エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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第四十四話 イミテーション・スピリット
/Milla
「ミュゼ。次の〈次元刀〉精製までどのくらいだ?」
「んー……。ざっと見積もって5日かしら。それだけ経てば新しいのを貴女にあげられるわ」
抱きついてすり寄ってくるミュゼの髪を梳いてやる。まったく、これじゃどちらが姉だか。
それにしてもあの連中、〈次元刀〉は一本きりとでも思っていたのだろうか。
だとしたら浅慮だ。力の源たるミュゼさえ無事なら、あれは何度でも創り直せる。そもそも刀がなくとも、ミュゼ自身が次元を裂く精霊だ。
分からずにああしたんだろうか? それとも知った上で、一時撤退して策でも練るつもりか?
何にせよ、私に恐れるものはない。私に迷いはない。
私は〈クルスニクの槍〉を破壊しに行ったあの夜の私ではない。
あの夜、人間「ミラ」は死に、私は精霊「ミラ=マクスウェル」へと生まれ変わった。
…………
……
…
〈クルスニクの槍〉にマナを吸われて死した私は、魂を四大に守られながら、彼らの旅路を見ていた。
旅路で起きたことを通じて成長するイバルは主人として誇らしかった。
人がどうして苦悩し葛藤するのかを少しは知ることができた。
だがそれらは所詮、流れ込む負の念に容易く押し流される程度のものだった。
〈槍〉にマナが供給される時、私の魂は、その者たちの恐怖や嘆きの激流に曝された。
ヒトのありとあらゆる黒い想念が、肉の盾を失くした「私」を直接染め上げ、冒す。四大の必死の呼びかけがなければ、自我までも黒く塗り潰されて喪ったかもしれない。
〈槍〉から解放されて、私は変わった――のだと思う。
自分では今まで通りだと感じるが、それに実感が伴わないんだ。
目の前で命を散らす人間たちが、どこか絵空事めいて視えて。
その理由を、私の姉を名乗る精霊、ミュゼは的確に宣告した。
「貴女はアルクノアみたいな連中を誘き出すために用意された、エ・サ♪ 使命感や正義感なんて、貴女には無意味なものなの」
何だ、そうか。別に要らないものだったのか、コレは。要らないから、〈槍〉の中で一番に無くなったのか。
ミュゼに己の正体を知らされてから、すとんと納得したんだ。
情がなくとも使命は遂行できる。
使命感がなくとも使命は遂行できる。
意思がなくとも使命は遂行できる。
他者の助けがなくとも使命は遂行できる。
巫子がいなくともシメイハ遂行デキル。
ダト言ウノニ、ドウシテ。
「任を解かれようと、貴女が本物のマクスウェルでなかったとしても」
どうしてお前はそんなにも私に執着する? 私にお前が要らないことを、お前も知っているはずなのに。
私を庇って覆い被さる体。生まれて初めて、精霊以外の他者に触れた。私のために流されたイバルの血。私のためにイバルが負った傷。全てが生々しく伝わってきた。
「俺は、ミラ様の巫子です。貴女だけが、俺のマクスウェルです」
――私は、逃げた。逃げ出したんだ。生まれて初めて取った選択肢だった。
社へ駆け込んで、社の奥からニ・アケリア霊山へ。四大の力を使わず、自分の足で走って。
山頂の中腹に来たくらいだろうか。足を止めて。自嘲が止まらなかった。
「何をしてるんだろうな、私――」
泣きたいのか笑いたいのか分からなくなった。そもそも泣くだの笑うだの、そういえば一度もしたことがないとこの時、気づいた。
そこで苦しげに呻く女の声が聴こえたから、とっさに身構えた。
苦悶の主はやはりミュゼで、私を怨敵のように睨みつけてきた。
「マクスウェル様のもとへは行かせない……それが、それだけが、今の私の全て!」
ミュゼは闇色の球をいくつも私へ放ったが、一球たりとも私には着弾しなかった。狙いが定まっていなかった。
「そうか。お前もなんだな。ミュゼ」
ノームの力で土を抉れさせ、ミュゼの両手両足を拘束した。こうでもしないと、この精霊は私の話に聞く耳など持たない。
「ミュゼ。私はこれから、私たちを生み出したマクスウェルのもとへ行くよ。この世界の有り様が、ミュゼにも私にももう少しだけ優しくなるように。その道を拓きに」
「そんなことに意味なんてない! 私たちは捨てられたのよ!? ああ、マクスウェル様、マクスウェル様! どうして応えてくださらないの! 私、こんなに苦しいのに……!」
アルクノアに私たちと似た生まれの少女がいた。臙脂色の少女兵だ。
彼女は省みられないと理解した上で、父親に刷り込まれた使命を完遂した。その上で彼女は一片の嘘も虚勢もなく言ったのだ。
「これは私が」
目的は果たして意味はなくなった命でも、生きていける――と。
「偽物として生まれたことへの叛逆だから」
人間にできるなら、精霊にもできることでないと不公平だろう?
「貴女はまさか、全部承知の上で……!?」
「ミュゼ」
手を差し出すと同時に、ミュゼの拘束も壊した。
私の姉だという女。私と同じ、盲目に守るためだけに生まれた。
「意味を失くしても生きていくことはできるよ。お前には私がいる。お前が失くした意味を、これからは私が埋めよう。だからもう――大丈夫」
「っ――ミラ…」
私の手に縋ったミュゼの前に膝を突いた。
私たちは抱き合った。この世でたった二人きりの姉妹として。
「ミュゼ。世界を救おう。私たちにしかできないやり方で」
…
……
…………
ミュゼがじっと私を見ている。視線に気づいたから、回想はやめた。
「……貴女って不思議な子。どうしてそこまで世界を守ることに拘るの? 私たちを捨てたマクスウェル様が築く世界に、守る価値があると思ってるの?」
拘りに価値、と来たか。そうだな……あえて探すとすれば。
“俺はミラ様の巫子です”
“貴女こそが、俺のマクスウェルです”
「……ああ。この世には守る価値がある。世界には存続するだけの価値がある」
「ふうん。ミラがそう言うなら、私も信じてあげる。この身に替えてもリーゼ・マクシアを守ってみせるから」
「心強いよ、『姉さん』。ただし、命を擲つのはやめてくれ。私の家族はこの世でお前一人なのだから」
抱きついてきたミュゼの背中に、私も両腕を回して抱き締めた。
後書き
ずっと触れられなかった「ミラに何が起きたのか?」、その解答編でございます。
槍に吸収されて人としては死にながらも、魂は精霊に生まれ変わった。でもそれは人間のあらゆる負のマナを詰め込んだ、冷たく、手を血で汚すのも厭わないミラだったのです。
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