立派な魔法使い 偉大な悪魔
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章 『宿命』
20年前、魔法世界は連合国と帝国の戦火の中にあった。その末期に、ある秘密結社が表舞台に姿を現した。
“完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”。そう名乗る彼らは、“神代の魔法”を宿すとされる王族の血筋、中でも完全魔法無効化能力を持つ“黄昏の姫御子”を利用して魔法世界の崩壊を画策していた。まさに魔法世界の存続がかかった危機だった。
その危機を救ったのが、後世英雄と語られることになる“ナギ・スプリングフィールド”と仲間の“赤き翼”らである。彼らの活躍によって“完全なる世界”とその黒幕は倒れ、魔法世界は崩壊を免れた。
それから20年後の今。その英雄の息子であるネギ・スプリングフィールドは、かつて父が戦った地“墓守り人の宮殿”に立っていた。
数奇な運命ではないだろうか? 在りし日の父と同じ地に立ち、かつて父がその時倒した敵が目の前に立っているのだ。その敵――フェイト・アーウェルンクスは無表情だった。ただ険しい瞳がネギを見据えている。
「できれば話し合いで決めたい」
フェイト達の行おうとしている計画は、20年前と同様の計画だ。“黄昏の姫御子”である神楽坂明日菜をの力を利用し、魔法世界を崩壊させること。なぜ“完全なる世界”がこのような計画を進めるのか、ネギには見当がついていた。そしてそれに対する代替案を示したいと考えていた。
ただネギのその言葉には穏便に済まそうという気配はなかった。もっともフェイトも話し合いをする気など毛程もなかった。穏便に済ますなど、考えにあるはずなどない。
「……本気で言っているとは思えないね」
両者の視線が絡み、闘気が膨れ上がっていく。二人共背格好は十歳ほどの子供である。しかし今そこにある光景は、子供が出すには似つかわしくないほど殺伐とした空気が張り詰める。間合いは拳一あるかどうか。いつこの均衡が崩れてもおかしくはない。
瞬間、フェイトの足元が割れ右腕が霞んだ。目にも留まらぬ早さの拳がネギの顔面を捉えた。辺りに土煙が舞い上がり、岩が飛散する。側にいた宮崎のどかが悲鳴をあげ、少し離れた所にいた長谷川千雨やオコジョのアルベール・カモミールがネギの名前を叫んでいた。
「ダ、ダメだ。生身の兄貴にあの攻撃を耐えられるはずがねぇ……そんな、兄貴――」
フェイト程の実力になればただの拳でも凄まじい威力である。まして生身では耐え切れずに、頭部が爆ぜるように消し飛でしまうだろう。攻撃を生身で受けたネギがやられてしまったと思うのは当然の事だ。
しかし土煙が晴れたそこには、無残な死を遂げたネギの姿はなく、悠然と立っているネギの姿があった。フェイトの拳は確かにネギの顔面を捉えている。だが、ネギの顔には紋様が浮かび上がり、フェイトの拳を止めていた。その模様は闇の魔法を手にした時に腕に刻まれた紋様と同一のものだった。
「そういうことか」
それを見たフェイトはなにかを理解したのか、得心した表情を浮かべた。対してネギは僅かに笑みを浮かべた。そして右腕をフェイトが突き出した右腕に添え、踏み込みと共にフェイトの腹部を左腕で突く。次の瞬間、大きな衝撃と共にフェイトが大きく弾き飛ばされた。
地面をえぐる程の踏み込みに土埃を巻き上げる程の拳圧を伴った先のフェイトの拳撃に比べ、ネギの拳撃は一見威力が無いように見えた。しかしネギの拳撃の破壊力はフェイトのそれとは違った。
「グゥッ……!」
地面を削り取る程の踏ん張りにより、体勢を大きく崩すことなくフェイトの体は止まった。苦悶の声を上げたフェイトだったが、すぐに小さな笑いが聞こえてきた。
「京都で僕は君に、今はまだ無理だと言ったよね」
フェイトは下を向いていた顔をゆっくりと上げた。
「……遂にここまで来たか」
その瞳は妖しく、不気味に輝いていた。
「君は僕に、何も知らないただの子供だと言ったね。だが全てを知り、僕自身の答えを携えて来たぞ」
ネギがフェイトを見たまま、答える。その目は揺るぎ無く真っ直ぐとしていた。それに対するフェイトの答えは「受け入れられない」というものだったが、ネギは始めから分かっていた。だからネギの答えは一つ。
「ああ、だから――拳でわからせてやるって言ってんだ、フェイト」
闇の魔法を使いこなしフェイトと互角に渡り合えたネギを少し離れた所で見ていたネギの仲間達は、フェイトに勝てるのでは? という希望に湧いていた。それもそうだろう。あれほど圧倒的に強かったフェイトに攻防できていたのだ。さらにネギには切り札もある。
しかし千雨とカモは様子が違っていた。なぜなら彼等は闇の魔法を使いこなすということがどういう事なのか、知っていたからだ。
闇の魔法を使いこなすということは、常に自然状態で闇の魔法を維持しているということだ。それを分かっていた二人は、そのことが何を意味しているのかも分かってしまった。
闇の魔法を自然状態で維持する。それは闇の魔法を異物ではなく自らのモノとするために、身体や霊体が適応したという事だ。そもそも適応できなければ、 いずれその力に押しつぶされ自滅するか、廃人となるか、ただ破壊するだけの理性のない魔物に成り果ててしまうかである。
つまり闇の魔法を使う者は“死”か、“人間から人外の化け物”になるの二つに一つということだ。
「つまり、先生はもう、エヴァンジェリンと同じ、“人間”とは呼べないモノ……になってるってことか?」
二人の不安をよそに、二人は動いていた。
離れていた間合いを両者共に一足飛びに詰め、互いの右腕が相手の顔面を捉える。顔面へめり込む程の衝撃で二人が吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ二人の間合いが広がったと思った矢先、またもや両者が一瞬で間合いを詰め、拳と拳がぶつかり合う。拳を繰り出しては相手の拳をいなし、拳をぶつけ合う。余りの激しさに地面が抉られ、余波の衝撃と岩石が側に人質として捕らえられていた宮崎のどかと村上夏美に襲い掛かった。思わず悲鳴を上げた二人に、一瞬ネギの注意がそちらに逸れる。
その僅かな隙をフェイトは見逃さなかった。より力が篭められた拳をネギの頭部を狙って打つ。達人同士の戦いでは、刹那の隙が明暗を分ける。つまりフェイトの判断は間違いではなかった。
しかしネギ自身も、注意が逸れた時点でフェイトは仕掛けて来ると分かっていた。その為、フェイトの強烈な拳打を右腕で弾き軌道を逸らすことで、まさに紙一 重にかわすことができた。そしてカンウターに踏み込みと共に左腕の肘を叩き込む。更にのどか達から離れる為に、体勢の崩れたフェイトを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたフェイトは、数十メートルも飛ばされた挙句に、ようやく止まった。フェイトが起き上がると、呪文を唱えるネギの姿が遠目に確認できた。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル『光の精霊千一柱集い来りて敵を射て』」
ネギの辺りに光の球がいくつも現れる。
「『魔法の射手 連弾・光の1001矢』!」
ネギが辺りに現れた光の球を、フェイトへ向けて放った。まさに雨の如くその千一本の魔法の矢がフェイトへ降り注ぐ。
魔法の射手は攻撃魔法としては最も基本的な技である。しかし闇の魔法を行使したネギの魔力は増幅しており、魔法の射手が最も基本的な攻撃魔法であるといってもその威力は侮れない。現に魔法の矢によって宮殿の地がえぐられ、砕けていく。しかしフェイトは地形が変わっていく中、確実に光の雨をかわしていく。もはや基本攻撃魔法の威力ではない魔法の矢は、フェイトにかつて戦ったネギの父、ナギ・スプリングフィールドの姿を思い起こさせた。
(基本攻撃魔法とはいえここまでくれば大魔法と変わらない。まさにかつての千の呪文の男を思わせる――)
そんな中フェイトの右足を何かが掴んだ。彼の足を掴んだのは、もちろんネギだ。
ネギは遅延させていた魔法の射手・光の1001矢を解放させ、崩拳と共に打ち出した。魔法の矢を纏った拳『桜華崩拳』がフェイトへ迫る。しかしネギは気が付いていた。桜華崩拳を放つ寸前、フェイトの左目が妖しく光った事に。
次の瞬間、迫るネギの拳へフェイトの左目から光線が放たれた。光線を受けたネギの右腕は石像のように固まっていた。フェイトが左目から放ったのは『石化の邪眼』という魔法である。光線に触れたものを石へと変えてしまう高等な魔法だ。
ネギは次々に放たれる光線を、魔法の射手によって巻き上げられた岩を足場にして離れながら避けていく。ネギは石化の邪眼の厄介さを知っている。そのために距離をとったのだ。
しかしフェイトは次の布石として石化の邪眼を使っていた。ネギが間合いをあけるであろうと予測していたためだ。そのためネギが退いた時から、次の呪文を唱えはじめていた。石化の邪眼よりも厄介な魔法を。
「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト『小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ」
ネギはその呪文を知っていた。かつて、修学旅行先の京都で初めて戦ったフェイトが放った魔法の一つだったからだ。そしてその魔法の危険さも知っていた。
「時を奪う毒の吐息を』」
触れただけで石化させてしまう雲、『石の息吹』が瞬時に広範囲へ広がる。その雲は京都で放たれたものとは比較にならないほど大きく、ネギは全速力で雲に触れないように離れる。しかし雲の広がりの方が早い。石化の雲はまさにネギを覆うとしていた。
その時、ネギが呪文を唱えはじめた。ネギの右腕に紫電が走る。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル『来たれ、雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐』!」
そして右腕に渦巻く暴風を打ち出した。放たれた魔法『雷の暴風』は雷を纏った猛り狂う暴風だ。雲は風に切り裂かれ、吹き飛ばされた。
雷の暴風を放ったネギが体勢を立て直した瞬間、フェイトがネギの背後に現れた。周囲に、数本の黒い剣『千刃黒耀剣』を展開して。
展開していた千刃黒耀剣を、フェイトは全てネギへ向けて放った。避けるにはもはや遅い。剣がネギの目の前まで迫っていた。が、ネギはそれを――砕いた。紙一重 でかわし、拳を、掌を、肘を使い体術のみで千刃黒耀剣を砕いていく。そしてついに、ネギは全ての千刃黒耀剣を捌ききった。
砕かれた剣の破片と、地面をえぐった剣によって土煙が舞い上がっている。流石のネギも少し呼吸が乱れていた。
しかし土煙が晴れた先に広がる光景に、ネギは思わず目を見開いた。
そこには文字通り、一面に無数の黒い杭が広がっていた。
フェイトはこれを狙っていた。石化の邪眼も石の息吹も千刃黒耀剣も、このための布石でしかなかった。先ほどの千刃黒耀剣とは比べものにならない数の杭。それが全てネギに襲い掛かろうとしていた。
「『万象貫く黒杭の円環』。かの英雄ジャック・ラカンは凌いだよ。君はどうだいネギく――」
話し終わる前に、フェイトの体は吹き飛ばされていた。
一体何が起こったのかフェイトは分からなかったが、反射的に反撃する。だがそれは届かなかった。目の前に現れたネギがフェイトの反撃を止めていたからだ。
ネギは『千の雷』という雷系最大の魔法を霊体に取り込んだ姿、術式兵装『雷天大壮』という姿になっていた。この雷天大壮は瞬間的に雷と同様の速度で動くことが可能になる技法である。ネギは雷速で黒い杭をかい潜り、フェイトを殴ったのだ。
フェイトの反撃を受け止めたネギは肘でフェイトを打ち付け、さらに裏拳でフェイトを吹き飛ばす。さらに、落下していくフェイトへ向かってネギは追撃する。
普通なら間に合わないだろう。しかし雷速を生み出せる今のネギならそれは容易い。
ネギの姿が瞬くと、遠く離れていたフェイトの腹に拳打が打ち込まれ、フェイトは遥か下まで殴り飛ばされる。地面へと打ち付けられたフェイトへ、ネギはまたもや雷の如く近づく。
このままフェイトの防戦一方かと思われたが、以外にもフェイトは肘を突き出すだけだった。しかし、ネギはそのカウンターをもろに喰らってしまった。
「ネギ君。その技への対策は、君の師匠が全国ネットで公開済みだろう。ダメだよ、この戦いで出し惜しみはなしだ」
それを聞いたネギは、見てたの? と驚き、そして観念したように遅延させていた千の雷を解放した。そしてその千の雷を手元に固定し、掌握して霊体へ取り込む。
千の雷を二重に取り込み発動させたのは術式兵装『雷天双壮』だ。これはネギの師匠であるジャック・ラカンですら対応しきれなかった、ネギの独自魔法であり、切り札でもある。
それを見たフェイトは満足そうな笑みを浮かべた。そしてファイトは石の剣を、ネギは断罪の剣を精製し、二人の激しい剣戟が始まった。
雷速に達するネギの剣速に劣らずフェイトも剣を振るい、幾度と無く剣が交差する。速度ではネギに大きな利がある。しかしフェイトは、剣戟の僅かな隙に千刃黒耀剣を放って手数を増やすことで、何ら引けを取らない戦いを繰り広げていた。
いや引けを取らないどころか、ネギよりも経験で勝るにフェイトに僅かではあるが分がある。ネギもそれはわかっていた。経験の差は今更覆すことはできない。ならばネギがすることは決まっている。師匠のジャック・ラカンと戦った時に出した答えだ。
『経験で劣るなら、性能で上回る』
ネギが更に速度を上げる。フェイトに認識すらさせないつもりだ。
「これならどうする? ネギ君?」
しかしフェイトはそれをわかっていたかのように、ネギの出鼻を挫きにくる。
認識すら難しい速度で逃げるならば、逃げる場所を無くせばいい。無数の千刃黒耀剣と無数の万象貫く黒杭の円環を、同時かつ何重にも何重にも展開。ドームのようにネギの全方位を取り囲む。
雷天双荘を発動し、常時雷化が可能となったネギでもこれを避けることはできないだろう。これらを縫って避けるべき隙間すらないのだ。
雷天双荘の恩恵で高速化した思考で、ネギがどう切り抜けるか思索する。だが、それでも時間が足りなかった。フェイトは全方位の千刃黒耀剣と万象貫く黒杭の円環を放っていた。
(やるしかない!)
ネギは断罪の剣をもう片手に精製し、雷速で動いた。フェイトへ向けて。
単純な話だった。向かってくる剣も杭も、叩き落せばいい。自分に当たるよりも早く、自分に殺到するよりも多く速く叩き落としてこの空間を出ればいいだけだ。これは賭けだ。もし速さが足りないならば雷速による回避も出来ずに死ぬだろう。だがこれしかなかった。
「ああぁ!」
気合と共に二本の断罪の剣が千刃黒耀剣を叩き斬っていく。フェイトも、新たに千刃黒耀剣と万象貫く黒杭の円環を展開し続けていた。フェイトは、圧倒的な物量で押し切るつもりらしい。
雷速瞬動、思考高速化、体術全てを惜しみなく使って、無数の千刃黒耀剣と、無数の万象貫く黒杭の円環の波を切り裂いていく。そしてついに、黒一面の世界からネギは抜けた。
そこには、フェイトがいる。
ネギはそのまま剣を振っていた。その斬撃はまさに目にも映らぬ雷速の剣。認識することすら困難だろう。しかしフェイトは斬りつけられる断罪の剣を掴み、砕いてしまった。
断罪の剣が硝子の様に砕け散る中、フェイトは石の剣を振り下ろす。だがネギも残った断罪の剣で斬り付けていた。
衝撃と轟音をともなって二本の剣が激突した。
「見事だ、本当に見事だよネギ君! 今の君はあのジャック・ラカンとなんら遜色ない。惜しみない称賛を贈ろう」
「君こそ! あのラカンさんが反応しきれなかった、僕の雷速近接戦闘に対応出来るなんて、信じられないよ!」
世界の命運を賭けて戦っている二人の顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。互いに戦えること、拳を交えることにだ。息が乱れているネギに自覚はなかったが、フェイトは明確にその楽しみを感じていた。
笑みを浮かべ競り合いを続けていた二人が急に弾け飛ぶように離れた。すると先ほどまで二人がいた所へ、巨大な岩が落ちてきた。ネギはその岩へ向けて断罪の剣を投擲する。放たれた断罪の剣はその岩を易々と貫通し、岩の向こうにいるフェイトへ迫っていた。
それをフェイトは石の剣で叩き壊し、振り返って剣を振り下ろす。そこには雷速瞬動によりフェイトの背後へ移動していたネギが、拳を突き出していた。
振り下ろされた石の剣とネギの拳が激突する。その結果、石の剣は大きく割れてしまった。
剣の破片が散らばる中、フェイトはすぐさま徒手空拳に切り替える。拳や蹴りが何度も衝突し、拮抗した攻防が続いた。
そして再び二人は弾かれた様に間合いをとった。
ネギはフェイトを視界に捉えつつ、空を見上げた。空には巨大な魔力の乱流が発生し、巨大なうねりをあげていた。先程の岩はその乱流に巻き上げられた物が落ちてきたのだろう。
そして驚くべきことに、その魔力の乱流の向こうに麻帆良学園が見えた。
「あれは、麻帆良……学園?」
ネギは予想だにしない光景に驚いていた。流石のネギも、ここにきて魔法世界と旧世界が繋がるとは考えていなかったからだ。
しかしこの魔力の乱流は、魔法世界と旧世界の魔力濃度の違いにより起こった魔力の流入現象に違いなく、またそれは両世界が繋がった証左だった。そしてその魔力乱流の暴風に仲間が曝され、仲間や仲間が乗る『グレート・パル様号』が魔力乱流へ吸い寄せられていく姿が見えた。
「みんな――」
もしあの魔力乱流に飲み込まれれば、ただではすまないだろう。生身で吸い込まれれば体がバラバラになってもおかしくない。戦いの最中だが、ネギの注意がそちらへ逸れた。そこへフェイトの蹴りが入り、ネギは弾き飛ばされてしまった。
「向こうと繋がったのは想定外だ。でも今は! この戦いが、この戦いこそが全てだ!」
弾き飛ばされたネギへ瞬動で追いついたフェイトが追い打ちをかけた。
その拳はネギの胸部を貫く。
その光景を早乙女ハルナや絡繰茶々丸は魔力乱流に吸い込まれるグレート・パル様号の中から見ていた。
「ネギ君!」
「そんな、先生っ!」
ネギが胸を貫かれる光景に、二人はネギの名を叫ぶが、それはすぐに大きな衝撃に中断された。グレート・パル様号が魔力乱流の中心へ近づいていたからだ。
「仕方ない、エンジン噴射停止! 流れに任せて下降する!」
そしてとうとうグレート・パル様号は流れにまかせ、魔力乱流の渦の中へ消えていった。もはや彼女らの無事を祈るほかなかった。
一方、フェイトは一瞬勝利を感じたもののすぐに気づいていた。
(囮!)
フェイトが貫いたのはネギが雷で作り出した囮だった。普段のフェイトなら攻撃をする前に囮だと気づいただろう。しかし高速すぎる戦闘、普段は抱いたことがなかった戦うことへの喜びと高揚がフェイトを鈍くしてしまった。
では、本物のネギは? 囮を作りフェイトの拳を避けただけだろうか?いや違う。ネギは少し離れたところで術式を解放していた。
「術式解放・完全雷化!」
ネギがそう唱えると、霊体と融合していた『千の雷』が解放される。取り込んでいた雷撃を解放し、自身が雷そのものとして突進する『千磐破雷』。その破壊力はラカンですら危険視した程だ。フェイトもその威力は見ていた。そのまま受ければただでは済まない。しかし避けのるには遅すぎた。フェイトは多重障壁を全面に押し出し防御する。しかしこの判断が明暗を分けた。
二人が衝突した瞬間に、ネギは雷速瞬動でフェイトの背後へ周っていたのだ。千磐破雷を防御するために背後に多重障壁はない。加えてこのネギの攻撃を、避けるにしろ防ぐにしろ、もはや間に合わない。
フェイトの背中にネギの拳が突き刺さった。
「ゴッ、ハァ!」
「ぐッ!?」
フェイトの顔に苦悶の色が浮かぶ。背中から腹にかけて拳で貫かれているのだ。当然であろう。しかしなぜかネギの顔にも苦悶の色が浮かんでいる。むしろフェイトよりも苦痛に顔が歪んでいるようだ。その原因はフェイトに突き刺している拳にあった。腕を伝って闇の魔法の紋様が広がり、
何かがネギを侵食していたのだ。
「ッ……ハッ!」
あまりの激痛に、ネギはフェイトを発剄により吹き飛ばして無理やり距離をとった。吹き飛ばされたフェイトは岩盤を幾つも砕いてようやく止まった。
そしてフェイトは先ほどのネギに起こった事から、あることに気づいていた。
(所詮人形は人形、主の意のままか。10年前20年前、あるいはそれ以前からずっと……)
そこでフェイトは思索を中断した。自身が気がついたことに関して今は確かめようがない。何より今はネギとの戦いの最中だ。それ以外はいい。もっとも、それも終盤にきているのはフェイトも分かっていた。のしかかる岩を除けながら、フェイトは近くへ降り立ったネギへ終幕を告げる。
「終わりが見えたね、ネギ君。次でケリだ」
ネギもそれは分かっていた。だからフェイトにずっと言おうと思っていたことを伝えた。
「フェイト。僕は……君と友達になりたい」
なにを馬鹿なことを、というのがフェイトの感想だった。実際フェイトは困惑と怪訝の混じった表情で「バカか君は」と一蹴した。しかしネギは続けて言う。
「そう言うと思ったよ。だからこの戦いに僕が勝ったら、まず僕の代替案を聞いてもらう」
「随分と勝手だ。……まぁいい、礼は言おう。楽しい戦いだった」
フェイトは呆れかえっていた。
だが少し間を置くと、どう云う風の吹き回しか手を差し出して握手を求めてきた。ネギはそれを承諾の意思と捉え、握手に応じた。だがフェイトはそれを承諾の意思だけではなく、確実に最後の一撃にするために、手を差し出していた。その証拠にネギが手を握り返すと、その手に握手には強すぎるほどの力を込め始めた。
「終わりだネギ君。逃げられないよ」
ネギも握り返すが、フェイトの手は緩むどころかますます強くなっていく。そしてネギはとうとう観念した。フェイトがその気ならば、自分も全力で決着をつけるだけ。ネギも全力でフェイトの手を握り返す。
「上等!」
二人は互いの手をただ全力で握り返しているだけだ。ただそれだけなのに、あまりの力に足場にヒビが入り、砕け散る。もはや二人の目には相手をこの一撃で倒すことしか映ってはいなかった。
フェイトは片手を掲げ、魔法を唱えはじめた。
「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! 『契約により我に従え、奈落の王!」
その魔法は地系魔法最大の威力を誇るものだ。
そしてネギも、雷系魔法最大の威力を誇る魔法を詠唱する。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 『契約により我に従え、高殿の王!」
二人の手に膨大な魔力が集積する。最大級の魔法を行使するにしても、規格外といえる魔力の量だ。
「来れ、巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆!」
「地割り来れ、千丈舐め尽くす灼熱の奔流!」
ネギの手には強烈なスパークが走り、フェイトがかざす手の先の地表が地鳴りとともに灼熱を帯びはじめる。
「百重千重となりて走れよ稲妻!』」
「滾れ! 迸れ! 赫灼たる亡びの地神!』」
スパークは一層激しくなり、辺りの地面がいびつに隆起する。
二人が呪文の詠唱を終えたのは同時。極大の魔法が、零距離で解放される。
ネギの『千の雷』が幾重にも折り重なった雷を絶え間無く走らせ、フェイトの『引き裂く大地』により地を割って現れた灼熱の溶岩が吹き荒れる。
無数の雷は灼熱の溶岩を砕き、灼熱の溶岩は無数の雷を飲み込んでいく。雷と溶岩が喰らい合い、魔力と魔力がぶつかり合う。
これらの魔法は広域殲滅魔法に分類され、中遠距離の敵に使用されるのが常である。なぜなら近距離で使用すれば術者自身も危険であるからだ。
しかし二人は零距離で、しかも真っ向から使用した。
当然そのようなことをすれば、二つの極大魔法のせめぎあいに巻き込まれ、術者が消し飛んだとしてもおかしくはない。いかにネギとフェイトといえど危険すぎる。
しかし二人は構わず全力で魔法を放ち続け、最後の一滴を搾り出すように魔力を解放していく。
「あああぁぁ!」
「あああぁぁ!」
雷と溶岩の奔流が一層激しくなる。魔力の衝突はもはや臨界に達しようとしていた。
しかし突然、その雷と溶岩を何かが突き破り――そのまま二人を貫いた。
それは黒い槍のような物で、フェイトの多重障壁も、闇の魔法を会得したネギの障壁も易々と貫いた。
荒れ狂っていた雷と溶岩も掻き消えた。もっとも、極大魔法の衝突のエネルギーは凄まじく、その余波により地面が融解し、その溶けた岩が滝のように流れ出すほどに地形が変容していた。
そして二人は力なく倒れこんだ。術式兵装が解かれたネギの傷口からはこんこんと血が流れ、フェイトは傷口から細かく散りはじめていた。
「がっ…はっ!」
ネギはかすれる意識の中、その者を見据えようと傷付いた体を動かした。
赤々とした溶岩が流れる中に立っていたのは――『造物主』『始まりの魔法使い』と呼ばれている者だった。漆黒の衣を纏った造物主は悠然と立ち、圧倒的な存在感を放ってる。
ネギは強くなった。禁忌とされる闇の魔法を会得し、高度な独自魔法を開発した。そして英雄ジャック・ラカンにお墨付きを貰い、歴然とした実力差があったフェイトと渡り合った。
驕りでも過信でもない。確固たる自信だ。
しかしその者に、その存在に勝てるか、ネギは分からなかった。ただ分かることは、その者が自分よりも強者だと言うことだった。
そしてネギはあることに気が付く。フードによって隠された造物主の顔だ。その顔をネギは良く知っていた。長年追い求め、追いつづけていた彼の――。
ネギの意識はそこで途切れた。
そして深淵の闇が彼を飲み込み、体を変質させていく。
靄のような闇が全身に纏わり付き、苦しそうなうめき声とともにネギの皮膚を黒く染め上げていく。しかし右腕は、赤黒くなっている。
次第にうめき声が小さくなり、聞こえなくなってしまった。
すると糸で引っ張られているかのように、すっとネギが立ち上がった。
一瞬の静寂。
その静寂の中、ネギは目をカッと見開いた。その瞳は深く紅い色に染まっていた。
そして人のものとは思えぬ、まさに獣のような咆哮をあげる。それに伴い彼の皮膚は硬質化を始め、爪が肥大していく。そして肩や背中には大きな棘が、尾底からは二股に分かれた尾が、頭には一対の角が現れた。
「ちょっ、アニキは闇の魔法を会得したんじゃねぇのかよ!」
「そんなことより、もうあの状態になっちまったら、今度こそ死んじまうぞ!」
カモと千雨がネギの暴走を見て取り乱す。前回の暴走の際、ネギは死の瀬戸際まで陥りつつも暴走の原因を克服した。しかしそれにもかかわらず、ネギはまたもや暴走を起こしてしまったのだ。さらにその姿はより“魔物”のそれである。
その魔物の如く紅い目を妖しく光らせ、ネギは獣のような呻きと共に造物主を見据えていた。そして尻尾を地面に打ち付けるのと同時に、岩盤が砕け、ネギが飛び出す。
凄まじい速度で造物主へ迫り、赤黒くなった右腕の爪が造物主を切り裂こうとする。だがネギの爪は、フェイトの多重障壁よりも強固な障壁により阻まれた。
ネギは障壁を破壊しようと爪を押し込むが、突破できない。そこへ造物主は二人を貫いた槍をいくつも繰り出す。
だがネギはすぐに飛びのき、かわしていく。そしてそれをかいくぐる中、両腕の『千の雷』を解放・固定、掌握し“雷天双壮”を発動させる。通常、“雷天双壮”を発動したネギが放つ雷は白い。しかし今の“雷天双壮”の雷は、体表に呼応したかのように黒くなっていた。
黒い雷が瞬くとネギの姿が消失する。
その一瞬の後、造物主の障壁とネギの爪が音たてて衝突した。ネギはすぐに雷速で離れ、また造物主へ攻撃し、また離れる。造物主の周りが黒い光の筋により幾重にも重なっていく。
しかし何十と攻撃を重ねようとも、造物主の障壁を破ることが出来ない。
そんな最中、ネギの深紅の目が妖光を増したとともに見開かれると、攻撃が一層激しくなり速度も跳ね上がった。さらに囮を精製し、造物主を四方から取り囲む。そして囮が、魔力を集中させた右腕を障壁へ打ち付ける。
これはまだ試作段階のものではあるが、ネギが編み出した障壁破壊に特化した技だ。未完成のこの技に、闇の魔法によって増幅した魔力を込めることで、強引に障壁を破壊しようとしているのだ。
先程までびくともしなかった障壁にネギの爪がめり込んでいく。そのまま破壊するか、と思われたが、あと一歩というところで拮抗してしまう。
そして同時に、造物主の頭上に黒い稲光が走っていた。そこには、『千の雷』と『雷の投擲』の二つの魔法を統合した『雷神槍 巨神ころし』を発動させたネギがいた。
巨神をも葬る巨大な雷撃の槍を造物主へ向けて振り降ろす。振り下ろされた槍は造物主の障壁へ激突した。
「――!」
そして咆哮とともにネギは雷神槍に吹き込まれた雷撃を解放し、『千雷招来』を発動した。本来なら広域に降り注がれる千の雷。それが雷神槍を起点に巨大な黒い雷の束となって雷神槍から解き放たれる。
この集約された雷のエネルギーは凄まじく、造物主の障壁に亀裂が入る。そしてついに障壁は音を立てて砕け――造物主の目前にネギが現れた。ネギは千雷招来を発動させた瞬間に雷化し、造物主へ迫っていたのだ。囮による四方からの同時攻撃に加え、本物による雷速攻撃。逃げ場はない。
「愚か」
その造物主の声を聞いてネギの動きが一瞬鈍った。槍に貫かれた囮が霧散し、ネギは首を鷲掴みされてしまう。
「――!」
ネギは雄叫びを上げ振りほどこうとするが、びくともしない。それどころか造物主の腕に力が増していく。ネギの雄叫びは徐々に小さくなり、動きも鈍化していく。次第に妖紅に染まった瞳に光が無くなっていく。
そして、とうとう造物主の腕を掴んでいたネギの両手がだらんと垂れ、魔物のような姿だったネギが、元の人間の姿へ戻った。
そこへ一瞬の風切り音が響き、造物主の腕を何かが貫いて、地面へ突き刺さった。造物主の腕が千切れ、ネギは地面へと倒れ込んだ。倒れ込むネギの瞳に反射していたのは、髑髏の装飾をした剣だった。
造物主は千切れた腕を気にするでもなく、剣が飛来してきた方向を見据えた。そこには少し離れた浮遊岩の上に立つ者がいた。
銀色の髪に赤いコートをはためかせる男。ダンテだ。
ページ上へ戻る