101番目の哿物語
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第二部 『普通』を求めていた、人間ではなくなった少女と人間になりたかったロア
第一章。人喰い村《カーニヴァル》
第一話。人喰い村の噂
「『神隠し』とはまた厄介なものですね」
昼休みに堂々と遅刻してきた一之江と一緒に、俺とキリカは屋上にいた。
従来は閉鎖されていて中に入れないはずの場所なんだが、鍵は開いているので俺達は当たり前にここを訪れている。最近では他の生徒もくつろぎに来ているようだ。
そんな屋上の片隅にあるベンチに座って、三人で語り合う。
一之江は、小さなお弁当箱を膝に乗せながら呆れたように先ほどの言葉を呟いた。
この少女が本当は『都市伝説』が具現化した『ロア』だなんて、一見しただけでは普通は解らないだろうな。
肌の色も真っ白だし、見た目は本当に病弱そうに見えるしな。
しかし、一之江は見た目だけはいいよな。本当に……。
「なんだか、不愉快な視線を感じます……というわけですから死んでください」
「待て! 何がというわけ、だ!」
小柄で黒髪のお人形さんのような美少女が、ジト目で俺を見ているというのは精神上あまり良くないよな。
体質的にも。
それにジト目で見てくるその姿を見ていると、なんだかオランダで会った『颱風のセーラ』を思い出す。
あのチビっ子はまだ傭兵やってるんだろうか?
「あははは! 相変わらず仲がいいね、2人共!
それにしても、さっき聞いた時は私もビックリしちゃったよ。いくらなんでもモンジ君には早いんじゃないかな」
「私や貴女の段階で、既に『早過ぎる』ってのも確かですけどね」
「あははっ、そうかもっ」
キリカは学食で買ったサラダポテトをモグモグとしながら話している。
一之江はご飯をひとつまみしては小さな口に入れて、よく咀嚼していた。
______話の内容を除けば、大変平和かつ幸せなランチ風景だよな。
「そんなに凄いのか、『神隠し』って」
「以前も話したように、有名な『ロア』ほど強いわけですよ」
「そして『神隠し』はモンジ君みたいに怖い話をあんまり知らない人でさえ知っている単語でしょ?
世界中にも似た事例があるし」
そう言われれば、確かに神隠しとか、○○の大予言とか、世界中で通じる伝説や神話とか誰でも知っているものだもんな。
そして、一之江の話ではそういう噂話を世界が認識した途端、ロアが生まれるんだったな。
「つまり、『神隠し』はメジャーなおっかない『ロア』って事か」
しかし、『呪言人形』、『魔女』、『ご当地ロア』ときて、次は『神隠し』かよ⁉︎
主人公のロアって、皆んな毎回、こんな大変な都市伝説達を相手にしてんのか?
ちょっいと、初心者に厳し過ぎませんかね?
俺はうんざりしながら、従姉妹が作ってくれた弁当に箸をつけた。
うむ。今日の鳥そぼろご飯も大変美味しいな。
将来は、いいお嫁さんになるな。まだ誰にもやらんけど!
「先輩に話を聞く前に何か出来る事ってあんのかな?」
いきなり神隠しと遭遇とかなったら洒落にならんぞ。
この中で俺が一番弱いんだからな。
なので遭遇する前に出来る事があるのかを聞くと______。
「まぁ、基本は予習と復習ですね」
一之江は懐から自分のDフォンを取り出しながら答えた。
「『8番目のセカイ』には、実際にあった都市伝説が記載されますから」
「ああ、もしかして解決方法とかも載っているのか?」
「いえ、ある場合もありますが、ほとんどは『都市伝説』の形を守っています」
「つまり、完全には解決しない感じに語られているって事だな。うーむ」
自分のDフォンを取り出してみる。
以前はサイト接続は出来なかったが、あの日、ヤシロちゃんと会ってからは自由にサイトを閲覧出来るようになった。
とはいっても8番目のセカイにしか繋がらないんだけどな。
出来る事ならあまり都市伝説とかとは関わりたくない。
だが、現状は間逆だ。
関わりたくないのに、関わらずにはいられなくなっている。
普通、ゲームとかでは、序盤は弱いヤツと戦って段々と強くなっていくはずだろう?
なのに、何故か俺はいきなり強い仲間を手にして強敵と戦っていく羽目になっているわけだ。
昔、シャーロックが俺やアリアにやった武力の急騰の手法を使って強くさせられているかのように。
「解決しちゃった! っていう都市伝説は載らないんだよ。ほとんどの『ロア』がそれを知られちゃうと消えちゃうからね」
キリカも自分のDフォンを取り出して、早速検索を開始していた。
その手元が凄い速度で動くのを見て『慣れてるな』とも、『今時の女子高生らしいな』とか、『情報怪盗とかって呼ばれてそうだな』なんて思ってしまう。
その慣れた手つきなのを見て安心したのか、一之江もDフォンを懐に仕舞い込んだ。
「『8番目のセカイ』に載るのは『人物紹介』みたいなものって事です。
どんな都市伝説として広がっているのか、それが判明するようになっています」
「なるほどな」
と思ったが、ふと気になった事がある。
それは、キリカとの戦いでキリカが俺に言ったセリフだ。
「あれ? でもキリカは俺の能力を知っていたよな?
『8番目のセカイ』に載っているとか言っていたが……」
「え? いつですか?」
「キリカとの戦いの時。一之江が来る前に」
「あ……。そ、そんな事言ったけえー。
あははは……覚えてないなぁ」
キリカはバツが悪そうな顔をして、愛想笑いを始めた。
これは、問い詰めても口は割らないだろうな。
「まあ、いいか。
そのうち理由も解るだろうしな」
「ええ。今、問い詰めてもそれが本当の答えとは限りませんからね」
「うん、私は『魔女』だからねっ!」
『魔女』だから、本当のことを話すとは限らない。
『魔女の口車』に乗せられたら痛い目に遭うからな。
だから今はその疑問は置いておく。
それより、『神隠し』の情報が先だ。
そう思い、俺もDフォンを操作して『8番目のセカイ』を確認してみる。
『検索』という枠に、試しに『神隠し』と入力してみた。
______検索ヒット数、514件。
俺はそこにあるタイトルをざっと眺めた後、静かに画面を閉じた。
「多過ぎだろ⁉︎ 神隠し。百物語が5回繰り返せるレベルを超えてたぞ」
「『ドキッ、神隠しだらけの百物語』ですね」
なんだその、アランとかが持ってそうなDVDのタイトルは。
「みんな消えそうで嫌なタイトルだな」
「首のポロリくらいはありそうです」
「そのポロリは全然嬉しくないだろう」
というか、首ポロリしたらそこに間違いなくいるな。
一之江が。
「まあ、検索にはコツがいるんです。キリカさんに任せておくといいですよ」
一之江はすっかり任せる気満々なのか、その後は静かにパクパクと弁当をつついていた。
「あー、じゃあ、後は任せるぞ。キリカ」
「うん、こういうのはオカルトマニアだから得意だよ」
「それって『魔女』だから知識があるってもんじゃないのか?」
「もちろんそれもあるけど、ごく普通にオカルト趣味があるっていうのもあるからね」
キリカという少女は、いわゆる『魔女』という存在の『ロア』なのだが、こうしてごくごく普通の人懐っこい女子高生という一面も持っている。
なので、ついつい油断してしまう俺だが、一之江はそんなキリカをちょくちょく警戒している。
元から『都市伝説のオバケ』として生まれたキリカのような『ロア』と、人間から都市伝説のオバケになってしまった一之江のような『ハーフロア』はそこに違いがあるようだ。
______決定的な、価値観や存在そのものが違う。
そんな空気をなんとなく感じていた。
「あ、これこれ」
キリカの声で我に返った俺は、手招きしているキリカの側に近寄った。
キリカの髪からふわっ、といい香りがして、思わずドキっとしてしまう。
うっ、マズイ。
また、あの血流が!
「ふっ、相変わらずいい香りだね。
君からは男を惑わす魔性な香りが出ているのかな?
だとしたらやはり君は魔女だよ。最高の魔女になれるよ、俺だけのね」
また、やっちまった。
あのモードの俺は、自重しないな。本当に。
キリカの手元を見て見ると、そこに書かれていたのは______
『【人喰い村の噂】
友達の友達に聞いた話なんですけど、いきなり人が消えてしまう!
そんな神隠しみたいな事件が必ず起きるテーマパークがあるんですよ。
そう必ずです。
私も半信半疑だったんですが、私の友達は噂通り消えてしまいまして。
もう信じざるを得ないかなー、って思いました。
そこは『ワンダーパーク』っていう少し寂れた遊園地なんですけどね。
ウチの近所にある山にあって、でっかい観覧車が見えるから町の人のほとんどが知っているテーマパークです。
その入り口は無人ゲートになっているんですけど、丁度日没の時間ピッタリに入ると、いきなり異世界にある村に入ってしまうんです。
元々、昔、そこに村があって、廃村になってたんですけど。
時空みたいなものが繋がってしまうのか……外で見てる私の前で、友達がゲートの向こうにあるその『村』に入ってしまったんです。
そして、その時。私は見てしまったのです。
ゲートの向こうにある村。その村の中を駆ける……
金色に輝く、獣の姿を。
そう、ゲートのこちら側からも、その村は見えていたんですよ?
……その村に迷い込んだ人は二度と出ることは出来ないらしいですね。
あれからもう、結構な月日が経ちましたけど、私の友達は帰ってきません。
風の噂で聞いたんですが、その村ではかつて『神隠し』があったらしくて。
それで村の人々が一斉にいなくなってしまったとか、なんとか。
まるで、村そのものが村人を食べてしまったみたいですね。
『ワンダーパーク』という寂れたテーマパークがあったら、日没と同時に入ってしまうと、神隠しに遭ってしまいますよ。
そうすると、貴方も『人喰い村』に食べられてしまい、二度と出る事が出来ないかもしれません』
「ワンダーパークって、堺山にある『堺山ワンダーパーク』の事か?」
「町の人のほとんどが知っているって書いてある以上、その通りでしょうね」
なるほど、な。そんな所まで事実に基づいて書いたりするのか。このサイトは。
「隣町在住の私でさえ知っているテーマパークですから。
しかし、あそこにそんな都市伝説があったとは驚きでした」
一之江でも知らない都市伝説。
やっぱり都市伝説っていうのはかなりの数があるようだ。
「タイミングがシビアなのかもね。『日没』って言われても、太陽がピッタリ沈む時間を測るのなんて難しいわけだし。もしくは、気象庁辺りかな? が発表している時間、という意味なのかもしれないし」
サイトを検索したキリカは、その発生条件を気にして首を傾げていた。
確かに日没辺りとか、アバウトな時間に皆んな行方不明になっていたら、もっと大量の被害者が出て有名になっていたはずだ。
「ふむ、行方不明者がホイホイ出まくってるわけではないんだな」
噂になるベースっていうのも曖昧なんだなぁ。
一体何人が犠牲になれば噂になるんだろうか?
いや、寧ろ、そういう噂が出たから行方不明になる、だから噂が広まるのか?
噂が先か、事実が先か……。
ああ、もう。ややっこしいなぁ。
モヤモヤしているとキリカが一之江に尋ねていた。
「でも、これって『村系』だね、瑞江ちゃん」
「確実に『村系』ですね」
「なんだ『村系』って」
ゲームとかの系統か?
都市伝説にもそういうジャンルがあったりするのか?
「『村系』の都市伝説っていっぱいあってね? 怖いものがほとんどなんだよ」
「へえー。なんだか、のどかなイメージがあるジャンルに聞こえるけどなぁ」
俺がそう返すと、オカルトマニアな魔女っ子さんは何故か嬉しそうに胸を張った。
そして、人差し指を一本立てて、俺にレクチャーを開始した。
「この村みたいに、入ったら出られなくなっちゃう村から、化け物……人狼みたいなものが出てきて、滅びてしまった村、村人がみんな死人の村、などなど。
色んなパターンがあるのが『村系』都市伝説の面白くて、おっかない所なの」
「へえー」
『村系』の都市伝説には人狼とかも出るのか。
人狼かぁ……リサの奴大丈夫かなぁ。
「ご主人様〜どこですかぁ……ぐすん」とか言って、泣いてないよな?
というか、さっきサイトに気になる情報があったが気のせい……だよな?
「少数の閉鎖的なコミニュティ……そういったものに感じる威圧感や疎外感のせいで、昔から『村』っていうのは恐れられてきたからね。ここで語られている村も、人が減ったり廃村になったりしたから、きっと怖い噂がいくつも立っただろうし」
なるほど。本当のところは単なる過疎化が原因でも、人の噂は色んなものが立つ。その中で、まことしやかに流れたのが『ロア』になっちまったのか。
「この村も、ただ単に『異世界の村』でなくて、人が出られない何かの原因があるに違いないの。
この『語り部』は中に入ってないから、その辺りの情報が一切書かれていないけどね」
「人が出られない何かの原因か」
「その辺りは、噂を調べてみるしかありませんが。情報収集の時間は?」
「多分、放課後に先輩達の話を聞いた後、すぐ出発だろうな」
3人でのんびり情報収集する暇はない……って事か。
「まあ、普通はちょっとこれから様子を見に行こっか、って話になるでしょうね」
「短気な音央の性格だと1人でも行くって言い兼ねないね」
そんな事になれば、彼女が行方不明になる確率だってある。
中学時代からの友人を、女性をそんな目に遭わせたくないからね。
「あはっ、それじゃあ私が別働隊になって、色々調べておくよ。
この手の話題を調べるのってとても楽しいからねっ」
朗らかな笑顔で小さなガッツポーズを見せるキリカ。
うん、この子は、本当。理子に似てるね。
「魔女の調査力を頼りにするとしますか」
「瑞江ちゃんの解決力も頼りにしてるよ」
単独だと出来ない相談も、仲間がいれば出来る。
______まさに。
武偵憲章一条。
『仲間を信じ、仲間を助けよ』、だな。
俺も早く彼女達に頼られる男にならないとな。
そんな風に思っていると______
「あーっ⁉︎ てめえ、何、美少女2人と食ってんだ⁉︎」
いきなり賑やかな声が聞こえてきた。
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