霹靂の錬金術師
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INTO
あの時、一瞬何が起こったのか分からなかった。
それまでを順を追って説明しよう。
リン君から衝撃の報告をされたあと誰が一番に報酬を受け取るかで納屋の前で揉め始めたのだ。
私は別に手柄に興味はないのでノックスさんに便乗する形で帰ろうとしたところをマスタングさんに捕まってしまった。
多数決になった場合のためにいて欲しいそうだ。
「待て、ソフィア。君も錬金術師なら人造人間に興味があるだろう。それに多数決になった時のためにいてくれ」
「マスタングさん、多数決は少数を殺す方法ですよ。皆が納得できる方法で解決してください。さ、ノックスさん帰りましょう」
そそくさと帰ろうとする私の腕をマスタングさんが流石に逞しい手で掴む。そして私を説得しようとマスタングさんが口を開いたときだった。
納屋の中からそれは聞こえてきた。
「ラストころした… ラスト… マスタングたいさ… キャンベル…」
樽男の怨嗟の呻きのような声はたしかに私とマスタングさんの名前を言った。そしてラスト。それは私とマスタングさんとで殺した人造人間の名前はず。
納屋の中を何事かと見ると、ちょうど憤怒の形相の樽男が立ち上がっているところだった。
腹に何か付いている。あれは、眼?
「ロイ・マスタング!! ソフィア・キャンベル!!」
一際濁った怨嗟の声をあげたかと思うとその眼を中心に光線が放たれた。
私の身長とほぼ同じ直径を持つ光線は、ちょうど納屋の入口にいた私を一瞬で飲み込んだ。
私は悲鳴を上げる間もなく、感覚の痺れた全身を刻まれるような感覚とともに意識が闇に落ちた。
#
「…………っぷぁ!」
息苦しさから意識が覚醒する。
無意識に四つん這いの格好をしている。私はうつ伏せで水の中にいたようだ。立ち上がり五体満足であることと杖の有無を確認する。そこで水深がすねあたりまでで、窒息死しないで助かったことに感触で気づいた。
見渡すと、あたりは真っ暗だった。思わず、まだ瞼を閉じているのではないかと疑いたくなるほど。何度かまばたきし、ちゃんと瞼が開いていることを確認する。きちんと開いていた。
「………………」
杖を取り出し軽く錬成する。細い紫電があたりをほのかに浮かび上がらせる。
そこではじめて足元を浸しているのが水ではないことを知る。果てまで永遠と続くそれは赤黒く、間違いなく血だった。さっきからしていた鉄臭さはこれだったのか。
大きな空間にそこを浅く満たす血。あの樽男の腹の中は拷問部屋なのだろうか、いやない。
拷問部屋にしては何もないし、わざわざ大きな部屋にする必要がない。拷問部屋と一瞬思ってしまったのはあたりにまばらに転がる白骨のせいだろう。悲しいかな、死体にはイシュヴァールの時に慣れてしまったせいで今更白骨では驚かなくなってしまっていた。
そのまま杖から錬成される紫電を頼りに歩を進める。しかし行っても行っても壁というものにぶち当たらない。
それに足をいちいち血を掻き分けて進ませるので、それなりに体力を吸われていた。インドア派の私としては辛いことこの上ない。
いっそのこと、大質量の錬成をして干上がらせてしまおうか。
そんな危険な思想が鎌首をもたげかけた時、視線の先に小さな赤い点が見えた。それは近づくうちに松明の光だとわかる。それに松明に照らしだされている二人はエドワード君とリン君だ!二人は数本の柱に囲まれた円盤の上にいた。
自然と歩調が速くなる。
「エドワードくーーん!! リーーンくーーん!!」
「ソフィアさん! 無事でよかった!!大佐と中尉がめちゃめちゃ心配してたぜ」
「おイ、それよりあれを見てみロ」
リン君、それよりとはなんだ。エドワード君は心配してくれたのに。と思いつつもリン君の言う方を見る。
「あらら… 灯りが見えるからまさかと思ったら、お前らかよ。てかなんで霹靂も?」
「細男………」
いや、エンヴィーと呼ばれる人造人間か。
「出口教えてください!!」
「いきなリ下手!?」
エンヴィーの姿を認めたエドワード君は速攻で下手に出た。
まぁその気持ちも分からなくはない。エンヴィーは樽男と同じ人造人間だ。リン君は不満そうだが、おそらく、と言うよりこの空間について何か知っているのは確実だろう。
「私にも教えてください!!」
「ソフィアさン!?」
だって死んじゃったら元も子もなくなってしまう。死んだら終わりなのだ。だから、死なないためには敵に身売りするのも厭わない。
エンヴィー、早く出口を教えてください。
「出口なんてないよ」
「ないことはないでしょう? 入口があったんだから」
私がそう言うとエンヴィーはエドワード君に鋭い目を向けた。
「ここは腹の中であり腹の中じゃあない。鋼君はここがどこだかもう気づいてんじゃないかい?」
その言葉にエドワード君は思案の顔を作る。
「そういやグラトニーに飲まれた瞬間… あの感覚どこかで……」
「覚えがあるだろう?鋼君は過去に経験してるんだから」
エンヴィーのヒントはエドワード君を答えに達せさせたようで、エドワード君は答えが意外なのか目を見開いた。
「真理の扉…! でもっ あそこはこんな暗闇でも血の海でもなかった!! 白い空間にデカい扉があって……」
「へぇ、本物はそんな場所なんだ」
「本物!?」
「そう、ここは、グラトニーは、お父様が作った擬似真理の扉だ。本物になれなかった失敗作だ。だから現実と真理の狭間にある。出口も出る方法もありはしない。みんなここで死を待つしか無い………!!」
エンヴィーの自身も飲まれたことによる本物の焦りの口調で告げられた事実は、私の脳に直接、無数の針が刺しこまれたような感覚をもたらした。
ここで死を待つしか無いと言うことはもうマスタングさん、ホークアイさんにマスタングさんの仲間たちに会えないことを意味する。そんなのは、嫌だ。
エドワード君とリン君は傍からは懇願するようにエンヴィーに食ってかかって行っている。
「嘘だ!!」
「そんなことがあってたまるか!!」
二人の顔には一様に大切な人にもう会えない時の悲しい表情が張り付いている。きっと私もあんな顔をしているんだろうな。
しかしそんな中、エドワード君は思考の立て直しに成功したようで、エンヴィーに質問を投げかけた。
この時には私も何とか持ち直し、エンヴィーの言葉を聞き漏らさんとした。
「そもそもお前のお父様って誰だ?ブラッドレイ大総統か?」
それを聞いたエンヴィーは心底馬鹿にするような態度をとった。
「は!ブラッドレイィ? あんなガキがお父様な訳あるか!」
ブラッドレイ大総統を子供扱い。大総統は人造人間の中ではかなり下の方なのだろうか。だとしたら人造人間はかなり層のある組織という見方も出てくる。
ブラッドレイ大総統がうじゃうじゃ出てくるのを想像してしまって思わず目眩がしてしまった。
そんなことを考えているとエンヴィーからブラッドレイ大総統が人造人間であることを得たエドワード君が思考整理を始めた。
「…最悪だ。第五研究所、生命を使った賢者の石、人造人間、大総統もと言うことはイシュヴァール戦も絡んでるな?」
イシュヴァールと聞いたとたん、エンヴィーの顔が嬉しそうに大きく歪んだ。
「イシュヴァール! あれは見事な内乱だったね!覚えてるかい? 内乱のきっかけを!」
「もちろん、忘れるわけがありません。軍の将校がイシュヴァールの子を誤って射殺したのがきっかけです」
忘れる訳が無い。罪を犯したものは現場に戻ってくるというが、それと同じだ。私達が、私が自らの罪を忘れることはけして無い。
エンヴィーは私の言葉に狂気すら窺わせる笑顔を見せた。
「そう! このエンヴィーが!子供を撃ち殺した張本人!!」
……今、エンヴィーは何て言った? イシュヴァールの原因は、自分と言った?
エンヴィーが続けて何か言っているが全然耳に入ってこない。ただ、下衆な事を言っているというのは不思議と理解できた。
「てめぇかーーーーーー!!!」
エドワード君の絶叫と大きな殴打音で頭に色が帰ってきた。
見るとエドワード君がエンヴィーをぶん殴った姿勢で固まっていた。すぐにそれの異常に気づく。エンヴィーは血の海に生えている遺跡の破片のようなものに腰掛けているに過ぎない。それなのにエドワード君の渾身の一撃をびくともせずに受け止めている。
それは、エンヴィーのお尻が固定されているか、体重がとても重いの二つぐらいしか理由が思いつかない。
私のこの疑問はすぐに解消される。
エンヴィーが冥途の土産だ、と言って『変身』し始めたのだ。今までもエンヴィーが犬になったりするのを見てきた。しかし、今度のは違った。
まず、身体が大きくなり始め、それに伴い四つん這いになった。さらに体表が緑に変わり、体の至る所から顔が生えてきている。良く見れば、大蛇のような尻尾までもが生えてきている。ここになり巨大化は止まったが、それでも軽く見上げるように大きい。
完成したのは大雑把に言えば、大きな緑色の蜥蜴だった。
「『見るな』『僕を』『見るな…………!!』」
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