学都市であるこの学園都市だが、人口の八割が学生である為、研究機関の在る区画以外は閑静で意外と暗い。
その星空を嚆矢は自室の窓から眺めながら、『左手』で自分の怪我の手当てをしていた。
「……つう、沁みるって、インデックス」
「とうまが無茶したせいでしょ? 自業自得なんだよ」
「……ステイル、怪我の具合はどうです? あの高さから落ちたのですから」
「問題ない、下に上手いこと車があったからな。肋の二、三本にヒビが入ったくらいだ」
「…………俺に優しい女の子が欲しい」
二人組で怪我の手当てをしている当麻とインデックス、ステイルと火織の四人と共に。組分けに溢れたような形で。無論、好き好んで彼等を自室に招き入れた訳ではない。
当麻とインデックスは、『完全下校時刻』の為に本来の自分の部屋の在る寮に戻れず。ステイルと火織は、今日でインデックスの記憶を消去して連れて帰る予定だった為にホテルをチェックアウトしていて行く所がなく。その所為で、この有り様だ。
「ふ~む、あの“竜王の殺息”とやらを、どうにか再現できぬものかのう……」
『てけり・り。てけり・り?』
因みに、何やら唸っている赤い襦袢姿の市媛と螻蛄形態のショゴスは、二日目のカレーを頬張っている最中である。嚆矢を気遣う素振りすらもない。
空しさに包まれながら、『治癒』のルーンを刻んだ包帯を一人で右腕に巻き終わって。
──因みに、ショゴスが早めに装甲の修復に掛かってくれたお陰で、明日の夜には修復は完了するらしい。何でも、“神の血晶”なる金属で出来た『心鉄』とか言うモノが破壊されない限り、あの鎧は不滅なのだそうだ。
手持ち無沙汰に、長谷部を取り出して鞘を払う。刀身には、細かな傷が幾つも。だがこれも鎧の一部、時間が経てば修復される。
目釘や柄紐、鍔の緩みがないかを確認するが、問題はない。なので、手入れをしようと道具を手に取れば。
「……左手一本ではやりにくいのでは?」
「そりゃあ、まぁ。けど、動かないんだから仕方無い」
ステイルの治療を終えたらしい火織が寄ってくる。しかし、別に『限度を超えた魔術行使による反動で右手が動かない』嚆矢を心配しての事ではないようだが。
その証拠に、彼女の視線は嚆矢の手元に注がれていて。やはり剣客、気になっていたらしい。
「良い刀です。作は?」
「正宗十哲……国重一門」
「道理で、銘刀です。まさかとは思いますが、あの長谷部国重では?」
淡々とした応酬でありながら、思わず背筋を薄ら寒いものが通り抜ける。それはつまり、この刀が『国宝』とされる名匠の作かと聞いての事。思
本来ならば博物館に収蔵されていなければならないもの。しかも、真贋など不明なのだから。
「一介の学生が、ンなもン持ってる訳無いだろ?」
「……それもそうですね、愚問でした」
「そんな事より、アンタらの事だ。俺の事はどうすんだ? やっぱり、殺すかい?」
なので、茶を濁して切り抜ける事として。打ち粉を刃に振り、拭い取り。極めて薄く、油を引きながら。口調の割に、実は気になっていた事を一つ問うてみる。
「別にそれは私たちの仕事には含まれていませんから、知りません。まぁ、貴方がどうしても殺されたいのなら別ですが」
「そっちから殺しに来といて……まぁ、だったらいいけど。ようやく枕を高くして眠れる」
「『悪い奴程、よく眠る』ですか? 吸血鬼の寝座は、棺桶だと思っていたのに」
そして聞いた、あの堅物の火織の冗談を。そして見た、あの火織の朗らかなその表情を。まるで憑き物が落ちたかのような、優しげな笑顔を。そんな顔が出来るなど想像もしていなかったから、呆気に取られて。
それに苦笑しつつ、手入れを終えて。長谷部を鞘に納めて、虚空に突っ込むように消して立ち上がる。感傷を振り払うかのように。
深入りするべきでもない。これは、非日常なのだ。早く、元の日常に戻らなければ。
「いいな、お前ら。明日の朝までだ、俺は明日の朝から風紀委員の仕事があるんだからな。それまでに出てけ」
「そんなに念を押されなくても分かっているさ、今日一晩で出ていくとも」
「俺も補修あるしな……ところで……」
「……何だ、その物欲しそうな顔は?」
辟易しながらの言葉に煙草を吹かしながら答えたステイルと、苦笑いしながら答えた当麻は……カレーをモリモリ食っている市媛の方を眺めて、腹を鳴らす。
「腹、減っちゃってさ……カレーとか貰えないかな~、とか」
「一皿千円。小盛りで」
「高っ?! じゃあ大盛りでお代わりするといくらだよ!」
「嫌なら外に食いに行けよ。落第生なら分けてくれんじゃねぇの?」
「それはつまり、上条さんに身包み剥がされてこいと仰ってるんですかね、嚆矢さんは?」
ごく自然にぼったくる、そんな彼の学ランの裾を引く少女が一人。やはり、盛大に腹の虫を鳴かせながら。
因みにそのカレーは家主作。世にも珍しい、黒い山羊肉のカレーである。嚆矢も最初は抵抗があったが、今はもうこれ以外の肉は味気無いと感じるくらいの滋味、そして美味だ。
「こーじ……お腹すいたんだよ」
うるうると捨てられる仔犬のように瞳を潤ませ、物欲しそうに口許に人差し指を寄せた上目遣いで。白い修道女、インデックスが。
「勿論、インデックスちゃんは無料でお腹一杯食べて良いんだよ~? あ、カツとかハンバーグ、福神漬けも付けちゃおうね~?」
「ホント?! わ~い、こーじ大好きなんだよ!」
「俺もだよ、インデックスちゃん。あ~もう、可愛いなぁハァハァ」
対して嚆矢は、分かり易く態度を軟化させて。喜んでピョンピョン跳ね回るインデックスを、熱い視線で見守っていた。
「「「……………………」」」
「……おい、その眼はないだろ、お前ら。仮にも宿主よ、俺」
それを犯罪者を見る目付きで、或いは路上の汚物を見るような目で、三人から見られながら。
「騒々しいのう……では、儂はもう寝るので邪魔するでない。今日は夜這うなよ、嚆矢?」
「ちょ────何をしれっととんでもねぇ震天雷くれてんだ! 第一、いつの間にか俺の蒲団の中に忍び込んでンのはテメェだろうが! この鬼、悪魔、第六天魔王!」
「如何にも、その通りじゃて。呵呵呵呵呵呵呵呵…………」
一足先に夜食を終えた市媛は言うだけ言って、燃え盛る三つの瞳で嘲笑いながらショゴスに乗って和室に消えていった。
残されたのは、早速カレーをよそいにキッチンに行ったインデックスも除いた三人の、冷ややかな眼差しだけで。
嚆矢はただ、『口伝』のルーンを励起して。この場を乗り切る為に、口を開いた。
「────よし分かった、皆で一緒にカレーを腹一杯食おう。腹が減ってるからカリカリするんだ。だからその“幻想殺し”と炎剣と七天七刀を仕舞え。否、むしろ仕舞ってくださいお願いします」
見詰め合い、何かをアイコンタクトして頷き合って……其々の得物を構えて近付いてきた三人に、冷や汗を流しながら────。
………………
…………
……
一方、その頃。一人の少女が……否、少女めいた女性が、絶望に打ちひしがれていた。文字通り『吹き飛んだ』自分の部屋を見ながら。
警備員や消防吏員が溢れている現場の規制線の前で、一人で食べるには多過ぎる……三人分ほどもあるかと言うコンビニ弁当と缶ビール数本、煙草二箱の入った袋を落として。
「ガス爆発だとさ、ひでぇな。一部屋丸々木っ端微塵だ」
「え、俺は煙草の不始末だって聞いたぜ? そんでもって、ガスに引火してドカン、って」
「いやいや、能力者の空き巣が火を付けてったとか聞いたぞ? まぁ、何にしても怪我人の一人も居なくて良かったけどな」
「あ、あは、は……」
そんな野次馬の言葉を聞きながら、呆けたように。ボンネットがひしゃげて跳ね飛び、廃車確実な様子の車がレッカーされていくのを見ながら。
乾いた笑いを浮かべた後、おもむろに缶ビールを拾い上げると、泡が吹き出すのも構わずにプルタブを開け、一気に飲み干して。
「っぷっっっっはー! アハハハハハハハ! さよなら敷金礼金~! さよなら二代目の愛車~~! さよなら私の社会的信用~~~!」
ピンク髪の童女のような教師は、衆人の注目を浴びている事など気にも留めずに。やけくそ気味に、夜空に向かって高らかに叫んだのだった。
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