銀河英雄伝説〜ラインハルトに負けません
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第百九十二話 誕生日は昨日だった
前書き
お待たせしました。
書籍化作業中の息抜きにかけました。
次回で第6次イゼルローン要塞攻防戦が終わるかも。
宇宙暦795年 帝国暦486年 2月4日
■イゼルローン回廊 自由惑星同盟艦隊
自由惑星同盟軍宇宙艦隊総旗艦アイアース艦橋では、ホーランド分艦隊によるイゼルローン要塞攻撃とその後の強襲揚陸艦による要塞内への陸戦兵力の突入がシナリオ通りに進んで居る事で、宇宙艦隊総司令官ロボス元帥をはじめとしたスタッフが満面の笑みを浮かべていた。又他の同盟艦艇でも多くの将兵が『此でイゼルローン要塞は陥落だ』と楽観しし、戦勝記念パーティーの事を妄想していたが、グリーンヒル総参謀長、第7艦隊分艦隊参謀長ヤン・ウェンリーなどは、事態があまりにも同盟側に有利に成りすぎていることに、前者は言いようのない胸騒ぎが、後者は帝国側は何か意図があると感じていた。しかし、僅か二名程度の意見では杞憂とされるだけであり、グリーンヒルは事態を推移するだけに止め、ヤンは持ち前の事なかれ主義が頭を持ち上げて何も言わずにいた。
ホーランド分艦隊がミサイル攻撃を1時間かけて居るにもかかわらず、イゼルローン要塞正面の艦隊は後退しようとしない事が疑念であったが、それも通信傍受の結果、疑念が解けたのである。『曰く、イゼルローン要塞内で敵陸戦兵力と決戦中のため艦隊支援が出来ない事、後退した場合、平行追撃で更なる敵を抱え込む可能性が有ること、その場合味方ごとトールハンマーで殴殺せざるを得なくなること、などで駐留艦隊は後退したくても後退できない状態で有る。また駐留艦隊以外の艦隊は港がホーランド艦隊のミサイル攻撃により損害が有りすぎ発進が不可能に成って居る事、また陸戦隊により港へ向かう主要通路が閉鎖されて居る為にどうしようも成らない状態である』などと判明したのである。此により、イゼルローン要塞内に進入後に帝国側の通信妨害で連絡不能に成って、安否や戦果が不安視されていた居た陸戦隊が予想を上回る戦果を上げている事が判り、安堵感と勝利は近いという高揚感から更なる歓声が各艦隊に上がっていた。
そんな喜びに冷水をかける事が発生した。それまでホーランド分艦隊の攻撃を全く妨害すらしていなかった帝国軍三千隻ほどが突如現れ急速にそして的確に側面攻撃を開始したのである。その攻撃は奇襲と言えるほど鮮やかで一瞬にしてホーランド分艦隊は四散し始めた。尤も未来の元帥閣下の旗艦であるタイコンデロガは司令官の悪運のためか掠り傷一つ負わずに健在であり、悔しがりながらも残存艦艇に手早く命令を下していた。
「えぃいい!油断した!艦隊を早急に纏め上げろ!」
ホーランド少将は握り拳でコンソールを叩きながら、大声で命令をし続けるが四散し始めた艦隊は既に烏合の衆となりつつ有った。それに拍車をかけるように今まで沈黙していた要塞の浮遊砲台からの攻撃が始まり混乱収拾の目処すらつかない。
本来であれば此で、僅か二千隻程度しか無いホーランド分艦隊など撃滅できる所で有ったが、敵艦隊は何故か一隻一隻を狙撃するようホーランド分艦隊を撃破し続けていたが、有る一定の損害を与えると紡錘陣形に変化させ始めた。
その動きを見ていた第七艦隊分艦隊参謀長ヤン・ウェンリーは『不味い』と呟くと、ワーツ提督に進言した。
「閣下、敵はホーランド分艦隊を突破後に我が軍の左側面を突くつもりです」
そう言われても、何のことか判らないワーツ提督は質問を仕返す。
「参謀長、其れはどう言うことかね?我が方は敵の二十倍以上だが」
ヤンは、キーボードで状況を図で説明する。
「此をご覧ください。敵艦隊が紡錘陣形を取りつつあります。此はホーランド分艦隊を突破しそのまま同盟軍本隊へ向かうと思われます。何故なら我が方はトールハンマーを避けて布陣しているために、敵艦隊の襲来する方面へ向けられる戦力はさほどでありませんので、結果的に同数程度の先頭だけで戦う羽目に成ります」
そう言われて初めて問題点に気が付くワーツ提督だが、未だ動きは鈍い。
「参謀長、それでは数の優位を生かせないな。しかし総司令部もそれぐらいは把握しているのではないか?」
「確かに、そうとも言えますが。万が一と言う事も有りますが」
「うむー、判った。ホーウッド提督に連絡して貰おう」
直ぐさま第七艦隊司令部へ連絡し、事態の深刻さを伝え、総司令部への意見具申を願うと、人の良いホーウッド提督は二つ返事で連絡をしてくれたが、総司令部の反応は散々な物であった。
ホーランド分艦隊が攻撃されている最中であった故であろうか、出たのはフォーク中佐であった。
『忙しい最中に、何の用ですかな?』
その人を小馬鹿にした様な態度にホーウッド提督もイラッとするが、軍全体のこととして我慢してヤンより聞いた話を手短に伝える。
「と言う訳で、ロボス元帥閣下に、伝えて欲しい」
『一分艦隊参謀長如きの戯れ言を伝えるためだけに、態々この忙しいときに連絡をしてくるのですかな?此では利敵行為と言われても仕方がないですぞ』
温厚なホーウッド提督でも流石にカチンと来て言い返す。
「意見具申は軍規にも明言されている」
『まあ、戯れ言でも意見具申と言えば通りますからな、我々は忙しいので失礼します』
そう言い、フォーク中佐は一方的に通信を切った。
ホーウッド提督は真っ黒なスクリーンを見て唖然としていたが、取りあえずワーツ提督へ連絡し、ヤンに事の次第を伝えた。
『総司令部ではフォーク中佐が出たが、全く取りあわなかったよ』
「判りました」
結果ヤンの性格上これ以上意見具申をしても無駄だと考えてしまった。
しかし、ヤンの考えは杞憂だったとあざ笑うかのように、突撃艦隊はホーランド分艦隊を突破後に一旦は同盟軍本隊へ向かうかに思えたが、そのまま急速転回してイゼルローン要塞へと帰投していった。
ワーツ提督がヤンの肩を叩いて慰める。
「参謀長、間違いは誰にでも有るから気にせぬ事だ」
「はい」
ヤンはそう言うしか無かったが、頭の中では『あの敵の司令官はみすみす勝機を捨てた訳だが、それに気づかない程度の人物なのか?それとも何か意図が有るのか・・・・・・』と考えていた。
ヤンの意見具申を無視した総司令部であったが、ヤンの指摘通りに敵艦隊が突入の構えを見せたために一時は混乱したが、結局の所、杞憂であった為に、総司令部ではヤン・ウェンリーは余計な意見具申で時間を浪費させたと、元々シトレの秘蔵っ子として嫌っていたロボス元帥をはじめとして総司令部参謀から忌諱される事に成っていった。
■イゼルローン回廊 銀河帝国軍 ロイエンタール艦隊旗艦モルオルト
「うむ、中々難しいものだな」
ワーレン艦隊との混成艦隊の総指揮を行うロイエンタールは同盟軍分艦隊に対する攻撃を見ながら呟いていた。
「閣下、如何致しましたか?」
副官のエミール・フォン・レッケンドルフ中尉が心配そうに尋ねてくる。
「いやな、殿下も難しい宿題を出されると思ってな」
少々不敬な言動をしながらニヤリと笑うロイエンタール。此が旗下にベルゲングリューンが居たとしたら『閣下、滅多な事は御言いに成りますな』と血相変えたであろうが、司令官の性格を知っているレッケンドルフは思わず苦笑いしながら答える。
「確かに、敵の旗艦を生かしたまま敵艦隊を撃退する訳ですから」
「そう言う事だな、敵を撃退するだけなら、俺でなくても良い訳だからな」
ロイエンタールの言葉にレッケンドルフは頷く。
「しかし、敵の司令官を生かしておいて何の得があるのでしょうか?」
「何でも、敵の司令官ホーランドとやらは、戦略戦術の天才にして、未来の大元帥『イゼルローンを落とし、長駆してオーディンを攻略し、皇帝陛下を処刑して、帝国を滅ぼすのは俺だ』などとほざく少々頭のネジが緩んでいる奴らしくてな」
流石に驚いたレッケンドルフはロイエンタールの不敬な言葉に遮音力場が作動しているか慌てて確認する。
「閣下、不敬な事を仰いますな、何処で聞かれているか判らないのですぞ」
それを聞いたロイエンタールは彼にしては珍しく笑いながら答えた。
「なに、その台詞自体、殿下からの受け売りだ。その上、事態は皇帝陛下もご存じでな。『予を処刑すると言うならば、一万光年を辿り着いてみよ』とお笑いに成ったそうだ」
「ならば尚更、叩いた方が良いのでは無いのですか?」
「俺もそれを言ったが、殿下曰く『馬鹿とハサミは使いようと言うでしょう』とはぐらかされてな。どうも誤魔化されているようで納得は出来なかったが、まあ仕方ないと言う事だな」
「なるほど」
その様な話をしている中で、オペレーターから敵旗艦以外の殆どの艦艇が破壊や大中破した事を報告してきた。
「閣下、敵艦隊ほぼ沈黙しました」
頃合いが良いかと、不敵な笑みを浮かべたロイエンタールはワーレン提督に連絡をする。
「ワーレン少将、頃合いかな」
そう言われたワーレンも不敵な笑みを返す。
『ロイエンタール少将、そろそろ時間だな』
「ああ、俺が切っ先を作るので、卿は後方を頼むぞ」
『諒解した。まあ、敵を精々焦らせてやろう』
お互い敬礼して通信を切ると、ロイエンタールは命令を出す。
「各艦、紡錘陣形を取れ、敵を精々焦らせる事にしよう」
「はっ」
「全艦突撃」
ロイエンタール、ワーレン混成艦隊は紡錘陣形を取り同盟軍主力へ向け突撃を開始したが、射程距離に達する前に踵を返すように帰投し始めたのである。
「全艦反転帰投する」
そう言うロイエンタールの顔には笑みが零れていた。何と言ってもロイエンタールも生まれながらにして邪険にされ続け鬱積していた事が、結婚と我が子の誕生、陛下と殿下による政治改革を見るにつけ、今までのような不平不満を考えず、人生を投げていたかの様な言動もなりを潜めたことで、最近は以前に比べ丸くなり同僚とのコミュニケーションも取れるようになっていたからである。
■イゼルローン回廊 自由惑星同盟軍宇宙艦隊総旗艦アイアース
アイアース艦橋では、撤退していった敵艦隊とズタボロに成りヨロヨロと撤退してくるホーランド分艦隊の生き残りの姿に先ほどまでの歓声は途絶えていた。
しかし空気の読めないフォークは『敵の最後の足掻きだ』などと言っている。
その空気に触れ、参謀達からも『要塞突入部隊がそろそろ司令部を占拠する頃だ』などと希望的観測が言い始められていた。
「時間がかかり過ぎますな」
暗に失敗したのではと、グリーンヒル総参謀長がロボス元帥に話しかけるが、ロボスはジロッと一瞥しただけで直ぐにスクリーンに映るイゼルローン要塞を見る。
そうした行動を数回続けた時、イゼルローン要塞より通信が来ているとオペレーターが伝えた。
「閣下、イゼルローン要塞より通信が入っています」
その言葉に、作戦が成功したかとニンマリするロボスは直ぐにスクリーンに投影する様に命じた。
「直ちに、メインスクリーンに廻せ」
「はっ」
其処に映ったのは、ロボス達が期待していた同盟軍突入部隊総指揮官ハーベイ少将では無かった。
『あら一瞥振りね、壮健だったかしら。妾は非常に気分が悪いのだけれども、理由はお判りよね』
スクリーンに映った人物は見事なドレスにティアラまで乗せ、完全にドレスアップしたテレーゼ皇女であった。その姿に唖然と成る同盟軍に対して彼女は矢継ぎ早に話を行う。
『昨日は妾の誕生日だったのだけど、その方らの薄汚い騙し討ちのお陰で、パーティーも出来ませんでしたのよ。まさか誕生日プレゼントにレーザー水爆を頂けるとは思いませんでしたわ。仲の良くない女性の誕生日に押しかけるなんてストーカー紛いの犯罪行為は止めて頂きたいわね。尤も貴方方自身が犯罪者(逃亡奴隷の子孫)ですものね。頂けるならフェザーンの様に情報を頂きたい物ですわね。オッーホホホ』
テレーゼは、まるで悪徳令嬢のように扇で口元を隠し笑いながらも、今回の作戦が漏れたのはフェザーンのせいだとばかりに黒狐に罪をなすりつけるのも忘れない。
「なっ」
未だ驚きで驚愕の表情の総司令部と各艦隊。
『そうですわ、貴方方が送ってくださった十万人の人材ですけど、有り難く捕虜として捕縛させて頂きましたわ。したがって貴方方の作戦は失敗した訳ですわ。まあ妾の誕生日アフターと父上の在位三十周年に免じて、今回の事は水に流して差しあげますわ。要塞の修理費も請求は致しませんから其方の艦隊はそのまま帰るのであれば、寛大なる心で見逃して差しあげますわ。早くお家へ帰りなさいな。ウフフフ』
そう言うと帝国側は一方的に通信を切った。
アイアース艦橋には沈痛な表情、悲痛な表情、侮蔑され怒りの表情などが渦巻いていたが、各艦隊では広域通信で先ほどのテレーゼの話が流れていたために混乱が発生していた。
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