101番目の哿物語
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第三話。富士蔵村の噂 後編
2010年6月1日。午後5時30分。
校門から出た所で、一之江は携帯電話を操作していた。
その直後、坂の下から個人タクシーがやってきた。
俺達の前にその車が停車すると一之江はしれっとした顔で携帯電話を閉じて______
「乗って下さい」
そう、当たり前のように促した。
「お、お邪魔します」
俺が先行して入ると、音央がその後についてきて、最後に一之江が乗った。
「え、うわ、すごっ」
音央が感心したように、驚きの声を上げる。
彼女が感心するのも無理はない。
3人で座っても余裕がある座席の広さに、内装は豪華で座席も居心地のいいふわふわ感があるからね。
「織原さん、ワンダーパーク入り口に、日没前に着いて下さい」
「あいよ、瑞江ちゃん」
例の運転手、織原さんは一之江が行き先を告げるとそう返事をした。
「ふえぇ」
音央は俺と一之江に挟まれてなんだか落ち着きなくそわそわしていた。
「ん、どうしたんだい?」
「あたし、タクシーとかってあんまり乗らないから、なんか落ち着かなくて……あたしの知っているタクシーよりちょっと豪華だし……」
「織原さんのタクシーはそれなりな人しか乗りませんからね」
前回同様、一之江がさらりと告げると______。
「い、一之江さんってそれなりな人なのね……」
音央がちょっとショックを受けていた。
「ええ、かなりのそれなりです」
「なんかややこしいが、凄い人っぽいよ」
俺が一之江の言葉を補足してやると______
「ふええ……」
音央は一之江と、タクシーと、景色を見て、すっかり感心しっぱなしだった。
彼女の目はキョロキョロと忙しなく動いては、感心の吐息をこぼしている。
外の風景は山道だが、車内は快適なままだった。
安全運転な上に巧みなドライビングテクニックを持っている運転手。
流石は、一之江御用達の人だと感心してしまった。
「んで、音央よ」
「あ、うん、何?」
音央のテンションが落ち着いた頃に俺は彼女に話しかけた。
「アランから聞いた話なんだけど、君も境山近くの小学校出身なんだって?」
「ああ、そうよ。クラスは一緒になった事はないけど、金髪でやかましくて目立つヤツだったから、小学校の頃から知ってたわ」
「目立っていたのはお互い様だったみたいだけどね」
「そうなの? なんで?」
「小さい頃から可愛かったからだろうね」
「あはは! どうかしら、小さい頃は結構ヤンチャだったわよ。女の子よりも男の子達と一緒になって外を走りまわってたし」
可愛い子が一緒に走りまわっていたんだったら、余計に目立っただろうね。
基本的に男なんていうものは、自分と楽しく遊んでくれる女の子に弱いし、音央はその頃からサバサバして話し易かったに違いないからね。きっとモテモテだっただろう。
「きっと元気いっぱいの可愛いらしい女の子だったんだろうね!
それはそうと、ワンダーパーク辺りの噂って、昔っからあったみたいだけど音央は知っているかい?
例えば、夕暮れ時までワンダーパークで遊んでいると、なんとか村に連れて行かれて帰って来れないぞー、とか」
「あー……その話ね……」
解り易いくらい顔をしかめる音央。
なんだかバツが悪い、みたいな表情を浮かべてから……ま、いっかと表情を緩めた。
「小さい頃、ウチの小学校でよく出回った噂なのよ。暗くなるまでワンダーパークの近くで遊んでいると『富士蔵村』に連れて行かれて、帰って来られなくなるって」
やっぱり言葉に苦味を含みながら、音央は思い出すように語り始めた。
「ワンダーパークってウチらの学校から結構近いからさ。自転車で行って、金網から忍び込んで、中で勝手に遊ぶっていうのが流行っていたのよ。だから、それを危惧した親とか先生とかが、そういう怖い噂を作って流したっていうわけ」
ヤレヤレ、と首を振る音央。
確かにそう言われると、それくらいの噂ならよく聞く話だと思う。
でも……。
「では、作り話なのですか?」
そう、それが単なる作り話なら何の問題はないんだ。
問題なのは作り話ではない、場合だからね。
「んまあ……とある女の子が、一度あの辺りで一晩だけ行方不明になってね。ま、結局すぐ次の日に帰って来たんだけど……それでまた、すっごい噂が広がっちゃって……」
やっぱりバツが悪そうに語る音央。
この話をしたくないわけではないが、話しづらい、みたいな雰囲気を感じる。
もしかしてこの噂そのものに、音央も関わっているのかな?
「まぁ、うん……で、あそこにあるって言われている村の話だったけ?」
「うん。やっぱりそんな村はないのかな?」
「ううん。元々あのワンダーパークの辺りには、ずーっと前に『富士蔵村』っていうのがあったらしいけどね。小学校の時に、社会か何かの時間で習ったもの」
「ふむ……実際にあったのは確かなのですね」
一之江は情報収集モードになっていた。
これなら俺が質問しなくても上手くやってくれそうだな。任せよう。
「うん、実際にあったみたい。でも境山なんて山奥にあっても不便でしょ?
人々も皆んな、夜霞市とか月隠市に流れていっちゃって、廃村になったて話よ。
んで、その村だった辺りにワンダーパークを作ったらしいわ」
「ああ、なるほど。元々村があった場所なら、道路とかの交通の便はある程度整備されていたでしょうしね」
元々村に通じる為に作られ、整備された道路なんかをそのまま使えば、テーマパークへの行き来は楽になるってわけだな。
今思えば、先日、俺達が訪れたトンネル。
あれも村に通じる為に作られたものだったのではないだろうか。
そう考えると、音央の話は彼女の歯切れこそ悪いものの、『そこに村があった』というのを裏付けるには充分な話しだったな。
そして、その話が噂されまくったのだとしたらそれが原因で『神隠しのロア』を生み出してしまったとしても仕方ない事なのかもしれないな。
『本当にあった都市伝説』しか載ってない『8番目のセカイ』で514件もあった検索結果。
あれはつまり、『神隠し』という現象は割と多く発生している、という意味ではないだろうか。
もしそうだとしたら……少なくても、近所で起きている神隠しは止めないとな。
「他に、その村の噂で覚えている事はありませんか?」
一之江は真剣な声で音央に質問していた。
一之江が真剣になるのも無理はないと思う。
『村系』のロアは厄介だとキリカも言っていたからね。
『ロア』を食べる『魔女』であるキリカが厄介に思うくらいのロアだから、その大変さは物凄いものなんだろう。
「うーん……そういえば、富士蔵村が廃村になった理由、色々尾ひれがついてたかな」
「尾ひれですか?」
「子供達の適当な噂なんだけどね。なんか、めっちゃ狂っちゃた人が村人を全員殺しちゃったとか、満月の夜に金色の獣が村に現れて辺り一帯を襲っちゃたとかなんとか。
そんな噂が流れていたのよ。
まあ、そんな事件があれば、でっかいニュースになってるはずだから、多分単なる噂だと思うんだけど」
……。
……そっか全員殺しちゃった、という噂が流れたのか。ジェイ○ン村みたいな感じだったのかな。
怖いなー。
……。
……駄目だ。話しの前半に集中して後半聞き流そうと思ったけど、聞き覚えがありすぎる子の話が出てきちゃったよ。
満月の夜に現れる金色の獣って……違うよな?
一之江や音央はそんな俺の内心には気づかずに会話を進めていた。
「まあ、廃村になった理由をおっかなくしたかったのでしょうね」
「うん、とにかく凄いものにしたがるもんね、子供って。当時は大人の中にも気味悪がって、怖がっていた人がいるみたいだったけど」
そして子供の噂だけではなく、大人にまで浸透してしまったのか。
確か、『ロア』が発生するシステムは人々の噂が広まりまくって世界が認識したら、だったな。
つまり、今俺達が目指している『富士蔵村』は……。
______大量虐殺や、獣の襲来によって滅んだ村、みたいになっているってわけだな。
「……しかし……大量虐殺があった噂や獣に襲われた噂がある村、ですか……」
一之江もその危険度を把握したらしく、音央越しに俺を見てきた。
出来ればそんな危険なロアとは戦いたくないが、いざとなったら戦るしかないだろう。
狂った殺人犯はともかく、金色の獣は俺ならどうにか出来る……と思うからね。
「その村人を皆んな殺してしまった殺人鬼や凶暴な獣が、次の犠牲者を求めて町まで降りて来るから、夜は家を出ちゃダメよ、みたいな事を言われたわ」
最初は単なる『遅くなるまで遊んじゃダメ』というだけの話。
それが、1人の少女が行方不明になってからはその噂に尾ひれがつきまくって『神隠し』が起きた事になってしまった。
しかも、その行方不明になった山には元々村があったわけで。
その村も、面白おかしく『大量虐殺』や『金色の獣が村人を襲った』噂がある村なんて言われてしまっていた。
そう考えると……今回俺達が向かうワンダーパークで『神隠し』に遭う……。
「可能性は随分高いわけか……」
「ん?」
「ああ、いや。俺や一之江が知っている噂で『人喰い村』っていうのがあってね。
それなのかも……なんて思ったんだよ」
「あ、確かにそう言われてたわ。『富士蔵村』!入ったら食べられちゃうぞー、って」
ビンゴかよ。
つまり、今ワンダーパークに行って『神隠し』に遭うと、もれなく入ったら二度と出てくる事の出来ない『人喰い村』に入ってしまう、と。
そしてその『人喰い村』には、大量虐殺者や獣がいて、その被害者になるかもしれない。
そんな噂が成り立ってしまっているようだ。
中に入った人が殺されてしまっているなら『帰って来れない』村になるわけだよね。
「念のため言ってみますが、日を改めませんか」
そんな提案を一之江は音央にしていた。
その真摯な瞳を向ける彼女を見て……音央は優しく微笑んだ。
「ごめんなさい、一之江さん。ちょっと怖がらせちゃったわね。大丈夫大丈夫、子供騙しの噂だから」
まるで安心させるように、一之江の小さな手を両手で握りながら音央は声をかける。
一之江はどこか困ったように、手をそのまま、視線を上に向けていた。
……子供騙しの噂。
それが一番怖い、というのを音央は知らない。
そう、最初からそんな噂が実現するなんて誰も思っていないんだ。
だが、俺と一之江は、少なくとも『日没と同時』にワンダーパークに入ってしまうと、その村に突入できてしまう事を知っている。
「殺人鬼とか、獣とか、神隠しやオバケなんて、本当にいないわよっ」
目の前にいるからねー!
それは妙に実感のこもった言葉だったのだが……リアルオバケである一之江を安心させるために伝えているのを見ていると、なんとも不思議な気分になった。
「まぁ、『ワンダーパークの怖い噂はあくまで噂で、実際は何もありませんでした』っていうのを証明すればいいんだよね?」
「うん、そういう事。あたしらが実際に調査して、そのレポートをあたしが書いて。
んで、新聞部が内部掲示板にでっかく貼り出してくれる手はずになってるわ」
「ふむ、理にかなってますね」
キリカや一之江から聞いた話だが都市伝説の倒し方はいくつかあって。
中には、『対抗神話』などと呼ばれるものもあるが一般的なものとして。
人々の間に安心出来る噂を広める事。
それは『都市伝説』の間接的な倒し方であるため、気をつけなければいけないらしい。
「会長ってば、そういう新聞部を使った校内のメディア操作みたいなものも得意なのよ」
「へえー、凄いんだね、詩穂先輩って」
「あんたが釣り合うためにはもっともっと勉強しなきゃいけないわね?」
「そうだね、頑張るよ!
因みに音央も勉強が出来る人がタイプなのかな?」
「へ? あたし⁉︎
あたしは……あたしのタイプは……秘密よ!」
「そうか、秘密か……。
なら音央のタイプにもなれるように頑張るよ」
「バ、馬鹿なんだから!
あんたはそんな事は気にしないで先輩の事だけを考えてればいいの!」
「ははっ、そうだね。そうするよ」
「ふふっ、頑張りなさいな、恋する男の子っ」
一之江の手を離して、ぺしぺしと俺の肩を叩く音央。
肩を叩かれながら思った。解ってしまった。思い出してしまった。
この子は俺も怖がらないように、わざと明るくしてくれているんだ、と。
六実音央という少女は確かに、そういう人物だった。
場の空気や雰囲気を明るくする事が得意な、アイドルチックな才能のある少女だという事に。
ただ一つ解らない事がある。
……そんな彼女がどうしてさっきはバツが悪そうにしていたんだろう?
「あ、入り口が見えてきたわね」
音央がタクシーの行き先となっている目の前に見えてきた『境山ワンダーパーク』の入り口を指差した。
その入り口を見ながら、俺と一之江は目配せをして、頷き合った。
これから向かう先でどんな危険や困難があろうと。
______少なくとも、この明るく朗らかな少女は「物語」に巻き込まないようにしよう、と。
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