スパイの最期

第四章

「それでやるから」
「わかった」
　男はマトリョーシカのその言葉に頷く。彼の表情は全く見えない。マトリョーシカにしてもその表情は全く変えずまさに仮面のそれであった。
「では頼むな」
「ええ。これであの原子力発電所は爆破されて」
「核兵器開発は大きく頓挫する」
「そしてその間に」
　マトリョーシカは言葉を続けさせていく。
「私達の開発はね」
「大きく進展する。保有も間も無くだ」
「国際社会はどう言うかしら」
「気にすることはない」
　男の言葉はかなり強気なものだった。
「そんなことはな。ロビー活動で黙らせる」
「いつものやり方ね」
「各国にいる同胞が味方だ」
　どうやらこの国は世界各地に同胞がいるらしい。それもかなり力のある。
「何かあれば資金援助だけでなく」
「マスメディアも押さえているしね」
「怖いものは何もない」
　こうマトリョーシカに言うのだった。
「対外的にはな」
「それが何よりも心強いわ」
　マトリョーシカは男の言葉を聞いて満足したように述べた。
「同胞達の協力がね」
「我が民族は国を失うわけにはいかない」
　男の言葉がまた険しいものになっていた。
「決してな」
「その通りよ。だからこそ私も手段は選んでいないわ」
　言葉は何かを吹っ切るかのようだった。妙な強さがそこにはあった。
「何があってもね。相手が誰であろうと」
「それでこそだ」
　男は今のマトリョーシカの言葉を聞いて安心したように告げてきた。
「それでこそ我が国最高の工作員だ」
「同時に諜報員でもあるわ」
　所謂スパイであるということだ。彼女はまさしくスパイなのだ。
「それは覚えていてくれるわね」
「覚えておこう。それではだ」
「ええ。もうすぐよ」
　また言うマトリョーシカだった。
「もうすぐ全てのカタがつくから」
「待っているぞ」
　こうしたやり取りが行われた。それから一週間後マトリョーシカは笑顔でクリスタと会っていた。そのうえであるものを見せてもらっていた。
「これなのね」
「そうなのよ。これよ」
　クリスタは笑顔でバスケットの弁当箱をマトリョーシカに見せていた。
「これなのよ、マリーネ」
「そう。素敵なお弁当箱ね」
「中もよ」
　クリスタは楽しそうに彼女がマリーネだと、親友だと思っている相手にその弁当箱を見せて満面の笑みになっていた。実に明るく楽しそうな笑みである。
「中も凄いから」
「そんなに凄いの？」
「ほら」
　マトリョーシカの言葉に応えて開かれたその弁当箱の中にあったのは。見事なサンドイッチであった。
「サンドイッチ・・・・・・」
「あの人サンドイッチが大好きなのよ」
　クリスタはそのこエマで笑っていた。
「とてもね」
「ハムサンドに卵サンド」
　オーソドックスなサンドイッチだけではなかった。
「ハンバーグサンドにカツサンド。それにアメリカンクラブサンドね」
「あと野菜サンドもツナサンドもあるわ」
「ツナサンド？ああ、あれね」
　マトリョーシカはツナサンドと聞いてすぐに納得した顔になった。
「あの日本のサンドイッチなのね」
「そうよ。あれは確か日本でできたサンドイッチだったわね」
「そうよ」
　そのことも知っているマトリョーシカだった。他の国ではツナサンドは日本の料理だと思われていたりするのである。指揮者のカルロス＝クライバーも日本でツナサンドばかりを食べていたこともあるのだ。なおクライバーは和食が好きだったことでも知られている。
「それよ。それも入れてるから」
「本当ね。これは確かにツナサンドよ」
　マトリョーシカはそのツナサンドを弁当の中に確かめて微笑んだ。