美しき異形達
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第三十五話 月光の下でその十二
「比叡山あるよな」
「今回は行かないけれどね」
裕香はこのことについて少し残念そうに答えた。
「一回行ってみたいけれど」
「日本で一番凄い寺院の一つだからな」
「そう、日本の神社仏閣の中でも屈指よ」
「屈指か」
「そう、屈指よ」
「そこまで凄い場所なんだな」
尚その屈指が幾つあるかわからないのが日本だ、比叡山にしても高野山という並び称される存在がある。
「比叡山は」
「一回行ってみたいだよね」
「だよな、信長さんに焼かれたけれど」
「浅井家も信長さんに滅ぼされてるしね」
「滋賀県って信長さんと縁強いな」
「特にあそこね」
裕香は南の方を指差して薊に言った。
「あそこはね」
「安土か」
「安土城があった場所よ」
「安土城な、今もあったらな」
薊はしみじみとして言った。
「よかったのにな」
「焼けたのよね、お城自体が」
本能寺の変の混乱の時にだ、安土城の豪華絢爛な天守閣は焼けてしまった。そして何も残らなかったのだ。
「だからね」
「残念だな」
「彦根城はあるわよ」
裕香はこの城の名前も出した。
「あのお城が」
「ああ、彦根な」
「井伊家のお城よ」
「井伊家なあ」
井伊家と聞いてだ、薊は腕を組みしみじみとして言った。
「あまりいいイメージないんだよな、あたし」
「井伊直弼さんね」
「幕末の大老さんな」
井伊家と言えば真っ先に出て来る人物であろうか、幕末の最重要人物の一人ではある。
「あの人な」
「物凄く評判の悪い人よね」
「小説とか漫画に出たら絶対に悪役じゃね?」
「私もそう思うわ」
裕香が見る限りでもだった、井伊直弼という人物は。
「あの人いつもそうよね」
「悪役だよな」
「悪役以外で出て来ないわよね」
「安政の大獄のせいでな」
この歴史的事件で多くの志士が義性になっている、この大獄が維新を遅らせてともかえって早めたともそれぞれ言われているが井伊直弼の歴史的評価を定めたことは間違いない。
「極悪人扱いになってるから」
「ええ、けれど彦根では評判がいいのよ」
「お殿様だからか」
「そう、銅像もあるわよ」
「そう言うと吉良さんみたいだな」
「忠臣蔵の?」
「そう、あの人もな」
言うまでもなく忠臣蔵の悪役だ、数多くの忠臣蔵もので殺されてきているおそらく日本屈指の殺され役である。
「地元じゃ評判いいそうだし」
「けれど吉良さんは実際にね」
「いい人だったんだな」
「そうだったけれど」
しかし、というのだ。
「井伊直弼さんはね」
「違うか」
「かも知れないわよ」
「じゃあ根っからの悪人だったとかか」
「頑迷な保守主義者で独善的で人の話を聞かなくて傲慢でね」
よく描かれる井伊直弼像だ、そして最後は桜田門で首を取られて喝采を浴びるというまさに理想の悪役である。
「そうした人だったかも知れないわ」
「好かれる人じゃないな」
「絶対にね」
裕香はまた言った。
「実際にそうした人だったら」
「頼朝さんみたいにな」
薊はこの歴史上の人物の名前も出した、言わずと知れた鎌倉幕府を開いた最初の征夷大将軍である。
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