先輩の傷
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第四章
「あの、先輩」
「何だ」
「今私の方見てくれましたよね」
「そうしたが」
「はじめて私の方見てくれましたよね」
笑顔でだ、由紀は彼に言うのだった。
「確かに」
「また言うのか」
「どうしてですか?」
「見たら悪いのか」
「いえ」
笑顔で返す由紀だった。
「嬉しいです」
「嬉しい、か」
「はい、とても」
「何で俺といつも一緒にいるんだ」
今度は彼の方から言ったのだった。
「そもそも」
「それは」
「わかっている、俺のことがだよな」
また自分の方からだ、慎は言った。
「そうだよな」
「わかっておられたんですね」
「言わなかったがな」
それでもだというのだ。
「いつも一緒にいるからな」
「通学の時は」
「俺だってわかる」
通学の時にいつも一緒になるようにしてくればというのだ。
「そうしたことはな、けれどな」
「けれど?」
「俺は駄目だ」
「駄目ですか」
「そうだ、駄目だ」
「駄目っていいますと」
「あんたとは付き合えない」
こう言うのだった。
「そのことは言っておくからな」
「それはどうしてですか?」
「言えないがな」
その理由はというのだ。
「俺はあんたとは付き合えない」
「付き合っている方がおられるんでしょうか」
「いや、いない」
慎はそれは否定した。
「今はな」
「それでもですか」
「俺は付き合えない、ついでに言うとホモでもない」
このことも否定するのだった、由紀の友人達が懸念していたがそれはないというのだ。
「ノーマルだけれどな」
「私とはですか」
「あんただけじゃくて誰ともな」
「交際は、ですか」
「出来ない」
このことをあくまで言うのだった。
「そのことはわかっていてくれ」
「わからないです」
由紀はその慎にはっきりと返した。
「私ものわかりが悪いですから」
「ずっと俺と一緒に行き帰り一緒にいるつもりか」
「駄目ですか?」
「止めても一緒にいるな」
「そのつもりです」
「なら勝手にしろ」
慎は既に顔を正面に戻していた、そのうえで由紀に対して言った。
「あんたの好きな様にな」
「有り難うございます」
「礼なんていい、ただ行き帰り一緒になっているだけだ」
由紀が最初に一緒になった理由をだ、慎も言った。
「それだけだからな」
「わかりました、それじゃあただ」
「俺はこれが通学路だ」
「私もです」
「行き帰りが一緒になった」
「そういうことですね」
「それだけだからな」
やはり顔を正面に向けたまま言う慎だった、由紀を見ていない。
由紀はその慎と共に歩き続けた、この日からも。
その中でだ、学校の授業の合間にクラスを出て実習室に向かう時にだった。ふとだった。
廊下を歩くその時にだった、その場所から見て左手の階段のところから話し声が聞こえた。その話はというと。
「板倉もなあ」
「ああ、あいつもな」
「板倉っていうと」
慎のことだとだ、由紀はすぐに察した。それでその場に立ち止まって階段から見て物陰に隠れて話を聞いた。
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