Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
七月二十九日・夜:『竜王の殺息』
目の前に迫る灼熱の巨人を従えた魔術士と、背後から迫る日本刀を携えた聖人。どちらも確実な致死傷を齎して余りある、十字教の輩の。
刃金を纏う鎧武者は、その狭間にて────悠然と、腕を組んで跳躍する。目前の焔の巨人に向けて。
飛び越す事は、この狭所では不可能。では、何故か。何故、自殺紛いの真似をするのか。
《裏柳生新影流兵法────》
「ッ────?!」
繰り出されたのは、蹴り。しかし、焔の巨人が前に立ちはだかるステイルには届きようもない。故に、赤髪の魔術士は勝利を確信して嘲笑うのみ。己がこれを防ぎ、火織が止めを刺して終わり。それだけだ。
あんなもの、届きようもない────只の蹴りならば、だが。
《呵呵────空間転移・正転!》
「が────ハッ?!!」
その土手腹に、具足を纏う強靭な足が叩き込まれた。圧縮されて狭まった空間を蹴り割って、足のみが。
「ステイル────!」
その勢いにステイルの巨体が吹き飛ばされ、踊り場から投げ出されて闇の中に消えていくのを火織は見た。だが、一度発動した“魔女狩りの王”は消える事無く。
《挟箱を開く────使えぃ!》
(────拝領!)
嚆矢は右側の、蛇腹状畳まれている一部が展開された背の挟箱より掴み出した古めかしい火縄銃を────先端に棒火矢を備えた『國友筒』を巨人に向けて、銃爪を引く。
《焙烙火矢────震天雷!》
射出された棒火矢はイノケンティウスに突き刺さるや、耳を劈く轟音を轟かせながら炸裂、イノケンティウスを構成していた焔と共に霰弾を撒き散らした。足下のルーンカードを、ズタズタに引き裂きながら。
だが、既に再生を開始している。如何に霰弾を撒いたとは言え、百パーセントは望めない。嚆矢の『確率使い』は、一から九十九までしか操れない。最後の一パーセント、その分のルーンカードがまだ残っている。
ならば、イノケンティウスはただステイルの最後の命令を────『目の前の異教徒の討滅』を果たす為だけに。蹴りと銃撃の反動を利用して、空中で宙返りした鎧武者を討つ為に再び立ち上がる。
絶対数を減らしたルーンカードの為に、崩かかりながら立ち上がろうと。
(行くぞ、“悪心影”────合当理を吹かせ!)
《応よ────最大出力じゃ!》
その背中の、螻蛄の前肢を模した偏向板付きの双発火箭を吹かす。低い駆動音は、しかし直ぐに最大出力に達して爆音と排煙、爆風を撒き散らしながら────霰弾でも残ったルーンカードを吹き飛ばして、今度こそイノケンティウスを霧散させた。
そしてその勢いは、前に進む力へと。即ち、反転攻勢を火織へと仕掛けて。
《────“神明剣”!》
「くっ────!」
先んじて、火織が『刀』を振るう。投げ付けられた『國友筒』を、“七閃”にて細切れにして。
そんな神業、それすらも取り返しがたい隙となるのが────実戦だ。その火縄銃の背後から、武者は迫る。それが裏柳生の“神明剣”。
《勝負、あったな》
「っ……柳生の……!」
《抵抗は無駄だ、へし折るぞ》
目前に着地し、“七天七刀”を握る火織の右手首を握り止めた嚆矢。先に言った通り、力ならば嚆矢の方が上。そして、テクニックとスピードを殺されてしまえば火織には為す術もない。
加えて、その技法は“裏柳生新影流兵法・小太刀崩し”。本来は相手の脇差しを利用して体勢を崩し、居合を使えなくする技。その崩しとして、火織の右手を封じて居合を阻む。
《知ってるかもしれねェが、柳生には左手一本の居合もある。諦めろ》
「…………諦めろ、ですか。今まで私達がどんな思いをしながら、こんな事を続けてきたかも知らない貴方が、それを言いますか」
《聞く気はない、興味もない。魔術士────お前達は、殺す》
“明身”を知るのか、目を閉じた火織はふう、と一つ息を吐いた。その間も、嚆矢は一切たりとも力を緩めない。
何しろ、気を緩めれば振り払われそうな腕力だ。その慮外の強力には、ただ舌を巻かされる。
そして、火織はゆっくりと瞼を開く。魅了されそうな美貌で、それはまさに刀の如き美しさで。
「余り、『聖人』を舐めない事ですね────吸血魔術士!」
その左手、鞘を握っていた左手が鞘を抜き放ちながら投げ捨てた。それとほぼ同時に、嚆矢の右手の指と手首、肘に鋭い痛みが走る。
走ると同時に、反り返る。それで漸く、今まで苦渋を舐めさせられていた“七閃”の正体を知る。
《糸────否、綱糸か!》
「如何にも────我が『天草式十字凄教』の秘伝たる、左文字派の逸品」
指と手首、肘に深く食い込んだ────ピアノ線の如き刃。言葉が真実なら、名工の作であり納得の切れ味の綱糸を。
火織の左手に操作された綱糸、それ故にか食い込むだけだったが……拘束を解くには十分過ぎた刃。そんな神業、それにより致命的な隙を産み出して。
「────“唯閃”!」
放たれるは、彼女の切り札。莫大な魔力を纏う一撃は、過たず嚆矢の胴を抜き打ちに狙い────!
《柳生新影流兵法────“山月”》
「…………!?」
背後に走り抜けた嚆矢の手に、白刃取りにより掴み取られていた。
「……そう、ですか。私の右腕を掴んでいたのは、血流を止めて痺れさせるため……握力を奪うため、でしたか」
《如何にも。力なら俺が上、ならばそれを生かせる“山月”を成功させる為には、それが一番》
七天七刀を握り直し、振り返る。無造作に、その長い刃を火織の首筋に当てて。
敗北を悟り、悔しげに俯いた火織は────
「ならば、助けてください。貴方があの娘を……インデックスを」
《……………………》
「貴方ほどの魔導師であれば、それも出来るかもしれません……ですから、どうか。私の命の代わりに」
《知らねェよ。テメェらの願いなんて、叶える義理もない。だが……その命をかけると言う言葉に偽りがないなら》
その刃を、無造作に振り抜いて────壁面に、七天七刀を抉り込ませた。火織の首を払った、勢いのままに。
《……………………》
「……………………」
真っ直ぐに此方を睨み付ける美貌は、一欠片すらも怯む事もなく。心弱き者であれば、直視するだけでも狂死しかねない“悪心影”の燃え立つ眼差しを見詰めていて。
《……ハッ、大したもんだ。そんな覚悟があるなら、なんでテメェで救わねェ》
「それが出来るなら、始めからやっています。問題は、あの娘の記憶容量が持たずに生命活動を圧迫すると言う単純な事……いくら魔術でも、どうしようもない」
《はいはい、諦めの良いこって。さぞかし、アンタらを使ってる奴からしたら使いやすい駒だろうな》
空間転移により、火織を斬る事なく振り抜かれた七天七刀を手放す。そのまま、火織を押し退けて脇を通り抜ける。
《第一、『記憶と生命活動』は使ってる脳の分野が別だろ。学園都市の人間で、マトモに勉強してる奴なら誰でも知ってる》
「え──し、しかし、最大主教は確かに」
《ソイツがどれだけの魔術師かは知らねェが、此方は脳味噌を弄くるのが専門の、クソッタレにも程がある科学の最前。それに────経験則だ、間違いねェよ》
言葉に、思考を停止したかのようにフリーズした彼女の後ろの一室を目指して。“唯閃”を受け止めた事でズタボロになっている両掌を修復しながら。
前方の踊り場に満身創痍を押して這い上がってきていた、荒い息を吐いているステイルを一瞥し、興味なしに無視して。
「待ちなさい……殺すのでは、なかったのですか?」
《…………殺しただろ、こんなド素人の魔術使いに二人がかりで負けた一線級の魔術士なんて────死んだも同然じゃねェか》
思い出したかのような火織の問い、『浅瀬の四枝』の誓いを。それに、振り向く事なく。『陣を敷いた者は敗北せず、陣を見た者は撤退せず』に、終わったこの戦場に背を向けて。
嚆矢は、インデックスと当麻の居る小萌の部屋を目指して────
《嚆矢────高熱源反応、その部屋じゃ!》
(何────?)
《まだ、高まっておる…………いかん、来るぞ!》
今し、ドアノブを回そうとした瞬間の“悪心影”の悲鳴じみた言葉に、空間を軋ませる程の魔力の昂りを感じ取り。
《チッ────神裂!》
「くっ────!」
その射線から逃れるべく、火織を抱えて後ろに跳ね退いた。まさにその刹那、壁ごとその空間が消し飛ばされる。
遮断したはずの空間、それすらも貫いて。
『警告────“首輪”の全結界の貫通を確認しました。“自動書記”を起動……』
それを成した無機質で機械じみた抑揚のない声の、宙に浮かぶ白い娘────
『魔法名“Dedicatus 545 ”は、十万三千冊の『書庫』の保護のために侵入者の迎撃を優先します』
瞳に鮮血の如き赤色の魔法陣を漲らせながら、周囲の空間を漆黒に染めるほどに壮絶な魔力を昂らせた『禁書目録』が、その姿を現した。
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