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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第四話。超えてしまった境界線……

2010年6月1日。18時20分。境山ワンダーパークゲート前。

何気に物凄いスピードが出ていた織原さんの運転により、俺達は予定の時間よりかなり早くワンダーパークに到着した。
乗っている間はその速度に気づかなかったが、あの運転手さんはかなりの凄腕なんだろう。
前世の友人、武藤よりも運転技術は高いかもしれない。
車輌科(ロジ)にいれば、間違いなくSランクが付くと思ったほどだ。

「君の知り合いは凄い人が多いんだね」

「同じ格の人が集まるのは世の常です」

自分も凄いと堂々と言い放つ辺り、やっぱり一之江は一之江だと安心した。

「い、一之江さんて凄いのね」

「それはもう。惚れて下さっても構いませんよ」

「あははっ、その自信満々なところは惚れ惚れするわね」

仲良さそうに会話する一之江と音央の姿をみる。
恵まれた体つきをしている音央よりも、自己主張しない体つきの一之江の方が自信満々な態度をしているのを見てると、とても微笑ましく思う。

「ここでモンジだけ行方不明にしましょう」

「え⁉︎ ど、どうしたのいきなり、一之江さん」

「いえ、そこの男が今、『自己主張しない体つきも微笑ましい』とか、そんなエロい視線でこの体を見つめていたものですから」

「うっわー。サイテー、モンジ」

「ごめんよ。音央みたいに出るところが出ている健康的な体つきも好きなんだけど、スレンダーな一之江みたいな体つきも好みなんだよ」

気心が知れた音央と、何を隠しても無駄な一之江相手なので、正直に語ることにした。

「ストレートに語り始めましたよ、このハゲ」

「だからハゲてないって⁉︎」

正直に話してみたが、一之江も音央も『じと〜』とした目つきをして俺を見つめてきた。

「そんなエロボケ少年は放置プレイするとして、私はちょっと入り口付近を調べてみますので、少しここでお待ち下さい」

「あ、うん……わかったよ」

エロボケではない、が反論しても勝てる気がしないのでおとなしくする事にした。
エロボケとか文句言いつつ、一之江の機嫌は悪くなっていないようなので安心した。
音央にペコリとお辞儀をすると、一之江はそそくさと無人の入り口に向かっていった。

『境山ワンダーパーク』では、入場チケットを備え付けの自販機で購入し、それを自動改札機に似たゲートに入れて通る仕組みになっている。
監視カメラも何台か確認できるので、すぐ近くの建物にある事務所に映像は流れているようだ。
入場券自体はかなり安く、アトラクションは別料金となっていて、大きな噴水のある広場や飲食店などもあるようだ。
そのことから『境山ワンダーパーク』は多くの人が楽しめるような憩いの施設となっているのが解る。
とはいえ、今日みたいな平日では客足はほとないんだけどな。

「あと数年もしたら潰れちゃうのかしらね」

寂しそうに音央が呟く。
土日にどれだけの人が入っていのかは解らないが、最近では遊園地やテーマパークがどんどん潰れているというのは事実だ。俺達が大人になった時、自分の奥さんや子供達を連れて遊びに行く場所が少なくなっていく……それはなんだか、とても寂しい事だ、と思った。
まあ、そんな結婚相手がいればだけどな。

「あたしが将来誰かの奥さんになって、子供達と遊びに来るまでは……せめて残っていて欲しいんだけどなぁ」

「くすっ」

「ん? 何よう、いきなり笑って」

「ごめんよ。俺も同じ事を思っていたんだ」

「あははっ、もしかして会長と結婚したら、とか思ったの?」

「もちろんそれも思ったよ。
けど、その相手は先輩とは限らないよ?
音央かもしれないし」

「バッ、馬鹿じゃないの! 変な妄想するのはやめなさいよ!」

「妄想するのは自由だからね」

「はいはい、夢を持つのは大事よね。うん」

「それなら音央、君はどうなんだい?」

「あたし? あたしは……そうねえ。今のトコ、ドキドキしてる相手はいないかな」

「そっか……」

なんだか、妙にドキドキしてしまった。
音央の言葉に安心した自分がいる。

「まぁ、音央はモデルやってるし、スタイルもいいからモテるだろうしね」

「体目当ての男なら大量にいるわね。モンジもエロい目でよく見てるし」

「女性の体を見てしまうのは本能なんだよ。
見ないと失礼にあたるからね。
音央にしてみると、肩とか凝ったり、嫌な視線で見られたりして大変なのは解るんだけどね……」

「あははっ、まあね。そりゃ、肩は凝るし、男共はあたしの顔や性格よりもまず胸を見てくるし。可愛いブラはないし、お風呂の時は腕が重いし、悪い事もいっぱいあるけど……」

ケタケタ笑いながらそう言う音央。
あんまり気にしていないのか、開き直ったのか、気にしているけど強がっているのか。
なんとなくだが、強がっている気がするなぁ。

「でも、せっかく誇れるものなんだもん。この胸も、綺麗な形を保てるように腕立て伏せとかしてるし。天から与えられたものは、嫌がるより好きになった方がいいでしょ?」

「……そうだね」

音央のその言葉は俺の胸に突き刺さる。
あっちの俺に聞かせてやりたい言葉だよ。
かつて、アリアに『あんたのその才能は人生のプラチナチケットよ』って言われたが当時の俺は要らなきゃただの紙キレと同じだ、なんて言ったからな。
確かに俺は自分で選んで力を手に入れたわけではない。
百物語(ハンドレッドワン)の主人公』、『不可能を可能にする男(エネイブル)の主人公』のロアは成り行きでなってしまったものだ。
HSS……ヒステリアモードに至っては代々ご先祖様から受け継がれてきた厄介な体質だと思っているくらいだしな。普段の俺は。
だけど、その主人公に選ばれたから、ヒステリアモードを持っていたからこそ、アリア達武偵高の皆んなと出会えて、そして今、一之江やキリカとも仲良くできている。
今の自分、そして与えられた環境を精一杯好きになるように肯定していく。

うん、その生き方はとても楽しそうだな。

「音央は凄いな」

「え、何よ突然。気持ち悪いわねっ、バーカ!」

クスクスと笑いながら俺を見る音央。
夕焼けに輝く、その濃い茶色の髪はなんだか神秘的な雰囲気を出していた。
そして、不思議な事に……。

______どうしてか、夢の中で見た少女の面影が重なった。

あの子も確かに神秘的だった気がしたが、音央とは性格は似てない気がするのに……。

「何よ、あたしの顔をマジマジ見たりして。もしかして惚れた?」

「うん。惚れ惚れする顔なのはたしかだね」

「褒めても何も出ないわよ」

「それは残念だな。今のは、夢の中に出てきた子を思い出してたんだ」

「うん? あたしが出たの?」

「うーん、残念ながら違うね。
夢の中の子はいかにも清楚! って感じだったからね」

「清楚キャラじゃなくて悪ぅございましたねー」

「元気で強気な音央のキャラも気に入ってるから、それはそれでいいさ」

「あははっ、あんたの為じゃないけど、解ったわっ」

うーん、顔も思い出せないけど、どうしてだか似てるという気がするなぁ。

「そういや、あたしも最近変な夢を見るのよね」

「え? そうなのかい?」

「ハッキリ覚えているわけじゃないんだけど、あたしが、知らない部屋にいるの」

「男と?」

「男女問わず、ね。たまに見る夢なんだけど、一緒にいる人はちょくちょく入れ替わっていく感じ」

「へえ……」

似たような夢、同じような夢を見る事はあっても、夢の登場人物がちょくちょく入れ替わっていくなんて変わってるな。

「なんだか知らないけど、悲しい気分になる夢でね」

「うん」

「あたしは、その人とずっと一緒にいたいのに、必ず『別れ』があるの」

「『音央の部屋』にはタイムリミットがある、みたいな感じか」

「そうそう、ずっと一緒にいちゃいけない、みたいな。それでお別れするとぎゅううっと胸が苦しなって目が覚めるの。起きたら泣いてる事もあったりして」

ふむ。詳細はよく解らないがそれはそれで何か意味がありそうな夢だな。
俺が見る夢とは真逆な感じだが……。
もの凄く気になる夢だね。
うん、帰ったらキリカに聞いてみるか。

「大丈夫だよ、音央」

「何がよ?」

「何かあったら俺が守るから」

「も、もう、馬鹿なんだから……。
でも……ありがとう」

うん。ちょっと照れた顔の音央も可愛いね。
音央は手に持っていたポーチに何気なく手を入れると、巾着袋を取り出した。

「それは何かな?」

「お守り」

そう言うと、大切な物であるかのように、ぎゅっと胸の前で抱きしめた。
うむ。美少女が胸の前で何かを持つ姿もとても可愛いね。
『お守り』にしてはでかいと思うけど。
携帯電話とかが入りそうなくらいの大きさだな。
丁度あんな感じのケースが欲しいんだよね。突然、発熱する物を持っているから。
ある意味俺にとっても『お守り』だしね。
そう、あの袋に入りそうな……。
……まてよ……とも一瞬思ったが、そんなわけないと思い直す。
中学時代から彼女を見てきたが怪しい素振りは一度も見せなかったからね。
それが演技かもしれないが、騙されたとしても騙された時に何とかしよう。そう、思った。

「中にありがたい木片とか、御神体みたいなものとか入ってるのかな?」

「ううん。よく解らないんだけどね、開けてないから。
でも、大事に持っていた方がいいって、小さい頃に言われたの」

「誰に?」

「うーん、覚えてないのよ、これがまた。叔父さんとかじゃないし……パパやママでも、ないしねぇ」

「おっと……ごめんよ」

音央には両親がいない。
今は叔父さん宅にお世話になっているみたいだ。

「ん? ああ、全然いいって。っていうか、今の流れは別にモンジ悪くないじゃない」

「いや、でも……」

「あははっ、ほんとにモンジは女には優しいわね。いいんだって。
パパもママも、きっと今でもあたしの事を見守ってくれているだろうから」

ケースを胸の前で抱えたまま、音央は夕焼け空を見上げた。
叔父さん達とは仲良くやっている、という一文字の記憶があったが、ちょっと失敗してしまった。
なんだかんだで俺も動揺していたようだ。
きっと不思議な夢の話題で気が動転していたからだな。
反省しないとな。今の俺は女性を傷つけるなんて許せないからね。

「そっか。なら大事にしないとね」

「うん、大事にしまくってるわ」

巾着袋の口辺りから、黒っぽい物が見えたような気がしたが、それが何かは何故だかいまいち思い出せない。

「お待たせしました。そろそろ日没タイムですね」

時間がゆっくり過ぎるような感覚を感じていると、一之江が戻ってきた。
一之江の言葉に俺は緊張をした。
『日没と同時に入ると神隠しに遭う』。
その噂が本当だという事を俺と一之江は知っているからだ。

「うん、それじゃあ、行こうか一之江」

俺は一之江に声をかけてゲートに向かって歩き始めた。
一之江は音もなく、いつものようにスススッと歩いて後をついて来て俺の横を歩き出した。

「本当に異世界に入ってしまう可能性もあるので、音央さんは入らないようにしていただくとしましょう」

「うん、そうだね」

俺だって、ロアに関しては素人に毛が生えたくらいの知識と経験しかないが、音央は完全に一般人だ。
だから巻き込むわけにはいかない。
なので……。

「音央、ちょっといいかな?」

「何?」

「俺と一之江が先に入るから、携帯のビデオカメラで俺達の姿を撮影してほしい」

携帯電話を構えながらジェスチャーをした。

「動かぬ証拠になるだろ?」

「そこまでするものなのね。まあ、いいわ。撮るわよ」

何も起きないと思っている音央にしてみれば、ただの記念撮影と変わらない。
その行動が危険回避となっているなんて思わないからね。
音央がデコレーションされた携帯電話を取り出したのを見て、微笑ましく思ってしまった。
いかに彼女が、普通の『女子高生』としての生活を楽しんでいるのか、よく解る。

「ここでいい?」

音央はゲート脇の柵に立って尋ねた。

「うーん、もっと全体が映った方がいいんじゃないかな?」

「あんた達が消えるかどうかの撮影だもん。近い方がいいでしょ?
それに、これってそんなに望遠出来ないし」

……うーん、本当はもう少し離れてくれた方が安心出来るんだけど……まあ、一応あの柵から向こう側が園内、という事になるのかな?
なら、あの柵を超えなければ平気……だよな?
俺はそう判断し、頷いた。
この判断が間違いだった、と……後になって後悔するとは知らずに。

「動画の時間は15秒間だけだけど、いいわよね?」

「うん、俺達がこのゲートに入るだけだからね」

「あいよ、OK」

携帯電話のボタンをポチポチ操作しながら音央は答えた。
一之江の方を見ると、『仕方ない』という顔をしていた。
あまり露骨に遠ざけるのも不自然だしな。
音央を巻き込まない為いも、あくまで『仲が良い高校生3人組が、ちょっと都市伝説の噂を検証しに来た』という形で終わらせたいからね。

「はい、OK」

準備を終えた音央が、携帯電話を自分の目の前に構えた?

「いつでもいいわよ」

「んでは、そろそろ日没タイムなので私とモンジは同時に入ります」

チケットを俺に渡して、一之江と俺は隣り合って移動を開始した。
入り口は2個。
それぞれチケットを持った俺と一之江はチケットを右手側にある機械に投入すると______カション、という音と共に、目の前にある両扉を模したゲートが開く。
投入するまで、ゲートが開くタイミングと、日没時間がピッタリ合わないといけないのかは解らなかったが……。

「っ!」

いざ、その先に進もうとした時に制服の胸ポケットとズボンのポケットに入れていたDフォンが熱を発した。
これはっ!

「一之江!」

「ビンゴですね」

胸の辺りを押さえながら一之江は鋭い視線をゲートの先に向けている。
おそらく胸ポケットにDフォンを入れているのだろう。
一之江ならすんなり入るだろうしね。
そんな事を思ったその時______

ゆらり、と視界が霞み……今までテーマパークだった景色が、入り口を境に変化していった。

それと同時に背中が以上に熱くなったのは、きっと気のせいだろう。うん……。

辺りを見回すと、そこは……。
テーマパークだった景色は、舗装されているものの、多少荒れたアスファルトの道路や草木が生えた道脇、いくつかある古い民家に変わっていた。
ここはもうテーマパークではない。
ならばここが『富士蔵村』なんだろうか?

「わっ、何これ?」

そんな事を考えていると、聞き覚えのある声がした。

「え、何? 村⁉︎」

声がした方を見るとそこには予想外の……いや予想通りに、驚いた声を上げている音央の姿があった。

どうやら入り口にいる音央にも見えているようだ。
彼女は戸惑いながらも、携帯電話を反射的に向けて村の方を撮影している。

おそらく俺達が中に入ればこの風景も消えるはずた。
後で事情は説明するとして、今はさっさと村の中に入ってしまおう。

「行きますよ」

「うん」

「って、ふ、2人共⁉︎」

静止するような音央の声を横に聞きつつ、一之江と共に俺は一歩を踏み出した。
その瞬間______。


俺達の視界は一変し……。












「えぇ⁉︎」



何故だか、音央の上ずった悲鳴が横から聞こえてきた。

「っ、音央⁉︎」

辺りを見渡すと、ワンダーパークのゲートはなくなり、音央の前にあった柵も消えていて、周囲は完全に『村』に続く道になっていた。


俺達は無事に村の中に入り込めたわけだが……。




……何で音央までいるのかな?




「どうして、音央まで?
まさか柵超えした……のか⁉︎」

「してないわ! っていうか、え、あれ、ほ、ほんとうに異世界の村に繋がったの⁉︎」

手に持つ携帯電話をブンブンと振り回しながら慌てる音央。
そんな彼女を見た後、すぐにやって来た方向を振り向いた。
そこにあるのは、やっぱりワンダーパークの入り口ではない。
あるのは、真っ直ぐに森に続く道路だけだ。

「あたし、入ってないのに!」

おろおろと辺りを見回す音央を見ながら何で彼女が一緒に来たのか原因を考えていると……。
それが目に入った……。

______ああ……そうか……。


「……あれだね」

「あれのようですね」

「え? どれ?」

自分では気づいていないようので、俺はソレを指差した。

「胸」

「……あっ」

ようやく彼女にも、伝わったようだ。
______そう、おそらく。
一心不乱に村を撮影していた音央は、体の『一部』が柵を超えてしまっていたんだ。

だから、音央も俺や一之江と『同時に村に入った人』として認識されてしまい、異世界に紛れ込んだ、というわけだ。
慌てて気づいた音央は、自分の胸を抱き締めるみたいに庇ったが、もう遅い。

どうやら彼女も、俺達と一緒に______。

『富士蔵村』に入ってしまったのだから。

その胸……一之江にはない『弩級戦艦』のせいで……。
 
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