クルスニク・オーケストラ
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第十三楽章 聖なる祈り
13-2小節
クロノスの瘴気迷宮を突破して、《審判の門》とかいうカウンタードラムのある空間まで来た俺たちは、連戦でクロノス、ビズリーとぶつかるハメになった。
正直、どちらに対しても辛勝だった。
特にビズリーは。ルドガーが時計と直接契約してフル骸殻にならなかったら勝てなかった。
「すまない。お前にまで時歪の因子化のリスクを負わせてしまった」
「いい。今まで兄さんとエルが、それにたくさんの『先輩』たちが負ってきた痛み、ようやく分かったから」
敵わない。お前はいつでも優しいな、ルドガー。
ルドガーはエルのもとへ走って行って、エルを抱き起こした。ルドガーの時計との直接契約は、あの子が持っていた時計があったからこそだ。
道中でエルとの関係を聞かされて驚いたが、今笑い合ってるお前たちを見てると、それが小さなことに思えてくるよ。いい相方を持ったな。
さて……俺もそろそろ限界か。マクスバードにいた時点で、いつ全身が時歪の因子化してもおかしくなかったんだ。ここまで保ったのが奇跡か。
――あるいはお前の加護か? ジゼル。
すまない。お前の分まで見届けるつもりだったのに、果たせそうにない。
「ルドガー……! お前はっ!」
な!? ビズリー! まだ動けたのか。ルドガー、避け……!
――キィン
ビズリーの拳がルドガーに届くことはなかった。ルドガーとビズリーの間に、一人の女が割って入ったからだ。
ルドガーが呆然とその女を見上げた。ルドガーの腕の中のエルもまた、目を見開いて女を凝視した。
ポインセチア色をしたフル骸殻と蓮の鎧を纏った女が、ビズリーからルドガーとエルを守っていた。
「ジゼル…なの、か?」
「う、そ」
女は答えない。ビズリーに向けたキャンドルスティックが揺れることも、ない。
は、はは。何だこれは。嬉しいのに悲しいのがごっちゃで、泣きたいんだかはしゃぎたいんだか分からないじゃないか。
お前のせいなんだからな、ジゼル。
思い知らされたんだ。お前が死んで、お前がユリウス・ウィル・クルスニクにどれだけかけがえのない存在だったか。
恋とか、愛とか、信頼とか、そういった言葉で表現できないくらい。
あいつがこっちをふり返って、小さく首を傾げた。ああ、ジゼルが微笑む時のしぐさだ。
「ぐ…おおおお!」
ふいにビズリーの体が傾いだ。胸から溢れる黒煙。時歪の因子化の最終段階の兆候。
彼女はキャンドルスティックを突きつけたまま、黙って見守っている。
「まさか…お前が、裏切る…とは、…」
自嘲するビズリーに対し、ジゼルはゆるりと首を横に振った。そして、キャンドルスティックでカウンタードラムを指した。あれが、今のビズリーとどう関係あるんだ?
分からないでいると、不意にビズリーがカウンタードラムに向かってふらつきながら歩き出した。
「オリジン…俺“個人”の願いを教えてやる……あの数だけ、この拳でお前たちをっ!!」
ガゥン…ン…!!
殴った。皮膚も骨も粉砕する威力で。クルスニクの犠牲の数を刻んだカウンターを。
ビズリーが倒れる。地面にぶつかった拍子に、まるで元から炭の人形だったかのように砕けて。黒煙を上げて。消えた。
カウンタードラムが回る。999998から、999999へ。
ふり返ると、ジゼルの手の中からキャンドルスティックは消えていた。
歩いていく。ルドガーがエルにそうしたように、俺も、ジゼルの前へ。
「全く。本当に世話焼かせな部下だよ――お前は」
抱き締める。きつく、きつく。骸殻の硬い感触であってもどうでもいい。ただジゼルの生を実感できれば何でも。
すると、背中に二本の腕が回る感触。
応えて――くれるのか? お前が、俺に?
そうか……馬鹿だな、俺たちは。変なルール作って、てんやわんやして、でもそれが楽しくて回り道した。最初からこうしていれば、事態はもっと簡単だったのに。
体を離す。そろそろ生身のお前に触れたい。もう脅威はないんだ。骸殻を解いてもいいだろうに。
顔が見たい。あの笑顔が見たい。なあ、ジゼル?
ジゼルは首を振り、そっと、俺から――離れた。
ジゼルの目線は、審判の門前に立ち、カウンタードラムを開けたルドガーとエルに注がれている。
俺たちにはあまりに永い2000年だった。ようやく今日、終わりにできるんだ。
よかったな。お前が目指してきた「ハッピーエンド」はもうすぐそこ……
その時、ジゼルの骸殻を覆った白い鎧が砕け散った。
あらわになった胸部の骸殻から――時歪の因子化の黒煙が噴き上げていた。
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