騎士道衰えず
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第一章
第一章
騎士道衰えず
ドイツはだ。まさに欧州を席巻していた。
ポーランドにはじまりだ。
デンマーク、ノルウェー、ベルギー、オランダ、そしてフランス。各国を倒し己の勢力圏に収めてしまっていた。
その勢いは留まるところを知らずだ。遂にジブラルタル海峡に空軍を集結させてだ。イギリスにまで迫ろうとしていた。
アシカ作戦は今にも発動されようとしていた。その中でだ。
イギリス空軍のパイロット達はだ。こんな話をしていた。
「ここまできたらな」
「ああ、腹括るしかないな」
「最後の最後まで戦ってやる」
「イギリス人の意地を見せてやるからな」
「絶対に勝つぞ」
絶望的な状況だった。それでもだというのだ。
彼等は諦めていなかった。勝つつもりだった。士気は衰えていなかった。
だが、だ。劣勢であることには変わりない。とにかくだ。
「数は向こうの方が上だな」
「ああ、圧倒的とまではいかないがな」
「ルフトパッフェが勢揃いだからな」
ジブラルタルのフランス側の海岸にだ。集結していることが話される。
「何時でも好きなだけ攻めることができる」
「あのデブの思い通りだからな」
「手強いのは事実だな」
ゲーリングのことも話される。ドイツ航空相であり国家元帥でもある。彼等の敵であるだ。ドイツ空軍のドンでもある。太っているので蔑称で言われているのだ。
「それでもやるしかないからな」
「ああ、やってやるさ」
「絶対に負けるか」
「負けてたまるか」
彼等は意を決していた。そのうえで戦いに赴く。こうして英国をかけてだ。空の激しい死闘が幕を開けたのである。
イギリス軍は果敢に戦った。昼も夜も大軍で攻め寄せるドイツ空軍と戦い続ける。彼等は確かに奮闘した。しかしそれでもなのだった。
やはり敵の数が多い。しかも昼も夜も戦っていた。首都ロンドンは第一次世界大戦の時と同じく爆撃を受けていた。英国の運命は風前の灯し火に思われた。
それでも必死に戦う彼等だった。だが疲労はだ。
蓄積されていっていた。それを見てだ。
首相である常に葉巻を手放さない尊大な男チャーチルもだ。ロンドンの首相官邸において苦い顔をしていた。彼は葉巻を手にこう言うのだった。
「パイロット達は奮戦してくれている」
「はい、確かに」
「十二分にです」
「戦ってくれています」
チャーチルの前にいる部下達もだ。口々にそれを認める。
「身を粉にして戦ってくれています」
「彼等がいるからこそです」
「今こうして我々もです」
「ロンドンに留まっていることができています」
「その通りだ。しかしだ」
チャーチルは苦い顔で話す。
「そのパイロット達がだ」
「疲れきっていますし」
「しかも数がです」
「数が足りません」
こう話していく部下達だった。首相の席に座るチャーチルもその彼の前に立つ彼等もだ。その顔は晴れない。実に暗いものである。
そうしてだ。彼等は話していくのだった。
「パイロットの数も航空機の数もです」
「特に戦闘機がです」
「足りていません」
「深刻な状況です」
「その通りだ。今のイギリスに満足に足りているものは何もない」
そのことはだ。チャーチルが最もよくわかっていた。
「私が今吸っているこの葉巻もだ」
「はい、何とかいった感じで、ですから」
「調達できています」
「空にはルフトパッフェがいて」
まずは彼等だった。今のイギリスの最大の敵だ。
「そして海は潜水艦だ」
「忌々しいことにです」
「先の戦争と同じやり方で苦しめられています」
「しかもあの時以上に」
「救いはない」
チャーチルはまた言った。今度は一言だった。
「今の我々にはだ。そんなものはだ」
「あるのは敵だけですね」
「しかも手強い」
「その彼等だけですね」
「そういうことだ。戦うしかないのだ」
チャーチルの言葉は変わらない。しかしであった。
その彼の席でだ。不意にだ。
席にある電話が鳴ったのだ。金色の金属製の電話である。
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