立派な魔法使い 偉大な悪魔
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第三章 『イレギュラー』
日が大きく傾き、麻帆良学園は夕焼けに赤く染まっていた。普通なら、一日が終わりゆく日常の風景の一コマだろう。しかし、世界樹の辺りは煌々と輝く魔光が交わり、幻想的な風景となっていた。
またもう一箇所、日常とは違った光景が広がっている場所があった。そこは夕焼けと言うにはあまりにも赤く、血に染まっていた。あちこちに肉塊が転がり、垂れ流された血が地面にも壁にもへばりつき、むせ返るような血と獣の臭が立ち込めていた。
地獄絵図。そう形容するのが相応しい様相を呈していた。
「相変わらずガッツのない奴らだ。まだあの子猫ちゃんと遊んでたほうが刺激的だったな」
血みどろの中、ダンテは転がっている肉塊の一つに腰掛けていた。その肉塊は、痙攣しているのか、ピクピクと不規則に動いている。
あちこちに転がっている肉塊は、元はダンテを囲んでいた悪魔達だ。かなりの数がいたのにもかかわらず、全てダンテによって屠られたようだ。もっとも、とうのダンテは汗一つかいていない。それどころか、少し退屈そうな表情を浮かべ、地面に突き立てたリベリオンを弄りながら、これからどうしようかと思案しているところだった。
久しぶりに大物の悪魔を狩れると思いわざわざ遠く離れた日本へ来たものの、肝心の標的は悪魔ではなかった。その代わりというわけではないが、吸血鬼との手合わせは久々にダンテを熱くさせるものであった。普段のダンテなら、今でも戦っていたはずだ。しかしダンテはそれよりも涌いて出てきた悪魔が気になっていた。
悪魔がいるのでそれを狩るという意味もあるが、何よりダンテが気になったのはその湧き方が、明らかにおかしいことだった。自然発生ではありえない、それこそ人為的に悪魔を召喚しなければ説明がつかない量だからだ。意図を持って悪魔を呼び出している者がいるのなら、その大本を叩かなければ意味は無い。しかし、ここ麻帆良学園は広い。まともに探していたのではそれこそ埒があかない。
(さて、どうする――)
考えあぐねていたダンテが突然振り返った。振り返ったその先には、少女が立っていた。
彼女はザジ・レイニーデイ。ネギが受け持つ3―Aクラスの生徒だ。普段馬鹿騒ぎしている3―Aクラスには珍しく、物静かで少し不思議な雰囲気を持った少女である。
その少女は、血にまみれた凄惨な景色に動じるどころか、いやに落ち落ち着き払った様子でダンテに話し掛けた。
「あれだけの数の悪魔をものともしないとは。流石、と言ったところですね。あぁ、申し遅れました。私はザジ・レイニーデイと申します」
ダンテは言うまでもなく達人の域を超える強者だ。そのダンテに気付かれることなくこの少女は近付いた。その上、口ぶりから悪魔についても知っているようだ。宗教や信仰の意味ではなく、種族として。
これには流石のダンテも驚嘆した。が、すぐにそれを内に隠していつもの調子に戻した。
「おいおい嬢ちゃん。ここは見ての通りR指定だ。早くママの所に帰んな。でないと悪い奴に食べられちまうぜ?」
ダンテの軽い態度にもザジは全く気にしていなかった。それどころかニコッと微笑むと、再び口を開いた。
「ご心配には及びません。私はあなたの父君が裏切った魔界に生まれた、魔族ですから」
瞬間、空気が張り詰めた。
ザジはなにもしていない。ダンテの表情も何一つ変わっていない。
だがダンテの放つ雰囲気は一変していた。まさに“悪魔”を前にした時のプレッシャーだ。実際、いつの間にかアイボリーのセーフティーを解除している。
だがザジはどこ吹く風。少し間を開けると、また話し始めた。
「あなたの父君については母からよく聞いております。彼の魔帝を打ち破った我等の英雄、と」
魔剣士スパーダの存在は、二千年という長い月日の中で人々の記憶から忘れ去られ――ダンテは知らないが、今もなお魔剣士スパーダを神として崇める地方はある――今やお伽話としても語られないほどだ。
もっとも、多くの魔族に至っては二千年という時間が流れてもその恨み辛みは忘れてはおらず、もはやスパーダの血を憎むのは半ば本能に近くなっている。そのためダンテが出会ってきた魔族達は仇討ちをしようとする者がほとんどだった。
つまりスパーダを英雄と讃える者など、人間にも魔族にも皆無に等しかった。それなのに魔族の者が唐突に父スパーダを英雄と讃えたとなれば、流石のダンテも不意をつかれたように呆気にとられてしまった。
そんなダンテを尻目に、ザジは続けた。
「この度あなたをここへ呼んだ依頼主は私です。偽の情報を流した非礼は承知の上で、あなたに本当の依頼をお願いします」
「悪魔から依頼を持って来られるとはな。いいぜ、取り敢えず聞いてやるよ」
それを聞いたザジは一歩進んでダンテへの本当の依頼を告げた。
「あなたの父君が打ち倒し、あなた自身もかつて封印した彼の魔帝を解き放とうとしている者がおります。その者を我々と共に止めて頂きたいのです」
「Come on!」
ドロドロに融解した地面へと降り立ったダンテの言葉に従うように、地面に突き刺さっていたリベリオンが彼の手に戻ってきた。
ダンテはザジの依頼を当然に快諾し、彼女の力で魔法世界へ飛んだ。魔族であるザジを狩るべきかとも考えたが、それよりも魔帝を復活させる事のほうが放っておけなかったからだ。
「で、お前が奴を蘇らせようとしてる奴か?」
リベリオンを肩に担いだダンテが問い掛けた。いつもの皮肉った笑みは鳴りを潜め、するどい眼光が造物主へ突き刺さる。しかし、造物主はそれを意にも介さない様子だった。答える必要はない、と言っているようである。
それに対してダンテは一度ため息を付き、一瞬に駆け出した。同時に造物主が黒い影槍を打ち出す。造物主の操る影槍は速い。だがダンテは紙一重でかわし、リベリオンでいなしていく。
「Too Easy!」
軽口混じりに攻撃をアクロバチックにかわす姿は、一見ふざけているようにも見える。しかしそれには無駄が無い。洗練されたその動きはもはや踊っているようであった。
華麗に避ける最中、ダンテはホルスターからアイボリーを引き抜き造物主へと連射する。
連射性を重視したアイボリーから数多の弾丸が吐き出された。ハンドガンの連射とは思えないような数の弾丸が造物主へ迫る。それを造物主はまだ残っている手をかざして簡易な障壁を作って受け止めた。
しかしその僅かな隙にダンテは造物主を間合いに捉えていた。
逆手に持ち替えていたダンテは、真紅の魔力がほとばしるリベリオンを振り抜く。魔力によって地を這うように飛ばされた斬撃が、ところどころに残っていた岩場を削り、融けだした溶岩を巻き上げ、造物主を直撃した。
「おいおい、もう終わりじゃないよな?」
バックステップで離れたダンテが両手を広げて大げさにリアクションをする。もっとも、ダンテは分かっていてそう言った。このような小手調べ程度の攻撃ではやられる者ではないと。
先の造物主の腕を切れたのは、ネギがすでに障壁を突破していたこと、不意打ちであったこと、そしてリベリオンが強力な魔剣であったことが大きいだろう。
事実、土煙から姿を見せた造物主に外傷はなかった。それどころかあの強固な多重障壁が復活していた。それを見てダンテはニヤリと口角を上げる。
「いいね。楽しめそうだ」
「おい! 何者なんだよあいつ!」
千雨が誰にでもなく尋ねた。突然現れた男が造物主と戦い始めたのだ。そう思うのが当然だろう。もっともその状況から、その突然現れた男は“完全なる世界”の味方ではなさそうだ、と一同は察していた。
しかしその男の正体について、彼らは誰もそれに答えられなかった。
「彼は伝説の英雄の息子さ。あの少年と同じようにね」
不意に聞こえたその声に、全員が振り向いた。そこにはかつてナギ・スプリングフィールドが倒したはずの、初代アーウェルンクスシリーズであるプリームムがいた。またその側には弐という長髪の少女もいた。彼らは造物主によって生み出された使徒と呼ばれる者たちだ。造物主はダンテと戦っている最中に、使徒達を創造していたのである。
思わぬ敵襲に“白き翼”ら一同達は怯んでしまった。そこへ一筋の雷が走り、佐倉メイを直撃した。それはプリームムが無詠唱で放った電撃だった。そこへすかさず弐が赤黒く渦巻く炎を放つ。無詠唱とは思えない威力の炎が“白き翼”らを包み込む。これほどの火力なら、一瞬で焼け死んでもおかしくないだろう。
「くうぅ……!」
だがそうはならなかった。なぜなら、古菲がアーティファクトの“神珍鉄自在棍”を高速で回し、迫る炎を打ち消していたからだ。もっとも、炎の威力、規模が大きすぎるために炎が燃え盛る方が早い。炎に飲み込まれるのも時間の問題だろう。
「さようなら。勇敢なお嬢さん達」
そこへプリームムと弐がトドメとばかりに魔法を発動させた。プリームムと弐の背後に無数の黒杭が現れる。フェイトも使った魔法『万象貫く黒杭の円環』だ。
まずい。焦燥とともに、千雨はじわりと嫌な汗が流れるのを感じた。
古菲は炎を食い止めるので精一杯。影使いの高音・D・グッドマンも、全力で障壁を展開していて『万象貫く黒杭の円環』を迎撃出来る余裕などない。古菲達が動けない彼女らに、『万象貫く黒杭の円環』を迎撃出来るだけの戦力はなかった。
それでもなお千雨は突破口を考えようとした。しかし、無情にもプリームム達は既に『万象貫く黒杭の円環』を放っていた。
(終わっちまうのか? ここまで、ここまで来たのにッ――)
いくら悪態をついたところで敵の魔法が止まるわけもない。もはや彼女らに出来ることは、無数に迫る魔法の杭を待ち、自らでは抗えない死を受け入れることだけだった。
だが彼女らに届いたのは魔法の杭ではなく、けたたましい金属音と、鈍い打撃音だった。
何事かと恐る恐る目を開いたその先には、全ての黒杭を打ち落とした近衛近右衛門と近衛詠春が立っていた。
「遅れてすまない」
「いやはや、まさかこんな大事に巻き込まれるとは。じゃがみな頑張ったようじゃな!」
彼等の娘であり孫である近衛木乃香は、予想だにしない助っ人に思わず声を上げ、他の者も、力が抜けたように安堵していた。近右衛門と詠春も、何とか間に合ったと安心していた。
しかしすぐさまプリームムへ向き直していた。プリームムも詠春の顔をまじまじと見ながら話し掛けていた。
「少し老けたようだが、懐かしい顔だ」
「20年越しにまた会うとはな」
彼等は20年前にも相対した者同士だ。思うところはあるのだろう。しかし感慨にふける時でもなければ、そんな猶予もない。
「だが、今度こそお前達との因縁にケリを着けさせてもらう」
そう言葉を続け詠春は刀を構えた。眼光は20年前と比べても、勝るとも劣らず鋭い。詠春に倣うように近右衛門、プリームム、弐が戦闘態勢をとる。そして四人が一斉に動いた。
「麻帆良学園中枢への直接経路の確保。器の魂と肉体がここにあること。その器の肉親の血肉を入手出来たこと。全て計画通りだ。だがここに来てイレギュラーがいるようだ……なぜ貴様がここにいる?」
ネギにより行動不能にまで痛手を負ったはずのデュナミスが、ダンテに問い掛ける。造物主の使徒は“白き翼”らだけでなく、当然ダンテにも立ちはだかっていた。
「依頼があってね。おイタをしてる奴を懲らしめに来ただけさ」
茶化すように返しつつも、ダンテはリベリオンの切っ先をフェイト以降のアーウェンルンクスシリーズやデュナミス、過去に造物主の使徒として暗躍していた者達へ向ける。
「我々を相手に一人でやろうというのか?」
デュナミスの声には少なからず嘲笑の色があった。いくら伝説の魔剣士の血を引く者でも、この人数の造物主の使徒には敵わない。そう言いたげな口調だった。だがダンテは全く怯んでいなかった。それどころか楽しそうですらある。
「Ha-Ha, Freeze!」
その言葉とともに、突然ダンテが使徒達へ向けてリベリオンを投げた。その予想だにしない行動に、使徒達は一斉に放物線上から離れる。
ダンテが獲物を離したと瞬時に判断したクゥァルトゥムが急速に間合いを詰める。それに対してダンテはホルスターからエボニーとアイボリーを抜き、弾丸をクゥァルトゥムへばらまいた。弾丸がクゥァルトゥムへ迫るが、クゥァルトゥムは全て寸前でそれをかわしていく。
そしてダンテを間合いに捉えたクゥァルトゥムは、燃え盛る拳を繰り出した。それに対してダンテも体術に銃撃を織り交ぜ、抗戦する。
ゼロ距離で放たれる銃撃を、寸前でダンテの腕を弾くことでクゥァルトゥムはかわしたが、ダンテはそこへ強烈な蹴りを合わせていた。障壁があるため大きな痛手とはならなかったが、クゥァルトゥムは大きく飛ばされてしまう。
空中で態勢を立て直したクゥァルトゥムが虚空瞬動で再び間合いを詰めようとする。だが、そこへダンテが投げたリベリオンが襲い掛かった。
「なにっ!?」
魔力を利用したダンテの剣技“ラウンドトリップ”。虚をつかれたクゥァルトゥムの周りをリベリオンが執拗に纏わり付き、クゥァルトゥムの身体を切り刻んでいく。その間もダンテは二丁の拳銃を操り、他の使徒達と戦っていた。
「いい加減に……しろ!」
クゥァルトゥムが纏わり付くリベリオンを弾き飛ばし、ようやく解放される。弾き飛ばされたリベリオンは、まるで意志を持っているかのようにダンテの元へ戻っていく。再びリベリオンを手にしたダンテは、今度はリベリオンを主体に攻撃を始めた。
二丁拳銃の銃声と大剣の金属音がダンテと使徒たちによって奏でられているように響く。そんな中、ダンテがリベリオンの腹を盾のようにしながら振り返る。すると、拳が豪快な音を立てて剣とぶつかり合った。拳を打ち込んできたのは、筋肉が隆々と盛り上がった巨漢だった。二人はまさに力比べといった感じに押し合いをしている。
「やるじゃねぇか。だがこいつはどうだ?」
その巨漢が一層の拳圧を加え、そこから離脱した。あまりの力に地面が凹み、ダンテも一瞬動けなかった。
「終わりだ」
そこへクゥィントゥムが放った魔法『轟き渡る雷の神槍』が迫っていた。最大級の突進力をもつその魔法は、いかにダンテといえど危険であろう。だがダンテは避けるどころか、リベリオンを突き出していた。
轟音と衝撃を伴ってリベリオンの切っ先と『轟き渡る雷の神槍』の切っ先が正面から衝突する。両者の切っ先が接しているところからは雷が漏れ、激しいスパークを起こしている。
このまま拮抗するかと思われたが、ダンテがリベリオンをさらに押し込んだ。
「Break Down!」
ダンテによって押し込まれたリベリオンの切っ先が『轟き渡る雷の神槍』を切り裂き、無残にも魔法の槍は霧散する。使徒達はこれで終わると踏んでいた。しかし結果として、雷の神槍は正面から打ち破られ、彼等は苦虫を噛み潰したような顔になっている。対照的にダンテは不敵な笑みを浮かべていた。
「Hey, what's up?」
それどころか肩をすくめ、使徒達を挑発していた。
「無様だな、テルティウム」
セクンドゥムがフェイトへ語りかけた。その目は明らかに愉快そうに歪んでいる。自身を殺した者をこうして見下ろし、悦に浸っているといったとこであろうか。
「セクンドゥム、なぜ……」
フェイトは驚きを隠せなかった。かつて自分が殺したはずのセクンドゥムがそこにいるからだ。それどころか、セクンドゥム以外の使徒の面々まで復活しているのだ。無理は無いだろう。そう驚くフェイトを尻目にセクンドゥムは大層に気取った物言いを始めた。
「魔法世界全土の魔力がこの祭壇上に充満する今、造物主たる我等が主に不可能はないのだよ」
そして少し間を開けると、散りはじめているフェイトの腹部をセクンドゥムは強く踏み付けた。その力の込めようは、まさに恨みが込められているものだった。
「しかし奴の息子の言い分を聞こうとするとはな。主に逆らう欠陥品の貴様は、消去せねばならないな」
そう言いながらセクンドゥムは何度も踏み付ける。ほとんど反応しなくなったフェイトを踏み付け、踏みにじるその顔には加虐の色が浮かんでいた。
「せめてもの慈悲だ。永遠の幸福を約束する“完全なる世界”へ送ってやろう。あの女の珈琲でも飲んでるがいい、何年でも何百年でも好きなだけな」
言い終わるとセクンドゥムはフェイトを蹴り上げた。もはや力が残っていないフェイトはただただ転がるだけだった。
「あとはあれの回収だな」
そう言いながらセクンドゥムは、ネギの元へ歩み寄ってくる。ネギは気絶しているため、ピクリともしていなかった。セクンドゥムがネギの襟元へ手を伸ばし、今にも届きそうになったその時。セクンドゥムの腕を誰かの手が――地面から生えた手が掴んだ。それも自分の影から生えた手だ。セクンドゥムが驚きと混乱に陥る中、その手の主は影から姿を現していく。
それは可憐な少女の姿をした最強種、吸血鬼の真祖たる、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。
「まったく、我が弟子ながら情けない」
「き、貴様は!」
セクンドゥムが肉体を雷化させ、強化された拳打を三度エヴァンジェリンへ打ち込む。その拳はエヴァンジェリンの右腕や金の髪を文字通り消し飛ばした。それを見たセクンドゥムは、仕留めたと安堵したのか、笑みを浮かべた。
しかし同時に、エヴァンジェリンも渇いた笑みを浮かべ、合気柔術によりセクンドゥムを宙に飛ばしていた。気がつけば投げられていたセクンドゥムに、エヴァンジェリンが追撃に繰り出した蹴りを防ぐ道理はなかった。
モロにエヴァンジェリンの蹴りを喰らったセクンドゥムは派手に蹴り飛ばされる。
「あ奴は……『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!」
ダンテと戦っていた使徒達が、エヴァンジェリンが現れたことに注意が逸れる。予想外の大物の出現に、流石の使徒たちも動揺を表したようだ。
「ほう、私の名を知っているとは、なかなか見所のあるガキ共ではないか」
喪失した腕が再生したエヴァンジェリンが不敵な笑みとともに使徒達を見据える。そこへダンテが大きな跳躍によりエヴァンジェリンの隣に降り立った。
「Hey! こんなところで何してんだ? 嬢ちゃん」
ダンテがエヴァンジェリンへ話し掛けた。話し掛けたダンテはそうでもないが、話し掛けられたエヴァンジェリンは思いっ切り怪訝な顔をしていた。
「それはこっちのセリフだ……なぜ貴様がここにいる?」
「ご指名があってね。モテる男ってのは辛いな、そう思わないか?」
エヴァンジェリンはいささか辟易としたのか、もはやそれ以上何も言う
気にはならなかった。そこへデュナミスが突如として現れたエヴァンジェリンへ向けて割って口を開いた。
「貴様が人間側につくとは想定外だな。だが貴様の力が噂通りだったとしても、せいぜい貴様とそやつのみ。この数を相手に何ができる?」
造物主の使徒がこれほどいれば、かの吸血鬼の真祖といえども敵ではないとデュナミスは言いたかったようだ。確かにデュナミスの指摘の言う通り、数とはそのものが力である。
だがエヴァンジェリンはそんなことか、と言いたげな雰囲気だった。実際、彼女の実力なら造物主の使徒がどれほどいようと、まさに圧倒できるだろう。さらにデュナミスの言う数についても何ら心配はいらなかった。
「どうかな? 貴様、麻帆良と魔法世界を繋いだのは失敗かもしれんぞ?」
「なに?」
どういうことだ? と思考し始めたデュナミスの肩が、トンと叩かれる。そこには『小さく重く黒い洞』という重力魔法を発動させたアルビレオ・イマがいた。
黒い球のような『小さく重く黒い洞』が急速に唸り始め、一瞬にしてデュナミスの右半身がえぐり取られる。それによりアルビレオ・イマがいたことに気がついた使徒達は、戦闘態勢を取った。
「ハッ! かび臭い骨董品の古本が増えた所で!」
戦線に復帰したセクンドゥムが威勢よく吠える。まるで自身を鼓舞するようにだ。
「まぁこの中で一番年寄りなことは認めましょう。ではこうしましょうか」
そういったアルの両側に魔法陣が現れた。
敵が魔方陣を展開しているのにも関わらず、むやみやたらに突っ込むのは利口とは言えないだろう。それも相手が、アル程の魔法使いならばなおさらである。
しかし使徒達はセクンドゥムを筆頭にアルへ突撃していった。恐れるに足らずと判断したのだろう、正面からだ。そして先頭に立つセクンドゥムがアルを間合いに捉えようとしていた。
その寸前、セクンドゥムが見えないなにかに衝突し吹き飛ばされた。セクンドゥムに激突したのは拳圧だ。魔法ではなく、純粋に突き出された拳の圧力がセクンドゥムを吹き飛ばしたのである。“無音拳”とも呼ばれるこの技を放った本人――タカミチ・T・高畑が、アルの展開した魔法陣から姿を現した。そしてもう一つの魔法陣からクルト・ゲーデルが野太刀を携えて現れた。
さらにちょうど詠春や近衛右門が降り立ち、アル達と合流した。
「おや、これはまた大物がいらっしゃいますね」
エヴァンジェリンの近くへ立ったアルがダンテの顔を見て言った。倒れ込んでいるネギの様子を見ていたエヴァンジェリンがそれを聞いてアルへ聞く。
「なんだ、こいつのことを知っているのか?」
エヴァンジェリンとダンテはほんの数刻前まで文字通り殺し合いを演じていたが、互いに名前すら告げていなかった。そのため互いについてはほぼ知らないと言っていい。
もっともエンツォが渡した書類には、少しではあるがエヴァンジェリンについての情報が記されていたが、ダンテは見ていなかった。なぜならダンテは行き先と目標の特徴さえ分かれば、後は現地で探せばいいと考えていたからだ。そうすれば退屈しのぎもできる。さらに今回はご丁寧に目標の写真が添付されていた。そうするとダンテがいちいち書類に目を通すはずもなく、エンツォもそれを分かっているのでいの一番に写真を出したのである。
エヴァンジェリンの問いにアルはいつもの微笑を浮かべて答えた。
「ええ、よく存じていますよ」
ダンテをよく知っているような口ぶりだったが、当のダンテはそう言ったアルに見覚えはなく、誰だ? と言いたげに首を傾げていた。エヴァンジェリンがさらに聞き出そうとするが、アルが話を切り上げた。なぜなら、造物主の使徒達が既に襲い掛かろうとしていたからだ。
「ハッ! 数を揃えたところで!」
セクンドゥムが肉体を雷化し、先制を図る。標的はエヴァンジェリンだ。雷化したセクンドゥムの速度はネギの雷天大壮に近しいものであり、反応していないエヴァンジェリンを見てセクンドゥムは「殺った」と確信した。そして同時に吸血鬼の真祖などただの噂話、過大評価だ、とセクンドゥムは考えていた。
そこには、造物主に最強として生み出された自分が敗れるわけがないという信じて疑わない自信があった。真っ先に先制を仕掛けたのも、使徒の中でも自身は特別であるという思いからかもしれない。
そう思考していたセクンドゥムの目の前に、切っ先が三つ現れた。クルトと詠春、そしてダンテの三者が剣を振り下ろしていたのだ。それを認識したセクンドゥムは反射的に動きを止め――吹き飛ばされた。先ほどと同じく、タカミチが放った無音拳に。
「クソッ!」
セクンドゥムが吹き飛ばされるとそれを合図にしたかのように造物主の使徒達が動き出し、ダンテ達も同時に動いた。達人の域を超えた剣や拳、魔法がぶつかり合う。その光景はまさに壮観。これほどの戦闘は稀に見ないだろう。
そうして地上で激戦が繰り広げられる中、明日菜を封じる結界の前で千雨達が考えあぐねていた。明日菜を包む結界を外から解除しようと試みていたのだが、突破できないのである。
「偽フェイトのヤロー、さらに強力な概念結界を重ねがけしていきやがった!」
プリームムはここから去る前に、さらに結界をかけたようである。この概念結界は障壁等によって対象を守る他の結界とは違う。強力な魔力によって擬似的な世界を創造し、対象を内包するものだ。その使用の難易度は、結界の中でも最上級のものであり、またその硬度はエヴァンジェリンやダンテ達でも突破は難しいほどだ。
しかし諦めるわけにはいかない。諦めるわけにはいかないが、打つ手が無いのが現状だ。
「結局外からはダメか!?」
「……ああ、外からの解除は無理だ」
カモの問いに千雨は焦りと苛立ち混じりに返した。そして自身のその返答に、もう無理じゃないのか? という僅かにあった気持ちがどんどん広がっていく。
頼りになる者たちは全員眼下で戦っている。アドバイスや助言などを聞く事は当然できない。つまり明日菜を、策のない中学生の自分たちだけで助けなければならないのだ。
そう思えばあとは一気に気持ちは傾いていく。思考は鈍くなり、さらに焦りが大きくなる悪循環。もはや諦めが千雨を支配していた。自暴自棄に陥っていると言うべきかも知れない。
「――」
そんな千雨の耳にふと声が聞こえた。聞こえたその声は微かだった。だが、とても頼りになる男の声だった。
「呼びかけて……姫さんを連れ戻してやれ。お前達でしかできないことだ」
千雨は頭に何かが乗せられた気がした。気のせいかもしれないが、千雨にはそれは声の主――ジャック・ラカンのものだと確信した。姿は見えないし、もう声も聞こえなかった。しかし千雨は既に動いていた。
「聞いてくれみんな! 今からみんなで“神楽坂明日菜”に呼びかける! 私達の声が届けば、あのバカならきっと答えてくれるはずだ!」
黄昏の姫御子はもはや儀式に埋没してしまっている。もはや望みは黄昏の姫御子の表層人格である“神楽坂明日菜”に呼びかけ、内側から結界を破る他ない。これは賭けであった。
「貴様らは雑魚を抑えておけ! 私が一撃で終わらせてやろう!」
乱戦の様相を呈する中、エヴァンジェリンが膨大な量の魔力を集めだす。それは砲台である魔法使いが放つ巨大な一撃を放つ前兆であった。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック『契約に従い我に答えよ。闇と氷雪と永遠の女王、咲きわたる氷の白薔薇、眠れる永劫庭園!」
「イカン! あれは」
「あれはマズイ! ヤツを止めろ!」
エヴァンジェリンの詠唱を聞いた使徒たちが焦りだした。特にデュナミスとセクンドゥムは、詠唱の一節を聞いただけでもそれの危険さは分かったようだ。すぐさまクゥァルトゥム、クゥィントゥム、セクストゥムがエヴァンジェリンを囲み、仕留めに来る。三体の使徒に囲まれたとなると普通に考えれば圧倒的に不利だろう。
しかし流石といったところか、エヴァンジェリンは詠唱中にも関わらずその三体に一瞬で肘、掌底、手刀を叩き込んだ。使徒の襲撃などなかったかのようにエヴァンジェリンは詠唱を続ける。
「来たれ永久の闇、永遠の氷河!」
弾き飛ばされたクゥァルトゥムとクゥィントゥムは、着地するとすぐさま反撃に出ようとした。しかしそこへ二人に分身した近右衛門が追撃を入れ、さらにエヴァンジェリンから引き離した。
「チィッ! 『完全なる世界』全記録書庫より強制召喚!」
劣勢と見たのか、デュナミスが『造物主の掟』を使い、召喚術を行使した。巨大な魔方陣から姿を現したのは、ヘラス帝国帝都守護聖獣の一体である古龍龍樹だ。
龍樹は巨大な翼を広げ、耳をつんざく咆哮を上げた。咆哮が大気を震わせ、巨大な脚が大地を揺るがす。この龍樹は古龍に分類される。古龍は吸血鬼の真祖と同格に最強種と謳われる存在であり、神に準ずる存在とも言われている。
「龍樹! これは厄介ですね」
クルトが思わぬ龍樹の召喚に悪態をつく中、その横を赤い残像が横切った。それは、ダンテだ。大きく踏み込んで跳躍したダンテの手には銃も剣も握られていない。握られていたのは拳だ。
「Ha! Eat this!」
その拳を思い切り龍樹の鼻先に叩きこむ。ほぼ全力で叩き込まれた拳に龍樹は怯むが、さらにダンテは龍樹の頭を掴んだ。そしてそのまま地面へ叩きつける。
「どデカイのぶち込んでやりな! キティ!」
龍樹の頭部は地面へめり込み、そのまま横たわった。好機だ。使徒達は足止めを食らい、龍樹も組み伏せられた。大型の魔法を放つにはこれ以上ないタイミングである。
「その呼び方は止めろ! 貴様にも食らわせるぞ!」
キティという呼び方に反応したエヴァンジェリンがダンテにがなるが、一方で詠唱は佳境に入っていた。巨大な魔方陣がエヴァンジェリンの足元に現れ、膨大な魔力が渦巻いている。
「氷れる雷もて魂なき人形を囚えよ。妙なる静謐、白薔薇咲き乱れる永遠の牢獄』」
そして詠唱が終わり、魔法が発動した。
現れたのは氷と雷を纏った巨大な豪風の竜巻。轟音とも言える風鳴りと共に、雷が走り辺りを凍結させていく。
その様子を見た使徒の一人は、これを冷凍雷撃だと判断した。造物主の使徒である自分たちをこんな術で止めるつもりだったのか、と嘲笑と共に呆れ、避けるまでもないと考えたのか障壁で防ごうとする。
デュナミスがあれは見た目通りの技ではないと警告するが、余裕の笑みでそれを迎えうった。
セクンドゥムは信じられないものを見て驚愕した。
並の魔法では障壁に防がれるはずである。しかし攻撃を受けた使徒が、まるで障壁など効いていないように氷漬けにされてしまったからだ。
「バカな! わ、我ら使徒の多重障壁を無きが如く……」
そこへエヴァンジェリンの高笑いが響いた。セクンドゥムは完全に萎縮してしまっている。
「『終わりなく白き九天』は貴様ら障壁頼りの性能バカを殲滅するために開発した独自呪文だ! 我が白薔薇の雷氷の蔓は貴様ら大量生産品を嗅ぎ分け、その御大層な障壁ごと包み込み周囲を凍らせ続ける!」
エヴァンジェリンがそう高らかに説明している間にも使徒達は逃げ惑い、次々に氷漬けにされていく。セクンドゥムは肉体を雷化させ雷速で逃げ出した。しかし『終わりなく白き九天』は同じく雷の蔓が伸びる魔法だ。無数の蔓にセクンドゥムはどんどん追い詰められていく。
「無駄だ! 我が雷氷の蔓、意志なき人形に逃れること能わぬ!」
「クソッ、クソッ! こんな化け物だったとは聞いていない、聞いていないッ――!」
精一杯の悪態をつくセクンドゥムの足に、とうとう雷氷の蔓が絡みついた。セクンドゥムの体がみるみるうちに凍りついていく。凍った部分を砕いて抵抗を試みるが、砕いたすぐ側から凍りついてしまう。
「ままま、待て待て待て! はなっはっ話しあおうじゃないかぁ、あぁぁ!」
命乞いも虚しく、とうとうセクンドゥムの体は氷に包まれてしまった。氷の中に見えるその顔には、恐怖が張り付いていた。
そうしてあとに残ったのは、渦巻くようにそびえ立つ氷と、氷漬けにされた使徒達であった。特に古龍龍樹はまさに氷の彫刻の様であり、美しくもある。
「とまぁ、ざっとこんなところだ」
そう言ってエヴァンジェリンは氷の一端に降り立った。傍らには気絶して動けないネギが浮かんでいる。そしてダンテとアルも降り立った。
「Wow, It's cool! こいつは一体どうなってんだ? 嬢ちゃん?」
ダンテが近くの氷柱をコンコン、とノックしながら呟いた。正直にダンテは驚いていた。これほどの氷結能力を持つのは、悪魔の中でも一握りである。それを見た目は少女のエヴァンジェリンが放ったのだ。驚嘆に値するのは当然だった。
「フン、障壁ごと周囲を凍らせ続けてるだけだ。死ぬこともできず、再生すら出来ないようにな。ちなみに精神はそのまま生かしてある。もう私にも解けんから永遠に恐怖が続くというわけだ」
「フフフ、酷いことをしますね」
死ぬこともできずに、死ぬ間際の恐怖を永遠に味わい続けるなど、想像するだけでも恐ろしいことだろう。そう考えると使徒達はまさに悲惨な最後を遂げたと言わざるを得ない。
「まぁこんな事もあろうかと、修学旅行以来ちまちまと練っておいたオリジナル呪文だ。もっとも基本的に“人形”限定だから使いどころが難しいんだがな」
「“人形”限定ということは、かの造物主へは?」
エヴァンジェリンのその言葉にアルが反応した。エヴァンジェリンの言葉を額縁通りに受け止めれば、呪文の対象は創造された使徒達に限られ、肝心の黒幕である造物主はその対象にないことになる。
そうするとこのように悠長に話している時間などないだろう。しかしエヴァンジェリンは落ち着き払ってアルの問いに返した。
「奴も無理矢理ロックオンしておいた。もっとも、毛ほども効いてないだろうがな」
『終わりなく白き九天』は対象が”人形”に限定されている。それにも関わらずエヴァンジェリンは、無理矢理に造物主も対象に含めたというのだ。自身が作り出したオリジナル呪文とはいえ、そんなデタラメなことが出来るのも流石というべきだろう。もっとも無理矢理対象に含めたので、造物主に対するその効力は完全に発揮されるわけではないようである。
「まぁ足止め程度にはなるだろう。今のうちに坊や達を連れて麻帆良に戻るぞ」
エヴァンジェリンがそう言って踵を返した時だった。
氷の世界へと姿を変えた宮殿に、甲高い音が一つ走った。嫌に響いたその音が鳴り止まない内に、エヴァンジェリン達は気が付いた。
それが鍔鳴りであることに。
しかし気がつくのが遅かった。瞬き一つもない間に、氷の山が斬られていた。それも幾つにも。
「なに!?」
崩れた足場から退避していくさなか、エヴァンジェリンは信じられないものを見た。
『終わりなく白き九天』は凍らせつづける魔法であり、たとえ壊されたとしても瞬時に再び凍結する。それはセクンドゥムが抵抗した時にも見られた。
ところが目の前の光景はどうだ? 切断された氷は再生するどころか、ただ地面に転がっているだけだ。いったい何が起こったのかエヴァンジェリンが思索していると、ダンテが目を見開きある一点を凝視していることに気がついた。その目線の先にある氷の上には誰かが立っていた。
ダンテとは対照的な青いコート。撫で付けられた銀色の髪。手には長い刀を携えている。彼はダンテの兄――バージルだ。
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