Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
断章 アカシャ年代記《Akashick-record》
??.----・error:『Nyarlathotep』Ⅴ
前書き
久々に原作キャラ多数登場……こういうところは改めないとですね(´・ω・`)
暗闇の底、地底の貯水施設。闇と静寂に包まれて。動く物の絶え、緑色の灰に塗れた空間の中で。
蠢くモノがある。這いずるように床上を蠢く、バスケットボール程のモノが。
「くっ、そ……まさか、あれ程の化け物だとは……!」
首、だ。生首。黄衣の娘の蹴りで吹き飛ばされた筈の、西之湊医師の。首の切れ目から黒い棘の偽足を伸ばし、何かから逃げるかのように。
蛸じみた姿で、無様にも生き長らえて。
「早く、体勢を立て直さねば……写本を作っていて正解だった、まだ負けてはいない。餓鬼共め、すぐにでも動く屍に変えて────」
だが、遅い。当たり前だ、首しかない身体で、黒い棘の偽足。慣れない姿で普段のような速度が出る筈もなく。
「────チク・タク。チク・タク。さぁ、時間だよ」
「────あ……あぁ……あなた、様は!!?」
だから、来る。空間を越えて、時間を越えて。コツリ、コツリと革靴を鳴らして……暗闇から涌き出るように。支配者は帰還せり、支配者は帰還せり。
白い、最高級のトリプルのスーツを隙無く着こなした……浅黒い肌の十歳程の少年。少女のように見目麗しい、凛とした空気を纏う絶世の美少年。
片手に白銀の懐中時計を握り、詰まらなそうにそれを眺めながら。深紅の眼差し、無感情に時刻だけを見詰めて。
「さぁ────断罪の刻だ」
「まっ、待ってください! まだ私は戦えます、まだ私は負けていませんから!」
姿に似合わぬ、重低音。老人のような、青年のような、或いは機械の駆動音のような低い声で告げて。
コツリ、コツリと規則正しく。機械のように正確に、足音を刻んで。
『可哀想、可哀想。憐れな憐れな死体蘇生者。このお方は許さない。このお方は、寛容ならざる時械神……』
少年の背後から、メイドドレスの娘が歩き出る。それは両目を押さえ、涙を堪えているかのような娘だ。涙を堪えているように、世界の全てを嘲笑う娘だ。
『さぁ───機械のように冷静に、チク・タク。チク・タク。機械のように冷厳に、チク・タク。チク・タク。機械のように冷酷に、チク・タク。チク・タク────喰らえ、喰らえ、来たの! アハハハハハ……!』
「お、お願い致します……“時間人間”様……!!」
嘲笑う声など、最早、蚊帳の外だ。蛸の注意は、ただ少年に。だから、不遜となる。不用意にその名を唱えた、彼の命運は決した。
「飢える、飢える、飢える────“カルナマゴスの誓約”」
「おっ……オノレェェェェェェェェェェェェ!!!」
無慈悲に、精密に発音された少年の呪詛に。惨めに歪んだ表情で咆哮しながら肉体を再生、口の中に仕込まれていた真新しいメモ帳……“グラーキ黙示録”の写本から取り出したグラーキの棘を振るう──────!!
「────“劫簸”」
その一言と共に、押し込まれた銀時計の釦。刹那、宇宙が収斂するように歪み─────
「……全て。形有る物は、やがて滅びる。永遠なる物など何処にも無く。刻は等しく、遍くを差別しない」
コツリ、コツリと機械のように規則正しく。革靴を鳴らして、少年は歩く。まるで、数億年が経過したように風化した地下貯水施設の中を。
『一億年先まで現役で通用する』とされた、当時の学園都市の最新技術で作られていた柱の幾つかは崩れ落ち、最早崩壊は目前。
そして目と鼻の先、彫像のように棘を持ったままの“悪逆涜神”は────ボロリと崩れ落ちると、堆く積もる塵と化した。その『頭』に当たる部分から覗く、紙らしきもの。先程までは真新しいメモ帳だった筈の、“グラーキ黙示録”の写本。黄変し、経年劣化したその外観。曲がりなりにも『魔導書が』だ。
「対馬嚆矢……彼は、良くやっている。我らが総帥と元帥の帰還も、そう先ではない」
『はい、閣下。全ては閣下の思し召しのまま、“女王”も“女帝”も貴方様の為に』
「実に、実に。待ち遠しいものだ。ああ、現在時刻を記録した。後は、君の選択次第……次の邂逅は、君に何をもたらすかな」
それを────踏み砕いて。少年は歩き去る。遜り、褒め称す娘を連れて。機械のように正確に、笑顔を見せて。全く同時に崩壊を始めた地下施設から、時間に溶け込むように消え去った……。
………………
…………
……
芳しい香りがする。遠く寄せては返す、潮騒が聞こえる。白いロトスの花と赤いカロメテの鏤められた、神の恩寵たる海岸線。
「…………」
流石に、三度目だ。慣れたとまでは言わないが見慣れた風景。しかし、未だに涙が零れそうになるくらいに美しい。
まるで、そう────ここから生まれ落ちたのではないかと思うほどに。
砂浜には、幾つかの足跡。千鳥が渚で遊び回っているように、可愛らしい足跡が続いている。後を追ってこいとでも言っているかのように。
ふと思ったそんな事を、実践する。小振りな足跡に導かれるように、打ち上げられた瑠璃色の海を後に。宇宙を舞うように、星屑の砂浜を更々と歩く。
そう歩かずとも、それは見付かる。遊び疲れたのか、柔らかな下草の生えた草の褥に抱かれるように眠る二人の少女。
比翼の鳥か比目の魚か、或いは連理の枝か。金と銀の、黒と白のドレスの。太極図を描くように、互いの右手を重ねあった姿で。
「わたしの……ワタシ……」
「……ワタシの……わたし」
安らかな寝息に混じり、金の少女と銀の少女が同時に寝言を漏らす。全く同時に、右手を握り合う。
互いに互いが『見えない』筈の、その二人。それでも、繋がっているのだ。繋がろうと、願い合っているのだ。
────では、どうする。『己』は、何をするべきか。何が為せるのか、何が出来るのか。
(決まっている。俺は、もう誓っている。他の誰でもなく、俺自身に)
うっすらと涙ぐんで見える二人、その姿に誓いを新たに。最早迷う事すら無く、背後から囁く“影”に応える。
己の右手を、一度握り締めて。重ねるべく伸ばした、それを。
────素晴らしい。君は、資格を得た真の“魔人”だ。私達と同じ……“夢見るもの”だ。
(ッ……!)
男の声だった。女の声だった。子供の声だった。老人の声だった。正義を望む声だった。悪を看過する声だった。全てを知る声だった。何一つ無い声だった。何より────その先を渇望する声だった。
“悪心影”ではない。その狂気、悪意、邪悪。例える対象すら見当たらない、思い至らない。そんな、一つだけでも狂死しそうなモノが────無数と蠢いているのを感じて、金縛りのように動けなくなり。
急速に闇に消える視界に、覚醒の刻の訪れを知る。背後の存在から逃れられる事に対する僅かな安堵と、そんなモノが犇めくこの世界に彼女達を残していかなければならない無力と嘆き。
「覚えてろ……必ず、また来る……!」
そして、“正しき怒り”を胸に。
────嗚呼、楽しみに待っているよ。我々全員で、ね。
辛うじて振り向いた先、蠢く無数の“影”。此方をせせら笑い、狂い舞う無数の────
………………
…………
……
アラームの音が響く、簡素な室内。メゾン・ノスタルジの時室内。外では、小鳥がチュンチュンと睦み合いながら鳴いている。
その音源である携帯の目覚まし機能を解除し、布団の中で嚆矢は。
(あと……五分)
寝惚け眼で、夏用の薄手のブランケットを被り直そうとしていた。側頭部のすぐ横まで迫っている、否、すぐ横から現れたドロップキックに気付かぬままに。
「────いい加減に起きやがれですの、この不良風紀委員っ!」
「──────」
ツインテールな後輩のドロップキックに、声すら上げられずに顔面を撃ち抜かれたのだった。
「黒子ちゃんんん、幾らなんでもこれはァァァ! あと、ミニスカでそんな事しちゃ不味いよ!」
「うるさいですの! 人がお情けで寝かせておけば……今ので六回、合計三十分も延長したではありませんの! それと、角度は計算してありますわ」
布団から飛び出しつつのたうち回り、文句を垂れ流しながら何とか痛みを分散する。どう見ても悪いのは此方だが。
後、割とナイスアングルだった事と健康な男子の朝の生理現象を隠す為に。わざと盛大に転がって。
「うぅむ……喧しいのう……無礼討ちにされたいか、汝ら」
「「え?」」
その、布団から聞こえた声。もぞもぞと、先程まで嚆矢が寝ていた布団の中から半身を起こして目を擦る……絶妙に肌蹴た薄い緋の襦袢のみの姿の“悪心影”、否、市媛のあられもない姿だった。
「違、違うよ黒子ちゃん。これはアレ、不純異性交遊とかそんなんじゃなくてむしろ未知とのエンゲージと言うか遊星からのXと言うか!」
慌てて立ち上がり彼女を隠すように立ち、言い訳しようと脳味噌をフル回転させる。これを美偉に告げ口でもされれば、確実に始末書だ。
「本当、あなた方兄妹は仲良すぎですの」
と、黒子は対して何かを思った風でもなく、ただ呆れたように表情を変えただけで。代わりに何かに気付き、少しずつ苛立ったように頬を染めて。
背中に枝垂れかかって来た重さ。市媛の唇が、右耳に吐息を。
「呵呵、あの『あいてむ』とか言う四人娘の時にも説明したじゃろうし……昨日も、そうやって乗りきったじゃろ?」
「あ」
そう言えば、そうだった。この存在は、他者に“当たり前として受け入れられる”のだった。だから、黒子も彼女には不審を抱かない。
それを利用して、昨日魔導書をセラに渡して涙子を寮に送り返した時にも、寮監を騙くらかしたのだった。
「それより、兄上? 妙齢の婦女子に、自らの朝勃ちを見せ付けるのはどうかと思うぞ?」
「あ」
その状態に気付いた時には既に、嚆矢の体は黒子の護身術により宙を舞い────にやにや笑う市媛を尻目に、床に叩きつけられた後だった。
………………
…………
……
「……流石に死ぬかと思ったね。確かに女の子に起こして貰うのは夢だったけどさ、嬉しかったけどもさ。もう少しこう、ムーディーにね」
「自業自得ですし、断じてお断りですの。第一、今何時だと思ってますの? 身支度の時間を大目に見ても、ギリギリですの」
「呵呵、誠に兄上の絶倫ぶりには困ったものじゃて」
「ちょっと黙ってろよテメーは」
首を擦りながら、黒子と共にリビングへ。確かに、時刻は七時半。あと一時間もしないで風紀委員の活動時間である。何でも昨日、美偉に『胸騒ぎがするから』と言われて起こしに来たのだとか。もしも“悪心影”の権能が無ければ、確かに始末書を書いている頃だろう。落着させた昨日の一件、涙子の件で。
だからと言って、今まで風紀委員で寝起きまで管理された事はなかったのだが。そんな事を考えながら、肩を怒らしてツインテールを揺らす六つ年下の常盤台の制服姿と、紅く染め抜かれた彼岸花の柄の黒い和服姿を見ていた。
「あ、嚆矢先輩。おはようございます」
「あ、どもっす、対馬さん」
「おはよう、飾利ちゃんに涙子ちゃん……ッ、ま、真逆ソレは……!」
そこにもう二人、中学生。共に柵川のセーラー服の飾利と涙子がリビングで、朝食の用意をしていた。まぁ、ただのシリアルだが。
それを見た瞬間、嚆矢は膝から崩れ落ちると五体倒地の勢いで平伏した。
「神様仏様飾利様涙子様……今日も糧を有り難う御座います」
「ええぇ?! そんな大袈裟ですよぅ! シリアルにミルクを注いだだけですし」
「手間暇とかじゃないんだよ、女の子に朝御飯を用意して貰えるとか……もうね、感涙の余り……ぐうっ、生きてて良かった」
「ええー……」
「随分と安上がりな人生ですわね……」
苦笑いする飾利と涙子、溜め息を吐いた黒子。思ったのは、涙子の事。一昨日と昨日、二度に渡り『魔術』に巻き込まれた彼女。
一昨日はルーンで記憶を消し、昨日は気絶していた事を幸いに『遊びに連れ出した』と偽の記憶を植え付けた。先ず、失敗はしていない筈だ。
「う~む、乾飯にも似ておるが甘いのう……うむ、正に醍醐味よな、呵呵呵呵!」
『てけり・り。てけり・り』
「あはは、市媛さんの古風ジョークは今日もキレッキレだね、初春?」
「お代わりもありますから、どうぞ一杯食べてくださいね」
「お代わりなんてしてる暇はありませんの。早く食べて、早く出発しませんと」
我関せずとさっさと朝食を食む市媛、その脇でペット皿から猫缶を貪る……一メートルを越す、刃金の螻蛄。鎧を次回の装甲として取り込んだショゴスである。
明らかな異形、明らかな異物。しかし、“第六天魔王”の半身“|第六元魔王”と化したショゴスには、同じ権能が宿っている。故に、不審は抱かれない。
「聞いてますの、嚆矢先輩!」
「はっ、はい……直ぐに食いまする」
「あ、わたし補修があるからお先に失礼します」
その証明に、別段ショゴスを不思議がる様子もない女子中学生三人。寧ろ、放心していた此方が怒られて。
「対馬さん、対馬さん」
「ん、なんだい、涙子ちゃん?」
つんつんと突つかれ、鞄を手に立ち上がっていた涙子の方に向き直る。彼女は、クスリと笑いながら髪を掻き上げ……左の耳許に唇を寄せて、艶っぽく囁く。
「世の中って、不思議な事ばかりですね」
「ッ、涙子……ちゃん?」
一瞬、意味が理解出来すぎて困る台詞を。しかし、有り得ない事だと思い直した隙に──一瞬、感じた吐息の温盛。
涙子は悪戯っぽく笑って舌を見せると、体とスカートを翻らせながら部屋を後にする。
「……今日も一日、頑張るか」
微かに触れた頬の感触にそんな事を呟きながら、嚆矢はシリアルを掻き込んだのだった。
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