突然ですが、嫁ぎ先が決まりました。
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4、人形になるなんて真っ平ごめんよ。
「貴方……誰? いつからそこに?」
警戒するように、もう一度青年に向けてミヤコは問う。
視線は外さない。
大丈夫。距離は多少あるし、これでも剣の腕はあるつもりだ。
もし、彼が私をセリア国王女であるミヤコだと知っているとしても、ほんの少しの隙を作れば白夜で逃げきれるだろう。
白夜がミヤコの警戒した空気を察して、ミヤコの近くに寄り添うように立つ。
無論、視線は青年に注がれていた。
二人(一人は馬だが)の視線を受け、青年は少々気まずそうに首を掻く。
「……誰? って言われてもなぁ……」
「?」
青年の呟きは多少の距離があるミヤコには届かない。
「いつから、と聞かれれば、『最初』から、だ」
「最初、から……?」
「俺がこの木の上で休んでいた所に、あんたが後から来た、と言うのが答えだ」
……つまり、だ。
彼はミヤコが来る前から居て。ミヤコの取った行動の一部始終を見ていた、と言うことではないか。
「…………っ!!」
ミヤコの顔にさっと朱が差す。
一部始終見られていたと言うことは、ミヤコのダンス練習も見られていたと言うことで。
「? どうした?」
「ななな、何でもないわっ!!」
赤くなった顔を隠すように、手を頬に当てる。
初対面のしかも男の人にこんな醜態を見せるなんて……っ!!
いくらミヤコが大ざっぱで男勝りな性格だとしても、さすがにこれは恥ずかしかった。
あああぁーー……。
穴があったら入りたい、その言葉の通りにどこか隠れる所が欲しかった。
でも、今ミヤコの周りに隠れる場所などなくて。
少しだけ、青年から視線を反らす。全くもって、大失態だ。
カサッ、と葉の擦れた音がした。
「……ところで、あんた一人か?」
視線を青年に戻せば、睨み付けるようにこちらを見ていた。
「えぇ。連れはいないわ。ここに来たのは私一人よ」
青年の質問に答えつつも、ミヤコは再び警戒を露にする。
彼はやはりミヤコに害なす人物なのだろうか。
『最初から』なんて言うのも嘘で、偶然と言うことを私に思わせる為……?
また、カサッ、と葉が擦れる音がした。
……風もないのに、どうして葉が擦れる音がするのだろうか。
思考の片隅で、そんなことを思う。
「……そうか。なら、」
「……っ!?」
突然、彼がこちらに向かって走り出す。
やはり、彼は───。
「──伏せろッ!!」
「え?」
咄嗟に構えたミヤコに、青年が叫ぶ。言葉の意味を理解する瞬間にはすでにミヤコの体は後ろに引っ張られ、空を見上げていた。
体全体を包む暖かい温もり。鼻孔掠める草木の緑の匂い。加えて嗅ぎなれない微かな香の香り。
ドスッ、と鈍い音が近くで聞こえた。
それにつられて横を見れば、そう離れてもいないところに一本の矢が刺さっていた。
「矢っ!?」
「……逃げられたか」
チッ、と舌打ちを出して呟いた彼を見上げた。
ん? 見上げた?
冷静になって、気付く。
……私、今! 押し倒されてる!?
あ、い、いや、でも状況が状況だし!
「ああああのっ……!!」
助けてくれたことは、すっっっごく感謝してるし、助けてもらっておいて、あれだとは思う。思うけれど、何せ距離が近い!!
「ん? どうした?」
ちちち近いーーーっ!!
息が耳に当たる。
「……っ!!」
落ち着いて、私。
これは緊急事態だから!
なんて言ったところで、あまり意味をなさないことは分かってた。自慢じゃないが男女の付き合いなんて、生まれてこのかた、したことがない。
異性との交流なかったわけではないが、それはあくで友人としてだ。それに、向こうからも異性の女性として扱われるよりも友人として、むしろミヤコの性格上、男友達として見られてように思う。
だから、こんな風に守ってもらう、とか。
女性扱いを受けたりしたことなど、ほとんどないのだ。
恥ずかしさに耐えきれなくて、ぎゅっと目をつむった。緊張してちょっと手が震えるのはなんとか隠したかったが、こうも密着されていては、相手にバレているだろう。
「……大丈夫か? 驚かせて悪いな。もう何も心配いらない」
だから泣くな、と彼は言う。
男慣れしていない、とは露ほども思ってはいないらしい。
「た、助けてくれてありがとう。でも、その、あの……離して、下さい……」
「あぁ、悪かった。重かっただろう」
「いえ……別にそう言う訳じゃ……」
どことなく、気恥ずかしさを感じてしまう。
ほら、と先に立った青年がミヤコに手を差し出してくる。青年の手を取ることもせず、ミヤコは少しだけ赤くなった顔で青年が差し出した手を見つめるだけだ。
「どうした?」
「………て、……の」
「あ?」
「腰が抜けて立てないの!!」
「…………」
「…………」
暫しの沈黙。
さわさわ、と風に揺れる葉の音が虚しく響いた。
「──くっ、」
「く?」
「はははっ!」
突然笑い出した彼に、ミヤコは目を見張る。
「ちょっ! そんなに笑わなくたっていいじゃない!!」
戸惑うミヤコを余所に、彼の笑いは止まらない。
「…………」
段々腹が立ってきた。
どうしてそこまで笑われなきゃならないのよ!
失礼な人!!
ミヤコの中で彼の印象は決まった。
命の恩人? 冗談じゃない! 失礼な人、だ。
決定。少しでも感謝した私がバカみたいじゃない。
「……何がお気に召したのか知りませんけど、そこまで笑うことないじゃない」
憤然とした口調でミヤコが呟けば、さすがにまずいと思ったのか、彼は少しばかり笑いを治めた。
「──悪い悪い」
笑いすぎて涙の溜まった目尻を拭いながら、青年は立てないミヤコの隣に腰を下ろした。
「変に気を張ってたものだから、なんだか気が抜けてな。馬鹿にしたわけじゃない。女なら怖がって当然だ」
「……女、だからって言われるのは好きじゃないわ」
確かに怖かったのは本当だ。
自分が狙われていたのか、彼が狙われていたのかは分からないが、確実に刺客はいたのだ。
それに気付けなかったのは、男だから、とか女だからとかの問題じゃない。
……私はただ守られるだけの存在にはなりたくない。
はいはい、となんでも言うことを聞く人形になるなんて真っ平ごめんよ。
「まぁ、そうだな。最初、隙を見てそこの馬でいつでも離れられるようにしているような女は初めてだ」
「……気付いてたの?」
「これでも、腕は立つと自負してるからな」
「知ってるわ……」
でなければ、隠れた刺客の気配だって探れないだろう。
悔しくて青年から顔を背ける。
「──格好良かったぞ」
「え?」
「何かあったら、俺と対峙してでも隙を作るつもりの姿が。近くで見たら、こんなに華奢なのにな」
「………っ」
言葉が出なかった。
だって、彼が。彼の目が真っ直ぐにミヤコを見ている。
彼の手が伸びてくるのを視線だけで追う。避けることなんて、考えもつかない。ただ、彼の成すまま。
彼の手が、ミヤコの髪を一房掬い取ると、それを優雅な仕草で口付けた。
「勇ましさの中にも凛とした美しさがあって」
格好良かった、と彼がもう一度言う。
「あ、の……、その……」
自分でも分かる。
今の自分はみっともないくらいに動揺して、顔なんて真っ赤になってるに違いない。
情けない、これくらいのこと返せなくてこれから先、どうして行けるだろうか。
あと一ヶ月。一ヶ月経ったら、自分は嫁ぐのだ。慣れ親しんだこの国を出て、隣国へと。
政略結婚とは言え、素直に歓迎される訳ではないだろう。些細なことが、命取りにならなくもないのだ。
気丈に振る舞え。
───それが、『私』の役目。
「──それはどうもありがとう。最高の誉め言葉として受け取っておくわ」
髪を掴んでいる青年の手にそっと、触れながらミヤコは言葉を返した。
その時に、青年の瞳を下から見つめ、微笑むのも忘れない。
───大丈夫。これくらいなんてこと……。
「わっ!?」
いきなりぐしゃぐしゃと頭を撫で回された。
「な、何するのよっ!?」
「人が珍しく誉めて誉めてやってんのに、素直に受け取れよ」
「珍しくって、知らないわよ! そんなの!」
「大体、腰抜かしたっつって、情けねぇとこもうバッチリ見てんのに、今さら取り繕ったって意味ねーだろ」
その通りだった。
何を今さら……。
言葉をなくして、互いに見合う。
そして、どちらともなく笑みが零れた。
「そう言えば、私まだ名前を聞いてなかったわ。私はミヤコ」
「アルマだ」
「アルマ、ね。アルって、呼んでいい?」
「構わねーよ」
「それじゃ、アル。改めて、助けて頂いてありがとうございました。……何かお礼を、と言いたいところなんだけど、生憎持ち合わせが何もないのよね」
肩をすかせて告げる。
ホントなら、城に招待してそれ相応の礼を、とは思ったのだが、なんとなく。そう、なんとなくアルマに自分がこの国の王女と告げたくなかった。
きっと、知ればもう元には戻らないと知っているから。知ってしまえば、こんな風に話せなくなってしまうだろうから。
「礼には及ばないさ。……どうしても、と言うなら先ほどミヤコの歌っていた唄が聴きたい」
「私の……唄?」
「ああ。先程歌っていただろう?」
「それは、構わないけど……。そんなことで、いいの?」
唄でいいのなら、いくらでも歌おう。命の恩人とも言うべき彼になら、易いものだ。
だが、本当に?
確認するようにアルマの顔を見れば、もちろん、とでも言うように頷かれた。
「う゛……、改めて歌うとちょっと緊張するわね……」
へへっ、と照れたように笑って、ミヤコは軽く息を吸った。
「───“これが彼女の物語”……」
余韻を残すように、息を吐く。
人魚と王子様の唄。私の大好きな唄。
決して結ばれることのなかった二人だけど、それでも私は王子様へのことを悲しいだけで終わらせない彼女のことが好きだった。
もし、自分に好きな人が出来たら、彼女みたいに自分の想いを貫きたい。例え、それが決して叶うことのない想いでも───。
「ご静聴、ありがとうございました」
ふふっ、と笑ってミヤコは優雅に礼を取った。
それに対し、アルマは拍手をミヤコに贈る。
「改めて聴いてもいい唄だな。知っているか? その唄は実話を元に作られてるって、話だぞ」
「そうなの!?」
実話!
人魚の彼女の話が本当にあったことだったなんて!
「すごい!! どこの国のお話なの!?」
ミヤコの目が嬉しそうにキラキラと輝く。
もしかしたら、憧れの彼女の子孫にも会えるかもしれない、とまで考える。
「あー……、すまん。どこの国の話だったかな……。今度会うときには思い出しておくよ……」
「今度……」
今度と言う言葉に、ミヤコは落胆した。
今度、なんてものはミヤコにはない。一ヶ月後にはミヤコは隣国-バレル国-へ嫁いでしまう。アルマと会うのもきっとこれが 最後……。
寂しい……。そう思っている自分に苦笑する。会ったばかりなのに、何を寂しいと思うのか。
「………」
「ミヤコ?」
急に黙り込んだミヤコを覗き見るように、アルマが首を傾げた。
そう、よね。
寂しい、思ってるだけじゃ、なんか嫌だ。
「……なんでもないわ。ねぇ、アル。時に相談なんだけど。貴方、ダンスは得意?」
「何……?」
アルマがあからさまに顔をしかめた。ちょっと、唐突過ぎたかもしれない。
でもきっと、これが最後だから。
せっかく知り合えたのに、会えなくなる、きっと、私はそれが寂しいのだ。なら、また会える機会をこちらから作ればいい。
「私と一緒に踊ってくれない?」
紳士が淑女に手を差し伸べるようにすれば、アルマは驚いたように固まった。
そんなアルマにミヤコは更に続けて言う。
「一緒に仮面舞踏会に行ってくれませんか?」
悪戯が成功した子供のように笑った。
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