Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
29.Jury・Night:『Ath nGabla』 Ⅱ
茹だるような夜気と夜闇を斬り裂いて、刃金の兇刃と煌めく銀刃が鍔競り合う。『長谷部国重』と『七天七刀』、その二振りが眩めくような火花を散らす。
マンションの通路という隘路での戦い、数の利を殺すし守りを易くすると期待して。
腕力では、筋繊維の如く張り巡らせたショゴスの強化により此方が遥かに上だ。しかし、精密さと速さは火織が上。しかも、厄介な事に。
《クッ!》
装甲を衝撃が撫でた。兜に胸部と肩、右前腕の装甲に七つの斬撃が鋭く痕を残す。跳ね退きながらの攻撃だ。
これで、二度目。既にショゴスが修復を始めている。何らかの魔術かとも思うが、貫通する程ではないにせよ『見えもしない斬撃』には舌を打つしかない。
(長さだけでも六尺七寸、野太刀より更に長いッてのに……見えない斬撃なんておまけ付きかよ!)
その刃。神裂火織の振るう七天七刀を見遣る。極端に長いその刀は、明らかに通常の規格を逸脱している。
あんなもの、使い辛くて仕方無い筈だが。だが、お陰で二尺二寸程度の長谷部では手の出しようもない。
そんな長物を使っての居合を信条とするのか、鍔の無い刀を鞘に納めた彼女は。
《フム……あれは恐らくは実戦に使用するものではなく、儀礼的な意味を持つ“令刀”であろう。それをこうも巧みに使い熟すとは、大したものよ》
(そうか……あの長さ、何とかしねェと“打刀”じゃ手が出ねェ────なッ!?)
火織が刀を抜いたその刹那、七つの斬撃が武者を撫でる。肩、太股、肘、膝、首。正確無比に、装甲の隙間を。
ショゴスの被膜が弾け、肉が抉られた。もしもショゴス無しなら、今頃は斬り離されていただろう。現状でも、深手と言って良い。
「熟考ですか? 随分と暢気な……私の“七閃”も舐められたものです」
「そして僕も、ね!」
《ッ……ショゴス!》
『てけり・り! てけり・り!』
すかさずショゴスに命じて傷口を塞ぐも、鋭い痛みと急速な失血にぐらりと揺らいだ身体。その隙を逃す事無く、七天七刀と『炎剣』ががら空きの胴体に迫る。幾ら『南蛮胴』を纏うこの身とは言え、弱点はある。
火織が狙ったように、如何に強固であろうとも装甲には必ず隙間が在り。そして何より────
「“炎よ────巨人に苦痛の贈り物を”!」
《止めよ、嚆矢!》
《ク────ッ!》
“悪心影”の声に、すかさず左手で抜いた脇差“宗易正宗”で炎剣を受け止めた。それでも、輻射熱でジリジリと装甲が灼かれている実感がある。
万能細胞の神経細胞への分化により張り巡らせた擬似的な触覚の再現、装甲を皮膚に見立てた神経伝達を行っている為だ。
(……おい、なんか装甲が焼けてる気がするんだが)
《呵呵、“這い寄る混沌”の属性に加えて儂の末路的に火は飛び切りの弱点じゃ。食らえば只では済まぬぞ?》
(巫山戯んな、どんな愛憎模様だ! あんなに燃やせ燃やせ言ってただろ!)
《燃やすのは好きなんじゃがの、燃えるのは勘弁じゃ》
その魔術に対抗し、結構な生命力を消費して魔力に昇華しながら。底冷えするかのような震えはその為か、もしも嚆矢の能力が『確率使い』でなければ今頃は頓死している頃合。
まぁ、それでも最低限の反動は蓄積している。纏うだけでも生命力を蝕まれるこの鎧、そして命令に魔力を必要とするショゴス。
酷い二日酔いのような、不快な疼痛が脳髄全体に絡み付いている。この調子でいけば、あと二十分と持つまい。
「灰は灰に────塵は塵に────吸血殺しの紅十字!!!」
駄目押しの、炎剣二本目。それを────
《空間転移・反転!》
向けた肩部装甲板、胸部装甲の次に強固な装甲板を向けて。其処に在る発振器から発する空間の割り込みにより、紅蓮の十字架を距離的に届かなくして。
「よく防ぐ……流石はかつての徳川将軍家剣術、柳生石舟斎の剣と言ったところですか」
「確かに……それに、大した魔術防御だ。まるで『カーテナ=セカンド』じみた性能だな」
差し込まれた空間に、熱量を維持する事を諦めた炎剣が消える。命拾いと共に、更なる危地は直ぐ其処に。
再度、刃を鞘に納めた火織の姿。縦に構えた抜刀術は、多少知る『田宮流居合術』とも『林崎神明夢想流抜刀術』とも違う。余程マイナーな流派か、或いは我流か。
何にせよ、通る。あれならば────確証も無しに、確信する。
(短期決戦……以外にはねェな、やっぱり)
否、そもそもの前提が間違い。対するは本物の魔術師二人だ、後、何回死線を越え続けられるのか。
握り締める長谷部の柄。ギリ、と強化された握力に軋んで。最初から決めていたハラを、早める事として。
「余り時間も掛けていられません、時間が近い────“唯閃”を使います」
「解った……援護は任せておいてくれ」
決めて、納刀と共に足の乱れを直そうと動いた刹那、火織が疾駆した。ただ、無造作に前に飛び出すように。
《──甘い!》
構えを変える隙を突かれても尚、焦りもなく長谷部と宗易正宗を戻しつつ腰を深く沈める。どのみち、不退転。ならば迎え撃つ以外に選択肢は無いのだから。
得意とする、合気の構え。少なくともそれで火織を無力化できれば、勝率は跳ね上がる────
「────そちらが」
《なッ────》
その右手の先で、火織が消えた。否、しゃがみこんだだけだ。問題は、それに合わせてステイルが投げた『何か』が迫っていた事。
迷わず、右手で払う。何であれ、それしかない。
喩えそれが、火織とステイルの仕込んだ陥穽でも。
払われた『何か』は抵抗もなく空中で砕け、火織がスライディングで嚆矢の股下を潜り抜けた後には、僅かな床面に散らばった────ルーンカードが残るのみ。
そしてそれは、ステイルの切り札たる魔術の前準備に他ならず。
「“世界を構築する五大元素の一つ────偉大なる始まりの炎よ。その名は炎、その役は剣。顕現せよ! 我が身を喰らいて力と為せ─────”ッ!!!」
《チィッ!!》
《ぬ、これはヤバイのう……》
立ち上がる“魔女狩りの王”、辺りの気温が一気に上昇する。異端狩りの焔の巨人が、獰猛な両腕を広げる。
前には焔の巨人を従えたステイル、背後には七天七刀を腰溜めに構えた火織。形勢は完全に、ステイルと火織の有利に傾いた。
「「終わりだ!」」
鋭く発した、声を一つに。ステイルと火織は嚆矢を挟み撃ち、必殺を振るう────!
………………
…………
……
霞む視界の中、女は告げた。矢鱈と長い刀を携えた、黒髪の女の後ろ姿……昏倒する前に見た、神裂火織の背中は。
『後、三日。三日でインデックスの■■は────』
「────っ!!」
その微睡みから、上条当麻は瞼を開く。やはり霞んだ視界は、随分と久し振りの光の刺激に視覚が混乱しているからか。
「……とうま? 起きたの?」
光に慣れ始めた目に、此方を覗き込んでいる少女が映る。青みがかった銀髪に白い修道帽を被る少女、インデックスが。
「う……インデックス……俺は何日寝てた、今日は何日だ?」
そのインデックスに、当麻は夢の言葉を思い出しながら問うた。まだ痛む体を起こし、辺りを窺うように。胸を突く焦燥に、後押しされるように。
「えっとね、三日。わたしがお世話してあげてたんだよ」
「三日────今日がその日か!」
「ご飯食べる? さっきね、こーじが……って、どうしたの、とうま!」
そして、今度こそ立ち上がる。今度こそ、焦燥に突き動かされて。食べさせようと弁当を持ってきたインデックスに見向きもしないで。何か当てが有る訳でもないと言うのに、カッターシャツを羽織りスラックスを穿きながら。
外界へと歩み出るべく、扉を開こうとして────開けない事に気付く。まるで外側から、セメントで塗り固められてしまったかのように。鍵もされていないのに、扉はびくともしない。
「なんだ、これ……くそっ、だったら!」
理不尽な出来事に、ツンツン頭を掻き毟って。それならばと、彼は窓を目指して引き戸を引いた。
その先には、コールタールのような漆黒の壁。一切の光を見せない、真の闇の壁が行く手を遮る。
それを、当麻は“右手”で殴り付けて。
「…………ホントに、何なんだよ!」
揺らぎもしないそれに、苛立たしげに悪態を吐いた。
「魔術……空間を切り離す“魔陣”なんだよ。きっと、こーじが仕掛けてったんだ」
「こーじ……それ、誰だ?」
それを眺めていたインデックスが、合点のいった顔で呟いた。弁当の下から剥がれ落ちた、貼り付けられていたルーンカードを見遣りながら。そこで漸く、当麻は聞き慣れない名前が出ている事に気付いて。
「魔術使い、だよ。とうまを助けてくれた人……あと、ご飯もいっぱいくれたんだよ!」
「そうか……って、じゃあその人はまさか……!」
それが、自分達を守る為ならば涙が出るような話。しかし、今まで出会った魔術士が魔術士だ、逃がさないように自分達を閉じ込める為と当麻見たのも無理はないだろう。
何としても外に出ると、その一念を定めた彼は。
「『陣』って言うからには、そのカードのルーンとか言うのを向こうにすれば良いんだな?」
「え、うん……だけど、これは一度発動したら全部消されるまで消えないと思うんだよ」
「よし、それじゃあその『こーじ』が触った場所を教えてくれ!」
仕掛けられた『基点』を探して、部屋を巡る。先ずは卓袱台、その下に一枚。次いで冷蔵庫、その中にも一枚。窓の外側にも一枚、黒塗りの面を見せてカモフラージュしたものが。
インデックスの『完全記憶』を持ってすれば、造作もない事であった。そしてルーンの解除……否、『破戒』も、当麻の“幻想殺し”を持ってすれば容易い話だ。
「多分、次で最後なんだよ……後は、何処だろ」
「他にソイツが何かした可能性があるところは、もう無いか?」
「う~ん……もし、扉の外側とかだったら見てないからわからないんだよ」
「やめようか、挫けそうになるから」
鉄製の扉でそれをやられては、当麻にはどうしようもない。如何に“幻想を殺す右手”でも、実在の鋼鉄には無意味。
最後で足止めを食らい、辺りを見回した当麻。だが、闇雲に探しても見付かりはしない。目の前でウンウン唸っている修道女の横顔、胸くらいまでしかない身長の。
彼は一つ、溜め息を溢して口癖を。母校では代名詞として、『三馬鹿トリオ』の残り二人から誂われる言葉を。
「不幸だ……」
「ひゃっ?! も~、とうま! 耳に息吹き掛けたらくすぐったいんだよ!」
「あ、悪い悪い……ん?」
その溜め息に耳朶を撫でられて、耳と顔を真っ赤にして振り向いたインデックスの修道帽が揺れた。揺れて────修道帽の後ろ、長く垂れた部分の裏側に。頭を撫でた時に仕込んだのか、うなじ付近に、周到にも白い面を見せてカモフラージュされた最後の一枚が見付かる。
「見付けた……インデックス、動くな」
「え……あ、あの、とうま?」
しゃがみこんで視線の高さを合わせると、非難めいた表情をしていたインデックスの両肩を掴んでを向き直らせる。いきなりの事に修道女は顔どころか、首輪を思わせるチョーカーを嵌めた首筋までもを朱に染めて。
その首筋に、当麻は右手を────“幻想殺し”を伸ばして。
『─────“我に触れぬ”』
「な─────!?」
『起こしてはならないもの』を、起こしてしまう──────…………
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