FAIRY TAIL 天使の軌道
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第1話――無知な僕は何を手にするか
「おい、大丈夫か?」
その声を聞いて少年は目を覚ました。
前髪が目にかかる程度の長さをした白い髪に綺麗な琥珀色の瞳。
線は細めで背は同年代より、少し高い程度のギリギリ十代に到達してるか、してないかくらいの小さな少年。
ぱちっぱちっと目をしばたたいた後、体をゆっくりと起こし、辺りを見回した。
そこは土の壁に囲まれ、申し訳程度に部屋の隅に鉄の柵があり、ボロボロの薄汚れたシャツを着た大人達。
そして少年の側で心配そうに少年を覗く、青髪と右目にある刺青が特徴的な少年だった。
どうやら、白髪の少年を起こした声の主は青髪の少年らしい。
「…………うん」
見知らぬ場所で見知らぬ人達に囲まれて、見知らぬ少年に声をかけられたことに混乱するも、なんとか返事をして、何故こんな所にいるのか思い出そうとする。
結果。思い出せなかった。
それ以前に自分の名前、出自すらも思い出せない。
要するに、ここで目を覚ます以前の記憶がない。
「どうした?」
返事をして以降固まってしまった少年に青髪の少年は再び声をかける。
「ちょっと名前とか思い出せなくて」
まるで昨日の夕食が何であったか思い出せないかのように簡単に言った少年に青髪の少年はしばらく驚き絶句した。
それでも、話を続けなければと思いなんとか声を振り絞る。
「…………それちょっとじゃないだろ」
的外れなことであると青髪の少年は思ったが、咄嗟にでたのだから仕方がない。
そんな青髪の少年に白髪の少年は少し困ったような笑みを浮かべた。
「だね。名前がないと不便だし」
そう言う問題じゃないだろう、とツッコミをいれたくなったが青髪の少年はなんとか飲み込んだ。
「……ナナシ。
僕の名前はナナシ。
名前がないからナナシ。
いい名前でしょ?」
相当気に入ったのか、白髪の少年はニッコリと屈託のない笑みを浮かべた。
それを見た少年は、まるで他人事のようにマイペースな少年に呆れ苦笑するしかなかった。
「ナナシだけじゃ不便だろ?
俺がつけてもいいか?」
「いいよ」
「即答かよ」
「不便だからね。
それより早く名前つけて」
楽しそうに無邪気に笑いせかす白髪の少年に青髪の少年は再び苦笑する。
けれど、弟がいればこんな感じなんだろうな、と少し暖かいと、そう思った。
「ちょっと待ってろよ……うーん。
そうだなぁ……おっ」
何かに気づいたかのように自分を見てくる青髪の少年に首を傾げる。
「……コハク。
ナナシ・コハクにしよう。
綺麗な琥珀色の瞳をしてるから」
ニコリと笑い青髪の少年に付けられた名前を確かめるかのように小さく呟く。
「……ナナシ………コハク………」
呟いた咄嗟に胸がポカポカと暖かくなる感覚がした。
くすぐったいようなそんな感覚だ。
けれど、何か違うな、と感じた。
だからもう一度呟く。
「ナナシ・コハク」
「気に入らなかったか?」
違和感を考えていたナナシの姿が名を気に入らなかったのだろうと青髪の少年は申し訳なさそうに訊いた。
「違うよ……ナナシ・コハク……そうだ。
コハク・ナナシ。
僕の名前はコハク・ナナシ」
どうやら、違和感は順番だったらしく、違和感が解消されると嬉しそうにコハクは満天の笑みをみせた。
そんなコハクに青髪の少年は気恥ずかしかったのか照れた笑みを浮かべながら言った。
「はじめまして。
俺は、ジェラール・フェルナンデス」
「よろしくね。ジェラール」
「よろしくな。コハク」
二人は共に笑いあった。
監獄のような島で見ることのできない綺麗で純粋な笑みだった。
数日の時がたった。
その間コハク達は昼は奴隷のように、建設の手伝いをさせられ、夜はジェラールや痩せ細り、手入れのされてない白髪ばかりの長髪をしたロブおじいちゃんと呼ばれる老人や、他の大人達から外のことを教えてもらっていた。
記憶がないコハクにとってロブ達が教えてくれることは摩訶不思議なことばかりであり、とても楽しそうに聞いていた。
「ねこ?」
「そうだよ。ちょっと尖った耳に長い尻尾に髭があって4つの足で歩く小さくて可愛らしい動物なんだ」
コハクは猫を想像してみるがどれも珍妙なモノばかりで上手く思い浮かべることが出来なかった。
少し悲しく思ったが、それでも、話への好奇心が勝り、楽しそうに顔を輝かせロブへと質問する。
「思い出せないや。ねぇねぇ。ねこってしゃべるの?」
「喋らないよ。みゃーって鳴くんだよ」
「じゃあ、空を飛ぶの?」
「あはは。猫には羽がないから飛べないんだよ」
「えー。きっと猫だって空を飛びたいと思ってるのに……」
「そうだね。きっと猫だって飛びたいと思ってるだろうね」
「コハクも空を飛びたいのか?」
静かにロブとコハクの話を聞いていたジェラールはふと、思ったことを訊いた。
「うん。だって面白そうだもん。
雲の上に乗れたら気持ち良さそうだし……」
昼間に見上げた空に浮かぶ白い塊の上でジェラールやロブと一緒に寝転がる自分を想像してみると楽しい気持ちが込み上げてきて楽しそうに笑った。
「だよな」
楽しそうに笑うコハクを優しく見つめるジェラール。
その光景は兄弟という言葉を連想させた。
それからもしばらく3人で喋って――と言ってもロブがコハクやジェラールに外のことを教え、コハクやジェラールが質問するといったものだったが――いると牢の扉が開く音がし、続々と人が入ってきた。
殆どが大人だったが、そのなかには二人ほど子供が混じっていた。
全員がコハク達と同じ服装をしてることから新しく連れてこられた人たちらしい。
「あ、ジェラール。子供がいる。
連れてくるね!」
「あ、おいっ!」
ジェラールはコハクを止めようとするも、タッタッタッと絶望に染められた人の波へと走っていってしまった。
そんなコハクに、ジェラールははぁ、とため息をついた。
暫くコハクと一緒に生活してコハクのことが分かってきた。
基本マイペースで子供っぽい。
いつも笑っていて明るい。
何処かほっとけない弟みたいなやつ。
それがジェラールのコハクへの印象だ。
それはジェラールと同じ牢に入ってる大人達もそう思っている。
マイペースで元気で明るくて、何故か皆を笑顔にしてくれるそんな変わったやつ。
コハクが来てから牢に入ってる人達が笑う機会が増え、生気のない顔つきから少しではあるが生気のある顔つきになったのは確かであり、凄いなとジェラールは素直にコハクのことを尊敬した。
「連れてきたよ!」
そんなことを考えていると、コハクが明るい声を響かせながらその両手に別々の手を繋いで引っ張ってきた。
引っ張られてる二人。
ちょっと細長い顔をした黒髪の男の子と綺麗な緋色の髪をショートヘアにした女の子は困惑した表情をしていた。
無理もないよな、と胸の中で二人に同情する。
「ね!座ってお話しようよ。
今馬の話をしてたんだよ」
「コハク。話はまた後にしておいて自己紹介をしないと」
コハクの勢いに推され呆然としてる二人にジェラールは救いの手をさしのべた。
コハクはジェラール以外の子供に会えたことが嬉しいらしく、目に見えてはしゃぎすぎていた。
連れてこられた二人が困惑するくらいには。
それにコハクも気づいたらしく…………
「あ、ごめんね。嫌だったよね」
シュンと落ち込み謝った。
「い、いや、いいよ。
別に、俺、ビックリしただけだから」
「わ、私も」
つっかえながらもそう答えるとコハクは再び楽しそうに笑った。
「ありがと。僕はコハク・ナナシ。よろしくね」
「俺は、ジェラール・フェルナンデス」
「俺はウォーリー・ブキャナン」
「ジェラール・フェルナンデスって。
うわ、覚えづれぇ」
「そういうおまえもウォーリー・ブキャナンって忘れそうだよ」
ウォーリーの物言いに苦笑しつつも言い返した。
「僕は大丈夫だよ。僕の目と同じだもん」
「だな。エルザ、お前は?」
コハクに苦笑しつつ、ウォーリーはエルザに問いかける。
名をしっているのは同じ時に来たので船に乗ってる時に多少会話したのだろうか。
「私はエルザ。ただのエルザだよ」
少し愁いの帯びた声でそういうとジェラールとコハクは少し動きを止めた。
「それはさみしいな」
ジェラールはポツリと呟いた。
「ねぇ、ジェラール。
エルザにも名前をつけてあげてよ。
僕もね。ナナシは自分で考えたけど、コハクはジェラールにつけてもらったんだよ」
「そう、なの?」
「うん、いい名前でしょ」
「うん」
エルザとコハクが話していると名前を考えていたジェラールがおもむろにエルザの緋色の髪に触れた。
「ちょ……何よぉ」
いきなりのことに驚きの声をあげるエルザ。
しかし、ジェラールはそんなことも気にせずに再び少し考え、ポロっと声を漏らす。
「きれいな緋色……そうだ!」
バッと顔をあげ考えていた名をつげる。
「エルザ・スカーレットって名前にしよう」
いい名だと思ったジェラールはエルザに笑いかける。
「名前にしようってオマエ……
そんな勝手に……」
その様子を見ていたウォーリーは呆れた声で言った。
「エルザ……スカーレット……」
照れたように微笑みながら、自分の名の元となった綺麗な緋色の髪に触れ、噛み締めるように名を呟いた。
「おまえの髪の色だ。
これなら絶対に忘れない」
「良い名前だね!」
「まぁ、俺もそう思うぜ」
二人が揃って言うと再びエルザは自分の髪に触れた。
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