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戦友

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第三章


第三章

「跡を継ぐことも考えてるしな」
「そうなのか」
「御前は故郷に帰ったらどうするんだよ」
「俺は工場で働いていたんだ」
 彼は工場労働者らしい。しかもそのことに懐かしさを感じているのか話すその顔が笑顔になっていた。その笑顔で語るのであった。
「その工場に戻るつもりさ」
「そうなのか」
「そうさ。まあ縁があったら会おうな」
 コシュートの方から言ってきた。
「またな」
「ああ、それじゃあな」
 アルフレッドも笑顔になる。その笑顔で言葉を返してみせた。その言葉は。
「またな」
 暫くして停戦となりそれから講和となった。戦いは完全に終わった。それから国際情勢が変わり両国は対立から融和、協調へとその路線を変えたのだった。それから長い歳月が経ち両国の交流は深く、かつ友好的なものとなり相互の行き交いも盛んなものとなった。その盛んな交流によって結ばれる男女も増えていた。
 アルフレッドの孫娘であるメアリーも同じだった。仕事で向こうの国へ行き交いしている彼女はあちらの国で彼女にとっては魅力的な若者と出会い彼と恋に落ちた。そしてこの度結婚することになったのだ。
「変わったものだな」
 アルフレッドは本屋のカウンターでこう呟いて腕組みをしていた。店はかなり広く棚には本が並んでいる。カウンターにも今話題の本が何種類も積み上げられている。
「わし等の若い頃とは全く違う」
「まあまあお爺ちゃん」
「それは言ってもはじまらないよ」
 その彼に対して家族が笑って言う。
「時代が変わったんだから」
「それもよくね」
「よく変わったのはいいけれどな」
 アルフレッドはそのことには笑顔になった。しかし微妙に複雑な笑顔であった。
「ただ。それでもだ」
「それでも?」
「近場の相手と結婚すればいいのにな」
 孫娘をいつも手許に置いておきたい、祖父としての率直な感情だった。
「それがどうして。全く」
「それも言ってもはじまらないでしょ」
「結婚は自由になったのよ」
「自由か」
「そう、自由」
 それもまた言われるのだった。これもアルフレッドの若い頃とは全く違っていた。街並みも建物も変わり考えまでもが変わってしまったのだった。
「ラブアンドピースよ」
「欲しがりません勝つまでは、よりもか」
「だからそれは古いんだって」
 孫の一人に言われた。
「そんな時代じゃないんだよ」
「それはわかっているがな。まあいい相手だったらいいがな」
 これは最低限の譲歩であった。実は相手は性格がよければ誰でもいいのだ。嫌なのは手許から離れること、それであったのだ。
「悪い相手だったら?」
「決まっている。許さん」
 腕を組んだまま述べた。
「今の時点で連れ戻すわ」
「やれやれ、頑固なんだから」
「戦争を生きた世代は違うね」
「何とでも言え」
 妻や子供、孫達の言葉にも平然として返す。
「人間は生きていれば自然に頑固になるものだからな」
「そうなんだ」
「そうじゃ」
 その如何にも頑固そうな声で返した。
「よく覚えておくことじゃな」
「忘れたいけれどね」
「全く。またしても減らず口を」
 そんなやり取りをしながらメアリーの結婚のその日を待っていた。メアリーは自分には似ていないと思っている。妻、つまり彼女にとって祖母に似ている。穏やかな可愛らしい顔立ちをした小柄な少女であり髪はブロンドで目は緑の木々の色だ。アルフレッドに対しては自慢の孫娘の一人なのだ。
 その孫娘の結婚式の相手について話を聞いているとやはり悪い人間ではないらしい。そのことにまずは安堵して式のその日を待つ。そうして遂にその式の日が来た。アルフレッドは家族と共に向こうの国の教会に向かったのだった。
 その国では正教だ。アルフレッドの国はプロテスタントだ。それでかつては宗教対立もあった。彼の若い頃のあの戦争には宗教対立もあった。人は時として自らと異なるものに対しては著しく不寛容なものになる。それは宗教が絡むと時としてさらに酷いものになってしまう。
 教会の中にはイコンが飾られている。これこそが正教である証だ。マリアのイコンを見ながらアルフレッドは思うのだった。過去と現在のことを。
「正教の家に入っても。抵抗はないんだな」
「何古いこと言ってるのよ」
「またそんなこと言って」
 周りからまた家族達が言ってくる。彼の言葉を笑って否定するのだった。
「だからそんな考えは古いんだって」
「愛は国境を越えるんだよ」
 また今の時代の言葉が出て来た。
「宗教だってね」
「信仰は心を救うものよ」
 これもまた今の時代の言葉だ。アルフレッドの若い頃とは信仰も変わっていたのだ。
「それでどうして愛を縛るのよ」
「そんなのナンセンスだよ」
「ナンセンスか」
 これはアルフレッドの子供の世代の言葉だった。この時代では充分に古い言葉だったがそれでも彼にしてみれば新しい言葉だ。それを聞いてまた複雑な顔になるのだった。
「そう、ナンセンス」
「センスないのよ、そうした考えは」
「じゃああれか」
 アルフレッドはここまで聞いてあらためて家族に問うた。
「センスがあるのは。愛を大事にすることか」
「それと平和」
「戦争しても何にもならないじゃない。それよりも結婚した方がずっといいのよ」
「だからといってわしの側を離れるのはな」
 本音が出た。偽らざる彼の本音が。
「全く。どうしたものか」
「まだ言ってるんだ」
「だからそれは諦めなさいって」
 妻にまで言われたメアリーが生き映しだというその妻が。歳はもうかなりのものだが今でも少女の可愛さを持っているその妻が彼に対して言うのだったl。
「私達の若い頃とは違うんだから」
「わかっているつもりじゃがな。しかし」
 それでもであった。諦めきれないのだ。
「せめて。国で暮らして欲しいな」
「住めば都よ」
 また孫の一人に言われた。彼は子供が四人いて孫は十四人だ。かなり多い。
「別に私達の国じゃなくてもいいじゃない」
「そうだよな」
「そうよ」
 彼等だけでそう結論付けられる。やはりアルフレッドは古いとされるのだった。
「幸せだったらそれでいいんだよ」
「幸せだったらか」
「そうだよ。確かに他人に迷惑をかけるのは駄目だけれど」
 それは当然のこととして断る。それだけの常識はあるのだった。
「幸せになるのは当然じゃない」
「だからいいのよ」
「本当に変わったな」
 アルフレッドは子供や孫達の言葉を聞いてまた頷いた。頷くがそれでも納得したわけではない。納得はしていないがそれでも話は進むのであった。
「世の中というのは」
「まあまあ。ところでお爺ちゃん」
 孫娘の一人がまた彼に声をかけてきた。
「何じゃ、今度は」
「この国に来たことはないよね」
「他の国に出たことなんてないぞ」
 ずっと祖国にいてあの戦争の時以外はずっと故郷で本屋をしていた。旅行をしたことはないし用事で他の地域に出たこともない。いつも故郷で静かに暮らしていたのだ。
 
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