横浜事変-the mixing black&white-
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勝ち上がる者がいれば、脱落する者だって存在する
前書き
短いので連続投稿です。
阿久津はモニターに表示される殺し屋達の末路を眺め、心中で疑念を孕ませていた。
――局長、貴方はいったい何を考えているんだ?
ヘリコプターや車に乗っているのは殺し屋統括情報局の局員であり、全てダミーだ。周囲のネットワークは乗っ取り、神奈川県警や市の放送局などにも手を回している。警察機関には組織と繋がりのある人間もいるので、この作戦が公に晒される危険性はないに等しい。だが彼が問題としているのはそれではなかった。
「私達が見捨てられた?どうして?」
すでに局長は本部との回線を完全に断ち切り、電話番号も破棄したのか一切通じない。今の阿久津達は、誰の手を借りる事も叶わない孤独な犯罪者だった。
「なら私達はどうすればいい?横浜のあらゆるネットワークを停滞させた後、何をすればいいんだ?」
そのとき局員の一人が悲痛な叫びをもって阿久津に報告した。
「副局長!警察がビルを囲んでいます!もう無理ですよ!」
「……は?」
その言葉に阿久津の口が重力にされるがままになる。自身の手が微振動を起こしている事には気付いていない。
――何故だ、何故そうなる。神奈川県警の情報網は我々が占拠したはず。今の横浜はどこに行っても圏外の『死んだ街』なのに……。
――他の街から応援要請が?だからそれはない。情報自体が流れられないんだから。
そこまで考え、彼は一つの推測にぶち当たった。血の気を失い、愕然とする阿久津。無数に設置されたモニターの一つが、殺し屋チームの一人である赤島の意識が途絶える光景を映している。一方で阿久津は、精神的な意味で、まさに『死』を迎えていた。
――局長が、匿名で殺し屋統括情報局の情報を県警に提供したと言うのか……?
そのとき別のモニターに誰だか分からない男が映し出された。その事実が阿久津や局員をさらなる絶望に陥れた。
ここにある全てのネット機器は、自分達の指示にしか反応しない。大河内による反乱のときは正面からぶつかり合ってネットを掌握されたが、今回はクラッキングを知らせるプログラムが全く反応しなかった。
「どうして……」
局員の一人が細々とした声を漏らした。阿久津は顔を硬直させながら、口だけは機械的に動かしていた。
「……2ヶ月前、局長が緊急時ようにと『クラッキング通知プログラムを回避してネットワークに繋げるシステム』を作ってコピーを私に送って来た。まさか局長は、自らそれを使って知らぬ間にネットワークに進入していたと言うのか……!?」
「つまり、今の局長は本部を潰すために警察と結託しているんじゃ……」
阿久津はそこで脱力した。もうこれ以上は抗えない。そういう意味での脱力だ。
『こちら神奈川県警。任意同行及び室内調査を求める』
画面の男は自分の警察手帳を阿久津達に見せ付けると、最後にこう言った。
『まあ、拒否されても強制的に物事を進めるがな。逃げるなよ、重犯罪者ども』
*****
自分の所属する組織が陥落したとは知らず、玉木鈴奈は苦い顔をしながら大河内の攻撃を捌いていた。今のところ互いにダメージを負わせる事が出来ていない。
「くっ、そ!」
転ばせる事を目的とした足払いを後ろへのステップで避ける。が、その直後に眼球を狙ったナイフの猛追が彼女に迫った。
ほぼ反射的に自身のナイフで攻撃を押さえた鈴奈。目の前には喜悦に歪んだ大河内の顔があった。
「やっぱり君は凄いなあ。殺しがいがあるよ」
彼はナイフを巧みに使って鈴奈の手から得物を落とした。それを拾おうとするほど彼女も馬鹿ではなく、斜め前に前転の要領で転がっていく。そして少しの隙もなく膝立ちのまま大河内の方を向いた。そのとき鈴奈は拳銃を彼の方に掲げていた。
常人には到底敵わない動きを見せ付けられた大河内は高らかに笑い、ゆっくりと空を見上げた。そこでは依然と数機のヘリコプターがプロペラを唸らせて回り続けている。
「全く、局長は凄いことをするな。この国に殺人大国の時代でも作りたいのかな」
「少なからず、あたしらには似合ってるんじゃない?」
不敵な笑みを浮かべながら皮肉で返すと、大河内は「それは言えてるね」と同意してきた。
「でも今の俺にとってはちょっとイラつく所業だな。僕を裏切るのはまだしも、これじゃあ殺し屋は確実に滅んでしまう」
「別にそれもありじゃないの?あたしはどの世界でも完璧な女の子だからどうでもいいわけでさ」
「まったく、君は本当に人間の『悪』を取り込んだような人間だね。完璧な能力は副産物に違いない」
その言葉に鈴奈は嫌そうな顔をする。そして手に取った拳銃の撃鉄を叩き、銃弾を発射する準備を整えた。
「けれど君もやっぱり不完全だ。男を嫌って嫌って嫌うだなんて、そんなんじゃこの世の繁栄には役立てないよ?」
「あたしは自己中の塊なんでしょ?だったら別にいいじゃん。もしかしてアンタ、あたしに惚れた?だとしたらキモいんですけど」
「ああ、惚れたよ」
間のない返答にさすがの鈴奈もきょとんとした。しかしそれも束の間で、徐々に彼女の表情が強張っていく。それを確かに感じ取り、大河内はさらに言葉で彼女を攻めていく。
「そう、俺は玉木鈴奈に惚れた。君は秀でた才能と顔立ちをしていて愛おしい。今すぐ抱いてしまいたいぐらいだ」
「な、何言って……」
「でも君はいつも人を見下してばかりで、今までできた友達は一人もいない。けれど俺は知ってる。君は誰よりも寂しがり屋で友達を欲しがってるってことを。本当は人を小馬鹿にする自分が嫌っているってことをね」
「何よ、それ」
「だけどなかなか思うようにならない。だからもちろんストレスが生まれてくる。それを解消するために、君は殺し屋をやっているんだろ?頭に銃弾を撃ち込めば人は簡単に死ぬのに、君は人を徹底的に虐げる。そうすることで君はストレスを解消させているんだ。特に男を使って、ね」
「もうやめてよ……」
「君は中学2年生まで父親に凌辱されてきた過去を持っている。だから男を強く強く憎んでいた。男に好かれるのが怖いんだろ?傷物にされるだけだと思っているから。そんな過去と素直になれない自分に対する不満が相まって人を破壊し続ける。もう殺人鬼に近いよ」
「やめてって言ってんじゃん!」
甲高い鈴奈の叫びが木霊するが、大河内の口は留まる事を知らない。
「でも安心してくれ。俺なら君を幸せにできる。君の望む友達を作ることだってできるよ」
「もう、いいから……」
「男が憎いなら、俺以外の男を俺が殺してみせよう。全世界の男を殺すのは難しいけど、君の周りにいる男は絶対殺せる」
「そんなの……いい」
「そして俺は最後に君を抱く。殺し屋の仲間としてではなく、愛を培う恋人として」
「いやぁ……」
気付けば鈴奈は銃を落として泣いていた。身体に力が入らない。過去の出来事が脳裏を掠め、背筋がゾクゾクする。
突然大河内が自分を押し倒してきても、何の抵抗も出来なかった。そうして自身の唇に大河内のそれが近づいてきたとき、時は動き出した。
パアアン、という聞き慣れた音と同時に大河内の肩口から血が飛び散る。彼の重みが退いたのを感じながら、鈴奈は赤い目を銃弾が飛んできた方に向け、息を飲んだ。
「……暁」
暁ケンジが右手に握った拳銃を大河内に向けて立っていた。その目に普段のオドオドした色はなく、完全に大河内を殺すシステムと化している。
そんな彼の隣にいた宮条と法城が鈴奈の方に走ってくる。「大丈夫?」と言って身体を起こしてくれた宮条に、鈴奈は黙って頷く事しか出来なかった。
「ねえ、これどういうこと?」
震える唇から吐き出された情けない声。しかし宮条はそれに触れず、視線を対峙するケンジと大河内に向けた。
「この潰し合いが終われば全てが終わる。そういうことよ」
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