イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Interview12 オトギノヒブン -Historia of “Tales”-
「また来たのか」
ディールにて。ルドガーの予想通り、ほぼ全員が集合した(何故かガイアスとミュゼはいなかった)。
ノヴァの取り立て手伝いは男性陣に任せ、ルドガーと女子組は、ウプサーラ湖跡にあるという遺跡へ向かった。
元は湖だったというそこは、水が干上がり、ひび割れた大地を曝していた。ノヴァから聞いた例の遺跡があったのは、壁の一部が崩れて塞がったあそこだろう。
「ここ、元は湖だったんですよね」
「ええ。美しかったわ。無くて困るものでもないから、干上がったこと自体はいいのだけど。遺跡なんてあったのね」
ルドガーはGHSに転送された座標と偏差をイメージした。それだけで骸殻能力者は世界を跨ぎ、泡の天地へ入り込める。
いつもの砂時計の底へ落ちていくような感覚を経て、ルドガーたちは世界を越えた。
視界が晴れると、ルドガーたちは先ほどまでとほぼ同じ風景の中に立っていた。
「なんか光った!」
エルが湖跡地の壁の一点を指差した。小さいが岩壁を縦に、裂け目が奔っている。さっきまではなかったものがある。――進入成功だ。
「あそこが遺跡なのかな?」
「崩れたはずの遺跡が残っている。確かに時歪の因子がある確率は高いわね」
いざ一行が踏み出そうとした時、空が光り、雷鳴が轟いた。
「きゃーーーー!!」
エルが耳を塞いでしゃがみ込んだ。
そんなエルに対し、エリーゼが苦笑した。
「そういえばエル、雷こわいんでしたね」
「こ、こわくないですよーだ。ぐうぜん、おなかが痛くなっただけで」
二度目の雷鳴が轟いた。
「ひううっ……パパぁ……!」
「エル――」
イリスがエルに近づく前に、エリーゼがエルの薄い肩を横から抱いた。
「エル、遺跡に入りましょう? そしたらきっと聞こえません」
エリーゼに優しく諭され、エルはエリーゼにしがみつくようにして立ち上がった。
そして、少女二人は足早に、遺跡の入口らしき崖の裂け目に向かって行った。
「お姉ちゃんしてるなあ、エリーゼ。うんうん」
そう言うレイアのほうがお姉さんらしい――思ったが、口に出来なかった。
「ルドガー、イリス。わたしたちも行こう。子供だけじゃ心配だしね」
「ええ」
「あ、ああ」
ルドガーたちが裂け目に着いた時、エルとエリーゼはいなかった。先に遺跡に入ったのだと察し、3人は肯き合って裂け目を潜った。
「うわ……」
つい声が出た。
遺跡の中は、レゴブロックのように平面体があちこちに接地され、線から薄い青緑の光をほのかに放って中を照らしていた。
時おり電線のように、壁を光の信号が奔っている。
「すっご……」
「……イリスの生きた時代以上に技術が飛躍してる。こんな技術がある時代があったなんて……」
レイアもイリスも爛々と目を輝かせてあちこちを見回している。
イリスがいた時代は黒匣文明の盛期だったらしいのに、そのイリスが驚いている。本当にとんでもない技術で建築された場所なのだと、ルドガーにも薄々凄さが理解できた。
「あ、ルドガー」
「おそい!」
少し先にいた少女二人がルドガーをふり返った。
「ごめん。先に入って何もなかったか?」
「んー……とくには」
「よかった」
『ここなら雷も聞こえないからねー♪』
ティポの茶々にエルは頬を赤らめた。
「でも、エルは弱虫じゃないよ?」
「――知ってる。エルは泣かないもんな」
「っ…分かってるなら、いいけど」
エルはリュックサックのショルダーを両手で握って、歩いて行った。
「エル、無理してるよ」
「ずっと親と離れてる8歳の女の子が泣かないなんて、普通じゃないです」『エリーゼが8歳の時なんて、ぼくはいっつも涙でぐしょぐしょだったしー』
「へえ。エリーゼが」
今度はエリーゼが頬を染めて俯いてしまった。子供のフォローは難しい。
「ルドガー。早く行かないと、エルが一人になってしまうわよ」
それはまずい。とりあえずルドガーは急いでエルを追いかけた。後ろからレイアとエリーゼも付いて来た。
カツ…ゥン、カツ…ゥン……
天井が高いせいか、足音がなかなか消えてくれない。
「ねえ。前にイリス、人間だった時は今より文明が進んでたって言ったよね。ここってそれよりスゴイの?」
「ええ。まずこれだけの巨大施設を人が建造した、ないし、建造しうる設備を持っていた。次に、黒匣のように精霊を消費せずに機能させている。そして」
そこでイリスは言葉を区切り、指を口に当てて思案するふうを見せた。
「――そのくらいかしら。最後のは聞かなかったことにして。確証がないから」
イリスはいつもと変わらない笑みを刷いた。だから、レイアも、ルドガーも追及はしなかった。
『また来たのか、クルスニクの一族よ』
「だ、だれっ?」
ルドガーはとっさにエルを後ろにして身構えた。「声」は遺跡内を反響して、どこが音源か掴めない。
『私はオーディーン。時の方舟トールの管理システムだ』
「道標の一つね。『箱舟守護者の心臓』」
『いかにも』
「知ってるの? 自分が道標だって」
『それだけではなく、お前たちの弱点も理解している。これは忠告だ。大人しく立ち去ってくれ』
それを最後に「声」は聞こえなくなった。
「今の声の人、どうしてここが分史世界って知ってたんだろ」
「大方、イリスたちの前に、別の世界のクルスニクの子が来たのでしょう。イリスたちと同じで、道標を求めて」
「それって、分史世界にもエージェントがいるってこと? そっか、エージェントの人たちに取材した時に、『分史の自分』とか『分史の友人』とか言ってたもんね……」
イリスが歩いて行って、妙な鳴き声のルルと格闘するエルから、ひょいとルルの首根っこを掴んで持ち上げ、床に放った。ルルは器用に着地した。
「自分のいる世界が正史か分史かは通常分からないわ。確認しようと思ったら、イリスたちみたいに『道標』を集めて『カナンの地』が呼び出せるか試すしかない。顕れれば良し、何も起きなければ分史世界と分かる」
「じゃ、じゃあ、もしかしてわたしたちのいる世界も」
「いいえ。イリスたちの世界は間違いなく正史よ。イリスは一度、『審判』開始からすぐに最初のカナンの地召喚を成し遂げた。イリスたちの子孫もまた、何人か、かの地を顕すだけなら成功しているのよ」
「そう、ですか……」『よかった~』
エリーゼもティポもほっとしている。
「でも、その『よかった』はわたしたちだけのもので、100万近くある『分史世界のわたしたち』は、そう安心できないんだね。『道標』を揃えた瞬間、絶望、するんだよね」
レイアは胸に手を当てた。逸る動悸を抑えようとしているようにも見えて、ルドガーはついレイアの肩を掴んでいた。
「……ごめん。変なこと言っちゃったね。先、進も!」
レイアはことさら明るい笑顔を見せてから、一番に遺跡の奥へと歩き出した。
「先が観えすぎるのもかわいそうね……」
「先?」
「何でもないわ。ほら、早く行かないと、今度はレイアが一人になってしまうわよ」
それは困る。尋ねたいことも言いたいこともあるが、まずはレイアを追いかけたルドガーであった。
ページ上へ戻る