うみねこのなく頃に散《虚無》
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抉りて殺せ (2)
目の前に転がる死体。
俺の後から来た戦人と譲治は言葉を失った。
挿していた傘を手放し、膝をついてがっくりと項垂れるのは、絶望に飲み込まれた譲治の方だった。
自分の父親が死んだのだから無理もない。
「これで、第四の晩も第五の晩も終わったな...」
「それって、じい様の碑文か? お前は、これがその碑文の見立て殺人とでも言いたいのかよ」
食って掛かって来そうな戦人が答える。
この様子だと、薄々は勘づいていたと見ていいだろう。
「まあな。最初に死んだ6人は、第一の晩に選ばれた生贄。第二の晩の寄り添いし2人は、留弗夫と霧江。“我が名を讃えよ”と書かれたメッセージカードは、第三の晩。...そして、第四の晩。頭を抉りて殺せ。第五の晩。胸を抉りて殺せ」
「頭に杭が刺さった秀吉叔父さんと、胸に杭が刺さった源次さん。...ここまで一致すると、見立て殺人と考えた方がしっくりする」
「このままだと、あと3人は確実に殺される。今後の行動を決めるためにも、一度屋敷に戻った方がいいと思うんだが...」
第六の晩。腹を抉りて殺せ。
第七の晩。膝を抉りて殺せ。
第八の晩。足を抉りて殺せ。
最低でも、あと3人は死ぬ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
パチンっと指を鳴らして、宙に炎を生み出す。何本目かのタバコにそれを使うと、煙と化して消え去った。
ゲーム盤を挟んだ向こう側の戦人が、頭を抱えて低く唸っている。
「あ。一応、宣言しておくが...
【2人は他殺だ。自殺や事故死は認めない。】」
「くそっ!」
言おうとしていたことを潰されて、苛立ちを見せる。
というか今更、事故死って......。
「お前が犯人なんじゃないのか」
「ノックス十戒。第一条。
【犯人は物語当初の登場人物以外を禁ず。】
【つまり...俺、右代宮 狼銃は犯人ではない。】」
「笑ってんじゃねえっ!!」
無理。
「ぐっぅぅぅ......!」
「なんだ? [青]も使用しないままリザインか? 考えろよ。思考停止は負けだぞ」
「そんなこと、お前に言われなくても分かってんだよ!」
やれやれ。そうかよ......。
頭を抱えたまま答えても説得力は無いぞ、と伝えたい。
「[戦人犯行説。もしくは譲治犯行説で可能! どちらかが相手の目を盗み、犯行に至った。]」
「【戦人は譲治の監視下にあった。それは、譲治も戦人の監視下にあったことを意味している。よって、戦人、譲治による犯行は不可能。】
...そうだな。範囲を拡大しようか。
【朱志香は楼座、絵羽、夏妃、真里亞の監視下にあった。】
【楼座は絵羽、夏妃、真里亞、朱志香の監視下にあった。】
【絵羽は楼座、夏妃、真里亞、朱志香の監視下にあった。】
【夏妃は楼座、絵羽、真里亞、朱志香の監視下にあった。】
【真里亞は楼座、絵羽、夏妃、朱志香の監視下にあった。】
ああ、あともう1つ。
犯人Xなる人間は存在しないが、
【もし居たとしても犯行は不可能。】」
「おいおい......何の冗談だよ、そりゃあ...」
おー...。どんどん顔が青くなっていくなあ。そりゃそうだ。事実上、誰にも犯行は不可能と【赤】で宣言しているのだから。
「さあ、切り返してみろよ! 出来るもんならなぁ! 右代宮 戦人ああああああぁぁぁっ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ホールへ戻り事の事情を説明すると、絵羽は限界を突破したらしく泣き崩れてしまった。それに寄り添い、頭を撫でる真里亞が可愛い。
それからは言い争いだ。
皆で固まって行動するか、個別に分かれて行動するか。俺は隔離決定らしいが。更には、俺に付いて行くと駄々をこねる真里亞も参戦する。
さて、ここらで報告しておかないとな。
「はい、注目ー! これ、なぁんだ?」
俺の手にキラリと光るのは、マスターキーと金蔵の部屋の鍵。無論、全員が声を失った。
「さっき、源次の懐から拝借した。これで俺を隔離したらいい。そうだな...金蔵の書斎とかどうだ? そこなら真里亞も安全だし、俺とは離れられるし、一石二鳥だろ?」
「真里亞、狼さんと一緒にいられるの!?」
「だ、駄目よ! 真里亞はママといなさい!」
「うー! 真里亞、狼さんとがいい! うー。うーうーうーッ!」
「その、うーうー言うのをやめなさいって、いつも言ってるでしょ!」
あ、やばい。
そう思った後には、俺の頬が叩かれていた。
痛みはない。楼座だって手加減しているのだ。だが、いい感じでスナップの効いた平手打ちは、いい音がした。
楼座は、その音といつもと違う手応えに我に返ったようだ。
「あっ......」
「大丈夫だ。
ーー心配なのは分かる。だが、真里亞の意見も聞いてやるべきだ。じゃないと、すれ違ったままだぞ」
「...............真里亞に、何かあったら許さないわよ。死んでも死に切れないほど殺してやるから」
「心得た」
唇を噛み、俺を睨み付けながら言う。それは、楼座なりの“躾”を見られたことへのものではなく、娘に親よりも信頼されている俺に対しての憎しみに近いものがある。
それにしても...“死んでも死に切れないほど”か。そいつは楽しみだ、とは口が裂けても言うまい。
「じゃあ、お前らはどうする?」
「僕は皆で固まって行動した方がいいと思う」
「私は嫌だぜ。この中に、もしかしたら父さんと嘉音くんを殺した人間がいるかもしれないんだ。...母さんとなら、一緒に行動しても...」
結局、話は振り出しに戻ったり、決まりそうになったり、また振り出しに戻ったり......。
定かではないにしろ、最低でも30分は話し合いが続いた。
結論から言うと、貴賓室に3人。使用人室に3人。貴賓室には夏妃、朱志香、楼座。使用人室には絵羽、譲治、戦人。
このように決まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあ、真里亞。何かあったら、すぐに電話するのよ」
「うー!」
金蔵の書斎、貴賓室、使用人室には内線用の電話がある。俺が何かしようとしたら、すぐに連絡するようにと真里亞にはしつこく言い聞かせていた。
マスターキーは俺が持ち、書斎の鍵は戦人に託した。オートロックの書斎を出るのは自殺行為だな。
出来なくはないが、ノックスとヴァン・ダインに引っ掛かるからなあ。ロジックエラーは避けたい。
「ちゃんと鍵は掛けとけよ。ああ...。ベアトリーチェには、そんな物関係無かったな。な? 真里亞」
「うー! ベアトリーチェは黄金の蝶になってドアの隙間から入って来るんだよ。だから、鍵なんてニンゲンが作り出した偽りの結界なんて意味無いんだよ! きっひひひひひひひひひ...!」
「ま、そういうことだ。用心はしておけ」
真里亞の不気味な笑い声も俺の言動にも対抗する気力を失ったらしく、ドアの向こうの奴らからは憐れみを含めた眼差しを向けられた。
ドアが閉まるのと同時に、ガチャリと自動で鍵が掛かる。金蔵が特別に造らせたものだ。ドアノブには蠍のまじないがかけられている。魔除けの魔法陣だ。ベアトリーチェは、この部屋には入れない。
ふと、手元に目をやると真里亞が俺の袖を引いているのに気付く。
「どうした?」
「狼さん。ママは、大丈夫だよね?」
「さあなぁ...。ベアトリーチェは気まぐれだからなあ。まあ、どのみち黄金郷で会えるだろ」
「うー! 黄金郷で皆に会える!?」
「もちろん」
真里亞は、黄金郷がどんな場所なのか知っているのだろうか。
全ての死者を蘇らせ、失った愛すらも蘇らせる。そんな場所をなんと呼ぶのか...。真里亞は“黄金郷”と答えるのだろうな。
間違いではない。だから、俺でも否定は出来ない。
「なあ、真里亞。魔法陣当てクイズでもするか?」
「うー! するー!」
─貴賓室─
使用人たちの間で、怪談話によく持ち上がる部屋の1つ。そこには、私と、朱志香、楼座の3人の姿。
朱志香はじっと人形を見つめ、楼座さんは、真里亞ちゃんのことがよほど心配なのか固定電話の前で右往左往していました。
そんな楼座さんに応えるかのように、貴賓室の電話が鳴りました。
「ま、真里亞っ!?」
「『ママ、大丈夫?』」
「ええ、大丈夫よ。真里亞は...真里亞は大丈夫なの?」
「『うん。真里亞ね、今、狼さんとクイズで遊んでるの。狼さんね、面白いんだよ! それでね......』」
どうやら真里亞ちゃんの話は、狼銃さんとの楽しい時間の内容で、楼座さんの口から安堵の溜め息が漏れたのが分かりました。
「真里亞、次は大変な時に電話するのよ」
「『わかった!』」
真里亞ちゃんは元気よく返答し電話を切り、楼座さんは少し名残惜しそうに受話器を下ろします。すると、すぐに電話が鳴りました。
また真里亞ちゃんなのだろうと、楼座さんは少し呆れて受話器を取りましたが、電話の向こうの相手は真里亞ちゃんではありませんでした。
「『くすくすくすくすくすくす......』」
「え、誰? ......真里亞なの?」
「『はぁい! 妾の名はベアトリーチェ。今、貴賓室の部屋の前にいるのぉ』」
「ッ!?」
電話の向こうの不気味な声に寒気を感じ、思わず受話器を下ろしてしまいました。その光景に疑問を感じ、朱志香も電話の前に来ました。そして再び電話が鳴り、今度は私が電話を取りました。
「もしもし...? 誰なのですか、返事を」
「『はぁい! 妾の名はベアトリーチェ。今、貴賓室の中に居るのぉ』」
私たちが同時に振り返っても、部屋の中にベアトリーチェと名乗る人物の姿は見えず、声はまだ続きます。
「『おやおやぁ〜? 妾の姿が見えぬのかあ? 妾は、こんなにも近くにおるというのに...。くっひゃひゃひゃひゃ!』」
「ざっけんじゃねぇぜ! そこまで言うなら姿を見せてみろってんだ!」
「『いやいやいやいや...。朱志香、そなたが会いたいのは妾ではないであろう? 愛しの、愛しの嘉音くんだろおぉ? くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』」
受話器越にベアトリーチェの笑い声が響く。
朱志香の目に、堪えていた涙が溢れていました。唇を噛み、今まで我慢していた想いが溢れてきている。好きな人に...嘉音に会いたい、と。そんな風に思っているような...。
「助けて...嘉音くん......」
「『だぁぁぁめぇぇぇッ! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
さぁさ、おいでなさい。我が家具、煉獄の七姉妹。色欲のアスモデウス! 嫉妬のレヴィアタン! 強欲のマモン!』」
その声を最後に、電話からは何も聞こえなくなりました。その代わり、私たちの目の前に赤い衣装を身に纏った少女たちが現れました。
目の前の状況に頭がついていけません。
そんな私たちを嘲笑うかのように、少女たちはクスクスと声を漏らしては、こちらを見つめていました。
「えぇ〜。ヤダヤダヤダぁ。男がいな〜い!」
「ワガママ言わないの。お先に、いっただきぃ!」
少女たちの姿が杭のようなものに変わり、その内の1つが私の腹部に突き刺さりました。
息をするのも忘れるほどの痛みにその場でうずくまり、少女たちの声だけが聞こえました。
「じゃあ、こっちの膝をいただきま〜すっ!」
「なんで私が最後なのよ! 悔しい〜!」
痛みで目が霞む...。朱志香...朱志香は無事...?
ああ...。もう、意識...が......。
─使用人室─
俺たちが別れてから何時間経ったんだろうか。絵羽叔母さんも、譲治兄貴も、愛する人を失った悲しみから抜け出せないでいる。叔母さんは、旦那である秀吉叔父さんを。兄貴は、紗音ちゃんを。俺だって、親父と霧江さんを失った。
壁に掛けられた時計の音だけが、部屋の中に響く。長い沈黙から抜け出したくて、俺は碑文について話すことにした。
じい様の黄金の在処を示すものであることは分かりきっている。思い返してみれば、ベアトリーチェの手紙に「ゲームを止めたければ碑文の謎を解け」と書いてあった。そのことを告げると、絵羽叔母さんも、譲治兄貴も乗り気になったようだった。
まずは、『懐かしき、故郷を貫く鮎の川』か...。
「なあ、絵羽叔母さん。じい様の故郷って?」
「小田原のはずよ。でも、小田原の川というわけではないみたい。あの辺の川は全て調べたけど、何も得られなかったわ」
...となると、小田原ではないと考えるのが妥当か。だけど、懐かしき故郷ってのが分からないことには、進みようがない。
「そうだ、思い出した。紗音から聞いたことがある。お爺様は、ビンロウをよく好んで嗜まれているって」
「ビンロウ......?」
「木の実のガムみたいなものさ。ただ、噛んだ時に出た汁は吐き出さないとお腹を壊すらしい。確か...ビンロウは台湾が有名だけど...」
台湾!? おいおい。今から外国へ、なんて出来るわけないだろ。というか、この島から出ることも出来ないのにどうやって謎を解けってんだ! ......いや、待てよ...。もしかして...。
「隠し黄金は、この島のどこかにあるってことか!?」
「うん。それは、僕らも思っていたことなんだ。でも、それが分かったところで『鮎の川』っていうのがよく分からない」
「いや。......分かる奴がいるかもしれねえぜ」
そう言って、受話器を取る。あいつなら知っているかもしれねえ! 右代宮 狼銃ならっ!!
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