スパイの最期
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3部分:第三章
第三章
「私達結婚するのよ」
「そう。おめでとう」
マトリョーシカはそれを聞いて心からの笑顔をしてみせた。
「結婚するのね」
「そうよ。その式の時にはマリーネも呼んであげるから」
「有り難う」
今度は礼を言ってみせるのだった。
「それじゃあその時はね」
「楽しみにしておいて」
こんな話をするのだった。それから数日後マリーネ、実はマトリョーシカはヴァーグナー教授の研究室や彼が関わっている施設に潜入しそのデータを全て複製した。しかしそれは隠して研究員のふりを続けた。その中で彼女はまたクリスタと話をするのだった。
「貴女も原子力発電所に行くことがあるのね」
「そうよ」
今度は大学の食堂で話をしていた。修道院の中を思わせる何処が厳かな雰囲気の漂う部屋の中で話す二人だった。
「時々だけれどね」
「婚約者に会いに?」
「そうなの。私がね」
ここで照れ臭そうに笑うクリスタだった。
「お弁当を作って持って行くのよ」
「あら、おのろけかしら」
マトリョーシカはソーセージを食べながら彼女に言った。二人は同じソーセージにザワークラフト、それにジャガイモを茹でてクリームをかけたものと黒パンを食べていた。飲みものはビールである。この国の伝統料理を楽しく食べているのであった。そのうえで話をしていた。
「それって」
「そうかも」
笑ってそれを否定もしないクリスタだった。
「やっぱりね。私あの人が好きだから」
「わかるわ。本当に好きなのはね」
マトリョーシカも微笑んでみせて彼女の言葉に応えた。
「それでそのお弁当だけれど」
「ええ」
「いつも作っているのかしら」
尋ねるところで目の奥が光ったがクリスタはそのことに全く気付いてはいなかった。
「それは」
「時々ね」
のろけたような顔で答えるクリスタだった。
「作ってるわ。時々なのが残念だけれど」
「そうなの。時々ね」
「あの人当直が一週間後だから」
原子力発電所の当直のことである。彼女にはすぐにわかった。
「その時に作ってあげて行くつもりなのよ」
「わかったわ。一週間後ね」
「ええ。一週間後」
何も知らないクリスタは無邪気に答えた。
「一週間後お弁当を持って行くわ」
「わかったわ」
マトリョーシカもそれだけという様子で応えた。
「じゃあその時私もね」
「私も?」
「そのお弁当見せてもらいたいなって思ってるのよ」
にこやかな笑みを作って述べるのだった。
「そのお弁当。いいかしら」
「いいわよ」
やはり何も知らないクリスタは疑うことなく応えるのだった。
「私が腕によりをかけたお弁当。見せてあげるわね」
「楽しみにしてるから」
マトリョーシカは本物に見える純粋な笑顔を作ってみせた。
「その時をね」
「是非ね」
この日は終始笑顔を作っていたマトリョーシカだった。だがその深夜密かに街の高層ビルの屋上で黒い服の男と接触し話をするのだった。
「もうすぐよ」
「もうすぐか」
「ええ、原子力発電所を爆破できるわ」
夜の闇の中でこう彼に告げていた。
「もうすぐね」
「爆弾は用意してあるのか」
「それはもう最初の段階でね」
用意してあるというのである。
「小型のね。けれど威力は抜群の」
「最新型のその爆弾か」
「そうよ。それを使うわ」
こうも男に答えるのだった。
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