| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

横浜事変-the mixing black&white-

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

人間の殺意は時に向ける先を間違えてしまう

 時は数分前に遡る。

 『茶番は終わりだよ、殺し屋諸君。ああ、裂綿隊の面々も含まれるよ。君達の姿は世界に筒抜けだ』

 ツー、ツーという通話終了を告げる無残な音色がケンジに更なる絶望を与える。彼の着ている黒パーカーの袖からは赤い液体が地面に向かって伝っており、逆にそれしか外傷を負っていないのが彼の非凡な才能を発揮していた。

 ケンジの前には田村要が荒い息を吐いて立っていた。手に形が付くぐらいにナイフを力強く握りしめ、じっとケンジを見つめている。まるで彼から自分が得られなかった何かを盗み出そうとしているかのように。

 その視線に耐えられず、彼は顔を上げて周囲をぐるぐると回るヘリコプターに目を移した。

 吹き荒れる風が頬を何度も打ち、意識の暗転を許さない。もう時間はなかった。ケンジは再び要を見据え、対話の言葉を漏らした。

 「……もう終わりだよ、田村君。これ以上は自分を苦しめるだけだ」

 「それは嫌味か?俺はとっくに苦しんでるさ」

 はあ、と息を吐き要は邪魔な前髪を左手で額を拭うようにしてどけた。そして再びナイフを構え直す。

 「それに『俺ら』はここで終わる気なんざないんだよ」

 そこでケンジは僅かに目を周りに移動させた。赤島や宮条、法城が残存する裂綿隊と戦いを続けているのを確認した後、もう一度要と目を合わせて言葉を紡ぎ出した。

 「田村君はどっちの世界にいるんだい?」

 「世界?」

 「うん。学校行ったりバイトしたりする世界と、人を殺して金を稼ぐ世界。僕は多分、その狭間なんだと思う」

 「……」

 「どっちにも属していないからこそどっちもできるし、その分、中途半端になる。なんだか僕の生き様みたいだ。ていうか、生き様だ。でも、あの人を殺せば僕はこの世界から抜け出せる。そうすればきっと……」

 「それはない」

 ケンジの言葉を要が一刀両断に断ち切る。驚いた顔をする彼に対して、要は険の色を滲ませてこう言った。

 「例え大河内を殺したとしても、お前はこの世界から抜け出せない。仮に足を洗えたとしても、その罪は一生お前の後ろに着いて来て離れないぜ」

 反論のしようがないその言葉を受けたケンジは――笑った。

 訝しげに眉を(しか)めた要にケンジは素直な思いを告げた。

 「やっと前向きなことを言ってくれたね。それでこそ常識人の田村君だ」

 「は?」

 「君は言ってたよね。僕は希望で、君は絶望だって。でもそんなことはないんだ。君は僕とは違って何でもできるし、カリスマ性だってある。君は周囲から浮いてるわけじゃなくて『羨望』されているんだよ」

 「羨望?」

 「そう。何でもできてルックスの良い君を妬むクラスメイトが何人いるか知ってる?それはつまり君を評価してくれているってことだし、君を意識してるってことだ」

 「……!」

 「それだけで幸せだと思わない?誰かから親しくされなくても、君はちゃんとクラスで生きてる。僕みたいな得体の知れない性質を持つ人じゃないんだ!」

 その言葉に要は目を丸くしたまま硬直していた。今彼が何を思っているのかは分からない。だがケンジは自分の考えをちゃんと伝えられた事に安堵していた。親しくもない相手にここまではっきりと物事を伝えるのが久しぶりで、心臓が嫌なくらいにバクバクしている。

 ――田村君のナイフを躱すときよりも緊張している。……やっぱり僕は変わっている。

 心中で自分の異端性を思い知りつつ、要の目をじっと見つめた。すると要は我に返った様子で肩をビクッとさせ、それから僅かに口元を緩ませた。

 「……なるほど、そういう考えもできるし、自分で言うのもなんだがそうかもしれない。俺は誰かと話したいがために何事も積極的に取り組んだ。それが今になって生かされるなんて、皮肉な話だ」

 「今頃だっていいじゃないか。君の言う通り、この世界からは逃げ切れても罪からは逃げ切れない。それでも後ろばっかり見ててもしょうがないんだ。だったらさ、これからでもいいから頑張ってみようよ」

 ケンジは必死ながらに訴えた。それは自分にも言える事であり、決して綺麗事ではない。だが、要との殺し合いが何も生まないと知っていたからこそ、こうして涙を流して説得しているのかもしれない。

 足を一歩前に出し、もう片方をさらに先へ出す。ゆっくり、ゆっくりと要に近付いていく。
 要はすでにナイフを足元に落としている。今こそ彼の手を取ってここから離れるチャンスだろう。赤島には目で合図すればどうにかなる筈だ。

 「帰ろう、僕らが在るべき場所に――」

 だが、暁ケンジという少年はやはりこの世界を甘く見ていた。

 最初はどこからか発せられた乾いた銃声が聞こえた。次いで目に飛び込んだのは、眼前の少年の肺辺りから飛び散る赤黒い液体で――

 「たっ……」

 田村君、という簡単な単語すら出てこなかった。身体があまりの衝撃で固化し、瞬き一つ取れない。

 一度もシャットアウトしなかった世界で、少年は田村要が倒れていく光景をただただ見つめる事しか出来なかったのだ。

*****

 時が永遠のように感じるとはこういう事なのかと、ケンジは切り離された思考の一幕で呟いた。実際は1分程度しか経っていないのだが、彼にはそれが半日か1週間を過ごしたように思えて仕方がなかった。

 「……たむら、くん」

 精一杯の一声は弱弱しく、自分のものとは思えなかった。愕然とする中で口が開いたままだったために、口内がすっかり乾ききっていたのだ。

 ケンジは震える足を動かして、要の元までやって来た。意識が崩れるようにしてしゃがみ込み、要の顔を見る。そして彼がまだ息をしている事に気付いた。

 「……田村、君。田村君!」

 半開きの目には生死がそれぞれ半分映っているようだった。僅かに開いた口から一筋の血が流れ、整った彼の顔を汚している。

 「……おれも、バカだよなぁ……。うたれて、正解だっての……」

 今にも消え入りそうな要の声。ケンジはどうすればいいか分からず、何故か彼の腕を掴んだ。そうすると要の顔は今度こそ優しげな色を帯びた。

 「おい……手ぇ掴んで、どうすんだ……?」

 その瞬間、糸が切れたゼンマイのように彼の腕から意識が失われた。今にも閉じてしまいそうだった目は、すでに瞼によって塞がっている。急に重たくなった彼の腕を感じ、それがどういう状態を指しているのかを認識したケンジは、声にもならない声を街に響かせた。

 まるで今という現実を作り出す世界そのものを廃絶してしまいたいとばかりに。

*****

数分前

 敵の数は残り4人。対してこちらは3人。一チーム4、5人が揃っていた筈の自分達の戦力もついにここまできてしまった。赤島は焼けるように熱い右手を庇うようにして敵の凶刃を避け、声を張り上げて愚痴を漏らす。

 「おいお前らよ、自分達が世の見せ物になっちまってるかもしれないってこと、分かってのか?俺はそんなの真っ平御免なんだが」

 「ハッ、今更なにを」

 赤島を追撃する裂綿隊の一人が顔に笑みを貼り付けながら言った。

 「つかよ、こんな殺人三昧の映像を公に流せるわけがねぇだろうが!ちったぁ頭使えや!」

 「お前こそ脳みそ動いてんのか?俺らの大将は未来を自分色に染めちまう怪物なんだぜ?」

 額に汗の雫を溜めた無精髭の殺し屋は相手の攻撃を紙一重に回避する。そのとき視界の端にある光景が映った。

 ――暁?

 仲間の暁ケンジがナイフを落として項垂れた少年にゆっくり近づいている。どうやら双方に敵意はないらしい。先ほどから聴覚がケンジの切実な言葉を拾っていたのは分かったが、まさか説得に成功したのか。

 ――いや、違う!

 赤島の思考がいつも以上のスピードで回転して解を導き出す。

 ――あのナイフ野郎、笑っていやがる!それと制服の裾に合計4本の殺傷用ナイフ!

 赤島は千里眼の持ち主でも異形の血を体内に宿す人間でもない。ただ、長年の戦闘経験と敵の心理を読み取る力が、彼を人間以上にたらしめていた。

 左手に持っていたナイフを放り、懐から拳銃を取り出す。それを少し離れた標的に定めると容赦なく引き金を引いた。それを二発繰り返し、そのうち一発が相手の肺に潜り込んだのを確認すると、赤島は左手を迫りくる敵に向けた。
 しかし。

 「……っ!」

 ――弾がねえ!

 カシャ、という間抜けな音が赤島の脳裏に『死』の予感を増大させた。自分の内蔵目掛けて突き出された刃の勢いは止まる事を知らず――

 「死ねぇあぁあ!」

 そんな敵の奇声と共に、赤島の腹に鋭敏な凶器が侵入していった。せき止められていた水が勢い任せに飛び出すように、腹からやや粘り気のある赤黒の血液がドクドクと出てくる。裂綿隊の殺し屋は手に持ったナイフをさらに奥へ押し込み、いきなりそれを差し引いた。赤島の口から逆流してきた血が吐き出される。

 朦朧とする意識の中、身体から力が削がれていくのを感じる赤島。彼は何の抵抗も出来ぬまま後ろに倒れていった。裂綿隊の殺し屋はナイフに付着した血をアスファルトに飛ばすと、嘲笑の声を漏らす。

 「ざまぁねえな、赤島。結局、お前はその程度の……」

 そのとき、誰かの絶叫が聞こえた。夜の空に点々と浮かぶ星々を見る事しか出来ない赤島は、それがケンジのものだと気付いた。

 「ああ、誰だうっせぇな……ゴァッ!?」

 殺し屋は自分の言葉を遮った絶叫に顔を(しか)めたが、突然短い悲鳴を上げ、力なく真横に崩れていった。倒れる直前に目撃した喉仏辺りから突き出た刃の切っ先に、赤島は思わず目を見開いた。そして殺し屋の後ろにいた女の姿を確認して納得する。

 「大丈夫ですか、赤島さん」

 「これが大丈夫そうに見えるか?宮条」

 「いいえ」

 そう言って宮条は赤島の前にしゃがみ込み、ゆっくりと左腕をある方向に向けた。そちらに目をやると、ケンジが一人の少年の前で膝を突いて崩れていた。それを見た赤島は、宮条が何を言いたいのかを理解した。

 「……アレの償いをしろ、と」

 「うちのリーダーなら、例え仲間が死にそうでもこういう決断をすると思うわ。彼は仕事に真剣だから。そしてそれは私も同じ」

 「……八幡か。確かに、そうかもしれねぇ」

 ずいぶん懐かしい名前だな、と思いながら赤島は咳込んだ。喉が血で圧迫されているのだ。それを間近で見ても、宮条は無感動の瞳を向けるだけで赤島に応急処置を施そうともしない。

 「私は赤島さんを良い先輩だと心の底から思っています。けれどね、優しすぎるのよ」

 「それはこれまでの俺の行いを見ての感想か?」

 「ええ。貴方は誰よりも仲間想いで、仕事よりも仲間を優先する。でもそれは、時に過ちに変化するわ」

 「何が言いたい?」

 「簡単な話でしょ。暁君は自分と敵を信じて、歩み寄ろうとしていた。仮にそれが間違った行動だったとしても、彼の成そうとしたことを邪魔するのはお門違いよ」

 「……やっぱ見てたのかよ。よくそんな余裕があったな」

 「余裕なんかないわよ」

 そう言うと灰色のジャケットを脱ぎ、中に着用していた薄地のシャツを捲って見せた。右脇腹に刺突傷があるのを赤島はすぐに発見した。

 「まあ、赤島さんとは違って傷が浅いけど」

 「ったく、今にも死にそうな人間に嫌味かよ……」

 赤島の言葉に宮条が初めて表情に色を付け足した。仕方ないとでも言いたいような困った笑みだ。

 「そうでも言わないと、貴方は天国に行っても他人に優しくするだけだもの」

 「おいおい、俺は天国には及ばねえよ……」

 精一杯の苦笑いはふと消え失せ、首がガクリと下がる。赤島の最期を看取った宮条は吐息を漏らすと、法城に声を掛けた。

 「そっちは終わった?」

 「終わったの知ってるから、声掛けたんでしょ。これでも殺し屋ですから」

 黄緑色に血痕の斑点をいくつも作ったパーカーを着る法城は普段と変わらない調子で呟いた。

 「じゃ、ラストやりますか」 
 

 
後書き
八幡の名前が出てきたので、これまでに死亡した殺し屋関係者でも上げてみます。
八幡隆太
狩屋達彦
モヒカン
工藤
チームBメンバー他3名、チームCメンバー2(セリフなし)
裂綿隊メンバー(セリフなし)
田村要
赤島要輔
偽ヘヴンヴォイス←いらない気がする

こうして並べてみると、かなり死んでます。まあ、モヒカンや工藤の場面は少なく、死ぬ時も呆気なかったわけですが(笑)セリフない連中なんて不憫で仕方ありません。
キャラが減っている現状ですが、視点は多々ありますので飽きずに読んでいただければなと思います。よろしくお願いします。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧