遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~
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ターン17 冥府の姫と天球の司
前書き
………んーと。
すんごいお久しぶりです。自分でもこんなにかかるとは思ってませんでした。本当なら先月中にあげてるつもりの話だったのですが、ついついTFSPに時間を取られてしまいました。これというのもトゥーンブラマジガールの封入率の低さが悪い。10箱は軽く越したのにいまだに2枚しかないってどういうことなの。地蔵様にお願いしようにも高等儀式術にポイント使い切っちゃったし。
とまあ新年一発目からこんな感じですが、今年もよろしくお願いします。
ついでに前回のあらすじ:タイタンが来た。クロノス先生強し。チャクチャルさんは前回の話の『メインデッキの水属性以外は~』のくだり(わかんない人は前回の下3分の1辺りを読み直してみよう!)で自分の名前が出てこなかったのに誰一人としてツッコんでくれなかったことにややスネてる模様。
「修学旅行ぅ?」
「そ。修学旅行だってさ」
「そっかー、もうそんな時期かー………」
とある午後、一定の距離を置いて周りからちょいちょい睨んでくる白服相手にガンつけなから弁当を食べていると………どうでもいいけど、弁当って難しいよね。朝作って昼食べる関係上どうしても冷えるのは避けられないし、肉は炒め方によっては脂が固まりになって見た目が大変よろしくないことになる。保温機能付きの弁当箱ぉ?そりゃまあ憧れの1つではあるけど、んな金がどこにあるってんですかねえ奥さん。奥さんって誰だ。だいぶ話がずれたけど、とにかく弁当を食べていたのだ。するとその隣に当然のような顔をして夢想が腰を下ろしてドローパンの袋を開いた。ちなみに中身は人参。夢想にしては珍しくそんなに引きがよくなかったほうだろうか。
「で、どこに行くんだっけ」
「えーっと、クロノス先生がイタリア。ナポレオン教頭がイギリス。樺山先生がカレーの本場インドに行きたいって言ってた気もするけどいつも通り黙殺されたから、この二つが今のところ最有力候補かな、だってさ」
ふむ、イタリアかぁ。本場ピザ、もとい、ピッツァ(巻き舌)の作りかたとか教えてくれるいい講師はいないだろうか。スパゲッティの茹で具合に関して本場の人と意見交換してみたいし。いいなぁ、イタリア。でもインドもいいなあ。よくわからん香辛料とかすっごいいっぱい入ってる本場なんちゃらカレーとかも作れるようになったら料理のバリエーションがぐっと広がることは間違いない。日本人の舌に合うかどうかが問題だけど、少なくとも僕の舌には合うからまあ別にいいだろう。イギリス………は、うん、まあ。教頭には一人で行ってもらおうかな。
「………」
そんなことを考えていたら、それが顔に出ていたのか夢想がジト目でこっちを見てきた。
「清明、ここはデュエルアカデミアだよ?I2社のペガサスさんの故郷のアメリカならまだわかるけど、特にイベントも聖地もない外国行ってどうするの、だってさ」
あ、はい。返す言葉もございません。
「となると、そろそろ誰かが別の候補地を出してくるころかね」
「そうなんじゃない、なんだって。どこに行くにしても、楽しみだね」
楽しみ、か。どうだろうか。こういうイベントはできるだけ大勢でワイワイやる方が好きなんだけど、僕の友達はほとんど光の結社入りしてるから誘いづらい。そういう意味では、来年とかに引き伸ばしてもらう方がいいなあ。さすがにその頃には光の結社も片付いてるだろうし。
「それでさ、清明」
「うん?」
「その修学旅行なんだけど」
「うんうん」
何気なく聞きながら、卵焼きを1つ口に放り込む。む、ちょっと砂糖多かったかな。
「私と、一緒にどこか、行かない?なんて、思ったり………してるんだけど、どうかなー、なんて」
え。
「え、えっと夢想さん?」
「だから、もし暇なら私とどこか行かない?なんて」
マジですか。とは言わない。言いたいけど言わない。あんまりがっつくのはみっともないのだ、ここはクールに行こう。
「へぇ……僕とぉうふっ!!?」
舌噛んだ。すごく痛い。いかんいかん、あくまでもクールに。一度落ち着くためにお茶を飲もうとしたら、手が震えてペットボトルが倒れた。
「あっ」
僕の方に倒れたんならまだよかった。ああ濡れちゃったな、で済んだだろう。ただ問題は、それが夢想のいる方に倒れたということ。そしてもう一つは、その夢想の着ている学生服は光の結社ほどじゃないにしろ白を基調としたものであったこと。そして極めつけは、普段水かお茶しか飲まない、それも飲み物代節約のために水筒を常備している僕がたまたまその日に買っていたのが在庫処分で半額になってた世界一染みが取りづらく、完璧に染み抜きができる洗剤の発明に成功したらノーベル賞間違いなしとの呼び声も高い対洗濯用最終兵器、コーラだったことだ。
「すみませんでした」
「い、いや別に、ね。ほら、洗えば………」
あせあせしながらコーラのかかった部分を持ち上げて手でこするジェスチャーをして見せる夢想。気を使ってくれてるんだろうけど、それは無駄だ。あの手の飲み物の染みがどれほど恐ろしいものなのか、僕は嫌というほど知っている。小さいころに洗うよう言われて数時間ほど頑張ってみたものの徒労に終わり、最終的には頭に来て白い絵の具を上から塗りたくってやったら速攻でばれて盛大に怒られたのは嫌な思い出だ。
「もうちょっと持ち合わせがあれば今すぐにでも弁償できるんだけど、その………」
「う、ううん!本当に気にしなくていいから、ね!?だって!」
なまじ僕らの経済状況を知ってるだけに下手に文句を言うこともできない彼女の優しさが胸にしみる。これもみんな貧乏が悪いんや。
「と、とりあえず何かしらの服を用意して―――――」
「手ぬるいですわ!」
ちょっと落ち着いてきたところで、僕の背中に鋭い声が叩き付けられる。それから少し間を開けて、スパーンと小気味いい音を立てて何か柔らかいものが背中に当たる感覚。振り向いてみると、白いレースの手袋が床に落ちているのが見えた。
「そこのガサツなあなた、先ほどから無礼なことをしそうだったので監視させていただきましたが、あまりにもレディーに対する態度というものがなっていません。よってワタクシから本場イギリス風の決闘を申し込ませていただきます!」
ババーン!と音が付きそうなぐらいの勢いで現れたその女の子は、左手に白いレースの手袋をつけた純白のドレスにふわっふわのカールがついた髪型と、いかにも英国人かそのコスプレのような格好だった。わざわざこの島にいるってことは生徒で、僕が会った覚えがない女子ってことは多分今年入学してすぐ光の結社に捕まったんだろう。だからきっとこんな面白おかしい動きづらそうな恰好をしてるんだ。本人が楽しそうだからそれでいいと思うけどね。
「夢想、この子の名前わかる?」
「うーん………覚えがないかな、なんだって。こんな派手な子はいなかったと思うけど」
「ちょ、ちょっとあなたたち!決闘を申し込んだのですよ、もうちょっと反応なさい!それとワタクシは名誉あるデュエルアカデミアホワイト寮の一員、天下井ですわ、覚えておきなさい!」
目をつぶって反応を待ってるドヤ顔を放置してふたりでひそひそ話しこんでいると、すぐに詰め寄ってきた。あっさり名前を教えてくれるあたり、根は素直な子なんだろう。
「決闘?決闘じゃなくて?ってさ」
「あ、いえ、そんなことはありませんわ。ワタクシのようにたおやかな淑女は、ガサツな殿方のように自らの拳を振り上げるような真似は致しませんもの。手袋を投げたのもあくまで形式的な行事ですのでお間違えありませんように」
「そですか」
たとえどんななりしててもそこはデュエリスト、ということか。実際プロデュエリストにはそういう人も多い。実力ももちろんだけど、キャラや見た目のインパクトで毎回見てる人を楽しませてくれるタイプの。僕はその人がデュエルを楽しんでるならわりと見た目なんかは何でもいいです。
「あら、随分と静かになったわね。まあいいわ、だいたいあなた、その赤い恰好が気に入らなかったのよ。いつまでも廃寮寸前のオシリスレッドの制服なんか着て、カッコつけてるつもりなのかしら?こう言っちゃあなんですけど、かなり痛い子ですわよそれは」
さっき無視したのがよっぽど効いたらしく、もはやただの悪口になっている非難を大人しく聞く。これで相手が男ならブチ切れて手を出してくるまで煽り返すんだけど、うーむ。別に男女差別なんてする気はないけど、やっぱり女の子相手はやりづらい。
『マスター………多分私の影響なんだろうがだいぶ腹黒くなったな』
そう言うチャクチャルさんはだいぶ丸くなったと思う。元からそんなに悪ってふうには思わなかったけど。ちなみに僕は元から割とこんなんだったはず。むしろアカデミアに入ってから大人しくなっただけで。
「ちょっと!聞いてらっしゃるの!?」
「うん、聞いてる聞いてる。いいよ、デュエルしようってんでしょ?なら今すぐ相手に」
「ねえ清明、ちょっと変わって。私、今日はまだ誰ともデュエルしてないから1回ぐらいデュエルしたいな、だってさ」
「ええー!?…………しょ、しょうがないなあ。じゃあそこの君、悪いけど僕パスね」
いくら夢想の頼みでもデュエルできるならここは断ろうとも思ったけど、先手を打った夢想がこれ見よがしに茶色いコーラの染みの部分見せつけてきたせいで何も言い返せなくなった。たった今起動したばかりのデュエルディスクの電源をもう一度切り、一歩下がって椅子に座りなおす。
「へ?え、ちょっと、ワタクシが決闘を申し込んだのはこちらの」
「僕もそう思うけど、ほらあれよあれ。レディーファースト的なサムシングよ」
とでも思わないとやってけない。まあ夢想のことだ、純粋に自分の欲望だけじゃなくて何かしらの訳があるんだろう。
「むうぅ………いいわよ、もう!こうなったら誰だって相手するわ、かかっていらっしゃい!」
「そう来なくっちゃ、だって」
「「デュエル!!」」
「先行はワタクシね、神秘の代行者 アースを召喚!このモンスターが召喚に成功した時、デッキの代行者モンスター1枚………創造の代行者 ヴィーナスをサーチするわ。さらに魔法カード、天空の宝札を発動。手札の光属性天使族、勝利の導き手フレイヤをゲームから除外することで、カードを2枚ドローしますわ。これでターンエンドですの」
なんで始まったのか今一つよくわからないデュエルは、よくわからないままに進んでいた。攻撃力1000のモンスターを特にカードを伏せるわけでもなく攻撃表示で出すとは、いかにも怪しいものがある。
でも、そんなことに頓着するような夢想ではない。
「私のターン、マッド・デーモンを召喚してバトル!ボーン・スプラッシュ!」
腹の中に頭蓋骨を持つ人型の悪魔が、勢いよく無数の骨を吹き付ける。てっきりオネストでも握っているのかと思ったが、以外にも緑の羽根を持つ天使はその攻撃にあっけなく倒れた。
マッド・デーモン 攻1800→神秘の代行者 アース 攻1000(破壊)
天下井 LP4000→3200
「きゃあっ!こ、この程度なんでもないわね!」
「そうかな?なんだって。カードを伏せて、ターンエンド」
天下井 LP3200 手札:5
モンスター:なし
魔法・罠:なし
夢想 LP4000 手札:4
モンスター:マッド・デーモン(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
「ワタクシのターン、先ほど加えたヴィーナスを召喚しますわ」
創造の代行者 ヴィーナス 攻1600
続いて召喚されたのは、白と緑を基調としたアースとは違い黄色がかった色で統一されている天使。両腕を組んで黙想するその周りを、赤、青、水色の球体がぐるぐると規則正しく回っている。
「ヴィーナスは500ライフを払うことで、デッキからこのモンスターを呼びだすことができますの。1000ライフを払うことで、お出でなさい!神聖なる球体!」
ヴィーナスの周りを飛び回っていた球体のうち赤と水色の球が軌道から外れ、モンスターゾーンにそれぞれ移動する。ステータスの低い通常モンスターとはいえ、これでモンスターの数は一気に3体に増えた。
天下井 LP3200→2200
神聖なる球体 攻500
神聖なる球体 攻500
「ふふふ、あなたのそのモンスターの効果はもうわかってますのよ!神聖なる球体でマッド・デーモンに攻撃!」
「マッド・デーモンは攻撃を受けた時、強制的に守備表示になる……」
神聖なる球体 攻500→マッド・デーモン 攻1800→守0(破壊)
「先ほどのお返しです、さらに2体のモンスターでダイレクトアタック!」
「きゃっ!」
神聖なる球体 攻500→夢想(直接攻撃)
夢想 LP4000→3500
創造の代行者 ヴィーナス 攻1600→夢想(直接攻撃)
夢想 LP3500→1900
「うう、ちょっと勘が鈍っちゃったかな?」
「あら、言い訳ですか?ですが容赦は致しませんよ、メイン2にカードを2枚セットして、ターンを終了」
「夢想ー、えらく調子悪いけど体調悪いの?」
彼女にしては珍しいイマイチな立ち上がりがだんだん心配になってきて思わず声をかける。さっきのドローパンの時も思ったけど、どうもパッとしないというかなんというか。まあ彼女だって人間だし、そんなときもあるんだろうとは思うけどね。
「私は平気………ドロー、魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動だってさ。手札1枚をコストに、デッキからレベル1モンスターのワイトを特殊召喚するね。そして今捨てたワイトプリンスは、墓地に送られた時にデッキか手札からワイトとワイト夫人を墓地に送ることができる。この2枚をデッキから墓地へ移動、なんだって」
ワイト 攻300
きょとんとした顔でワイトを見つめる天下井。まあ無理もない、ワイト本人のステータスはヴィーナスはおろか球にすら勝てないのだから、女子にとっては特に何も感じないだろう。だけど男子にとっては違う。現にワイトの姿を見た瞬間、周りにいた光の結社の男子のうち約3割の顔色が変わった。というのもワイトは彼女のデッキの中である意味ではワイトキングやドラゴネクロ以上のトラウマ製造機であり、彼女にとっての裏のエースとでもいうべき存在なのだ。その武勇伝は男子の間に広く伝わっており、新学期が始まって一週間の時点でワイトキングばかり警戒して守護神の矛をつけたワイトに殴り殺された、彼女に『俺が勝ったら付き合って以下略』といかいうふざけた条件でデュエルを申し込んではぼっこぼこにされたオベリスクブルー生の数が最近ついに50人を突破したというのは(男子の間では)割と有名な話である。
「装備魔法、守護神の矛をワイトに装備。このカードの効果で、ワイトの攻撃力は………」
「っ!?そんなことさせないわよ!トラップ発動、神の宣告!ワタクシのライフを半分にして、その発動は無効にしますわ!」
天下井 LP2200→1100
白い服のおじいちゃんが天から後光とともに降りてきて、ワイトが手にしようとしていた矛をぺしっとはたき落としてまた後光とともに天に返っていった。相変わらず、神の警告のソリッドビジョン演出は無駄に気合が入っている。なんでも、この世に存在するあらゆる警告で無効にできるカードに対して専用モーションが用意されているらしい。青眼とかの実質検証不可能なカードを除いた全カードでの検証動画とかもあったけど、長すぎて途中で見るのやめちゃったんだよね。再生時間がものすごいことになってたのを見た衝撃は今でも覚えてるし。
だけど、そんな話も今は特に関係ない。守護神の矛が無効になった以上、ワイトに攻めるすべはないのだ。
「だったら、このワイトをリリースしてアドバンス召喚!龍骨鬼!」
しかし、そこで終わるような夢想ではない。というか、その程度の相手ならいくらなんでも学校中の全員がこの1年以上ずっと負け越すなんてことになるはずがない。続けて繰り出された次の手は、夢想の操るおなじみのモンスター、龍骨鬼だ。ワイト軍団よりも火力は下がるものの、安定感と地味だがあって困るもんじゃない効果が特徴の、骨軍団の副将ポジ。
龍骨鬼 攻2400
「すでに上級モンスターを手札に持っていましたのね……」
「当然。ほら、私ってばカードに選ばれすぎてるからね、だってさ。バトル、竜骨鬼で神聖なる球体に攻撃!」
体の骨を一本おもむろに抜き取ってブーメランのように投げつけた龍骨鬼。ふわふわと浮かんでいるだけの球体は当然それに耐えきれるわけがない………いや、違う。攻撃の瞬間激しく輝いた球体から、皆のトラウマである忌々しい一組の天使の羽が生えた。
「ふふふ、残念ながらワタクシは先ほどのターンのドローで、このカードを手札に加えていましたのよ!あなたがカードに選ばれているというのなら、ワタクシは斎王様に、そしてその偉大なる光の力に選ばれた身。つまりは……」
「長い。早くしてね、だってさ」
「あらら、申し訳ありませんわ。手札からオネストの効果を発動!これであなたのモンスターは………あら?」
龍骨鬼 攻2400→2700→4150→神聖なる球体 攻500→2900
ダメージ計算の瞬間、龍骨鬼の攻撃力数値が跳ね上がる。よりリアルな動きを追及するために刻一刻と動き、のんびりしてると勝手にバトル終了まで処理してしまうという微妙に不親切な仕様のソリッドビジョンをあの一瞬の間に確認して変化に気づけるだなんて、この子なかなかできる。
「トラップカード、メタル化・魔法反射装甲を発動。このカードは発動後に攻守300ポイントアップの装備カードになって、さらに装備モンスターが攻撃するときのダメージ計算時に相手の攻撃力の半分だけパワーアップさせるの。ダメージ計算時の攻撃力アップはオネストによる強化のさらに後だから、これなら押し負けないよ、だってさ。なかなか強かったけど、これで私の勝ち………あれ?」
龍骨鬼の骨を叩き付ける一撃は、確かに光の球を粉砕した。だけど妙だ、まだデュエルが続いている。
「はぁ、はぁ………て、手札からクリボーの効果を使わせていただきましたの。この戦闘でワタクシが受けるダメージは0になりますわよ」
「へぇ、今年の一年生は本当に優秀な子が多いね、ってさ」
「あら、ワタクシどもの間でも伝説の先輩、無双の女王様にそう言ってもらえるなんて光栄ですわね」
「なにそれ初耳。夢想、そんな二つ名とかもらってんの?いいなー」
「いや、私も初耳なんだけど………って言ってるみたい」
「そうでしたの?もうてっきり本人公認かと思いましたのに。さあ、することがないならターンエンドして下さらない?」
「え、ちょっとその話もうちょっと詳しく聞かせてくれない?って」
何が起きても余裕たっぷり、といった様子の夢想も、まさか自分に二つ名が(勝手に)つけられていたことは予想外だったらしい。僕にもその気持ちはちょっとわかる。あれ、慣れるまでは結構恥ずかしいからねえ。
「申し訳ありませんが、嫌ですわよ。そんなに聞きたければ、ワタクシたちの仲間になって斎王様に占ってもらったらいかがですの?」
「………もういいよ、だってさ。1枚セットしてターンエンド、みたい」
天下井 LP1100 手札:1
モンスター:創造の代行者 ヴィーナス(攻)
神聖なる球体(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
夢想 LP1900 手札:0
モンスター:龍骨鬼(攻・メタル化)
魔法・罠:メタル化・魔法反射装甲(龍)
1(伏せ)
「ふふふ、ようやくワタクシのターンが巡ってきましたわね。ドローカード、マスター・ヒュペリオンの効果を発動!このカードは場か墓地の代行者1体を除外し、手札から特殊召喚できますわ。メリット効果もちの2700打点がこんなに簡単に特殊召喚できる………まさにマスターの名にふさわしい、代行者のトップとして申し分ない能力ですわね。ちなみに除外はヴィーナスにいたします」
なぜか墓地にいるアースではなく、フィールド上のヴィーナスを除外して召喚された大天使。金色の体と太陽のように燃える翼が何とも眩しく、少しサングラスが欲しくなってくるぐらいだ。もしかして、デュエルディスクの設定から明度いじったりしてるんだろうか。
マスター・ヒュペリオン 攻2700
「ここでワタクシ、ヒュペリオンの効果を使用しますわ。1ターンに1度墓地の光属性天使族を除外することで、場のカード1枚を破壊いたします!墓地のアースを除外して竜骨鬼を破壊………イリアコン・システィマ・ドクサ!」
ヒュペリオンが体の前で構えていた天球のうち内側から3番目、つまり地球を示す球が光りだし、そこから一筋のレーザーが放たれる。聖なる光の前になすすべなく龍骨鬼の骨が、そして胸にある核の部分が解けて消えていく。
「バトル!これで終わりにしますわ、マスター・ヒュペリオンのダイレクトアタック!」
「針虫の巣窟!」
「針虫……確か自分のデッキからカードを5枚墓地に送るカードでしたわね。構いませんわ、ヒュペリオン!そのまま攻撃なさい!」
夢想がデッキの上から5枚のカードを掴み、一斉に墓地に送る。普段はワイトを墓地に送りつけるために使うカードだけど、今この場にワイトキングはいない。
「危なかった、なんだって。自分の手札が0枚で相手が直接攻撃するとき、墓地からタスケナイトの効果を発動!1度だけこのモンスターを蘇生して、バトルフェイズは強制終了だよ」
タスケナイト 攻1700
このターンの攻撃をしのぎ切った夢想。とはいえこれで手札も場もすっからかんだ、決して安心できるような状況ではない。
「神聖なる球体は、そうですわね。これ以上のオネストがない以上、攻撃表示にする意味がありませんわ。メイン2に移行して守備表示に変更、これでターンエンドですわよ」
神聖なる球体 攻500→守500
「私のターン、ドローなんだって。ふふふ、来た来た。ワイトキングを召喚するみたい」
「なんですって!?確かワイトプリンスとワイト夫人には、それぞれ墓地にいる限りワイトとして扱う効果が……!」
「そう。そしてワイトキングの攻撃力は、墓地のワイトの数を1000倍した数値。そして今私の墓地にはさっきまでで4体、さらに針虫で3体の計7体のワイト一族がいるよ、だってさ」
ワイトキング 攻7000
「ワイトキング、攻撃してね」
「冗談じゃありませんわ、ちょっとお待ちになりなさい!降なる気がして温存しておいたのは正解でしたわ、ワタクシはメインフェイズ終了前に手札からエフェクト・ヴェーラーの効果を使います!」
「………しつこいね、だってさ。あ、怒ってるんじゃないからね」
エフェクト・ヴェーラーは対象にするモンスターの効果をエンドフェイズまで無効にする能力を持っている。いわゆる脳筋のワイトキングも、効果を無効にされては元のワイトよりステータスの低いモンスターになってしまう。
ワイトキング 攻7000→0
「タスケナイトを守備表示にして、ターンエンド」
タスケナイト 攻1700→守100
「そして、この瞬間にエフェクト・ヴェーラーの効果も切れますわね。まあ問題ありませんわ、ドロー!」
天下井 LP1100 手札:1
モンスター:マスター・ヒュペリオン(攻)
神聖なる球体(守)
魔法・罠:1(伏せ)
夢想 LP1900 手札:0
モンスター:ワイトキング(攻)
タスケナイト(守)
魔法・罠:なし
ワイトキングのステータスは元に戻った。だけど、さっきのターンに勝負を決められなかったことで夢想のピンチに変わりはない。なにしろ、まだ天下井ちゃんの墓地には神聖なる球体が、つまりヒュペリオンの効果コストが1体残っているのだから。
「墓地の神聖なる球体を除外!お受けなさい、イリアコン・システィマ・ドクサ!」
「ワイトキングを対象に墓地からスキル・プリズナーを発動!このターンの間、選んだモンスターに対するモンスター効果を無効にするよ、って」
クルクルと回る天球の中心から2番目の球体から放たれた光が、ワイトキングの正面で見えない壁に阻まれたように霧散する。なかなか思うようにいかないその様子に若干眉をひそめながらも、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「仕方ありませんわね。ですが、まだ終わりではありませんことよ?フィールド魔法、天空の聖域を発動!このカードが存在する限り、天使族モンスターによるワタクシへの戦闘ダメージは0になりますわ。ですが、それだけじゃあありませんの。マスター・ヒュペリオンは天空の聖域のもと、1ターンに2度破壊効果を使うことが可能となります!墓地からオネストを除外してタスケナイトを破壊、もう1度イリアコン・システィマ・ドクサ!」
夢想の墓地にこれ以上の仕掛けはなく、背中に大剣を背負った赤い騎士が光を浴びて破壊される。しかしこれ、完全にぐだってきてるね。いつまでたっても一進一退で全然進まない。だけど、そろそろだ。そろそろ何かしらの動きがあってもおかしくない。
「………ターンエンドですわ」
「ドロー。ねえ、天下井ちゃん」
「はい、なんですの?」
いつになくシリアスな雰囲気で静かに目の前の相手に話しかける夢想。その様子にさっきまでとは違うものを感じ取ったのか、やや表情を硬くして対応する。
「覚悟してね、だってさ」
「へ?」
「魔法カード、貪欲な壺を発動。墓地のマッド・デーモン、タスケナイト、龍骨鬼、ワイトメアにワイト夫人をデッキに戻して2枚ドロー。墓地のワイトが減っちゃったから、ワイトキングの攻撃力は5000に下がるんだってさ」
ワイトキング 攻7000→5000
「なるほど、ここで貪欲な壺を当たり前のように引きましたか。その運命力は確かに素晴らしいですわね。それだけにもったいないですわ、斎王様の光の御力があればその能力をさらに高めることだって簡単でしょうに」
「ふーん。悪いけど、これは私の力じゃないよ、だってさ。たとえ私が望まなくても、このデッキは私に力を与え続ける。いかなる形であろうとも、私が最終的な勝者になるまで、ね。だから、貴女の言葉は的外れ。私じゃなくてこのデッキそのものを勧誘したら?って言ってるみたい」
「は、はい?どういうことですの?」
あなたなんとか解説しなさい、と言わんばかりの視線がこっちに向けられたのを感じるが、正直僕にも今の言葉の意味はまるっきり分からない。声のトーンやらなんやらから考えるにどうもネタや冗談ではなさそうなんだけど、真剣にしゃべってるとしてもちょっとよくわからない。デッキが強制的に勝たせるだなんて、そんな真似精霊だらけの僕のデッキでも無理だろう。そもそも、夢想には精霊が見えないはずだ。
「ううん別に、だって。聞き流してもらって構わないよ、ってさ。魔法カード発動、龍の鏡。このカードは墓地のモンスターを素材にしてドラゴン族の融合モンスターを呼びだすカード………それじゃあいつものいってみようか、だってさ。冥府の扉を破りし者よ、其には死すらも生温い。墓地のワイト2体を素材にして融合召喚、冥界龍 ドラゴネクロ!」
天空の聖域に浮かぶ空中神殿の一部に亀裂が走り、そのまま神殿を突き破って冥界の龍が長い首を突き出す。風圧によって周りの雲もちぎれて消えてゆき、粉々になった瓦礫がただワイトキングとドラゴネクロの足元に散らばっているのみだ。別に聖域破壊されてないのにね、とか思っても言ってはいけない。
「ドラゴネクロ召喚のために墓地のワイトとワイトメアを除外したから、ワイトキングの攻撃力はさらに2000ポイント下がるみたい」
冥界龍 ドラゴネクロ 攻3000
ワイトキング 攻5000→3000
「いいえ、まだ、まだですわ!ワタクシのこの伏せカードはトラップカード、魂の一撃。あなたの残りライフ、そしてそのモンスターの攻撃力では例えドラゴネクロの特殊能力をもってしてもライフポイントを半分支払うことで自分のモンスター1体の攻撃力を4000マイナスその時点でのライフの数値だけアップさせる、このカードの突破は不可能ですわよ!」
「確かにね、だってさ。でも、だったら戦わないだけ。そこの眩しい天使には悪いけど、真正面からぶつかることができないなら他のところから回り込ませてもらうよ。魔法カード発動、クロス・アタック。自分フィールドに同じ攻撃力のモンスターが並んだ時、他のモンスターが攻撃できなくなる代わりにそのどちらかは直接攻撃できるようになるみたい。バトル、ワイトキングでダイレクトアタック、螺旋怪談!」
「う、嘘………」
ワイトキング 攻3000→天下井(直接攻撃)
天下井 LP1100→0
「おめでと、夢想。ほらほら、そんなとこで座ってたら風邪ひくよー」
「どういたしまして、なんだって………むっ」
ソリッドビジョンが消えて、辺りの風景が天空の聖域からもとの校内に戻っていった。いくら光の結社とはいえ女の子を放っておくのは趣味じゃないので、へなへなと力が抜けたようにその場にへたり込んでいる天下井ちゃんに手を伸ばす。やや夢想の視線がキツイ気がするのはたぶん気のせいだと思いたい。やっぱ怒ってるんだろうな、染みのこと。
「あら、ありがとうございますわ………って!ちょっとあなた、ワタクシに気軽に触れないでくださいます!?」
おっと、思ったより元気なのね。一瞬はぼんやりしたまま僕の手を掴んだものの、すぐにはっとしたように振り払ったかと思うとそのまま立ち上がってスカートを手で踏んづけて転ばない程度に持ち上げながらパタパタとどこかへ走り去ってしまった。
「清明、今ちょっと残念そうじゃなかった?」
「え?いや、別に」
「ふーん。まあいいけど、だってさ」
やっぱりどこかよそよそしい態度の夢想。………制服のクリーニング代っていくらぐらい出せばいいんだろうか。今月のレッド寮の赤字額をざっと暗算して、いくらぐらいまでならギリギリ出せるか考えていると、底抜けに明るい声が聞こえてきた。
「おーい、ここにいたのか清明!今光の結社のやつとデュエルしてさ、修学旅行、童実野町に決まったぜ!!」
…………え?
一瞬、ほんの一瞬だけ固まってしまった。ただでさえ光の結社関係で気苦労の多い十代に余計な心配をかけたくないので、無理やり笑顔を作り出す。
「そ、そう。デュエリストの聖地じゃん、やったね」
「おう!あー、俺もう今からワクワクが止まらないぜ!」
「あは、あはは………」
童実野町、か。…………童実野町、か。
だけど、その瞬間自分のことで頭がいっぱいになってた僕は気づかなかった。夢想もまた、その地名を聞いた瞬間に顔がこわばっていたことに。
後書き
また伏線が増えた。
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