美しき異形達
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第三十五話 月光の下でその十三
「あの人もすげえ不人気だからな」
「だって義経さん殺したし」
「暗くて疑い深くてってイメージ強いよな、あの人」
「やっぱり漫画でも小説でも悪役よね」
この人物もそうだ、常に悪役である。
「人気ないわよね」
「鎌倉にも行ったことあるけれどな」
「どうなの?」
「ああ、鎌倉見るところ多いんだけれど」
特に寺が多い、歌舞伎の白浪五人男の舞台ということにもなっているがこの作品は実際は江戸を舞台にしている。
「あの人は人気ないんだよ」
「やっぱりそうなのね」
「あたしも印象よくないしな」
神奈川でずっと育ってきた薊も、というのだ。
「あの人については」
「神奈川県民からもなのね」
「好かれてねえんじゃねえの?」
実際にところ、というのだ。
「ベイスターズより遥かに不人気だぜ」
「ベイスターズは神奈川だと人気あるでしょ」
「あるよ、地元だから」
当然という返事だった。
「けれどな」
「頼朝さんはよね」
「それで直弼さんもか」
「完璧主義者で四角四面な人だったのは間違いないみたいよ」
「やっぱり好かれないタイプかね」
薊は裕香が言った井伊直弼の人物像を融通が利かない性格だと判断した。そのうえでこう言ったのである。
「生前から絶賛不人気だったらしいし」
「そうかもね、まあ殺されてね」
裕香は桜田門外の変のことを話した。
「それで幕府の中でも江戸でも大喝采だったらしいから」
「やっぱり嫌われてたんだな」
「今もそれが続いてるからね」
司馬遼太郎もかなり批判的であった。
「彦根だけは違うけれど」
「本当に地元だけの人なんだな」
「しかもその彦根でもね」
唯一支持されている地元でも、というのだ。
「最近人気キャラ他にも出て来たから」
「ひこにゃんか」
「ひこにゃんの方がずっと人気あるわよ」
ゆるキャラであるこのキャラクターの方がというのだ。
「私も羨ましいと思うわ」
「何で羨ましいんだよ」
「だって。私奈良県で生まれ育ってきたから」
裕香はここで急に顔を曇らせて言った。
「ゆるキャラについては他の場所が羨ましいわ、ひこにゃんだってね」
「せんと君か」
「あれ何とかならないかしら」
その顔をさらに曇らせて言うのだった。
「全然可愛くないっていうか」
「というかって感じの言葉だな」
「怖いわ」
ゆるキャラだが、というのだ。
「もう奈良県に取り憑いて離れないのよ」
「妖怪みたいな言い方だな」
「奈良県民にとってはそうよ」
間違ってもマスコットキャラではないというのだ、これだけ愛されていないキャラクターもそうはいないであろう。
「私も最初見て何これ、だったから」
「何これ、かよ」
「そう、何これよ」
そこまで嫌だったというのだ。
「本当に見ていられないわ」
「ううん、奈良県も大変なんだな」
「今回の旅行で奈良県にも行くけれど」
裕香は故郷に帰ることについても今は溜息混じりだった。
「あのキャラもいるのよね」
「奈良県も大変なのね」
向日葵はその辺りの事情が今一つわかっていない感じだがそれでも言った。
「観光地で賑やかかと思ってたら」
「南は違うけれどね」
こう返すことを忘れない裕香だった。
「北はそうだけれど」
「そこになのね」
「そう、あの妖怪みたいなのがいるのよ」
「妖怪って」
「奈良県じゃなくて東京ドームに憑けばいいのに」
人類共通の敵にして憎むべき悪読売ジャイアンツのことだ、戦後日本の歪みの象徴とも言っていいまさに邪悪である。
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